屋上でポテチ

ノコギリマン

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願い事は、世界平和

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「マジでヤバイんだよ」

 って、冷や汗をかきながらデブのペーが言う。

「はあ……」
「はあ、じゃなくて。だから今日さ、夜に屋上であんじゃん、で『流れ星を見よう』みたいなの。サノチン、頼むからそれに参加させてくれよ」

 ペーが言ってる天体観測部は、ほんとうはまだ正式な部にもなってない同好会みたいなもんで、まだおれを含めて入ってるのは三人しかいない。

「いいんじゃないの? 自由参加だし」
「ひとりじゃ行けないから言ってんだよ!」

 今日は一学期の終業式。

 明日から夏休みで、もうみんな浮かれてるのに、なんでペーはこんなに焦ってるんだろう?

「でもお前、なんで参加したいの? 星とか興味ねえだろ?」
「ねえよ!」

 なんで急に怒るの?
 意味わかんねえ。

「おれさ、いつも屋上にいるだろ」
「うん」

 ペーとミヤオとガラシの三人、帰宅部のくせにいっつも屋上でダラダラしてる。

「そんでさ、きのうエロ本もってったんだよ、屋上に」
「持ってくんなよ」
「しょうがねえだろ、読みてえんだから!」

 だからなんで急に怒るの?
 意味わかんねえ。

「で、みんなでエロ本読んでたら、小宮先生コミセンが来ちゃってさ。マジビビって上に投げちゃったんだよ、エロ本」
「上って、あの給水塔のとこ?」
「そう。そんで、そのときはなんとかごまかせたんだけど、安心しちゃって、エロ本忘れてきちゃったんだよね」
「いま取りに行けばいいじゃん」
「さっき行ったんだよ。そしたらカギ閉まってた。たぶんコミセンだな」
「明日から夏休みだから?」
「明日から夏休みだから」
「だから今日のやつ来たいってこと?」
「そう。あのエロ本、兄ちゃんのやつなんだよ。兄ちゃんの部屋あさってたらあったやつ。バレたら、おれ、殺されるぞ!」

 おれにはなんの関係もない話だけど、めっちゃ青ざめてるペーがかわいそうだったから、「体験入部したがってる」ってことにして、連れてってあげることにした。


◆◆◆


 で、いま、夕方の六時四十八分。

 屋上には顧問の東初菜あずまはな先生と、部員の森田航もりたわたる山中笑美やまなかえみ、そしておれとペーだけ。

 集合時間は六時半だから、たぶんもうだれも来ない。

「うーん。やっぱり、だれも来なかったねえ」

 言って、東先生が苦笑い。

 無地の黒いTシャツに下は黒いジャージ、いつもの格好だ。

「でもあれだねえ、たいらくんが星に興味あるなんて、意外だねえ」

 急に話を振られたペーが、完全にテンパりながら、

「ぜんぶ興味あります」

 って、よくわからないことを言った。

「いいねえ。ぜんぶに興味があるのはいいことだよ。人生、勉強だからねえ」

 言って笑う東先生の、生徒を全肯定してくれる感じと語尾を伸ばすクセが、おれは大好きだった。

 十コ上の東先生は、ショートヘアに黒ぶちメガネで、オシャレな服のときをぜんぜん知らない。

 だからほかの男子は東先生をで見たことがないんだろう。でもおれは、ペーじゃないけど、に興味がある。

「先生、これでいいっすか?」

 東先生の私物の天体望遠鏡をセッティングしていた森田が言う。

「そうだねえ、いいよお。大丈夫」

 森田はおれとちがってマジで星に興味があって、だから東先生とよく話が合った。

 ちょっとそれは悔しいんだけど、おれもいま星の勉強をがんばってしてる。

「まあ、きょうは天体望遠鏡はあんまり使わない予定なんだけどねえ。『流れ星を見よう』の回だからさあ。結局、だれも来なかったけど」

 自虐みたいなこと言って、東先生が足元の段ボールを見た。

 中には小さな双眼鏡がいっぱい入っていて、この日のために東先生がいろんなとこから集めてきた物だとかで、「これも無駄になっちゃったねえ」って言いながら、中から取り出した双眼鏡をおれらに配っていく。

「先生、ほんとに見られるんですか? 流れ星」

 山中が疑いの目を向けて言う。山中は占いとかロマンチックなものが好きなヤツで、それで星とか星座に興味をもって入ってきたヤツだ。

「大丈夫でしょー。流れ星ってけっこうあるし。一時間もあれば、十個くらいは見られるんじゃないかなあ」
「そっか。なら、願い事し放題ですね」
「あっは、そうだねえ。時間は一時間しかないけど、いっぱい見つけて、いっぱい願い事しちゃおう」
「そうしますそうします」

