84 / 146
第四章 復讐その四 アルグレア王国と神の眷属 前編
嘘
しおりを挟む
ハンナさんは気づいてしまった。
……僕の舌が、もう何も感じなくなってしまっていることを。
「あなたは……あなたはいつも……!」
ハンナさんが僕の胸に縋りつき、号泣する。
僕には、そんな彼女を受け止め、抱き締めることしかできない。
「……ハンナ、どういうことか話してください」
ライラ様はこれ以上ない程冷たい声で、ハンナさんに問い掛ける。
その右の瞳は、有無を言わせないとばかりに。
「……アデル、様は……限界を超えてお力を使われると、身体の機能の一部を……失って……しまうのです……っ!」
絞り出すような声で、ハンナさんがライラ様に告げる。
苦しそうに……つらそうにしながら……。
「アデル様……?」
ライラ様は、今度は僕を睨みながら真偽を確かめる。
「……ハンナさんが仰った通りです」
「っ!?」
そう告げると、ライラ様が息を飲んだ。
「ど、どこを!? どこを悪くなられたのですか!?」
「……左眼と右手、そして……舌、です」
白銀の手で激しく揺するライラ様に観念した僕は、全てを話した。
白銀の手脚と義眼を作った時に、左眼の視力を失ったこと。
クロウ=システムを作った時に、右手の感覚を失ったこと。
そして、フギンとムニンを作った時に、味覚を失ったこと。
……限界を超えて[技術者]の能力を使った、その代償として……。
「そ、そんな……そんな……!」
僕の肩をつかんだまま、ライラ様はガクリ、と肩を落とす。
ライラ様のその右の瞳は、悲しみや、怒りや、悔しさ、様々な感情が入り混じっているように見えた。
「……どうして」
「ライラ様……?」
「どうして! そのことを言ってくれなかったのですか! どうして教えてくれなかったのですか! どうして……どうして……!」
ライラ様の右の瞳から涙が溢れ出し、大声で叫ぶ。
「私は! あなたにとって何なのですか! ただ、あなたを苦しめるだけの存在でしかないのですか! どうして……どうして私に、あなたをこんな風にしてしまった罪を受けさせてくださらないのですかあ……っ!」
「ライラ様……申し訳、ありません……」
泣き叫ぶライラ様に、僕はただ謝った。
それは、僕の浅はかな考えが、ライラ様を苦しめることになったことに対して。
ライラ様の想いを、傷つけてしまったことに対して。
「僕が……馬鹿でした……っ!」
泣き続けるライラ様とハンナさんを、僕は強く抱き締めた。
僕が本当に二人を大切だと想うなら、ちゃんと伝えるべきだったんだ。
僕のしたことは、二人の想いを無視した、ただの独り善がりだ。
それが……この二人を、こんなにも傷つけてしまったんだ……!
