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第一話 『プールの怪』を終わらせる

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 プールからの帰り道。

「着替えとかあります?」

 さすがに心配になって、わたしはずぶ濡れのオワリちゃんに訊いた。

「きょうは体育があったからジャージを持って来ている」
「あー、それなら大丈夫ですね」
「ふん、なにが大丈夫なものか。心がズタズタだよ、わたしは」

 オワリちゃんが不満げに口を尖らせる。

「まあまあいいじゃないですか、ハッピーエンドみたいだし」
「あんな青春ドラマを見せつけられたら今日は眠れないじゃないか! その間、わたしは河童と殴り合っていたんだぞ!」

 オワリちゃんが頭を抱えて空を仰ぐ。

「ところで要ちゃんは『幽霊部』に入ってくれるのか? せめてそれくらいの収穫がないと、ほんとに悔しくて眠れない」

 いきなりオワリちゃんのターゲットが変わって、わたしは戸惑った。これで断ったりしちゃったら、金川さんと梶宮さん、それに水泳部がどうなるか分かったものじゃない。

 どうしようかと迷っていると、

「待って!」

 と呼び止められ、振り向くと制服姿の金川さんだった。

「ほんとうにありがとう。あなたには礼を言っても言い切れない」
「ふん。礼ならさっき聞いたさ」

 もはや興味を失ったのか、オワリちゃんがつまらなそうにする。

「素敵な青春ドラマを見せてもらってこちらこそ感謝したいくらいだ。良かったな、梶宮くんと付き合えることになって。お幸せに」
「そのことなんだけど、ひとつだけ分かってほしいの。二か月前に健に告白をしてフラれたのは事実だし、そのときはあなたが言っていたとおり恋愛の神様を恨んだけど、蹴り倒したりなんて、ほんとうにしていないの」
「は?」

 意味が分からないといった顔になるオワリちゃん。わたしもとなりで同じ顔になる。

「本当に本当か、金川ちゃん?」
「今更こんなウソをつく意味がないでしょ。じゃあ、戻るね。ほんとにありがとう、四方末さん」

 考え込むオワリちゃんに礼を言って、清々しい笑顔の金川さんはプールへ戻って行った。

「ど、どういうことですか?」
「分からん……だが、面白い」

 オワリちゃんがいつも以上に邪悪な笑みを浮かべた。

「金川ちゃんの言うことを信じるとして、なにが考えられる、要ちゃん?」
「えっと、よくわかりません。他のだれかが金川さんと同じようにあの場所でフラれて、石を蹴り倒したとか?」
「それはちがうな。要ちゃんの言うとおりのことが起きたんだとしたら、金川ちゃんが河童のターゲットになる理由がない。蹴り倒したヤツに河童は取り憑いていたはずだろう?」

 たしかにそうだ。だとしたら、どういうことなんだろう?

「つまり金川ちゃんが告白している場面を目撃し、なお且つその後に石を動かし河童の封印を解いて金川ちゃんにけしかけた第三者――黒幕がいるってことだよ」

 情報量が多すぎる。

「なんでそんなことを? そもそもそんなことができるんですか?」
「要ちゃんは、陰陽師は知っているかい?」
「はあ。なんとなくは」
「彼らは式神と呼ばれる怪力乱神(かいりきらんしん)を従えることができたらしい。それにわたしだって優を従えているだろう。ある程度以上の力を持っていれば霊的な存在を操ることは可能だ」
「でも、その黒幕が金川さんに取り憑くよう河童に命令した理由がわかりません」
「金川ちゃんに恨みがあったのか、はたまた愉快犯なのか、今のところはなにも分からないな。『プールの怪』を解決した気でいたが、どうやら根本的な部分で失敗していたらしい」

 オワリちゃんが悔しそうに歯噛みする。

 でもわたしには『プールの怪』の顛末が失敗だとは思えなかった。黒幕がほんとにいたとしても、そんなことは関係なくて金川さんと水泳部をオワリちゃんは救ったのだから。

「結果的にはハッピーエンドだし、あれは成功ですよ。水泳部は救われました。黒幕のことはまたべつの機会に考えましょう」
「ふん、皮肉なものだな。ヤツが入学式で言っていた『失敗は若者の特権であり、糧である』とかいう妄言が、わたしに向いたわけか」

 と呟いて、怒りとも喜びともつかない表情になるオワリちゃん。

「そ、そういうことですよ。わたしは生徒副会長の言葉にとても感動しました」
「……気に食わないな。要ちゃんがヤツの言葉に感銘を受けていることが」

 どうしてオワリちゃんは生徒副会長のことをそんなに嫌っているのだろうか? まあ、完全に対極にいる存在にしか見えないし、反りが合わないのもうなずけるけれど。

「それより、返事を聞かせてくれ」

 オワリちゃんが本題に戻す。

 オワリちゃんは今までに出会ったことがない強烈な個性の持ち主で、性格は悪いけど根っからの悪人じゃないのも分かる。それに能力を人助けに役立てている「幽霊部」の活動をいま目の当たりにしたばかりだ。わたしはこの能力を厄介なものとしか思ってこなかったけれど、本当に人助けになるのなら入部するのも悪くないのかもしれない。

「まだ揺らいでいるな、要ちゃん。ならばわたしからも言葉を送ろう」

 顔から不気味な笑みが消えたオワリちゃんがまっすぐにわたしを見る。

「『毒を喰らわば、皿まで』だ。確かにこのわたしヨモスエオワリは毒かもしれないが、幽霊部に入ってくれるのなら、きみの高校生活を絶対に失敗させないと誓おう」

 オワリちゃんの強い言葉に、わたしは思わずうなずいてしまっていた。自分でもなぜかは分からないけれど、生徒副会長の言葉よりもオワリちゃんの言葉のほうが響いていたからだ。

 毒を喰らわば、皿まで――

 ――こうしてわたしは、幽霊部に入ることになった。
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