World of Fantasia

神代 コウ

文字の大きさ
上 下
1,419 / 1,646

霊体の演奏者

しおりを挟む
 屋上にぐったりと横たわる二人。その様子からも、霊体の演奏者と繋がれた糸は彼らが繋いだものではない事は察しが付く。これらから推測するに、その状態がよくない事であることに勘づいたミアは、屋上へ飛び降りる前に狙撃態勢に入り、二人と演奏者を繋ぐ糸目掛けた弾丸を撃ち放つ。

「ミアッ!?」

 突然の行動に驚くニノンだったが、彼女の真剣な表情を見て何か考えがある行動だったのだと悟ると、後の判断は各々に任せ先陣を切って屋上に降り立つ。

 彼女が先にとった行動は、ブルースとバルトロメオの保護よりも、戦場で突然演奏を始めるという奇行を行う演奏者への攻撃だった。その行動に何かしらの意味があると考えたニノンは、それを中断させるべく渾身の一撃を霊体に打ち込む。

 攻撃の瞬間彼女の視界は僅かに歪んだが、その拳は辛うじて霊体の脇腹に命中。直前でニノンの拳に気が付き避けようとしたようだが、彼女の閃光のように素早い拳は霊体の演奏者の想像を遥かに超えていた。

 光を放つ拳を受けた演奏者は、血肉の代わりに黒い塵を撒き散らし、ふらふらと前方へ進みニノンの方を振り返る。召喚されていたピアノのような楽器と椅子も、先程のニノンの一撃により黒い塵となって消え去り、演奏は中断された。

 すかさず次の攻撃を打ち込まんと、ニノンは振り返る演奏者の視界に入らぬよう素早く反対の方へ回り込むと、今度はその頭部目掛けて光を纏った回し蹴りを放つ。再び彼女の攻撃は命中。演奏者の頭部は黒い塵となって前方へ飛び散る。

「オ・・・ォォォ・・・」

「まだまだッ!」

 一撃目の回転を利用し、今度は蹴った足を軸足に変え、回転の勢いをつけたまま反対の足でもう一発の蹴りを、頭部の無くなった演奏者の胴体に打ち込んだ。

 彼女の足が演奏者の胴体を両断し、再びその場に黒い塵がまるで血飛沫のように飛び散る。姿を保てなくなったのか、演奏者はそのまま両断された部位ごと煙のように消え去った。

 だが代わりに、演奏者の胴体を突き抜けたニノンの足に、ブルースやバルトロメに繋がれていたものと同じ糸が、まるで蜘蛛の巣のように張り付いていたのだ。

「なッ・・・!?」

 そこへ撃ち放たれた一発の弾丸。それは炎を纏い彼女の足を掠めんとする勢いで通り過ぎる。炎はニノンの足に粘着した複数の糸に引火し、ボロボロと千切れていく。

 身体に辿り着く前に炎を鎮火したニノンは、それがミアの咄嗟の援護だった事を知り、彼女の判断力と狙撃の腕に感謝した。ニノンの足に絡まった糸は完全には消滅していなかったが、その燃え尽きた先端はどこに繋がれるでもなく彼女の足に張り付いて残っていた。

「消えた・・・?いえ、それよりも」

 演奏者の姿が見えなくなったことにより、彼女の中での優先度がブルースらの方へと移り変わる。すぐさま彼らの元へ歩み寄ると、二人ともダメージは負っているものの外傷は少なく、大きく体力や魔力を削られただけのようだった。

「大丈夫?動ける?」

「くっ・・・くっそ・・・!あの野郎、わざと生かしておきやがったなぁッ!?」

「それだけ減らず口が叩ければ大丈夫そうね。貴方は?ブルース」

「悪いが俺は重傷だな・・・」

 口ではそう言うものの、バルトロメオよりも出血も少なくとても重傷には見えない。だが彼の言う重傷とは、外見上のものではなく、霊体に触れられていた事による魔力の消耗の方だった。

 そもそも魂だけの存在となっているブルースは、その魔力を使ってゾルターンの人形を依代に実体化し生きている。今の彼にとって、魔力とは生命を持続させる為のものであり、人形を動かす為の動力源でもあるのだ。

 それを護衛であるバルトロメオと同じくらい、動けぬ程大幅に削られてしまっては、魂を現世に繋ぎ止めておくだけで精一杯であり、人形を動かすことに回す魔力が確保できない状態になってしまっている。