「アデル様! もう……もうこんなことは絶対にしないでください! 絶対に……絶対に……!」
「はい……僕が間違えていました……!」
「アデル様……アデル様あ……!」
大切な二人を抱き締めながら、僕は誓う。
もう二度と、間違えないと。
◇
「ぐす……」
「ひっく……」
少し落ち着いた二人だけど、それでもまだ、その肩が震えていた。
「……ほ、本当に、それ以上のことはないんですよね……?」
ライラ様が泣き腫らした右眼で見つめながら、僕を問い質す。
「はい……お話したことで、全てです……」
「い、今されている要塞の建造でも、どこにも負担はかかっていないんですよね?」
「はい、何一つ問題はありません」
ライラ様にこれ以上不安にさせまいと、僕はハッキリと事実を告げた。
「もう……嘘は吐きませんよね……?」
「……はい」
そう答えると、ライラ様はグイ、と白銀の腕で涙を拭った。
「……これ以上はもう言いません。ですが……もう、こんなことはこれっきりにしてください……」
「はい……」
強い眼差しで見つめるライラ様に、僕はただ頷いた。
「アデル様……わた、私は……!」
だけど、ハンナさんはまだ気持ちの整理がついていないらしく、うなだれたまま、また涙を零していた。
「ハンナ……あなたも、もう受け入れるしかないんです。アデル様を壊してしまった、その罪を……」
「お、お嬢様……!」
「一緒に……受け入れましょう……?」
「はい……はい……!」
ライラ様に優しく諭され、ハンナさんが両手で顔を押さえて蹲った。
そんな彼女の背中を、ライラ様が優しく撫でた。
「今度こそ……アデル様にその力を使っていただく訳にはいかない、ですね」
「……限界さえ越えなければ、身体への負担もなく問題ありません。それに、こう言っては何ですが、限界を三回超えたことで、僕の能力も、耐性も、飛躍的に伸びています……つまり、もう限界を超える必要はないと思っています……」
「そんなの! ……そんなの、嬉しくありません……」
僕がそう説明すると、ライラ様は唇を噛みながら顔を伏せた。
あはは……その言葉、ハンナさんにも言われたっけ……。
「とにかく、これからはお二人にはちゃんと相談しますし、嘘も吐きません。もう、僕一人だけの身体じゃないですから……」
「はい……絶対、ですからね……?」
「はい」
僕はライラ様に向かって力強く頷いた。
一つだけ、嘘を吐いたまま。
……僕の舌が、もう何も感じなくなってしまっていることを。
「あなたは……あなたはいつも……!」
ハンナさんが僕の胸に縋りつき、号泣する。
僕には、そんな彼女を受け止め、抱き締めることしかできない。
「……ハンナ、どういうことか話してください」
ライラ様はこれ以上ない程冷たい声で、ハンナさんに問い掛ける。
その右の瞳は、有無を言わせないとばかりに。
「……アデル、様は……限界を超えてお力を使われると、身体の機能の一部を……失って……しまうのです……っ!」
絞り出すような声で、ハンナさんがライラ様に告げる。
苦しそうに……つらそうにしながら……。
「アデル様……?」
ライラ様は、今度は僕を睨みながら真偽を確かめる。
「……ハンナさんが仰った通りです」
「っ!?」
そう告げると、ライラ様が息を飲んだ。
「ど、どこを!? どこを悪くなられたのですか!?」
「……左眼と右手、そして……舌、です」
白銀の手で激しく揺するライラ様に観念した僕は、全てを話した。
白銀の手脚と義眼を作った時に、左眼の視力を失ったこと。
クロウ=システムを作った時に、右手の感覚を失ったこと。
そして、フギンとムニンを作った時に、味覚を失ったこと。
……限界を超えて[技術者]の能力を使った、その代償として……。
「そ、そんな……そんな……!」
僕の肩をつかんだまま、ライラ様はガクリ、と肩を落とす。
ライラ様のその右の瞳は、悲しみや、怒りや、悔しさ、様々な感情が入り混じっているように見えた。
「……どうして」
「ライラ様……?」
「どうして! そのことを言ってくれなかったのですか! どうして教えてくれなかったのですか! どうして……どうして……!」
ライラ様の右の瞳から涙が溢れ出し、大声で叫ぶ。
「私は! あなたにとって何なのですか! ただ、あなたを苦しめるだけの存在でしかないのですか! どうして……どうして私に、あなたをこんな風にしてしまった罪を受けさせてくださらないのですかあ……っ!」
「ライラ様……申し訳、ありません……」
泣き叫ぶライラ様に、僕はただ謝った。
それは、僕の浅はかな考えが、ライラ様を苦しめることになったことに対して。
ライラ様の想いを、傷つけてしまったことに対して。
「僕が……馬鹿でした……っ!」
泣き続けるライラ様とハンナさんを、僕は強く抱き締めた。
僕が本当に二人を大切だと想うなら、ちゃんと伝えるべきだったんだ。
僕のしたことは、二人の想いを無視した、ただの独り善がりだ。
それが……この二人を、こんなにも傷つけてしまったんだ……!
