World of Fantasia

神代 コウ

文字の大きさ
上 下
1,620 / 1,646

失われし記憶の断片

しおりを挟む
 ふらふらと森を歩くその記憶の光景は、次第に木々の間から覗かせる陽の光に導かれるように歩みを進める。森を抜けた後、その先には街へと繋がる道が続いているのが見える。

「おいアンタ、どうしたそんなボロボロの状態でッ・・・!?」

 記憶の主の前に現れたのは、街の農夫らしき格好をした男だった。森から出てきた記憶の主の服は、森の木々や草木でボロボロとなっており、肌のそこら中には擦り傷や切り傷が見える。

「手当てをしてあげるから、私について来なさい」

「・・・・・」

 歩くのすら不安定な記憶に主に肩を貸す農夫。当の本人は記憶が曖昧としているのか、常に心ここに在らずといった様子で、口を開くこともなかった。

 農夫が街に到着すると、数人の街の者達が心配して集まり、農夫から事情を聞くと街の医者のところへとその人物は運ばれた。急患という事で直ぐに医者の前に通されたその人物は、椅子に座らされ様々な検査を受けた。

 外傷は多いものの命に関わる重いものは一切なく、薬を塗っておけば数日で良くなるだろうと診断された。だが問題だったのは、その人物の精神だったようだ。

 これまで多くの者達がその人物に声を掛けてきたが、口がきけないのかどの質問にも応える事はなかった。名前も何者なのかも、森で何をしていたのかさえ分からぬ状況に、街の者達は山のヌシの慈悲かも知れないと騒ぎ始めた。

 どうやら記憶の主が現れたのは、街の側にある山で地元の者達からは回帰の山と呼ばれる神聖で不気味な噂が広まる、謎多き山だったようだ。つまりこの記憶に主が連れて来られたのは、いつかの時代のハインドの街だということになる。

 医者の診断によって、記憶の人物が男である事と、その身に纏っていた衣類が現代では見ない珍しい物である事が判明した。そこから彼が何処からやって来た人物か分かるかもしれないと、街のギルドに依頼を出した街医者は、そのまま彼の外傷が回復するまで面倒を診た。

 暫く病室で安静にしていた彼は、その内に口もきけるようになるのだが、どうやら記憶が無いようだった。傷が治って暫くは、医者の手伝いをしながら居候をし、身体も調子を取り戻すと彼は街の調査隊に拾われ、自分がやって来たという回帰の山に調査を行うようになった。

「アンタが見つかったら回帰の山ってのはな、行方不明者が後を絶たない謎多き山なんだ。そんなところから自力で戻って来たって事は、アンタは余程運が良いのか、それとも謎に繋がる何かがアンタにあるのかも知れないってんで、ウチの調査隊に隊長が引き取ったんだ。なぁ、本当に何も覚えてねぇのか?

「すいません・・・拾って頂いた恩には報いたいのですが、何分私には助けられた以前の事は何も・・・」

 嘘を言っている様子はない。彼は本当に記憶を失っているようだった。ただ今の彼の中にあるのは、そんなボロボロの自分を助けてくれた街の人達に対する恩義と、行く場所のない自分に居場所をくれた調査隊の隊長への感謝だけだった。

 何とかして恩を返したいとおもったかれは、回帰に山の謎を解き明かす事で、麓の街に住む恩人達の役に立てるのではないかと、精力的に山の調査に参加した。

「まぁ山からやって来たアンタだ。山に入って調査を進めていれば、その内何か思い出すかもな!」

 彼の面倒を見る先輩の調査隊員は、記憶を思い出せぬ彼の背中を叩き元気付けると、再び調査へと戻って行った。そんな先輩隊員の気遣いに明るい表情を取り戻す彼だったが、翌日の調査の途中でその先輩隊員は行方不明になってしまった。

 調査隊員が行方不明になる事は決して珍しくない。どんなに備えていても、どんなに大人数で居ようと居なくなる時は居なくなってしまうのだそうだ。故に行動を共にしていた記憶の男が責められる事はなかったが、当の本人は自分を強く責めてしまった。

