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神代 コウ

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生き証人

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 何処かで聞いた事のあるような声だったが、ツクヨやプラチドにはそれが誰の声だったか思い出すことは出来なかった。それはツバキやアカリ達も一緒だったが、唯一ジルだけはその声が誰のものなのか気付いているようだった。

「私にとって・・・いや、俺にとってそれは何よりも重要な事だ!本来我らの血筋が受けるべきだった賞賛は、全て奴によって奪われた!そのせいで俺や父さん達は・・・」

「そんな・・・貴方はまさか・・・!」

「ッ!?」

 正体に気付いたであろうジルが、思わず声を漏らして反応してしまう。ツクヨとの対話で感情を表にしていた事で、黒い人物の注意は彼に引かれていたが、黒い人物は今最も狙うべき人物を定め、鋭い視線を彼女へと向ける。

「えッ・・・!かはッ・・・!?」

「ジルさん!?」

 突然喉を押えて苦しそうに踠き始めるジル。崩れ落ちる彼女の身体を支えてその場に座り込むアカリ。二人の様子を心配しながら庇うように壁になるツバキと紅葉。

「何だ!?何をされたんだぁ!?」

 騒がしくなる後方の仲間に、一瞬意識を持って行かれたところを突かれ、ツクヨは黒い人物が懐に飛び込んでくるのを許してしまう。しかし前回と同じ轍は踏まなかった。

 黒い人物の移動速度も、何度もツクヨを吹き飛ばした時に比べれば、目も慣れてきた事もあり十分対応出来ていた。咄嗟に半歩下がることにより黒い人物の攻撃を紙一重で躱すと、布都御魂剣をくるりと手元で回転させると、突き刺すように剣先を振り下ろす。

 ジル曰く、黒い人物の周りに聞こえる音楽がアップテンポなものから変わったことにより、彼の素早さは下がり代わりに攻撃力が増しているようだった。司令室で黒い人物が言っていたように、彼にだけ聞こえる音楽で自身に何らかのバフ効果を施しているようだった。

 だが直ぐに曲を変えることが出来ないのか、ツクヨの振り下ろした一撃は、躱そうとする黒い人物の身体を掠めていく。特別な性質を持つツクヨの剣は、エンチャントされた状態でなくても、霊体に攻撃を当てることが出来る。

 血の代わりに黒い靄が散ると、僅かに蹌踉めく黒い人物。追い討ちを掛けようとするが、流石に距離を取られ躱されてしまう。そして黒い人物が逃げた場所に、まるで待ち構えていたかのように着地と同時に光の檻を展開するプラチド。

「無駄だぁッ!!!」

 力強く床に拳を振り下ろした黒い人物は、そこから生じる衝撃波で最も容易くプラチドの檻を弾き飛ばした。

「クソッ!素早い奴かと思ってたのに、急にこんなパワータイプになりやがって・・・」

 しかし黒い人物が彼らに接近したのは、別の目的があったからだった。それは正体に気付いたであろうジルを再起不能にする為だった。喉に違和感を植え付けられたジルは、それからというものの、一切声を出すことが出来なくなってしまった。

 これにより何をされたのか、黒い人物の声が誰のものなのかを他者に伝えることも出来ず、アンナを止める為の歌を歌う事も封じられてしまった。

「ジルちゃんに何をしたんだ!?」

「安心していい。時期に痛みはなくなる・・・。“事”が済むまで大人しくしてもらうだけです」

「“事”・・・?」

「貴方達に“ここ”から消えてもらう・・・それだけです」

「!?」

 彼はツクヨ達を“殺す”とは言わなかった。それどころか、ツクヨやプラチド、それにアルバに住む人々には生きていてもらわなければならないとも語った。

 それは間違った歴史を正し、黒い人物の言う本当の歴史をその記憶に刻み、後世に広めてもらうのが彼の最終的な目的だとも語った。

「だから、安心して逝って下さい。じゃないと、本当に殺してしまうかもしれませんよ?」

「貴方の言う事を鵜呑みにすることは出来ない・・・。大人しくやられる訳にはいかないよ!」

 もし本当に黒い人物が一行のことを殺すつもりがなかったとしても、謎の人物達にやられた人々が黒い塵となって消えていったところを目の当たりにする限り、命の補償があるとは到底信じることは出来ない。

 そして黒い人物は大きな溜め息を吐くと、何を思い立ったの彼はターゲットをツクヨ達から、アカリとジルを守るツバキと紅葉へと変え、再び素早くその場を立ち去る。

 嫌な予感を感じたツクヨも直ぐにその後を追ったが、瞬く間にツバキと紅葉の元にやって来た黒い人物は、二人に両手を翳すと掌から音の振動を生み出し、ツバキと紅葉に浴びせる。

「ツバキッ!紅葉ぃッ!!」

「なッ・・・!?野朗、何を・・・」
「キィーーー!?」

 すると次の瞬間、ツバキと紅葉の身体は先端から黒く染まりボロボロと崩れ去るように塵へと変わっていった。

「なッ・・・何だよコレぇぇぇッ!?!?」

「ツバキぃぃぃッ!!!」

 二人に手を差し伸べるツクヨ。しかし黒い人物は無慈悲にツバキと紅葉に追加で音の振動を与えると、肉体の崩壊が急激に加速し、あっという間にその形を塵へと化した。

「約束しますよ、”彼らは無事”だ。言ったでしょ?生きていてもらわねば困る、と・・・。アルバの外からやって来た者達程、生き証人になってくれるのだから」

 黒い人物に言葉に、ツクヨは何も返事をしなかった。それどころか、目の前でツバキと紅葉を消したのが、より一層彼の感覚を研ぎ澄ますきっかけとなり、閃光のような斬撃が黒い人物の喉を切り裂く。

「くッ・・・!何故だ!?抵抗すれば本当にッ・・・」

「もう、関係ない・・・」

「・・・!?」

「“俺”の前で二人を消した・・・。それだけで十分だ・・・」

 これまでとは口調が変わるほど、静かに感情を露わにするツクヨ。二人を守ると約束したのに、目の前で二人が消えてしまった事で、その約束も果たされることはなくなってしまった。

 自分の非力さを痛感し、自分自身と相手に対する憎しみや怒りが込み上げてくるように、ツクヨの声は低く、そして震えていた。
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