「俺の事は後でいい。先にバルトロメオを何とかしてやってくれ・・・」

「分かったわ、貴方がそう言うのなら」

「おっおい、大将!何を言って・・・」

「なぁ、バルト・・・前にもこんな事があったよなぁ?だから分かるだろ?俺の扱いは、お前やゾルターンが一番よく分かってる筈だろ。だから任せてるんだ、いいな?」

 彼らの間に何があったのかは分からないが、特殊な存在であるブルースと永らく行動を共にしてきたバルトロメオでれば、ブルースの魂と身体の扱いにも対応できるというもの。

 咄嗟の事態にブルースの事を任せるのなら、現状のパーティーだとバルトロメオが適任であることは明らかだろう。ニノンが治癒の魔法をバルトロメオに掛けている間、ミアはゾルターンの作り出した足場を移動し、どこか見晴らしの良い場所はないかと探す。

 高い位置にあるのならゾルターンの足場を継続して利用すれば良いと思われるだろうが、どうやら彼の作り出した足場は、瀕死の状態で宮殿に残った今の彼では維持できるものではなかったらしい。

 その証拠に、足場から狙撃していたミアには耐久度の低下が目に見えて分かっていた。小さな衝撃でも周りから少しずつ崩れており、ミアとニノンを屋上へ導く為だけの造りものでしかなかったようだ。

 バルトロメオの治療を終え、魔力を一時的に補給できるアイテムを手渡すニノン。万全の状態ではないが、これで彼も戦闘に参加できるくらいには回復した事だろう。

 ミアも彼らのいる位置を一望出来るポジションに陣取ると、まるでこちらの戦力が整うのを待っていたかのように、先程の演奏と同じ音楽が周囲に流れ始める。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

re:birth 〜勇者じゃないと追放された最強職【何でも屋】は、異世界でチートスキル【DIY】で無双します~

華音 楓
ファンタジー
「役立たずの貴様は、この城から出ていけ!」  国王から殺気を含んだ声で告げられtた海人は頷く他なかった。  ある日、異世界に魔王討伐の為に主人公「石立海人」(いしだてかいと)は、勇者として召喚された。  その際に、判明したスキルは、誰にも理解されない【DIY】と【なんでも屋】という隠れ最強職であった。  だが、勇者職を有していなかった主人公は、誰にも理解されることなく勇者ではないという理由で王族を含む全ての城関係者から露骨な侮蔑を受ける事になる。  城に滞在したままでは、命の危険性があった海人は、城から半ば追放される形で王城から追放されることになる。 僅かな金銭で追放された海人は、生活費用を稼ぐ為に冒険者として登録し、生きていくことを余儀なくされた。  この物語は、多くの仲間と出会い、ダンジョンを攻略し、成りあがっていくストーリーである。

「自重知らずの異世界転生者-膨大な魔力を引っさげて異世界デビューしたら、規格外過ぎて自重を求められています-」

mitsuzoエンターテインメンツ
ファンタジー
 ネットでみつけた『異世界に行ったかもしれないスレ』に書いてあった『異世界に転生する方法』をやってみたら本当に異世界に転生された。  チート能力で豊富な魔力を持っていた俺だったが、目立つのが嫌だったので周囲となんら変わらないよう生活していたが「目立ち過ぎだ!」とか「加減という言葉の意味をもっと勉強して!」と周囲からはなぜか自重を求められた。  なんだよ? それじゃあまるで、俺が自重をどっかに捨ててきたみたいじゃないか!  こうして俺の理不尽で前途多難?な異世界生活が始まりました。  ※注:すべてわかった上で自重してません。

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

余りモノ異世界人の自由生活~勇者じゃないので勝手にやらせてもらいます~

藤森フクロウ
ファンタジー
 相良真一(サガラシンイチ)は社畜ブラックの企業戦士だった。  悪夢のような連勤を乗り越え、漸く帰れるとバスに乗り込んだらまさかの異世界転移。  そこには土下座する幼女女神がいた。 『ごめんなさあああい!!!』  最初っからギャン泣きクライマックス。  社畜が呼び出した国からサクッと逃げ出し、自由を求めて旅立ちます。  真一からシンに名前を改め、別の国に移り住みスローライフ……と思ったら馬鹿王子の世話をする羽目になったり、狩りや採取に精を出したり、馬鹿王子に暴言を吐いたり、冒険者ランクを上げたり、女神の愚痴を聞いたり、馬鹿王子を躾けたり、社会貢献したり……  そんなまったり異世界生活がはじまる――かも?    ブックマーク30000件突破ありがとうございます!!   第13回ファンタジー小説大賞にて、特別賞を頂き書籍化しております。  ♦お知らせ♦  余りモノ異世界人の自由生活、コミックス3巻が発売しました!  漫画は村松麻由先生が担当してくださっています。  よかったらお手に取っていただければ幸いです。    書籍のイラストは万冬しま先生が担当してくださっています。  7巻は6月17日に発送です。地域によって異なりますが、早ければ当日夕方、遅くても2~3日後に書店にお届けになるかと思います。  今回は夏休み帰郷編、ちょっとバトル入りです。  コミカライズの連載は毎月第二水曜に更新となります。  漫画は村松麻由先生が担当してくださいます。  ※基本予約投稿が多いです。  たまに失敗してトチ狂ったことになっています。  原稿作業中は、不規則になったり更新が遅れる可能性があります。  現在原稿作業と、私生活のいろいろで感想にはお返事しておりません。  

