17 / 21
虹なんかいらない 七月
しおりを挟む夏休みに入って三日目。家。
ペーもガラシも用事があるみたいで今日は世界一のヒマ人だったから、朝からずっとマンガを読んでて、いま午後四時四十七分。
さすがに一回は外に出るかって、とりあえずコンビニへ行くことにした。
で、マンガみたいなこと起きねえかなって思いながら歩いてたら、
「ミヤオ」
って、後ろから呼ばれた。
振り向いたら藤田で、今日もマンガみたいなことは起きそうにない。
「藤田かよ」
「どっか行くのか?」
「コンビニ」
「一緒に行こうぜ。話したいことあったし」
「いいけど部活は?」
「今日は午前連で終わり。いま走ってきた」
「へえ。レギュラーになったんだっけ?」
「そう」
藤田は小学生のときから卓球をしていて、ずっと補欠だったけどちょっと前に遂にレギュラーになった。おれは藤田がずっとがんばっていたのを知っていたから、単純に嬉しい。
「お祝いしてないな」
「なんの?」
「レギュラーになったの。なんかジュースおごるわ」
「マジで?」
「マジで」
で、無駄話をしながらコンビニに着いて、藤田にジュースをおごった。
コンビニの前でまたしばらく話してたら、
「そういえば、さっき土手で山中が犬の散歩してたわ」
って、言った。
おなじ小学校だった山中笑美は、占いが好きなことくらいしか印象の無い女子だ。たしかぺーとおなじ天体観測同好会だ。おれは占いはあんまり信じてなくて、誕生日が十月七日だから天秤座だってことくらいしか知らない。
「山中って、ヒマ人なんだな」
「ミヤオも一緒だろ」
「うるせえ、藤田コノヤロー」
最近、自分の中で流行っている藤田への暴言を吐く。
「でさ、面白いから聞いてくれよ。山中さ、四つ葉のクローバーを探してたんだよ」
「そういうのずっと好きなんだな」
「そう。でさ、おれ中一のときに山中に占ってもらったことあってさ、このまま続ければレギュラーになれるって言われたんだよ」
「へえ、当たったじゃん」
「そう。だからお礼に四つ葉のクローバーを一緒に探して、あったからあげたんだよ」
「……え、終わり?」
「終わり」
「どこが面白い話なんだよ、藤田コノヤロー」
「あー、ごめん。犬のウンコがついた四つ葉のクローバーじゃなくて、臭くないほうの四つ葉のクローバーを探したって言いたかったんだった」
「ぜんぜん意味がわかんねえよ、藤田コノヤロー」
相変わらずトークが下手だなって思った。オレケツで一勝したのは奇跡だったのかも。
「ごめん」
「べつに謝るとこじゃないだろ」
本当に悪いなって顔してる藤田がおかしい。馬鹿正直っていうか生真面目っていうか、やっぱり藤田のこういう感じは面白いな。
「話したかったのって、ウンコクローバーのことかよ?」
「あー、ちがう……」
言って、藤田が急に緊張した顔になる。
「……おれさ、好きな人できたわ」
「は?」
「だからさ、おれ好きな人ができたんだよ」
顔を真っ赤にして続ける藤田に、おれの頭は追いつかなかった。
「あー……でもなんでおれに言うわけ?」
「約束してただろ、『好きな人ができたら、報告する』って」
言われて、なんとなく思い出した。
中二になって藤田と一緒のクラスになった頃、なんかの流れでお互いに「だれかに恋する日が来るとは思えない」って話になった。おれはベタなラブコメマンガみたいなことでも無い限り女子に惚れることはないと思ってたし、藤田はそもそもあんまり女子と話せないヤツだったからだ。で、漫画家になるためには恋愛のことも勉強しなきゃいけないから、藤田がもし誰かを好きになる日が来たらジュースをおごるからどういう感じなのか教えてくれって言っていた。
とっくに忘れてた約束だったけど、生真面目な藤田はしっかり覚えてたみたいだ。
「へえ、初恋ってやつ?」
「そう」
「誰?」
「……それはどうでもいいだろ。おれの感情が聞きたいってことだろうし」
そこだけ急に恥ずかしがるのも藤田らしいから、深堀りはやめておいた。
「いつから?」
「レギュラーになったころだな。その子がめちゃくちゃ喜んでくれてさ」
「あー、うん」
「で、その子が笑ってるの見てたら、いきなり心臓がギューってなったんだよ」
「ほえー」
ほんとに恋したら心臓がギューってなるんだな。おれにはたぶん一生わからない感覚だろう。そんな、なんでもない理由で人を好きになるなんてありえないし。
「ありがとう、マンガに使えるわ。ジュースおごる約束だったっけ?」
「あー、いいよ。もうおごってもらったし」
言って、藤田はジュースを飲み干した。
「でもすごいな。レギュラーになって初恋までしちゃって。最高じゃん」
「でも告白とかしようとは思ってないんだよ」
「なんで?」
「だっておれだぜ? 迷惑だろ」
「しょうもないこと言うなよ、藤田コノヤロー」
自分のことなんも分かってないなって、なんかムカついた。藤田が恋した女子におれが藤田の魅力をプレゼンしたいくらいだ。
「だれかに相談すれば? 女子に女子の気持ちを聞いてみたりさ。おれはそういうの分からないから無理だけど」
「でも女子でしゃべれる人ってあんまりいないからなあ」
「清水に聞いてみるとか。それか山中に占ってもらえば?」
「あー、たしかに占いはいいかも」
いいわけねえだろって思ったけど、黙っておく。
「まあ、がんばれよ」
「ありがとな」
「その代わりぜんぶ聞かせろよ。マンガのために知りたいから」
「分かった」
