これまでもこれからも

ばたかっぷ

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三話

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 週明けの全校集会で入院していた先輩の復帰と暁人と上良くんの正式な生徒会加入が報告された。それによって暁人の人気も更に上がったらしい。純くん情報によるとファンクラブみたいなものまで発足しそうな勢いだとか…。

 だけど暁人本人はそんな周りの変化を気に掛ける余裕がないみたい。

 生徒会に入った途端、凄い量の仕事を任されてるみたいで放課後は勿論の事朝から出掛ける事もあるし帰りも遅い日が増えた。正直、暁人の体が心配だ。

 僕に出来るのは栄養のある食事を作る事くらいだけど、遅くなる日は食堂からのデリバリーを生徒会室食べて済ませちゃうし、朝も前みたいにゆっくり一緒に食べる事も減った。

 その分なるだけお弁当は栄養バランスを考えて作っている。いま僕と暁人を繋ぐのはこのお弁当だけみたいな気がしてなんだか力を入れて作ってしまっている。

 今朝も暁人は先に登校しちゃったので、いつも通り昼休みに教室まで届けようとしたら生徒会室にいるとメールがあった。
 
 生徒会室って初めて行くから緊張するなぁ。

 ノックをして返事を待つ。暫くすると扉が開いて中から顔を覗かせたのは上良くんだった。上良くんの顔を見た途端、純くんから聞いた色々な噂を思い出して言葉に詰まる。

「…また君か。何の用?」

「…あ、あの、あき…多岐川くんにお弁当を…」

「渡しておくよ。忙しいからもう帰って」

 上良くんは僕の手からお弁当を取り上げるとそのまま扉を閉めてしまった。扉が閉まるその音が僕と暁人を繋がりをプツリと切る音のように聞こえたーー。



 暁人が生徒会に入ってから僕達の生活はすっかり変わってしまった。朝から夜遅くまで仕事で忙しい暁人とは、一緒に食事をするどころか話をする時間さえ殆どない。
 
 一人で登校して一人で買い物をして部屋に帰る。携帯がメールの着信わ告げる。開いて見ると暁人から夕飯は食べてくると書いてあった。最近はずっとこんな感じだ。
 
 一人だと食欲が湧かずお弁当の下拵えをするついでに何かを摘まんで夕飯を済ませてしまう事が増えてしまった。良くない事はわかってるけど一人で座る食卓が暁人が居ないことを感じさせてしまうから…。

 しっかりしなきゃな…。暁人が居なくても人が、ちゃんとしなくちゃ。これからも暁人の忙しさは続くだろう。大変な暁人に今までみたいに甘えてはいられないんだから。



「たいっちゃん何だか痩せたみたい。ちゃんと食べてる?」

「…そうかな、ちゃんと食べてるよ?」

 純くんに嘘を吐いちゃった。でも本当の事を言ったら心配かけちゃうし…。

「ならいいけど…」

「次は移動教室だからいそがないと、行こう?」

 何か言いたげな純くんを遮って教科書を持って立ち上がった。
 
 授業が終わって移動教室からの帰り道、僕は忘れ物をした事に気付いて引き返す。純くんは一緒に行くって言ってくれたけど悪いから先に戻って貰った。

 座っていた席を覗くと探していたノートが入っていてホッとしてると数人の生徒が教室に入って来た。次の授業でここを使うんだと思い急いで教室を出ようとした僕の腕をその中の一人が掴む。驚いている僕にその人達は鋭い視線を向けて来る。

「お前相澤太一だよね」

 数人の生徒の中で一番小柄で可愛い顔をした人がそう聞いてきた。

「そうですけど…」

「お前さぁ、最近生徒会の回りをうろちょろしてるみたいだけど何のつもり?」

「え…」

「多岐川君の幼なじみってだけで、生徒会の方々に近付くなんて図々しい」

「大体その平凡ななりでよくあの方々に近付けるよね」

 いきなりの事に戸惑っていると周りにいた人達も口々に僕を罵ら始めた。

「僕…は、暁人にお弁当を持って行ってるだけで…」

「それを口実に生徒会室に行ってるってワケね」

「…って言うかさあ。なんでお前が多岐川君に弁当を作ってんの?」

「そうだよ。上良君に悪いと思わないの?」

 なんでそこに上良くんが出てくるの…?

「恋人である上良君を差し置いてお弁当を届けるなんて無神経な真似をするなって事だよ」

「きっと上良君傷ついているよ」

 疑問に思っている僕にその人達はそう言った。

「…暁人と上良くんが…恋、人…同士?」

「知らない振なんかしないでよ」

「上良君の為に多岐川君が生徒会に入ったのは知ってるでしょ」

「上良くんの…?」

「そう。会長達の誘いを断れなかった恋人を心配して多岐川君も生徒会に入ったんだよ」

 あの時会長さん達の誘いをきっぱり断っていた暁人が、急に生徒会入りを決めたその理由は上良くんを助ける為だった、の…?