 呑気な会話を聞きながらペーを見ると、分かりやすすぎるくらいテンパってた。

 そうだった。忘れてた。

「先生、あの、給水塔のとこ行って、そこから見てもいいですか?」

 ガマンできなくなったみたいで、ペーが急に言う。

「給水塔?」

「はい。あの——」入口の脇の壁から生えたハシゴを指さすペー。「——あそこから」

「うーん。でも危なくないかなあ?」
「大丈夫です。気をつけるんで」
「うーん」

 東先生が困った顔をする。

 東先生を困らせるぺーにちょっとムカついたけど、それが理由で連れてきちゃったし、助けてやろう。

「先生、とりあえずぺーに行ってもらって、安全かどうか見てきてもらったらいいんじゃないすか?」
「そうだねえ。じゃあ、そうする?」
「はい! そうします!」

 言って、ペーがおれに「グッジョブ!」の視線を送ってきた。

 で、ふたりでハシゴのとこまで向かった。

「ありがとな」
「いいから、すぐ行って、すぐ取って、すぐ降りて来いよ。先生に迷惑かけんな」
「オーケー」

 バカみたいに親指を立てて言って、ペーがハシゴを上っていった。

「あったか?」
「……あったよ」

 なんか、ヘコんでんな。

「大丈夫か?」
「大丈夫じゃねえよ!」

 だからなんで急に怒るの?
 てか、どういうこと?

「どういう—」
「なんかあったあ?」

 おれの声を、東先生の心配そうな声が遮った。

「プギッ!」

 急な東先生の声に、ペーが豚声でこたえる。

「だ、大丈夫でーす。でもダメでーす。下りまーす」

 言って、ペーが下りてきた。

「大丈夫だった?」
「はい、大丈夫です。でも上、めっちゃ汚かったから、ダメです」
「そっかあ。そりゃ残念だねえ。じゃあ、もどろっか」

 言って、森田たちのほうにもどっていく東先生。

 おれもペーと一緒にもどりながら、

「回収したか?」

 って聞いた。

「うん。できたんだけどさ。上、マジで汚かったんだよ」
「さっき聞いたよ。なんだ、マジ上で見る気だったのかよ?」
「そんなわけないだろ。汚れてたんだよ、エロ本が」
「あー」

 そういうことか。

「なんとかなんねえの?」
「とりあえず流れ星みつけて、願うわ」
「なんて?」
「決まってるだろ。『エロ本、キレイにしてください』ってだよ」
「ははっ」

 史上最低の願い事だ。

 で、もどったら、森田と東先生が並んで夜空を見上げていた。

「ありました、先生?」

 森田と先生が一緒に並んでるのがなんかイヤで、つい言っちゃうと、

「うーん、ないねえ」

 東先生が夜空を見上げたまま言った。

 その横顔に見惚れてたら、

「ねえ、みんな願い事ってなに?」

 って、山中が興味まるだしで聞いてきた。

「それ、教えたらダメなやつじゃねえの?」

 森田がブスッとして言う。

「どうせ流れ星みつけたら三回いわなきゃいけないんだし、いま言っても同じでしょ。ねえ、先生も知りたいでしょ?」
「うーん、まあねえ」
「じゃあ、決まりで。ほら森田、言ってよ」
「……志望校に受かりますように、かな。あと世界平和」
「つまんねえ。なんだよ、それ」

 ペーがブーイングして、森田がにらんだ。

「いいねえ。それでこそ中学生だよ」

 東先生のフォロー。

「ペーは?」

 山中に言われて、ペーがテンパる。

 さっきペーの願い事を聞いてたおれは、笑いをこらえるのが大変だった。

「おれは……おれもあれだよ、世界平和」
「ウソつけ。一緒じゃねえかよ」

 森田がブーイングして、ペーがにらむ。

「いいねえ。それでこそ中学生だよ」
「佐野は?」

 山中に言われて、おれもテンパった。

 ほんとの願いは「東先生のことがもっと知りたい」なんだけど、そんなこと言えるわけない。

「……おれも、世界平和かな?」
「うわーつまんない。ぜったいウソでしょ、それ。なんでみんな一緒なの?」
「うるせえな。じゃあ、お前はなんなんだよ?」
「……あたしは決まってるよ。世界平和」
「ウソつけ!」
「いいねえ。それでこそ中学生だよ」

 言って、東先生が笑った。

 笑ってくれたのはうれしいけど、なんか、いろいろバレてるような気がする。

「じゃあ、先生はなんなんですか? 願い事」

 山中が聞く。

「うーん、なんだろ? ほとんど叶っちゃってるからなあ」
「叶ってるって、なにがですか?」
「そうだねえ。まず先生になるって夢は叶えたし、天体観測部を作るってのも叶えちゃってるしねえ」

 それ聞いて、なんか……こう……胸がすげえ熱くなった。

「先生、まだ部活動になってませんよ」

 森田が水を差す。バカ。

「あー、そっかあ。そうだよねえ」
「大丈夫ですよ、先生。ペーも入ってくれるし」

 って、思わず言っちゃうと、

「あー、そっかあ。平くん、入ってくれるんだあ?」

 って、先生が真に受けてしまった。

「はい。あ、いえ、うん、はい……」

 これでペーの入部が決まってしまった。
 ごめん。

「とにかくあたし、流れ星さがします」
「そうだねえ。じゃあ、みんなで探して、みんなで世界平和を願おう」

 東先生に言われて、おれたちみんな夜空を見上げた。


 星。
 星。
 星。
 星。
 そして、流れ星。


 おれたちみんなで、世界平和を願った。
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