World of Fantasia

神代 コウ

文字の大きさ
上 下
1,437 / 1,646

音を伝える糸、糸を焼き切る炎

しおりを挟む
 流れるはバッハの曲である“マタイ受難曲“であり、集められた者達で音楽に詳しいフェリクスやカタリナ、アンドレイやレオン達にはそれが何の曲かすぐに分かったようだ。

 同時に、糸が身体に繋がれた者達が突如として胸を押さえるようにして苦しみ出す。犯人による強襲が始まった瞬間だった。しかし、司令室で一体何が起きているのか理解しているのは、天井を破壊して現れたブルースとバルトロメオだけだった。

「なッ・・・何だ!?急に胸がッ・・・!!」
「くっ苦しい・・・!!」
「タス・・・ケテ・・・」

 それまで唯一安全と思われていた場所が一変、まるで毒でも撒かれたかのような惨状へと変わり、体力のない者達から徐々に気を失い始めその場に崩れ落ちていく。

「チッ!!大将ッ!ちと待っててくれや!」

 バルトロメオはすぐに戦力になりそうなオイゲンと、その隣で苦しむケヴィンを巨大な青白い腕で掴み取る。すると、胸を押さえる苦しみ方とは違う苦痛が二人を襲う。

「なッ何を・・・!?」

「どういうつもりだッ!?バルトロメオッ!!」

 彼はそのまま残りの二本の腕で、近場にいた教団の護衛をオイゲンらと同じように掴み上げ、青白い炎のようなもので覆う。どうやら彼には糸から解放する術を身につけていたようだ。

 長い苦しみよりも一瞬の苦痛での解放を、掴み上げた四人に与えた。彼らに繋がった糸がバルトロメオの腕が発する炎によって焼かれる。糸は彼らに与えていた胸の苦しみと同時に消え去り、それを確認したバルトロメオは手を離し四人を床に落とした。

「ぐッ・・・!あっあれ?胸の痛みが・・・」

「貴様ッ・・・!もっと他にやり方はなかったのか!?」」

「贅沢言うんじゃねぇよ!助かっただけでもありがたく思え。俺に目をつけられたお前らだけだ、助かったのは・・・。周りを見てみろ」

 苦しみから解放された四人が各々ゆっくりと立ち上がりながら、バルトロメオの言う通り周囲へと視線を向ける。するとそこには、まるで陸に打ち上げられた魚のようにもがき苦しむ警備隊や教団の護衛達の姿があった。

 だが全てが全て、もがき苦しんでいる訳ではなかった。

 同じく糸から解放させる術を持っていたのは、その糸の性質を知るバルトロメオだけではなかったのだ。しかしこちらも救える者には限りがあった。一辺に多くの者は救うことが出来ず、バルトロメオと同様に近場にいた人間だけその炎で救うことが出来た。

 彼らを救ったのは、紅葉の羽ばたきで生じる火の粉だった。私達にやってみせたようにみんなを助けてというアカリの言葉に応えた紅葉が飛び立った先はレオンやクリスの元だった。

 丁度アカリに近い年齢層の人間を見つけた紅葉は、彼らを助ければアカリも喜ぶと思ったのか、彼らとその周辺を飛び回り火の粉を散らす。紅葉により糸を焼かれたのはレオンとクリス、そして彼らと会話をしていたマティアス司祭だった。

 だが紅葉が彼らの元へ向かう途中の火の粉により、炎が糸を焼き切ることを目にしていたアンドレイが咄嗟に火の粉を浴びるという機転を見せ、一人自らの力で生存を果たす。

「今の火の粉はッ・・・!?」

「分からないけど、胸の痛みが消えた・・・。マティアスさんは!?」

「あっ・・・あぁ、私も大丈夫だ・・・。だがこれは一体・・・」

 彼らにとって分からない事は一つだけではない。何処からか突然現れた謎の糸やそこへ流れるバッハの曲、そして胸に走る痛みと糸を焼き払う特殊な炎と、知らないところで犯人側と宮殿側の勢力で既に攻防は行われていたのだ。

「糸・・・一見したところでは注視しない限り見つけるのも難しい。だが苦しみ出した者達には須く糸が繋がれていた・・・。誰かリアクションの無かった人物やおかしな反応を見せた者は・・・?」

 復帰を果たしたアンドレイだけは、混乱の中でも犯人につながる一瞬の異変や周りのリアクションを見逃すまいと、目を光らせていた。事前に手を打っていたシン達は、糸を伝って流れる衝撃を受けずに済んでいる。

 そしてブルースとバルトロメオに関しても、彼らは真っ先に救助活動へと動き出した為、わざわざターゲットの一部である群衆を助けようとする動きをするのはおかしい。その点で言えば、シンの仲間であるアカリが紅葉を使役し、レオン達を助けたのも犯人とその一味であるとは考えずらいだろう。

 それともこの場に居ない者の中に犯人がいるのか。アンドレイは考察を続けながらも、火による糸の消滅から周囲にまだ意識のある者を探し出すと、テーブルから落ちた物と思われるライターを手に駆け寄ると、その炎で糸に触れぬよう炙り出した。

 しかし、アンドレイを救った紅葉の火の粉のように糸には引火せず、いくら炎で炙っても糸はその者の身体から離れることはなかった。

「たっ・・・助けて・・・!」

「何故・・・ただの炎ではないのか!?」

 腕の中でもがく警備隊は、そのまま徐々に力を失っていき、やがて動きを止める。だがアンドレイの中には、彼を救えなかったという思いよりも、何故あの時みた光景と同じく炎で炙っても引火しないのかが優先されていた。

