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第三章 復讐その三 ハリー=カベンディッシュ
晩餐への闖入者
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「……それで、どうしてお嬢様とアデル様は抱き合っていたのでしょうか?」
「「…………………………」」
僕とライラ様は今、馬車を置いて屋敷の中に入ってきたハンナさんに詰問されている。
しかも、真新しくなった絨毯の上に正座させられながら。
「ハ、ハンナ! それよりもすごいと思いませんか! 見てくださいこの生まれ変わった屋敷の様子を!」
話を逸らそうと、ライラ様が必死でこの屋敷の状態をアピールする。
だけど。
「ええ、さすがはアデル様です。ですが、それとお二人が抱き合っていたことは全く関係ありませんよね?」
「あうう……」
眼鏡をクイ、と指で持ち上げ、的確に話の論点を戻すハンナさんには通用せず、ライラ様は口ごもってしまった。
「あ、あのー……ライラ様は屋敷が綺麗になったことが嬉しくて、僕もそんなライラ様が、その……」
「はあ……」
僕がおずおずとそう説明すると、ハンナさんはこめかみを押さえながら深い溜息を吐いた。
「お嬢様……この件については今晩にでもゆっくり話し合いましょうか」
「は、はい……」
ハンナさんが放つプレッシャーに、ライラ様は首を縦に振るばかりだった。
「あ、そ、そうだ! 屋敷は終わりましたが庭はまだですので、今から綺麗にしましょう!」
これ以上耐えられそうにない僕は、何とかこの場から逃げ出そうとそう提案しつつ、ライラ様に視線を送ると。
「ア、アデル様! それはいいですね!」
ここぞとばかりにライラ様も乗っかってくれた。
「はあ……もういいです……」
するとハンナさんのプレッシャーは霧散した。だけど……ハンナさんは少し悲しそうな表情を浮かべた。
あ……ハンナさん……。
「え……? あ……」
そんなハンナさんの表情を見て心が苦しくなった僕は、気がつけばハンナさんを抱き締めていた。
ハンナさんに、そんな顔をして欲しくなくて。
「うふふ……本当に、アデル様はお優しいですね……」
ハンナさんも先程までの悲しげな表情とは打って変わり、僕の肩に頬を寄せて嬉しそうに口元を緩める。
すると。
「むうううううううううううううう!」
今度はライラ様がその頬をパンパンに膨らませ、拗ねてしまった。
……まあ、そうなりますよね。
◇
「いらっしゃいませ」
王都でも有名のレストランに来た僕達は、ギャルソンに案内されるとお店の中でも一番景色の良い席に着いた。
「ふふ……久しぶりに来たのに、覚えていてくださったのですね……」
「もちろんでございます、お嬢様」
ギャルソンは一礼をした後、店のカウンターへと戻って行った。
「ライラ様はこのお店に来たことがあるんですか?」
「ふふ……ええ、まだお父様とお母様が生きていらした頃、王都に来たらいつもこのお店のこの席で、料理を食べるんです……」
そう言うと、ライラ様は胸に手を当て、まるで懐かしむかのようにそっと瞳を閉じた。
「……私も、王都までご同行する際は、お館様にお許しをいただいて何度もご一緒させていただきました……」
そして、ハンナさんも少し涙ぐむ。
そうか……この店は、二人にとって大切な思い出の場所なんだ……。
「今日はアデル様とこの店に来ることができて、本当に幸せです……」
「僕も、こんな大切な場所にご一緒できて、光栄です……」
すると、ギャルソンがワインと料理を運んできてくれた。
「さあ、今日は英気を養うためにも楽しく食べて飲みましょう」
「「はい」」
僕達はギャルソンが注いでくれたワイングラスを手に取ると。
「乾杯」
「「乾杯」」
ライラ様の音頭で、グラスを傾けてワインを口に含んだ。
「ふふ、美味しいですね」
「ええ……素晴らしい香りです」
うん……この芳醇な香りだけでも、このワインが美味しいことが分かる。
すると。
「これはこれは……誰かと思えばライラ殿。いや、今はカートレット卿でしたか」
身なりの整った金髪をオールバックにした中年の男が、おもむろにライラ様に声を掛けてきた。
おそらくは貴族、だろう。
「……失礼ですが?」
「おや、お忘れかな? 先代カートレット卿と懇意にさせていただいていた、“カベンディッシュ”ですよ」
「「っ!?」」
男が名乗ると、ライラ様とハンナさんが息を飲んだ。
知っている人なんだろうか……?
「……“宰相”閣下がどのようなご用件ですか?」
「っ!?」
ライラ様の口から放たれたその言葉に、今度は僕が思わず息を飲んだ。
“宰相”!? この男が!?
「はは……いや、たまたまこの店に来たら食事をしているあなたを見かけてね。それで、少し旧交を温めようと声を掛けたんだよ」
「……そうですか」
微笑みながらそう語る宰相に、ライラ様は視線を逸らしながら返事した。
「……ご両親については、無念だったね」
「…………………………」
宰相はそう呟くと、そっと目を瞑る。
一方、そんな宰相に煩わしさを感じているのか、ライラ様はどこか落ち着きがない。
「はは……私もつい最近、本当に大切な人を失ったんだ……」
そんなライラ様の様子をまるで無視しながら宰相はそう言うと、寂しげな表情を浮かべ、肩を落とした。
「好きだった……愛していたんだ……でも、私が浅はかにもくだらないことを頼んだせいで、あの人は死んでしまった……」
涙が一滴、宰相の頬を伝う。
だけど……そんな独白に似た宰相の想いを僕達に聞かせて何がしたいんだ?
慰めて欲しいのか?
同情して欲しいのか?
それとも、同じ境遇だと思い違いして、ライラ様に共感して欲しいのか?
僕にはこの宰相が理解できず、ただ呆然と眺めていた。
「……だから、このポッカリと空いてしまった心を埋めるには、一つしかないんだよ」
すると、突然宰相の顔が醜く歪み、ライラ様に憎悪に満ちた視線を向けた。
「……それで?」
そんな宰相に、ライラ様は冷たく言い放つ。
もう、ここまでくればこの男の言いたいことは理解できた。
つまり……この男がゴドウィンを僕達にけしかけた張本人で、宰相の恋人であるゴドウィンがライラ様に殺されたことを逆恨みしているんだと。
「明日……楽しみにしているよ。その仮面が貼りついたような顔が、絶望と苦痛に歪むことを」
そんな呪詛にも似た言葉を吐くと、宰相はこの店を出て行った。
そしてライラ様は、宰相が出て行った扉を見つめながら。
「……………………あは♪」
ニタア、と口の端を吊り上げた。
「「…………………………」」
僕とライラ様は今、馬車を置いて屋敷の中に入ってきたハンナさんに詰問されている。
しかも、真新しくなった絨毯の上に正座させられながら。
「ハ、ハンナ! それよりもすごいと思いませんか! 見てくださいこの生まれ変わった屋敷の様子を!」
話を逸らそうと、ライラ様が必死でこの屋敷の状態をアピールする。
だけど。
「ええ、さすがはアデル様です。ですが、それとお二人が抱き合っていたことは全く関係ありませんよね?」
「あうう……」
眼鏡をクイ、と指で持ち上げ、的確に話の論点を戻すハンナさんには通用せず、ライラ様は口ごもってしまった。
「あ、あのー……ライラ様は屋敷が綺麗になったことが嬉しくて、僕もそんなライラ様が、その……」
「はあ……」
僕がおずおずとそう説明すると、ハンナさんはこめかみを押さえながら深い溜息を吐いた。
「お嬢様……この件については今晩にでもゆっくり話し合いましょうか」
「は、はい……」
ハンナさんが放つプレッシャーに、ライラ様は首を縦に振るばかりだった。
「あ、そ、そうだ! 屋敷は終わりましたが庭はまだですので、今から綺麗にしましょう!」
これ以上耐えられそうにない僕は、何とかこの場から逃げ出そうとそう提案しつつ、ライラ様に視線を送ると。
「ア、アデル様! それはいいですね!」
ここぞとばかりにライラ様も乗っかってくれた。
「はあ……もういいです……」
するとハンナさんのプレッシャーは霧散した。だけど……ハンナさんは少し悲しそうな表情を浮かべた。
あ……ハンナさん……。
「え……? あ……」
そんなハンナさんの表情を見て心が苦しくなった僕は、気がつけばハンナさんを抱き締めていた。
ハンナさんに、そんな顔をして欲しくなくて。
「うふふ……本当に、アデル様はお優しいですね……」
ハンナさんも先程までの悲しげな表情とは打って変わり、僕の肩に頬を寄せて嬉しそうに口元を緩める。
すると。
「むうううううううううううううう!」
今度はライラ様がその頬をパンパンに膨らませ、拗ねてしまった。
……まあ、そうなりますよね。
