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知らぬ間に育んでいたモノ
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アンブロジウスは壁や床から伸ばした糸を自身の身体や、周囲にあるシャボン玉に貼り付けその場に固定していたのだ。これだけ器用な事を出来るということは、楽譜による強化が再開されたのか。
最早アンブロジウスに月光写譜は必要ないとでもいうのか。犯人そのものではないであろうアンブロジウス。何らかの形で自我を失い使役される彼にそこまで出来る意思は、一体何処から湧いてくるのか。
「野朗ッ・・・自分であの糸を自分でッ!?」
銃弾が飛んで来た方角でミアの位置を把握したアンブロジウスが糸を解除し向きを変えると、今度はその糸をミアの方へと差し向けてきた。細く強靭な糸は距離があればあるほど肉眼では捕捉しづらい。
だがミアは既に移動を開始していた。一通りの射撃が終わったら場所を移動する。永らく培ってきたその習性にも似た行動が幸いし、手をくれになる前に回避することに成功していた。
ミアが先程までいた場所へ目を向けると、そこにはいつの間にか集まっていたシャボン玉の群れが徐々に膨れ上がり、爆発を生み出していた。彼女には見えなかったが、その場所には糸もやって来ており、周囲にある物に張り付き逃げられないように固定していた。
「危なかった・・・。あそこにいたら死んでたかもな。そういえばニノン達は?」
ミアがアンブロジウスの気を引いている間に移動したのか、それまで気を失っていたレオンと一緒にいたニノンの姿がなくなっていた。勿論そこにはレオンの持ってきていたヴァイオリンや、アンブロジウスから奪った楽譜も無くなっている。この間に既に避難したようだ。
「レオン・・・レオンッ!しっかりするんだ!目を覚まして!」
「ん・・・ぅうッ・・・」
「レオンッ!?」
ニノンの必死な呼びかけにより、何とか意識だけは取り戻したようだが、このままでは立ち上がることはおろか、演奏など到底出来ない。ニノンは自らの聖なる力にて、レオンの疲労や身体のダメージを和らげる。
「俺は・・・さっきのは・・・一体・・・」
「意識が戻ったようで何よりだ。だが休んでいる暇はないぞ、レオン君
。すまないが、身体が動くようになったら早速楽譜の演奏を頼む」
「は・・・はい、すみません。足を引っ張ってしまったようで・・・」
口を動かす暇があるなら回復に専念しろと、ニノンは余計な事を考えさせないように声を掛ける。意識がはっきりしていく中、レオンは自身に課せられた役割のことを思い出していた。
アンドレイが信じ託してくれたもの、消滅の間際に残した言葉が頭の中から離れない。演奏自体は出来ていた筈。楽譜の効果もアンブロジウスに表れていた。だがこれが本当に楽譜の効果の全てなのだろうか。
次第に指先が動くようになり始め、腕や身体にも力が入るようになる。回復を続けるニノンの前で上体を起こしたレオンは、ニノンが避難した際に一緒に持って来てくれたであろうヴァイオリンを手に取り、弦を押さえる指の感覚を確かめるように音を奏でる。
「演奏、出来そうか?」
「えぇ、“演奏するだけ”なら問題はありません・・・」
「演奏するだけ?」
ニノンは何か含みを持たせた言い方をするレオンに、その表情を曇らせる原因が何かについて尋ねる。本人もそれが何か明確に掴めている訳ではなかったが、漠然としたそのものの答えが何なのか、それが今の自分に足りないモノなのではないかと考えていた。
「彼・・・アンブロジウスにあって俺にないモノ・・・。それが足りないから楽譜の本当の力が引き出せていない・・・。そのように感じるんです」
「音楽の事は私には分からない。だから適切なアドバイスも、役にたつような助言も出来ないが、アンドレイは今の君なら自分と同じ演奏が出来ると信じて身代わりになったんだと思う」
「今の・・・俺・・・」
「アンドレイは式典や宮殿のパーティーで君の演奏を聴いている筈だろ?もしその時点で君の言う足りないモノが彼に分かっていたのなら。そしてそのままの君であったのなら、彼は君の身代わりにはならなかったんじゃないかな」
アンドレイは目的の為に狡猾に物事を判断できる人物と言うのが、ニノンの分析による彼の人物像だった。例えそれが非道な行いであっても、それを匂わせないように事を運ぶ。
そんな彼が打算的に感情に身を任せた行動を取るだろうか。身についた習性といものは、自身が意図して動かなくとも自然とその態度や行動に出てしまうもの。ニノンは自身の経験や知識から、今のレオンに掛けられる言葉を選び、少しでも彼の自信に繋がればと話をした。
ニノンの言葉が届いたのか、それまで不安や自身への苛立ちに曇っていた表情が晴れ渡り、今では少し柔らかい表情へと変わっていた。
思い返せば、この今回の一件でレオンは実にいつもの自分らしくない行動をとっていたように思える。他者に関心がなく、ただ技術を磨くばかりの音楽を奏でるだけの人形のような人生。それが音楽家達に見抜かれてしまっていたのだろう。
自分と同じく感情に乏しいと思っていたジルも、いつもとは違う表情や感情を見せてくれた。関わることのないと思っていたカルロスやクリスからは、時にはかんじょうてきになる大事さを教えてもらったレオン。