「わかったのならこれ以上出しゃばった真似をして二人の邪魔をするんじゃないよ」

「ま、どっちにしたって多岐川君達はもう少ししたら生徒会専用の寮部屋に移るし、お前の入る余地なんてなくなるけどね~」

「そうそう」

 部屋…の、移動…?そんな話、全然聞いて…ない…。
 彼等は言いたい事を言うと笑いながら教室を出て行った。

 それから心配した純くんが迎えに来るまで僕は身動きひとつ出来ずにその場に蹲っていたーー。




 暁人と上良くんが恋人同士になってこの部屋から出て行くーー。どうして暁人は僕に何にも話してくれなかったんだろう…。上良くんと付き合ってる事も、部屋を移る事も…。

 ポケットに入れた携帯が暁人からのメールの着信を告げる。震える指先で携帯を開くとそこには今日も遅くなるので生徒会の人達と食事をしてくると書いてあった。

 生徒会の人達…、そう書いてあるけれどもしかしたら本当は恋人である上良くんと一緒にいたいから…?
そうだとしたら僕が夕飯を作って待っていたりしたのは暁人にとって重荷だった…?お弁当だってあの人達が言ったように僕じゃなくてきっと上良くんに作って欲しかったはず、だよ…。

 ああ、僕って噂に疎いだけじゃなく人の気持ちにもこんなに疎かったんだ。生徒会室にお弁当を届けに行ったとき上良くんがあんな態度だったのは当たり前だ。自分の恋人に他の人間がお弁当を作るなんて嫌に決まってる。

 それなのに僕は暁人と離れていくみたいで寂しくて食事を作る事でそれを埋めようとしていた…。
 僕がこんな風だからきっと暁人は上良くんと付き合ってる事も部屋を移る事も言い出せなかったんだね。
トロくていつも暁人に助けて貰ってばかりの僕…。優しい暁人はそんな僕を一人で放っておく事が出来なかったんだ。
 本当なら大事な恋人と過ごすはずの時間を僕が忙しい暁人から奪ってしまっていた。

 ごめんなさい暁人。ごめんなさい上良くん…。

 …ちゃんと言うよ。寂しいなんて甘えてないでちゃんと暁人に…。今までずっと一緒にいてくれてありがとうって…。

 でももう大丈夫、ちゃんと一人でもやって行けるから、だから心配しないでって暁人に…。僕じゃなくて上良くんとの時間を大切にしてねって…、ちゃんと…。

 …あれ、どうして…?なんで涙が出てくるんだろう…。暁人が上良くんと恋人になっても部屋を変わっても僕と暁人が幼なじみである事は変わらないのに…。
 
 そう、変わらない…。ただ…、ずっと一緒にいた暁人が僕の傍から離れていく…。…きっと、それが寂しいだけ…だ、から…。



 あれから暁人にお弁当を作るのを止めた。夕飯は必要な時だけ連絡をして貰うようにして。朝食だけは暁人が部屋を移るまでは許して貰おうと用意しているけれど。

 お弁当を止めた事に暁人は何も言わなかった。やっぱり負担だったんだなって思うとちょっと辛いけど、気付けて良かったとも思うから悲しむのは止めた。部屋の事は暁人が言い出すまで僕からは言わずにいる。そんな僕は結局狡いのだろう。

 …でも、あと少しの間だけだから…、それまでの間だけ上良くんには許して欲しい。でもそんな風に考えていた僕の狡さを神様は見逃してくれなかったんだろうーー。



 殴られた頬に痛みが走る。僕の前には移動教室で会ったあの人達が怒りを顕わにして立っていた。

 放課後、寮への帰り道で声を掛けられ裏庭まで連れて来られた僕に、いきなり手を挙げてきた小柄な可愛い人…。
 多分、純くんが言っていた暁人のファンクラブの人でリーダー格の二年の先輩だ。

「言ったよね。多岐川君の邪魔をするなって」

 呼び出された理由もいきなり殴られた理由も判らずに戸惑う僕に先輩はそう言った。

「…邪魔なんて、してません…」

 お弁当を作るのも止めたし上良くんが嫌な思いをしないように、なるだけ暁人とは一緒にいないようにしている。

「じゃあなんで多岐川君はまだお前と同じ部屋にいるの!」

「お前が引き留めているんだろっ」

「…そんな…」

 確かに自分からは言い出さなかったけど引き留めたりなんてしていない。

「本当に身の程知らずだよね、お前。ちゃんと忠告を聞いていれば痛い思いしなくて済んだのに」

「覚悟は出来てるんだろうな」

 三人の先輩が僕を睨み付けながら迫ってくる。

「お前なんかが多岐川君の横にいるなんて相応しくないってわからせてやるよ!」

 振り上げられた拳に目を瞑り身を硬くしたその時ーー。


「じゃあ、誰なら相応しいって言うんですか?」


 ーー凜とした声が聞こえた。



「…あ!」

 その声に瞑っていた目をそっと開けるとそこにいたのは上良くんだった。

「貴方達は多岐川君のファンクラブの方達ですね。一体何をされているんですか?」

 突然現れた上良くんに訳がわからずにいた僕も先輩達も、彼の問い掛けに答えられずにいると上良くんは僕を庇うように先輩達の前に立ちはだかる。

「多岐川君と僕が恋人同士だと言うデマを流しているのは先輩達ですか?」

 ……え…?上良くんは、今、なんて…デマ…?先輩達は気まずそうに目を逸らしている。

「先輩達が何を思ってそんなデマを流したか知りませんが、多岐川君のファンだと言うならば何故、彼の大切な相手に手を挙げるなんて愚かな真似をなさるんですか」

「………」

 先輩達は唇を強く噛み締めて俯いた。

「とにかくこの事は生徒会役員として見過ごす事は出来ません。風紀へ報告しますので然るべき処分を覚悟なさって下さい」


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