「アデル様! もう……もうこんなことは絶対にしないでください! 絶対に……絶対に……!」
「はい……僕が間違えていました……!」
「アデル様……アデル様あ……!」
大切な二人を抱き締めながら、僕は誓う。
もう二度と、間違えないと。
◇
「ぐす……」
「ひっく……」
少し落ち着いた二人だけど、それでもまだ、その肩が震えていた。
「……ほ、本当に、それ以上のことはないんですよね……?」
ライラ様が泣き腫らした右眼で見つめながら、僕を問い質す。
「はい……お話したことで、全てです……」
「い、今されている要塞の建造でも、どこにも負担はかかっていないんですよね?」
「はい、何一つ問題はありません」
ライラ様にこれ以上不安にさせまいと、僕はハッキリと事実を告げた。
「もう……嘘は吐きませんよね……?」
「……はい」
そう答えると、ライラ様はグイ、と白銀の腕で涙を拭った。
「……これ以上はもう言いません。ですが……もう、こんなことはこれっきりにしてください……」
「はい……」
強い眼差しで見つめるライラ様に、僕はただ頷いた。
「アデル様……わた、私は……!」
だけど、ハンナさんはまだ気持ちの整理がついていないらしく、うなだれたまま、また涙を零していた。
「ハンナ……あなたも、もう受け入れるしかないんです。アデル様を壊してしまった、その罪を……」
「お、お嬢様……!」
「一緒に……受け入れましょう……?」
「はい……はい……!」
ライラ様に優しく諭され、ハンナさんが両手で顔を押さえて蹲った。
そんな彼女の背中を、ライラ様が優しく撫でた。
「今度こそ……アデル様にその力を使っていただく訳にはいかない、ですね」
「……限界さえ越えなければ、身体への負担もなく問題ありません。それに、こう言っては何ですが、限界を三回超えたことで、僕の能力も、耐性も、飛躍的に伸びています……つまり、もう限界を超える必要はないと思っています……」
「そんなの! ……そんなの、嬉しくありません……」
僕がそう説明すると、ライラ様は唇を噛みながら顔を伏せた。
あはは……その言葉、ハンナさんにも言われたっけ……。
「とにかく、これからはお二人にはちゃんと相談しますし、嘘も吐きません。もう、僕一人だけの身体じゃないですから……」
「はい……絶対、ですからね……?」
「はい」
僕はライラ様に向かって力強く頷いた。
一つだけ、嘘を吐いたまま。
0
お気に入りに追加
364
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
わがまま姉のせいで8歳で大聖女になってしまいました
ぺきぺき
ファンタジー
ルロワ公爵家の三女として生まれたクリスローズは聖女の素質を持ち、6歳で教会で聖女の修行を始めた。幼いながらも修行に励み、周りに応援されながら頑張っていたある日突然、大聖女をしていた10歳上の姉が『妊娠したから大聖女をやめて結婚するわ』と宣言した。
大聖女資格があったのは、その時まだ8歳だったクリスローズだけで…。
ー---
全5章、最終話まで執筆済み。
第1章 6歳の聖女
第2章 8歳の大聖女
第3章 12歳の公爵令嬢
第4章 15歳の辺境聖女
第5章 17歳の愛し子
権力のあるわがまま女に振り回されながらも健気にがんばる女の子の話を書いた…はず。
おまけの後日談投稿します(6/26)。
番外編投稿します(12/30-1/1)。
作者の別作品『人たらしヒロインは無自覚で魔法学園を改革しています』の隣の国の昔のお話です。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
【完結】子供が出来たから出て行けと言われましたが出ていくのは貴方の方です。
珊瑚
恋愛
夫であるクリス・バートリー伯爵から突如、浮気相手に子供が出来たから離婚すると言われたシェイラ。一週間の猶予の後に追い出されることになったのだが……
虐げられた令嬢、ペネロペの場合
キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。
幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。
父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。
まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。
可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。
1話完結のショートショートです。
虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい……
という願望から生まれたお話です。
ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。
R15は念のため。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる