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バッハ一族の魂
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第二波の攻撃を各位がそれぞれに対処する中、通路とは逆の壁から何者かが入り込む。それがすぐに宮殿を襲撃している者達と同じものだという事には気が付いたが、その姿はこれまでに見た者達とは違う装いをしていた。
それこそ式典で指揮者をしていたフェリクスのように、大きめの燕尾服を身に纏っている。ただそれは綺麗に整ってはおらず、酷く傷んだ様子で所々破れているようにも見える。
「・・・何者だ?」
「さぁ・・・?私にはさっぱり・・・」
オイゲンらとケヴィンの方では、侵入して来た者が何者であるかの判別はつかなかった。だがその様子から、そこら中で奇襲を仕掛けて来ている謎の人物達とは明らかに違い、どちらかというと宮殿入り口のモニターに映し出されていたアンナの霊体と同じものを感じていた。
「なんかヤバそうなのが入って来たな・・・。あれが親玉かぁ?」
「どうだろうな・・・。このタイミングで姿を現したのも分からない。あのまま隠れて攻撃を仕掛けている訳にもいかなくなったのか?」
「ねぇ、あれって式典の時の指揮者の方々がしていた格好に似ていませんか?」
「指揮者ぁ?何だよ、演奏でもおっ始めようって言うのか?」
ツバキは冗談混じりに言ったつもりのようだが、確かに言われてみれば式典やパーティーの時に同じような格好をした人物を、ケヴィンのカメラ越しに何人か見たような気がしていたシン。
すると、シン達と合流していたアンドレイが注意深くその謎の人物の顔に視線を送っていると、暫くの沈黙の後に驚きの声を上げる。彼曰くその人物は音楽の街であるアルバで最も有名な音楽家の一族の一人である、“ヨハン・ベルンハルト・バッハ“ではないかと口にした。
「バッハ?でも聞いた事もない名前だが・・・」
「そりゃぁ一般的に知られているバッハと言えば、“ヨルダン・クリスティアン・バッハ“ですから。音楽に詳しい人でも彼の家系図を熟知している人はそうはいないでしょう」
「そんなに多いのか?」
「えぇ、是非一度見て頂きたいくらいです。まぁ明日までに覚えていられればですが・・・」
遠回しに一行が勝てないことを示唆するアンドレイ。確かに相手の能力が未知数である上に、数での優位性に加え糸による一撃で致命傷になり得る攻撃を使うともなれば、例え対策法を見出しつつあるとはいえ一行が不利に見えるのは致し方がない。
それでも教団最強の盾に、昨日の記憶を持っているという音楽家ブルースとその護衛、そして戦闘を行えば状況や相手の戦い方を分析できる頭脳を持つ、ケヴィンとアンドレイがいるのだ。決して遅れを取るとは思えない。
そしてアンドレイの他にも、司令室に入り込んできた人物が“ヨハン・ベルンハルト・バッハ“であると気が付いた者がいた。それは唯一アルバに住んでいる者達で固まっていたマティアス達の内の一人であるクリスだった。
「あれ・・・ベルンハルトさんですよ!」
「知っているのか?クリス」
「はい、彼は確かセバ・・・いえ、クリストフ・バッハに代わりオルガニストを務めた事もある実力者で、宮廷楽団のチェンバロ奏者となった事でも有名です」
突然バッハの事に関して博識なところを披露するクリスに、レオンもマティアスも驚いていた。同じ音楽学校に通うレオンでさえも、バッハの家系図に関して抜けているところは多い。
アルバで司祭を務めているマティアスも、そのバッハの縁の地に住んでいるとはいえ、何の資料も無しにバッハの家系の誰がどんな音楽が得意で経歴を持つのかまでは出てこない。
演奏者としてはあまり頭角を見せることのなかったクリスが、珍しく意外な才能を見せたことに長く一緒にいる筈のマティアスも、彼には演奏者としてではなく学者や歴史を紡ぐ者としての才能の方があるのではないかと思い始めた一瞬でもあった。
「詳しいんだな、クリス」
「あっ・・・えっと、みんなより勉強する機会が多いからだよ。レオン達なら少し集中して覚えればすぐに身につくって」
「それよりも、あの人物がベルンハルト・バッハだって?クリストフがどのくらいの時代にいた人物かすぐには出てこないが、少なくとも誰もが知るあのバッハよりもすぐに名前の出てこない人物だ。当然とうの昔に亡くなっている筈だろ?それが何故・・・」
「分かりません・・・ですが、僕達が入り口で襲われたアンナ・マグダレーナさんも既に亡くなっておられます。それが“霊体“となって現れているのですから、彼も霊体とし存在していたと言うことではありませんか?」
とうの昔に命を落とした人物の魂が、現代までこの世に留まり自身の姿を形作って現れるなど、余程の強い意志や多くの人々の記憶の中に刻まれるほど名の知れた英雄でもない限り、そう簡単に呼び出せるものではない。
それに亡くなって数年、数十年ほどの魂ならまだしも数百年ともなると、魂そのものの劣化が酷く、当時の記憶やましてや自身の姿を形作る事すら不可能なほど、存在を保てなくなってしまうものだ。
つまり彼ら主犯でもない限り、彼らもまた何者かによって呼び出されたか、長い間魂自体を高度な技術により保管されていたと言う事になる。
犯人はバッハの家系の者の魂を使い、何か大掛かりな計画を実現させようとしている。そしてその計画は既に大半が成されている可能性が高いと言うところまできている。