◇
「いらっしゃいませ」
王都でも有名のレストランに来た僕達は、ギャルソンに案内されるとお店の中でも一番景色の良い席に着いた。
「ふふ……久しぶりに来たのに、覚えていてくださったのですね……」
「もちろんでございます、お嬢様」
ギャルソンは一礼をした後、店のカウンターへと戻って行った。
「ライラ様はこのお店に来たことがあるんですか?」
「ふふ……ええ、まだお父様とお母様が生きていらした頃、王都に来たらいつもこのお店のこの席で、料理を食べるんです……」
そう言うと、ライラ様は胸に手を当て、まるで懐かしむかのようにそっと瞳を閉じた。
「……私も、王都までご同行する際は、お館様にお許しをいただいて何度もご一緒させていただきました……」
そして、ハンナさんも少し涙ぐむ。
そうか……この店は、二人にとって大切な思い出の場所なんだ……。
「今日はアデル様とこの店に来ることができて、本当に幸せです……」
「僕も、こんな大切な場所にご一緒できて、光栄です……」
すると、ギャルソンがワインと料理を運んできてくれた。
「さあ、今日は英気を養うためにも楽しく食べて飲みましょう」
「「はい」」
僕達はギャルソンが注いでくれたワイングラスを手に取ると。
「乾杯」
「「乾杯」」
ライラ様の音頭で、グラスを傾けてワインを口に含んだ。
「ふふ、美味しいですね」
「ええ……素晴らしい香りです」
うん……この芳醇な香りだけでも、このワインが美味しいことが分かる。
すると。
「これはこれは……誰かと思えばライラ殿。いや、今はカートレット卿でしたか」
身なりの整った金髪をオールバックにした中年の男が、おもむろにライラ様に声を掛けてきた。
おそらくは貴族、だろう。
「……失礼ですが?」
「おや、お忘れかな? 先代カートレット卿と懇意にさせていただいていた、“カベンディッシュ”ですよ」
「「っ!?」」
男が名乗ると、ライラ様とハンナさんが息を飲んだ。
知っている人なんだろうか……?
「……“宰相”閣下がどのようなご用件ですか?」
「っ!?」
ライラ様の口から放たれたその言葉に、今度は僕が思わず息を飲んだ。
“宰相”!? この男が!?
「はは……いや、たまたまこの店に来たら食事をしているあなたを見かけてね。それで、少し旧交を温めようと声を掛けたんだよ」
「……そうですか」
微笑みながらそう語る宰相に、ライラ様は視線を逸らしながら返事した。
「……ご両親については、無念だったね」
「…………………………」
宰相はそう呟くと、そっと目を瞑る。
一方、そんな宰相に煩わしさを感じているのか、ライラ様はどこか落ち着きがない。
「はは……私もつい最近、本当に大切な人を失ったんだ……」
そんなライラ様の様子をまるで無視しながら宰相はそう言うと、寂しげな表情を浮かべ、肩を落とした。
「好きだった……愛していたんだ……でも、私が浅はかにもくだらないことを頼んだせいで、あの人は死んでしまった……」
涙が一滴、宰相の頬を伝う。
だけど……そんな独白に似た宰相の想いを僕達に聞かせて何がしたいんだ?
慰めて欲しいのか?
同情して欲しいのか?
それとも、同じ境遇だと思い違いして、ライラ様に共感して欲しいのか?
僕にはこの宰相が理解できず、ただ呆然と眺めていた。
「……だから、このポッカリと空いてしまった心を埋めるには、一つしかないんだよ」
すると、突然宰相の顔が醜く歪み、ライラ様に憎悪に満ちた視線を向けた。
「……それで?」
そんな宰相に、ライラ様は冷たく言い放つ。
もう、ここまでくればこの男の言いたいことは理解できた。
つまり……この男がゴドウィンを僕達にけしかけた張本人で、宰相の恋人であるゴドウィンがライラ様に殺されたことを逆恨みしているんだと。
「明日……楽しみにしているよ。その仮面が貼りついたような顔が、絶望と苦痛に歪むことを」
そんな呪詛にも似た言葉を吐くと、宰相はこの店を出て行った。
そしてライラ様は、宰相が出て行った扉を見つめながら。
「……………………あは♪」
ニタア、と口の端を吊り上げた。
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