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第二話 『ズル道の怪』を終わらせる

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 現場検証から二日後、オワリちゃんとわたしは生徒会室を訪れていた。長机を挟んだ向こう側には伊織さんとマリさんだけじゃなく、生徒会長の赤川丈あかがわじょうさんまで同席していた。

「まさかきみがここへ来るなんて驚いたよ。民谷さんとは仲がわるいはずだろう?」

 歓迎ムードの赤川さんはぽっちゃりとした、黒縁メガネのとても優しそうなひとだった。

「現場検証をしたところズル道に結界が張られていることが分かり、改めて伊織ちゃんに話を聞く必要ができたので仕方なく」
「へえ、結界ってほんとうにあるんだ」

 この手の話が好きみたいでウキウキと身を乗り出しかけた赤川さんをマリさんが咳払いで止める。

「続けて」

 頭をかきながら小声で謝る赤川さんを無視してマリさんがオワリちゃんを促した。

「聞いていた話では伊織ちゃんは『ズル道』を抜けるのに四時間もかかったそうですが、わたしたちが裏門までに要した時間はたったの五分でした」

 オワリちゃんはなるべくマリさんと話したくないようで、あくまでも赤川さんに向けて説明を始めた。本当に仲が悪いんだな、このふたり。

「うーん、ぜんぜん分からないな。どういうことだい?」
「発動条件を満たした人間にしかルールが発動しない結界ということになります」

 オワリちゃんの言葉に動揺したのか伊織ちゃんの目が泳ぐ。伊織さんは特徴的な赤メガネをかけた、怯えているのが可哀そうになるくらい小柄な女子だった。

「なにか心当たりがあるのかい?」
「心当たりがないから、怖いんです」
「……今回の事件では結界が発動する場合がふたつある。『発動条件を満たした人間が結界に踏み入った場合』と『結界に踏み入った人間が発動条件を満たした場合』だ。きみがいつそれを満たしたのかが重要になる」

 マリさんが顎に手を当てて考え込む隣で、伊織さんが更に顔を青ざめさせる。

「改めて当日のことを詳しく教えてくれ」
「はい――」

 ――なにかあればと思ったけど、伊織さんからマリさんに聞かされた以上の情報は引き出せなかった。

「さて、困ったな。どうやら重要な点で大きな思い違いをしているようだ。伊織ちゃん、きみはそもそもどうやってズル道を知ったんだい?」
「……おなじクラスの柿谷翔人かきたにしょうとくんが話しているのを聞いたことがあるんです。赤い屋根の家と青い屋根の家のあいだから入るって」
「その男子とは仲が良いのかい?」
「いえ、どちらかと言うと悪いと思います。いつもゲームの話ばかりをしている、わたしとは正反対のひとなので」

 意味ありげに言葉を濁す伊織さん。

「そうか。では柿谷くんに話を聞いてみよう。ああ、それからもうひとつ教えてくれ」
「なんでしょう?」

 すっかり怯え切った伊織さんは、オワリちゃんのことまで怖がっているように見えた。

「寝坊の原因は本当に勉強だったのかい?」
「……それが事件と関係するんですか?」
「いや、単なる好奇心だ」
「な、なにを言っているのか分かりません」

 伊織さんはさっきよりも動揺しているように見えた。

「それ、『SAIKYOU5』のゲンゲツだろう」

 オワリちゃんが指さした伊織さんのペンケースのファスナースライダーには『SAIKYOU5』のキャラクターのひとり、ゲンゲツのキーホルダーが付けられていた。

「確か『SAIKYOU5』の発売とともに稼働したガチャガチャで取れるやつだよね。わたしもやってみようと思っていたんだ」
「これは……父が集めているキーホルダーのダブったやつです」
「ほお、お父さんが。まあ世代だね。それにしてもゲンゲツとは実に渋い」

 オワリちゃんの言うとおり『SAIKYOU5』の新キャラのゲンゲツはミイラみたいにやせ細った白髪の老人で孤高の拳法家という通好みのデザインだし、更には操作難易度がベリーハードという、新キャラなのに不人気な玄人好みのキャラだった。実際、わたしもランクマッチをやっていてほとんど当たったことが無い。

「つ、使ったことがないのでわかりません」
「……まあいい、ありがとう」

 あっさりと引き下がったオワリちゃんがいつものようにさっさと生徒会室を出て行き、置いてきぼりにすっかり慣れっこのわたしも軽く頭をさげてから生徒会室を後にした。

「伊織ちゃんはウソをついているな」

 追いつくと、オワリちゃんが確信した口ぶりで言った。

「ウソですか?」
「きみは伊織ちゃんにどういう印象を抱いた?」

 わたしの疑問にオワリちゃんが疑問で返す。

「うーん。やっぱり生徒会だし、とてもまじめな人かなと思いました」
「だとしたら、寝坊という理由があるとはいえズル道を使ってまで遅刻を回避するような卑怯な子ではないということになる」

 言われてみれば確かにそうかも。

「あの手の人間がズルをしようとするのには必ず理由がある。恐らくは遅刻ではなく、寝坊の理由を知られることを恐れたんだ」
「それが今回の事件のカギになるんですか?」
「まだわからない。伊織ちゃんにも言ったが、単なるわたしの好奇心だよ」

 前の『プールの怪』のときもそうだったけど、オワリちゃんは一見して関係ないようなことに関心を持つな、とわたしは思った。

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