明治元年の断頭台

大澤伝兵衛

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第一章「山田朝右衛門とアンリ・サンソン」

第十五話「処刑人の友誼」

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「それでは、アンリエット殿は、サムソン家の一族の責任として断頭台を追っていたのですか?」

「その通りです。断頭台がサムソン家から失われたのが、今からおおよそ二十年前です。それから、サムソン家の者は世界各地を探し続けていたのです」

 日本においても、敵討ちのために仇敵を何十年と追い続ける者もいると、吉直は聞いた事がある。だが、遥かに広い世界を股にかけ、一族の因縁の品を探し求めるなど想像もつかない。

「む? 二十年? それでは……」

「ああ、最初に探し始めたのは私ではありません。最初に探索の旅に出たのは、私の父です。祖父には三人の子に恵まれましたが、男子は父だけでした。ですが、男子であればサムソン家の宿命を背負わねばなりません。表向きには事故で死んだ事にして、養子に出していたのです。ですが、断頭台が失われた緊急事態に際して祖父は決心しました。父を呼び戻し、探索の使命を与えたのです。それ以来、父は世界各地――フランスで、イギリスで、クリミアで、ソルフェリーノで、新大陸で、アフリカで」

 アンリエットが語る地名には、吉直の知識に無いものが大半であったが、その口調からその探索行がどれだけ大変であったのかを伺わせた。

「そしてある時、断頭台を持ち去った一味との戦いに敗れ父は死にました。そしてその後を、士官学校を卒業したばかりの兄が継ぐ事になり、これも敗れてしまいました」

「と言う事は、アンリエット殿は兄上の後を継いで?」

「その通りです。私は本来士官教育を受けていないし軍に入る事は出来ません。ですが、断頭台の行方を追うには士官の肩書があった方が良いだろうと皇帝陛下が配慮してくれて、この様な地位にいるのです」

 隊長のアドンがアンリエットに対して当たりがきついのは、この様な事情があるのも影響しているのかもしれない。穢れた処刑人の一族である事もさることながら、真っ当に職務に邁進し昇進してきた者にとって、怪しげな奴が皇帝に取り入った様に感じたとしても不思議ではない。

「兄が殺されたのは、フランスの都パリでした。再びパリに断頭台が戻ったという情報を得た兄は、万国博覧会に沸くパリをくまなく探しました。表沙汰にはなっていませんでしたが、余りにも鋭利に首を切断された死体が、パリで見つかっていたのです」

 万国博覧会という言葉は、吉直も聞いた事がある。世界に幕府の威容を示すとかで、張り切って様々な展示品や人を送り出したという噂を聞いたものだ。幕府が参加した今回の万国博覧会についてはどうなのだか知らないが、これまで英吉利などで開かれたものは世界中の技術や美が結集したような別世界が広がっていたという。その様な裏で、血生臭い陰惨な事件が起こっていたとは誰が予想しよう。

「兄の死体の手には、とある小さな刃物が握られていました。博物学者に鑑定した貰ったところ、これは遥か東の国の物だというのです」

 そういうと、アンリエットは懐から掌大の刃物を取り出した。それは、装飾が施された小柄であった。これを見る限り、事件と日本に何らかの関りがあったに違いない。

「日本という国に関わりがあると判断して調査すると、兄が死んでから程なくして、パリに近いル・アーヴルの港から日本への船が出港したという情報を得る事が出来ました。それで」

「断頭台の手掛かりを求めて、日本に来たと言う訳ですか」

「その通りです」

 淡々とした口調で答えたアンリエットに対し、吉直は内心その行動力に驚きを禁じ得なかった。確かに日本は手掛かりに繋がる要素なのであろうが、たったこれだけの根拠で遠く離れた日本にまで来たのである。箱根の関所すら超えた事のない吉直にとって、そこまでの決心をせざるを得ないアンリエットの――いや、サムソン家の執念は想像もつかなかった。

「そして見つけたのがこの断頭台と言う事ですか?」

「そうです。日本に到着してからすぐ、横浜居留地の近くで日本人と西洋人が出入りする妙な小屋の噂が立ちました。そこを襲撃したところサムソン家から盗まれた断頭台が見つかり、それを持ち帰って破壊したのです。残念ながら断頭台の替えの刃は置いてなかったのですが、機械を壊してしまえば最早意味を成さないと思っていたのですけど……」

「断頭台によって処刑されたと思われる、新たな死体が見つかったと言う事ですね」

「そうです。私が更に探索を継続していれば、あのような事にならなかったのかもしれません。断頭台を再現できる者がこの国にはいないだろうという考えが甘かったです」

「それは……仕方ないでしょう。私だってこんな機械は初めて見ましたし、見たって何をする物なのか教えて貰うまで分かりませんでした。この国の常識からは外れた物ですので、復元できる者がいるなどこの国の人間だって予想がつかないでしょう」

 吉直はアンリエットを慰める様な事を言ったが、日本の職人でも断頭台を再現できる者は当然いるだろうと思っていた。鎖国をしていた日本は確かに世界の水準からすれば遅れているかもしれないが、個々の職人の技術は早々引けをとるものではないだろうと思っている。今吉直達がいる横浜居留地は異国風の建物が立ち並んでいるが、この建設には日本の大工が大いに関わっている。異国の建築家が関わっているが、大勢日本に来ている訳ではない。実際に手足を動かしたのは日本の職人が主なのだ。つまり、適切な指示さえあれば、十分模倣出来るだけの下地があるだ。

 もっとも、これをもってアンリエットが日本人の底力を低評価していたと非難するわけにはいかない。吉直だとてアンリエットに出会う前は、山田朝右衛門の一族の様な処刑人が異国にも存在してようとは夢にも思っていなかったし、異国人がおそるべき剣術を身につけているなどとも思っておらず、白兵戦では日本の侍こそが世界最強であると思い込んでいた。異国は圧倒的な武力を誇っているのだが、それは全て銃や砲などの技術力の差であると考えていたのである。

 もちろん実際に異国人を知る事で、これまでの知識が実に浅いものであったかは理解したのだが、これは人間誰しも実際に見聞するまでは認識が甘い事を示している。アンリエットが日本で断頭台が復元されるなど、全く予想できなかったのは当然の事と言えよう。

「しかしここまで分かったのなら私がするべき事は一つだ。探索に力を貸しましょう。アンリエット殿もそう考えているのでしょう?」

 吉直の申し出に、アンリエットの顔が明るくなった。断頭台の探索には危険が付きまとう。アンリエットの家族は実際に殺害されているのだ。言い出しにくい事を吉直から言ってくれてほっとしたのだろう。

「そうなのですが、ご迷惑ではありませんか?」

「構いません。私とて山田家の一員です。異国とはいえ同じ宿命を背負う者同士です。その宿命の重荷を共に背負いましょう」

 そう言うと、吉直はアンリエットに右手を差し出した。友誼を結ぶ異国の挨拶だと学んだばかりの所作である。

 アンリエットは一瞬自分の右手を見つめると、しっかりと吉直の右手を握り返したのだった。



 ここに、日本と仏蘭西の処刑人の一族に生まれた者同士の結束が生まれたのであった。
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