彼は彼で、この僅かな間で音楽に活かせるような大切なものを、それまで見ようともしていなかった者達との間に育んでいたのだ。
最早アンブロジウスに月光写譜は必要ないとでもいうのか。犯人そのものではないであろうアンブロジウス。何らかの形で自我を失い使役される彼にそこまで出来る意思は、一体何処から湧いてくるのか。
「野朗ッ・・・自分であの糸を自分でッ!?」
銃弾が飛んで来た方角でミアの位置を把握したアンブロジウスが糸を解除し向きを変えると、今度はその糸をミアの方へと差し向けてきた。細く強靭な糸は距離があればあるほど肉眼では捕捉しづらい。
だがミアは既に移動を開始していた。一通りの射撃が終わったら場所を移動する。永らく培ってきたその習性にも似た行動が幸いし、手をくれになる前に回避することに成功していた。
ミアが先程までいた場所へ目を向けると、そこにはいつの間にか集まっていたシャボン玉の群れが徐々に膨れ上がり、爆発を生み出していた。彼女には見えなかったが、その場所には糸もやって来ており、周囲にある物に張り付き逃げられないように固定していた。
「危なかった・・・。あそこにいたら死んでたかもな。そういえばニノン達は?」
ミアがアンブロジウスの気を引いている間に移動したのか、それまで気を失っていたレオンと一緒にいたニノンの姿がなくなっていた。勿論そこにはレオンの持ってきていたヴァイオリンや、アンブロジウスから奪った楽譜も無くなっている。この間に既に避難したようだ。
「レオン・・・レオンッ!しっかりするんだ!目を覚まして!」
「ん・・・ぅうッ・・・」
「レオンッ!?」
ニノンの必死な呼びかけにより、何とか意識だけは取り戻したようだが、このままでは立ち上がることはおろか、演奏など到底出来ない。ニノンは自らの聖なる力にて、レオンの疲労や身体のダメージを和らげる。
「俺は・・・さっきのは・・・一体・・・」
「意識が戻ったようで何よりだ。だが休んでいる暇はないぞ、レオン君
。すまないが、身体が動くようになったら早速楽譜の演奏を頼む」
「は・・・はい、すみません。足を引っ張ってしまったようで・・・」
口を動かす暇があるなら回復に専念しろと、ニノンは余計な事を考えさせないように声を掛ける。意識がはっきりしていく中、レオンは自身に課せられた役割のことを思い出していた。
アンドレイが信じ託してくれたもの、消滅の間際に残した言葉が頭の中から離れない。演奏自体は出来ていた筈。楽譜の効果もアンブロジウスに表れていた。だがこれが本当に楽譜の効果の全てなのだろうか。
次第に指先が動くようになり始め、腕や身体にも力が入るようになる。回復を続けるニノンの前で上体を起こしたレオンは、ニノンが避難した際に一緒に持って来てくれたであろうヴァイオリンを手に取り、弦を押さえる指の感覚を確かめるように音を奏でる。
「演奏、出来そうか?」
「えぇ、“演奏するだけ”なら問題はありません・・・」
「演奏するだけ?」
ニノンは何か含みを持たせた言い方をするレオンに、その表情を曇らせる原因が何かについて尋ねる。本人もそれが何か明確に掴めている訳ではなかったが、漠然としたそのものの答えが何なのか、それが今の自分に足りないモノなのではないかと考えていた。
「彼・・・アンブロジウスにあって俺にないモノ・・・。それが足りないから楽譜の本当の力が引き出せていない・・・。そのように感じるんです」
「音楽の事は私には分からない。だから適切なアドバイスも、役にたつような助言も出来ないが、アンドレイは今の君なら自分と同じ演奏が出来ると信じて身代わりになったんだと思う」
「今の・・・俺・・・」
「アンドレイは式典や宮殿のパーティーで君の演奏を聴いている筈だろ?もしその時点で君の言う足りないモノが彼に分かっていたのなら。そしてそのままの君であったのなら、彼は君の身代わりにはならなかったんじゃないかな」
アンドレイは目的の為に狡猾に物事を判断できる人物と言うのが、ニノンの分析による彼の人物像だった。例えそれが非道な行いであっても、それを匂わせないように事を運ぶ。
そんな彼が打算的に感情に身を任せた行動を取るだろうか。身についた習性といものは、自身が意図して動かなくとも自然とその態度や行動に出てしまうもの。ニノンは自身の経験や知識から、今のレオンに掛けられる言葉を選び、少しでも彼の自信に繋がればと話をした。
ニノンの言葉が届いたのか、それまで不安や自身への苛立ちに曇っていた表情が晴れ渡り、今では少し柔らかい表情へと変わっていた。
思い返せば、この今回の一件でレオンは実にいつもの自分らしくない行動をとっていたように思える。他者に関心がなく、ただ技術を磨くばかりの音楽を奏でるだけの人形のような人生。それが音楽家達に見抜かれてしまっていたのだろう。
自分と同じく感情に乏しいと思っていたジルも、いつもとは違う表情や感情を見せてくれた。関わることのないと思っていたカルロスやクリスからは、時にはかんじょうてきになる大事さを教えてもらったレオン。
彼は彼で、この僅かな間で音楽に活かせるような大切なものを、それまで見ようともしていなかった者達との間に育んでいたのだ。
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