王太子様には優秀な妹の方がお似合いですから、いつまでも私にこだわる必要なんてありませんよ?

木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるラルリアは、優秀な妹に比べて平凡な人間であった。 これといって秀でた点がない彼女は、いつも妹と比較されて、時には罵倒されていたのである。 しかしそんなラルリアはある時、王太子の婚約者に選ばれた。 それに誰よりも驚いたのは、彼女自身である。仮に公爵家と王家の婚約がなされるとしても、その対象となるのは妹だと思っていたからだ。 事実として、社交界ではその婚約は非難されていた。 妹の方を王家に嫁がせる方が有益であると、有力者達は考えていたのだ。 故にラルリアも、婚約者である王太子アドルヴに婚約を変更するように進言した。しかし彼は、頑なにラルリアとの婚約を望んでいた。どうやらこの婚約自体、彼が提案したものであるようなのだ。

愛されていないはずの婚約者に「貴方に愛されることなど望んでいませんわ」と申し上げたら溺愛されました

海咲雪
恋愛
「セレア、もう一度言う。私はセレアを愛している」 「どうやら、私の愛は伝わっていなかったらしい。これからは思う存分セレアを愛でることにしよう」 「他の男を愛することは婚約者の私が一切認めない。君が愛を注いでいいのも愛を注がれていいのも私だけだ」 貴方が愛しているのはあの男爵令嬢でしょう・・・? 何故、私を愛するふりをするのですか? [登場人物] セレア・シャルロット・・・伯爵令嬢。ノア・ヴィアーズの婚約者。ノアのことを建前ではなく本当に愛している。  × ノア・ヴィアーズ・・・王族。セレア・シャルロットの婚約者。 リア・セルナード・・・男爵令嬢。ノア・ヴィアーズと恋仲であると噂が立っている。 アレン・シールベルト・・・伯爵家の一人息子。セレアとは幼い頃から仲が良い友達。実はセレアのことを・・・?

私異世界で成り上がる!! ~家出娘が異世界で極貧生活しながら虎視眈々と頂点を目指す~

春風一
ファンタジー
『いーわよ、そこまで言うならもう、親子の縁なんて切ってやる!! 絶対に成功するから、今に見てなさいよ!!』 如月風歌は、考えるより先に行動する脳筋少女。中学の卒業式の日に、親と大喧嘩し、その勢いで家出する。時空航行船のチケットを握りしめ、着の身着のまま&ほぼ無一文で、異世界に向かっていった。 同じ地球でありながら、魔法で発展した平行世界エレクトラ。この世界に来たのは『シルフィード』と呼ばれる、女性だけがなれる『超人気職業』に就くためだ。 上位階級のシルフィードは、トップアイドルのような存在。また、絶大な人気・知名度・影響力を持ち、誰からも尊敬される、人生の成功者。巨万の富を築いた者も、少なくはない。 だが、お金もない・人脈もない・知識もない。加えて、女子力ゼロで、女らしさの欠片もない。全てがゼロからの、あまりにも無謀すぎる挑戦。しかも、親から勘当を言い渡され、帰る場所すらない状態。 夢に燃えて、意気揚々と異世界に乗り込んだものの、待ち受けていのは、恐ろしく厳しい現実と、パンと水だけの極貧生活だった。 『夢さえ持っていれば、気合さえあれば、絶対に上手くいく!!』と信じて疑わない、脳筋でちょっとお馬鹿な少女。だが、チート並みのコミュ力(無自覚)で、人脈をどんどん広げて行く。 ほのぼの日常系。でも、脳筋主人公のため、トラブルが発生したり、たまにシリアスだったり、スポ根っぽい熱い展開も……。 裸一貫から成り上がる、異世界シンデレラストーリー。

私とお母さんとお好み焼き

white love it
経済・企業
義理の母と二人暮らしの垣谷操。貧しいと思っていたが、義母、京子の経営手腕はなかなかのものだった。 シングルマザーの織りなす経営方法とは?

処理中です...