司令室で生き残った彼らの前に、その悍ましい姿で現れたベルンハルトの手には、何やら楽譜のようなものが握られていた。そして壁をすり抜け、司令室中央辺りまでゆっくり歩みを進めると、そこで足を止めたベルンハルトは周囲を見渡し、誰かを探すように一人一人に視線を向けていった。
それこそ式典で指揮者をしていたフェリクスのように、大きめの燕尾服を身に纏っている。ただそれは綺麗に整ってはおらず、酷く傷んだ様子で所々破れているようにも見える。
「・・・何者だ?」
「さぁ・・・?私にはさっぱり・・・」
オイゲンらとケヴィンの方では、侵入して来た者が何者であるかの判別はつかなかった。だがその様子から、そこら中で奇襲を仕掛けて来ている謎の人物達とは明らかに違い、どちらかというと宮殿入り口のモニターに映し出されていたアンナの霊体と同じものを感じていた。
「なんかヤバそうなのが入って来たな・・・。あれが親玉かぁ?」
「どうだろうな・・・。このタイミングで姿を現したのも分からない。あのまま隠れて攻撃を仕掛けている訳にもいかなくなったのか?」
「ねぇ、あれって式典の時の指揮者の方々がしていた格好に似ていませんか?」
「指揮者ぁ?何だよ、演奏でもおっ始めようって言うのか?」
ツバキは冗談混じりに言ったつもりのようだが、確かに言われてみれば式典やパーティーの時に同じような格好をした人物を、ケヴィンのカメラ越しに何人か見たような気がしていたシン。
すると、シン達と合流していたアンドレイが注意深くその謎の人物の顔に視線を送っていると、暫くの沈黙の後に驚きの声を上げる。彼曰くその人物は音楽の街であるアルバで最も有名な音楽家の一族の一人である、“ヨハン・ベルンハルト・バッハ“ではないかと口にした。
「バッハ?でも聞いた事もない名前だが・・・」
「そりゃぁ一般的に知られているバッハと言えば、“ヨルダン・クリスティアン・バッハ“ですから。音楽に詳しい人でも彼の家系図を熟知している人はそうはいないでしょう」
「そんなに多いのか?」
「えぇ、是非一度見て頂きたいくらいです。まぁ明日までに覚えていられればですが・・・」
遠回しに一行が勝てないことを示唆するアンドレイ。確かに相手の能力が未知数である上に、数での優位性に加え糸による一撃で致命傷になり得る攻撃を使うともなれば、例え対策法を見出しつつあるとはいえ一行が不利に見えるのは致し方がない。
それでも教団最強の盾に、昨日の記憶を持っているという音楽家ブルースとその護衛、そして戦闘を行えば状況や相手の戦い方を分析できる頭脳を持つ、ケヴィンとアンドレイがいるのだ。決して遅れを取るとは思えない。
そしてアンドレイの他にも、司令室に入り込んできた人物が“ヨハン・ベルンハルト・バッハ“であると気が付いた者がいた。それは唯一アルバに住んでいる者達で固まっていたマティアス達の内の一人であるクリスだった。
「あれ・・・ベルンハルトさんですよ!」
「知っているのか?クリス」
「はい、彼は確かセバ・・・いえ、クリストフ・バッハに代わりオルガニストを務めた事もある実力者で、宮廷楽団のチェンバロ奏者となった事でも有名です」
突然バッハの事に関して博識なところを披露するクリスに、レオンもマティアスも驚いていた。同じ音楽学校に通うレオンでさえも、バッハの家系図に関して抜けているところは多い。
アルバで司祭を務めているマティアスも、そのバッハの縁の地に住んでいるとはいえ、何の資料も無しにバッハの家系の誰がどんな音楽が得意で経歴を持つのかまでは出てこない。
演奏者としてはあまり頭角を見せることのなかったクリスが、珍しく意外な才能を見せたことに長く一緒にいる筈のマティアスも、彼には演奏者としてではなく学者や歴史を紡ぐ者としての才能の方があるのではないかと思い始めた一瞬でもあった。
「詳しいんだな、クリス」
「あっ・・・えっと、みんなより勉強する機会が多いからだよ。レオン達なら少し集中して覚えればすぐに身につくって」
「それよりも、あの人物がベルンハルト・バッハだって?クリストフがどのくらいの時代にいた人物かすぐには出てこないが、少なくとも誰もが知るあのバッハよりもすぐに名前の出てこない人物だ。当然とうの昔に亡くなっている筈だろ?それが何故・・・」
「分かりません・・・ですが、僕達が入り口で襲われたアンナ・マグダレーナさんも既に亡くなっておられます。それが“霊体“となって現れているのですから、彼も霊体とし存在していたと言うことではありませんか?」
とうの昔に命を落とした人物の魂が、現代までこの世に留まり自身の姿を形作って現れるなど、余程の強い意志や多くの人々の記憶の中に刻まれるほど名の知れた英雄でもない限り、そう簡単に呼び出せるものではない。
それに亡くなって数年、数十年ほどの魂ならまだしも数百年ともなると、魂そのものの劣化が酷く、当時の記憶やましてや自身の姿を形作る事すら不可能なほど、存在を保てなくなってしまうものだ。
つまり彼ら主犯でもない限り、彼らもまた何者かによって呼び出されたか、長い間魂自体を高度な技術により保管されていたと言う事になる。
犯人はバッハの家系の者の魂を使い、何か大掛かりな計画を実現させようとしている。そしてその計画は既に大半が成されている可能性が高いと言うところまできている。
司令室で生き残った彼らの前に、その悍ましい姿で現れたベルンハルトの手には、何やら楽譜のようなものが握られていた。そして壁をすり抜け、司令室中央辺りまでゆっくり歩みを進めると、そこで足を止めたベルンハルトは周囲を見渡し、誰かを探すように一人一人に視線を向けていった。
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