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ヨルダン・クリストフ
しおりを挟むヨルダン・クリストフ・バッハ。それが少年の名前。
彼はその名に誇りを持っていた。誰もが知る音楽の父として知られる“あのバッハ”の血筋である事に。しかしそのバッハは、彼の憧れているバッハとは掛け離れた人物だった。
クリストフの家系は、レオンやジルのように音楽家の名家ではなかった。いや、嘗ては名家だったようだが、ある一件を境に徐々に衰退していったのだ。
それが世に知られるバッハが、少年時代に音楽を学んでいた先生の元で、月明かりの中書き写したという“月光写譜”のエピソード。それによりクリストフの家系に代々伝わっていたという、音楽によって”人に影響を与える“能力が奪われ、楽譜を写したバッハはその後メキメキと実力を上げていき、一躍有名な音楽家としてデビューを果たした。
初めのうちは、そのバッハを育てたとしてクリストフの先祖も注目を浴びたが、それも直ぐに風化していった。バッハの家系図は複雑で、クリストフの家系も今有名になっているクリスティアン・バッハの家系も、元を辿れば同じ血筋なのだが、その中でも音楽の才能に長けた家系ばかりではなかったのだ。
クリストフの父の代では、既にバッハの名は隠されていた。故にクリストフが生まれた時には、既に別の姓を名乗りしがない音楽家として活動していた。
そしてその活動の中には、教団での活動も含まれており、クリストフも教団へ入団させられていた。教団はクリストフの家系を助け、クリストフの家系も教団の為に尽くして来た。要は協力関係にあった。
病気で亡くなった父の手伝いをする中で、クリストフは教団の持つ資料から自らの家系の事を知る事になる。そこで初めてクリストフの中に大きな目的が出来た。
月光写譜のエピソードを知り、そこで能力が奪われた事を知った彼は、自ら計画を立て今回の騒動を引き起こしたのだ。その計画を実現に向けて動き出す段階は、彼にとって屈辱と苦痛に塗れる毎日だった。
クリストフの父に頼まれ、マティアスは彼を自分の付き人として引き取り、音楽学校に通うようになった。だが周りは音楽の才能や名家の者達ばかりで、家のないクリストフは酷いイジメと偏見の目に晒された。
本当なら自分の家系が音楽の父を生み出した有名なバッハの家系として脚光を浴びる筈だった。そんな想いを誰にも明かす事なく、只ひたすらに耐えその感情を育ての親でもあるマティアスにすら悟られる事なく過ごしていた。
心配するマティアスに学校を辞めるかと問われた事もあったが、あくまで凡人を演じ切る為にクリストフは惨めな役から降りることはしなかった。
彼への偏見は学校だけに留まらず、アルバの住人達からも向けられていた。教会に擦り寄り養ってもらっている卑しい者、そう思う人も少なくは無い。誰がやっているかは分からなかったが、彼に嫌がらせをする者もいたようだ。
だがそれでも、クリストフは憎しみや怒りを彼らに向けることはなかった。全ては計画の為、自身の家計から能力を奪い、我が物顔で音楽の父と呼ばれ音楽界隈にふんぞり変える、忌まわしき者に全てをぶつける事だけを目指して耐え忍んできた。
それでも一人で計画を実現させるのには限界があった。そこへ現れたのが、シン達もよく知る黒いコートの人物だった。だが知っているとはいえ、その存在自体を知っているだけであり、素性については彼らもクリストフも全く知らない。
復讐がメインとなっていた彼の計画に、世界の歴史自体を塗り替える事が出来る力が与えられた。急激に計画が現実味を帯び始めて来た事により、いよいよクリストフは教団を動かし、式典の準備とターゲットの呼び出しを決行へと移す。
最早彼だけの計画だけではなく、WoFの歴史に影響を与えるほどの計画となった。コレも黒いコートの人物による実験の一端だったのかも知れない。そしてその実験は、シン達の登場により新たな別の意味をも含み、クリストフによって実行されそして彼の目的の成就という形で幕を閉じる。
「漸く果たせましたよ、父上・・・。これで我々の家系は本当の歴史を取り戻し、栄光を取り戻しました。これもベルンハルト様やアンブロジウス様、アンナ様の協力のお陰です。感謝します」
彼らの前に身体を引き摺りながら移動したクリストフが、笑みを浮かべて感謝の言葉を送る。意識を奪い利用していたとはいえ、彼ら霊体の力がなければ一人でここまでやれなかった。
目的の達成に伴い、彼らを縛っていた呪縛からも解放されてそれぞれの意識を取り戻していた。言葉を発することは出来なかったようだが、クリストフに利用されていた記憶ももしかしたら残っているのかもしれない。
それでも彼らは、ボロボロの身体で感謝を述べるクリストフに慈愛に満ちたような微笑みを向けた。それがまるで、クリストフの先祖達が彼の功績を讃えてくれているようで、クリストフは消えゆく今の世界線と共に、これまで押し殺していた感情を露わにし声を出して泣き始めた。
その様子を、共に消えゆくマティアスが物陰から見ていた。彼の父親に託されたクリストフの生涯に後ろめたさも感じたが、本人が自分の力で目的を成し遂げ、満足する生涯を送れたのであれば、マティアスにとってもそれが何よりだったのではないかと思えた。
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