World of Fantasia

神代 コウ

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飛んで火を観る黒き者

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 戦闘体勢に入るクリストフとシン。そんな中、放心状態だったマティアスが意識を取り戻し、シンの腕を掴んでクリストフの計画を止めて欲しいと懇願して来た。

「彼を止めてくれ!この世界では彼の望む死以外は、消滅という形で現実の・・・もう一つの世界で目を覚ます。だがそれに彼自身は含まれないんだ!」

「おっおい!こんな土壇場で何をッ・・・!?」

「クリストフはこの間違った歴史が正史となった世界と共に、死ぬ気なんだよ・・・。目的を成せば彼は助からない。彼のこの計画は、初めからリスクを伴いものだったんだ!」

 クリストフは、自分の血族が本来紡いでいく筈だった音楽の歴史を取り戻す為その人生を全て捧げ、死という階段を誰にも悟られる事なく登り続けて来た。

 当然、平坦な道のりではなかった。辛いことや自分を押し殺さなければならない事も沢山あった事だろう。しかし何よりも彼を苦しめたのは、そんな生贄のような人生の中で芽生える友情や、面倒を見てくれた人々への感謝だった。

 まだ大人と呼ぶには幼い彼に、一人で計画を進める事など不可能だった。誰かに取り入り、大きな力を持つ組織に潜り込み、多くの協力者が必要だった。否、協力というよりも利用と言った方が正しいだろう。

 だが、そんな中で芽生える様々な感情が、階段を登っていく彼の身体に重荷となって積み重なっていく。彼に計画を諦めさせようと、歴史の流れは運命で定められているのだと思わせる様に、他者との繋がりが彼を苦しめていた。

 その最たるものが、育ての親でもあるマティアス司祭だった。他にも計画が黙然と迫った式典や宮殿でのパーティーで、同じ学生であるレオンやジル、そしてカルロスの苦悩や悩みを目の当たりにし、間違った歴史の世界に未練を残させた。

 何よりもそれを証明しているのが、マティアスを前にするとクリストフは僅かに動揺を見せるという点だ。今まさにマティアス司祭に懇願されるシンの姿を見て、攻め立てる機会を失っている様だった。

「止めるって言ったって・・・どうやって・・・」

「クリストフを倒してくれればいい・・・。彼とて死ぬ訳にはいかない筈だ。ピンチになればこの世界を捨て、彼自身我々を目覚めさせる世界へ移動し、もう一度計画を図るだろう」

「だが今のきおくは、そちらの世界には引き継げないんだろう?奴の計画を忘れてしまった中で、どうやって計画を止める?」

「私がもっと彼に寄り添ってあげられれば、こんな事にはならなかった・・・。気付ける余地はあった筈なのに、私は・・・。だからこの思いを強く抱えたまま・・・この世界で死ぬッ!」

 そう言うとマティアス司祭は、シンの腰から短剣を抜き去り後ろへと下がる。キラリと光る刃はマティアス司祭の首に当てられており、今にもその手を引きそうになっていた。

「マティアス司祭ッ!」

「よせッ!・・・よしてくれ・・・先生・・・」

 彼に馬鹿な真似をさせまいと止めたのは、他でもないクリストフだった。だが事前に何度も彼が口にしている様に、この世界での死が別世界での目覚めになるのなら、何も問題にはならない筈。それが今のクリストフの動揺には、何か裏がある様だった。

「自ら命を断つ行為。それは世界からのリタイアを意味する行為。生きることを諦めたと見做され、別世界での目覚めも無効になる・・・」

「ッ!?」

 それは初めて聞くこの世界のルールだった。だがクリストフの慌て様や、何もしてこないと言う事が、それが真実である事を物語っている。しかしこれを好都合と、マティアス司祭は刃を首に押し当て血を流して見せた。

「先生ッ!俺は冗談で言っている訳じゃないんだぞ!?」

「マティアスさん!」

 クリストフと同様に彼を止めようとするシンだったが、彼は一度だけシンの方を見ると再びクリストフの方へ向き直り、首に刃を押し当てたまま後退りする。

 彼は隙を作ろうとしているのだ。それを察したシンは、クリストフに見えぬ様に自身の影を近くの影の中へと移動させ、少しずつ迂回しながらクリストフの背後へと回させた。

「クリストフ、済まなかった・・・。これだけ長く一緒にいて、お前の事を理解してやれなかった私を許してくれ」

「やめてくださいよ。俺はそんな風に言ってもらえるような人間じゃなかった・・・。こうなったのは貴方のせいじゃない。全ては奴が俺の先祖から能力を奪ったせいなんだから・・・」

 マティアス司祭が時間を稼いだおかげで、もう少しでクリストフの背後に影を回せそうだ。しかし、緊迫した状況の中で突如としてソレは現れた。

「何だよ?さっさと始めてくれよ。折角いい所なんだからさぁ~」

 声のする方に一行が視線を向ける。するとそこには、WoFの世界に入り込んでからというものの、度々姿を見せていた格好をした人物が、二階の手摺りに腰掛けていた。

 その人物は黒いコートに身を包み、フードを深く被って素顔を隠していた。
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