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神代 コウ

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迫る大穴の影

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 神饌の儀式が行われる範囲を知っているのか、男はアクセルと戦っていた所から離れた、四号目と五号目の間の辺りの上空へと来ており、その時を虎視眈々と身定めているようだった。

 次第に近づいて来る上空に大穴。その漆黒の影を浴びて、祭壇に集まっていた生物達が遠吠えや鳴き声をあげる。それは宛ら英雄の帰還を歓迎するような、神の降臨に涙を流し感涙するかのようだった。

 上空に続き、地上でも起こる異様な光景に気を取られる事なく、ツクヨはただその渦中にいる山のヌシ、ミネの様子を伺う。彼に見つめられる当人は、すっかり山のヌシとして山の神の降臨を歓迎するように、食事はここだと言わんばかりに精気を落ちて来る大穴に向けて、より一層強く放ち続ける。

 両腕を挙げた姿は、まるで空から愛しい人が降りて来るのを迎えるように優しく見える。そこにこれまで見てきたミネの面影は無い。思考の汚染、身体の自由を奪われ、心までも自分はただの装置だと思い込んでいるように忠実な姿。

 人がここまで無機質なものになるものなのかと、ツクヨは心の奥底で山の神成るモノの所業に恐れを抱いていた。

 大穴により、回帰の山の山頂から半分程が真夜中のように闇に包まれる。ここまでくれば、流石に他の者達にも神饌の時が来たのだという知らせが伝わる。

 ツクヨに続き、ミネとの再会を果たす為山頂を目指していたギルドの隊長ライノは、九号目を過ぎた辺りにいた。彼はそこでいち早く上空の異様な光景を目の当たりにして、思わず思考が止まりその場に立ち尽くしていた。

「なッ・・・何だよ・・・コレ。洞窟が落ちて来る?俺はどうかしちまったのか・・・」

 同じく大穴の影の下にいた、ハインドの待ちに残された調査隊の一人であるカガリも、その目を疑うような光景に尻もちを着き、もう助からないのだという事を悟り、身体に力が入らなくなってしまっていた。

「ミネさん・・・俺・・・。すみません、ちゃんと貴方の言うことを聞いていれば・・・。すみません・・・すみません・・・」

 黒衣の男に飛ばされたアクセルと共に山頂を目指そうとしていたケネトは、上空の濃霧に異変を感じた時点で引き返す提案をしていた。必死に呼び掛ける相棒の様子にただ事では無いと察したアクセルは、その提案をのみその場から後退を始めていたのだ。

 その甲斐もあり、アクセルとケネトは辛うじて神饌の範囲から抜け出せそうな所にいた。だがそれでも、大穴が大地に落としていた影の範囲からはまだ脱出出来ていない。

 判断こそ間違わず、咄嗟に動き出していた彼らでさえも、最早生存は絶望的だった。今出せる全力を尽くして駆け抜けるアクセルとケネトだったが、大粒の汗を流しながら喉を切らす荒い呼吸が周囲に響いていた。

「まだ抜け出せないのかッ!?どんだけ広いんだよ・・・。ケネト、大丈夫か?」

「あっあぁ・・・。けどこれじゃぁ間に合わない。すまない、俺がもっと早く気が付いていれば・・・」

「馬鹿野郎ッ!こんなの誰だって分かる筈ねぇだろ!何処に空から大穴が落ちて来るなんて分かる奴がいるってんだ。今は兎に角、ギリギリまで走るしかねぇッ!」

 これ程大きなモノの存在を早くに気が付けなかった事を悔いるケネトに、アクセルはお前のせいでは無いと言い聞かせ、今はただ力の限り足を動かせと呼び掛ける。

 彼らにとっても、これ程の事態は経験がなかった。故にその身に感じる危機感は計り知れなかった。絶望と共に暗い影を落とす大穴のプレッシャーに押し潰されそうになりながらも、必死に影の範囲外を目指していた。

 そして避難を開始していたシン達はと言うと、彼らは既に山の麓付近まで来ていた。もう間も無く回帰の山を脱しようとしていた頃、山頂の方の空が何やら濃霧の影響だけでなく、白い何か壁のようなものが動いているように見えていた。

「シン・・・アレ」

 ミアが指差すのは山頂の上空に立ち込める濃霧。否、彼女が見ていたのはその先にある“何か”だったのだろう。遠く離れた位置にいる彼らでさえもう、目を凝らすとその濃霧の中に動く何かの存在に気が付いた。

「霧の中を何かが動いてる・・・ように見える」

「君もか、私もだよ。ツクヨの奴、大丈夫なんだよな?」

 珍しく心配そうな声で問うミアに、シンは森でのツクヨの表情を思い出していた。彼はシンに約束をした。必ず無事に帰って来ると。無茶をせず、自分の命を第一に考え行動する事を。

「ツクヨと約束した。絶対に無茶はしないと・・・。ツクヨは嘘をつくような奴じゃない。ミアも分かってるだろ?」

「それは・・・そうだが・・・」

「信じて待とう。それにツクヨは、奥さんと娘さんを見つけるまで絶対に死ねないんだから」

 ツクヨにとって何よりも大切な存在。彼がこの世界に来たのも、彼の最愛の人である妻十六夜と、最愛に娘である蜜月を探す為。その目的を果たす為なら彼は絶対に死ねない筈。

 心配していたのは何もミアだけではない。いつもは口の悪いツバキも、心配性であるアカリも同じだった。ツバキは不安な気持ちを少しでも軽くしたいのか、ギルドの隊員達に濃霧の事や儀式の事について聞いている。

 アカリは紅葉を抱えながら語り掛けている。それに返事をするように紅葉も鳴き声をあげながら、山頂の方に感じる異様な雰囲気に少し怯えて震えていた。

 迫る大穴が近づき、間も無くツクヨやミネ達のいる山頂を飲み込まんとしていた。その大穴には中心に届かんとする勢いで聳える巨大な牙のようなモノがある。

 やはりコレは何かの生物の“口”であるに違いない。
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