 そして調査隊で禁じられていた決まり事を破り、一人で回帰の山に入って行ってしまう事が多くなる。責任を感じている彼を責める者はいなかったが、決まりが守れないのであれば、調査の中で何が起ころうと調査隊は責任を取れないと彼に告げる。

 それでも構わないと、彼は引き続き連日のように回帰の山へ入り浸るようになり、一人山の調査と先輩隊員の捜索を行なっていた。初めは心配されていた彼だったが、次第に孤立し始め新たな行方不明者や街の発展の為の事業で、ハインドの街の人々も彼の事にまで気が回らなくなっていき、彼が今何をしているのかさえ、誰も気にも留めなくなっていった。

 そんな頃、天候が荒れて危険とされていた日に回帰の山を訪れた彼は、そこで自身の記憶に繋がるモノを発見する。それは山の動物が咥えていた、とある飾りのような物だった。

「食べ物じゃない・・・?珍しいな、あんな物咥えているなんて・・・!?あれって誰かの落とし物か?もしかしたら行方不明者リストの誰かの手掛かりになるかも知れない!」

 急ぎその四足獣を追い掛けた彼は、その追跡に気が付いた獣が落としていった飾りを拾い上げると、突然脳裏にとある光景が流れ込んできたのだ。その光景というのは、白装束に身を包んだ男女が祭壇に何かを捧げている光景だった。

 二人が祭壇から離れると、そこには彼が拾った飾りを付けた赤子が居た。

 その光景を見た直後に現実へと引き戻された彼は、その飾りが白装束の男女の子供の物であるのと、その光景を目にしていたのが嘗ての自分自身である事を思い出したのだ。

「これ・・・これは一体ッ・・・!?見覚えがあるぞ、あの光景!でもあれはいつの出来事なんだ?それにあの後“俺”は一体どうなった・・・?」

 眠っていた記憶の一部が呼び覚まされ、次第にこれまでの彼の人格が、過去の記憶の自分に引っ張られ口調も変わり始めた。そして彼は思い出した記憶の中で、自身の名前についても思い出す。

「俺の名前・・・そうか、俺の名は“ミネ”。あの夫婦と同じ街の出身の・・・」

 シンとツクヨが森の湖で触れた記憶の光景。それはミネの見た記憶の光景だったのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【修正中】ハズレ勇者の鬼畜スキル 〜ハズレだからと問答無用で追い出されたが、実は規格外の歴代最強勇者だった?〜

水先 冬菜
ファンタジー
「こんなハズレ勇者など、即刻摘み出せ!!!」  某大学に通う俺、如月湊(きさらぎみなと)は漫画や小説とかで言う【勇者召喚】とやらで、異世界に召喚されたらしい。  お約束な感じに【勇者様】とか、【魔王を倒して欲しい】だとか、言われたが--------  ステータスを開いた瞬間、この国の王様っぽい奴がいきなり叫び出したかと思えば、いきなり王宮を摘み出され-------------魔物が多く生息する危険な森の中へと捨てられてしまった。  後で分かった事だが、どうやら俺は【生産系のスキル】を持った勇者らしく。  この世界では、最下級で役に立たないスキルらしい。    えっ? でも、このスキルって普通に最強じゃね?  試しに使ってみると、あまりにも規格外過ぎて、目立ってしまい-------------  いつしか、女神やら、王女やらに求婚されるようになっていき…………。 ※前の作品の修正中のものです。 ※下記リンクでも投稿中  アルファで見れない方など、宜しければ、そちらでご覧下さい。 https://ncode.syosetu.com/n1040gl/

月が導く異世界道中extra

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  こちらは月が導く異世界道中番外編になります。

生産職から始まる初めてのVRMMO

結城楓
ファンタジー
最近流行りのVRMMO、興味がないわけではないが自分から手を出そうと思ってはいなかったふう。 そんな時、新しく発売された《アイディアル・オンライン》。 そしてその発売日、なぜかゲームに必要なハードとソフトを2つ抱えた高校の友達、彩華が家にいた。 そんなふうが彩華と半ば強制的にやることになったふうにとっては初めてのVRMMO。 最初のプレイヤー設定では『モンスターと戦うのが怖い』という理由から生産職などの能力を選択したところから物語は始まる。 最初はやらざるを得ない状況だったフウが、いつしか面白いと思うようになり自ら率先してゲームをするようになる。 そんなフウが贈るのんびりほのぼのと周りを巻き込み成長していく生産職から始まる初めてのVRMMOの物語。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第二章シャーカ王国編

【全話挿絵】発情✕転生 〜何あれ……誘ってるのかしら?〜【毎日更新】

墨笑
ファンタジー
『エロ×ギャグ×バトル+雑学』をテーマにした異世界ファンタジー小説です。 主人公はごく普通(?)の『むっつりすけべ』な女の子。 異世界転生に伴って召喚士としての才能を強化されたまでは良かったのですが、なぜか発情体質まで付与されていて……? 召喚士として様々な依頼をこなしながら、無駄にドキドキムラムラハァハァしてしまう日々を描きます。 明るく、楽しく読んでいただけることを目指して書きました。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

召喚されたけど要らないと言われたので旅に出ます。探さないでください。

udonlevel2
ファンタジー
修学旅行中に異世界召喚された教師、中園アツシと中園の生徒の姫島カナエと他3名の生徒達。 他の三人には国が欲しがる力があったようだが、中園と姫島のスキルは文字化けして読めなかった。 その為、城を追い出されるように金貨一人50枚を渡され外の世界に放り出されてしまう。 教え子であるカナエを守りながら異世界を生き抜かねばならないが、まずは見た目をこの世界の物に替えて二人は慎重に話し合いをし、冒険者を雇うか、奴隷を買うか悩む。 まずはこの世界を知らねばならないとして、奴隷市場に行き、明日殺処分だった虎獣人のシュウと、妹のナノを購入。 シュウとナノを購入した二人は、国を出て別の国へと移動する事となる。 ★他サイトにも連載中です(カクヨム・なろう・ピクシブ) 中国でコピーされていたので自衛です。 「天安門事件」

無名の三流テイマーは王都のはずれでのんびり暮らす~でも、国家の要職に就く弟子たちがなぜか頼ってきます~

鈴木竜一
ファンタジー
※本作の書籍化が決定いたしました!  詳細は近況ボードに載せていきます! 「もうおまえたちに教えることは何もない――いや、マジで!」 特にこれといった功績を挙げず、ダラダラと冒険者生活を続けてきた無名冒険者兼テイマーのバーツ。今日も危険とは無縁の安全な採集クエストをこなして飯代を稼げたことを喜ぶ彼の前に、自分を「師匠」と呼ぶ若い女性・ノエリ―が現れる。弟子をとった記憶のないバーツだったが、十年ほど前に当時惚れていた女性にいいところを見せようと、彼女が運営する施設の子どもたちにテイマーとしての心得を説いたことを思い出す。ノエリ―はその時にいた子どものひとりだったのだ。彼女曰く、師匠であるバーツの教えを守って修行を続けた結果、あの時の弟子たちはみんな国にとって欠かせない重要な役職に就いて繁栄に貢献しているという。すべては師匠であるバーツのおかげだと信じるノエリ―は、彼に王都へと移り住んでもらい、その教えを広めてほしいとお願いに来たのだ。 しかし、自身をただのしがない無名の三流冒険者だと思っているバーツは、そんな指導力はないと語る――が、そう思っているのは本人のみで、実はバーツはテイマーとしてだけでなく、【育成者】としてもとんでもない資質を持っていた。 バーツはノエリ―に押し切られる形で王都へと出向くことになるのだが、そこで立派に成長した弟子たちと再会。さらに、かつてテイムしていたが、諸事情で契約を解除した魔獣たちも、いつかバーツに再会することを夢見て自主的に鍛錬を続けており、気がつけばSランクを越える神獣へと進化していて―― こうして、無名のテイマー・バーツは慕ってくれる可愛い弟子や懐いている神獣たちとともにさまざまな国家絡みのトラブルを解決していき、気づけば国家の重要ポストの候補にまで名を連ねるが、当人は「勘弁してくれ」と困惑気味。そんなバーツは今日も王都のはずれにある運河のほとりに建てられた小屋を拠点に畑をしたり釣りをしたり、今日ものんびり暮らしつつ、弟子たちからの依頼をこなすのだった。

処理中です...