 紅葉の羽ばたきにより発生する赤い火の粉、そしてバルトロメオの腕が発する青白い炎。どうやらその二つの炎は見た目こそ違えど、性質自体は同じだと言うことらしい。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界の片隅で引き篭りたい少女。

月芝
ファンタジー
玄関開けたら一分で異世界!  見知らぬオッサンに雑に扱われただけでも腹立たしいのに 初っ端から詰んでいる状況下に放り出されて、 さすがにこれは無理じゃないかな? という出オチ感漂う能力で過ごす新生活。 生態系の最下層から成り上がらずに、こっそりと世界の片隅で心穏やかに過ごしたい。 世界が私を見捨てるのならば、私も世界を見捨ててやろうと森の奥に引き篭った少女。 なのに世界が私を放っておいてくれない。 自分にかまうな、近寄るな、勝手に幻想を押しつけるな。 それから私を聖女と呼ぶんじゃねぇ! 己の平穏のために、ふざけた能力でわりと真面目に頑張る少女の物語。 ※本作主人公は極端に他者との関わりを避けます。あとトキメキLOVEもハーレムもありません。 ですので濃厚なヒューマンドラマとか、心の葛藤とか、胸の成長なんかは期待しないで下さい。  

恋人を寝取られた挙句イジメられ殺された僕はゲームの裏ボス姿で現代に転生して学校生活と復讐を両立する

くじけ
ファンタジー
 胸糞な展開は6話分で終わります。 幼い頃に両親が離婚し母子家庭で育った少年|黒羽 真央《くろは まお》は中学3年生の頃に母親が何者かに殺された。  母親の殺された現場には覚醒剤(アイス)と思われる物が発見される。  だがそんな物を家で一度も見た事ない真央は警察にその事を訴えたが信じてもらえず逆に疑いを掛けられ過酷な取調べを受ける。  その後無事に開放されたが住んでいた地域には母親と自分の黒い噂が広まり居られなくなった真央は、親族で唯一繋がりのあった死んだ母親の兄の奥さんである伯母の元に引き取られ転校し中学を卒業。  自分の過去を知らない高校に入り学校でも有名な美少女 |青海万季《おおみまき》と付き合う事になるが、ある日学校で一番人気のあるイケメン |氷川勇樹《ひかわゆうき》と万季が放課後の教室で愛し合っている現場を見てしまう。  その現場を見られた勇樹は真央の根も葉もない悪い噂を流すとその噂を信じたクラスメイト達は真央を毎日壮絶に虐めていく。  虐められる過程で万季と別れた真央はある日学校の帰り道に駅のホームで何者かに突き落とされ真央としての人生を無念のまま終えたはずに見えたが、次に目を覚ました真央は何故か自分のベッドに寝ており外見は別人になっており、その姿は自分が母親に最期に買ってくれたゲームの最強の裏ボスとして登場する容姿端麗な邪神の人間体に瓜二つだった。  またそれと同時に主人公に発現した現実世界ではあり得ない謎の能力『サタナフェクティオ』。  その能力はゲーム内で邪神が扱っていた複数のチートスキルそのものだった。  真央は名前を変え、|明星 亜依羅《みよせ あいら》として表向きは前の人生で送れなかった高校生活を満喫し、裏では邪神の能力を駆使しあらゆる方法で自分を陥れた者達に絶望の復讐していく現代転生物語。

幼馴染と一緒に勇者召喚されたのに【弱体術師】となってしまった俺は弱いと言う理由だけで幼馴染と引き裂かれ王国から迫害を受けたのでもう知りません

ルシェ(Twitter名はカイトGT)
ファンタジー
【弱体術師】に選ばれし者、それは最弱の勇者。 それに選ばれてしまった高坂和希は王国から迫害を受けてしまう。 唯一彼の事を心配してくれた小鳥遊優樹も【回復術師】という微妙な勇者となってしまった。 なのに昔和希を虐めていた者達は【勇者】と【賢者】と言う職業につき最高の生活を送っている。 理不尽極まりないこの世界で俺は生き残る事を決める!!

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

ーOnly Life Onlineーで生産職中心に遊んでたらトッププレイヤーの仲間入り

星月 ライド
ファンタジー
親友の勧めで遊び、マイペースに進めていたら何故かトッププレイヤーになっていた!? ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 注意事項 ※主人公リアルチート 暴力・流血表現 VRMMO 一応ファンタジー もふもふにご注意ください。

全校転移!異能で異世界を巡る!?

小説愛好家
ファンタジー
全校集会中に地震に襲われ、魔法陣が出現し、眩い光が体育館全体を呑み込み俺は気絶した。 目覚めるとそこは大聖堂みたいな場所。 周りを見渡すとほとんどの人がまだ気絶をしていてる。 取り敢えず異世界転移だと仮定してステータスを開こうと試みる。 「ステータスオープン」と唱えるとステータスが表示された。「『異能』?なにこれ?まぁいいか」 取り敢えず異世界に転移したってことで間違いなさそうだな、テンプレ通り行くなら魔王討伐やらなんやらでめんどくさそうだし早々にここを出たいけどまぁ成り行きでなんとかなるだろ。 そんな感じで異世界転移を果たした主人公が圧倒的力『異能』を使いながら世界を旅する物語。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...