藤田が決意すると、タイミングよく五時半を伝える町内放送が聞こえてきた。
「じゃあ、ジュースありがとな」
「うん。またな」
帰っていく藤田を見ながら、ふと親に塾の夏期講習に行けって言われてたのを思い出した。
イヤだったけど、なんかやらなきゃな。夏期講習は二週間で、それくらいは我慢もできるし、さすがに環境を変えたらなにか面白いことが起きるかもしれない。上手いこといったらマンガみたいなラブコメ展開があって恋に落ちるなんてこともあるかもしれない。
とにかくなんでもいい。なんか起きるだろ。
めんどくさいけど、夏期講習に行ってみるか。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
日給二万円の週末魔法少女 ~夏木聖那と三人の少女~
海獺屋ぼの
ライト文芸
ある日、女子校に通う夏木聖那は『魔法少女募集』という奇妙な求人広告を見つけた。
そして彼女はその求人の日当二万円という金額に目がくらんで週末限定の『魔法少女』をすることを決意する。
そんな普通の女子高生が魔法少女のアルバイトを通して大人へと成長していく物語。
“Boo”t!full Nightmare
片喰 一歌
ライト文芸
ハロウィン嫌いの主人公・カリンは、数日にわたって開催される大規模なハロウィンイベント後のゴミ拾いに毎年参加していた。
今年も例年通り一人でてきぱきと作業を進めていた彼女は、見知らぬイケメン四人衆に囲まれる。
一見するとただのコスプレ集団である彼らの会話には、たまに『化けて出る』や『人間じゃない』といった不穏なワードが混じっているようで……。
彼らの正体と目的はいかに。
これは日常と非日常が混ざり合い、人間と人ならざるものの道が交わる特別な日の出来事。
ついでに言うと、コメディなんだか社会風刺なんだかホラーなんだか作者にもよくわからないカオスな作品。
(毎回、作者目線でキリのいい文字数に揃えて投稿しています。間違ってもこういう数字をパスワードに設定しちゃダメですよ!)
お楽しみいただけておりましたら、
お気に入り登録・しおり等で応援よろしくお願いします!
みなさま、準備はよろしいでしょうか?
……それでは、一夜限りの美しい悪夢をお楽しみください。
<登場人物紹介>
・カリン…本作の主人公。内面がやかましいオタク。ノリが古めのネット民。
物語は彼女の一人称視点で進行します。油断した頃に襲い来るミーム!ミーム!ミームの嵐!
・チル&スー…悪魔の恰好をした双子?
・パック…神父の恰好をした優男?
・ヴィニー…ポリスの恰好をしたチャラ男?
「あ、やっぱさっきのナシで。チャラ男は元カレで懲りてます」
「急に辛辣モードじゃん」
「ヴィニーは言動ほど不真面目な人間ではないですよ。……念のため」
「フォローさんきゅね。でも、パック。俺たち人間じゃないってば」
(※本編より一部抜粋)
※ゴミは所定の日時・場所に所定の方法で捨てましょう。
【2023/12/9追記】
タイトルを変更しました。
(サブタイトルを削除しただけです。)
バケツ
高下
ライト文芸
リスカした血をバケツに溜めて近所の公園の花壇に撒いているため近隣のババアから恐れられている青年と戸籍のない青年の話
表紙イラスト:トーマさん(Twitter@the_ba97)
婚約者を想うのをやめました
かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。
「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」
最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。
*書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。
異世界ゆるり紀行 ~子育てしながら冒険者します~
水無月 静琉
ファンタジー
神様のミスによって命を落とし、転生した茅野巧。様々なスキルを授かり異世界に送られると、そこは魔物が蠢く危険な森の中だった。タクミはその森で双子と思しき幼い男女の子供を発見し、アレン、エレナと名づけて保護する。格闘術で魔物を楽々倒す二人に驚きながらも、街に辿り着いたタクミは生計を立てるために冒険者ギルドに登録。アレンとエレナの成長を見守りながらの、のんびり冒険者生活がスタート!
***この度アルファポリス様から書籍化しました! 詳しくは近況ボードにて!
小料理屋はなむらの愛しき日々
山いい奈
ライト文芸
第5回ほっこり・じんわり大賞にて、大賞を!受賞しました!ありがとうございます!( ̄∇ ̄*)
大阪の地、親娘で営む「小料理屋 はなむら」で起こる悲喜こもごも。
お客さま方と繰り広げられる、心がほっこりと暖まったり、どきどきはらはらしたりの日々です。
「不吉な子」と罵られたので娘を連れて家を出ましたが、どうやら「幸運を呼ぶ子」だったようです。
荒瀬ヤヒロ
恋愛
マリッサの額にはうっすらと痣がある。
その痣のせいで姑に嫌われ、生まれた娘にも同じ痣があったことで「気味が悪い!不吉な子に違いない」と言われてしまう。
自分のことは我慢できるが娘を傷つけるのは許せない。そう思ったマリッサは離婚して家を出て、新たな出会いを得て幸せになるが……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる