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神代 コウ

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麗しき歌声に導かれて

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 その光景に一行が目を奪われていると、女の歌唱が慎ましく行われる。先程の女の霊体のような酷い声がマイクを通して響き渡るのかと一瞬身構える一行だったが、その女の声は現代の音楽家であるアンドレイが聴き惚れる程の歌声だった。

「ッ・・・!?」

「綺麗な声・・・」

 女の歌声は、音楽家としてというよりもカタリナなどの影響から歌手としての道も考え始めていたジルの心に、強烈に突き刺さった。戦場においても心が現れていくような女の歌声は、ジルやシアラの心を震わせその瞳に涙を浮かべさせる程のものだった。

「ジル?どうした、どこか痛むのか!?」
「そうじゃない・・・そうじゃないの。なんでか分からないけど、彼女の歌声からとても深い愛を感じる・・・」

「・・・・・」

 黙って女の歌声に聞き惚れていたアンドレイは、その女が何者であるのかを漸く理解した。彼女こそWoFの世界で音楽の父として知られる、“ヨルダン・クリスティアン・バッハ“の後妻である“アンナ・マグダレーナ・バッハ“その人であることを。

「そうか・・・だからか・・・」

「アンドレイ様?」

 何かを悟った様子のアンドレイにチャドが質問をすると、一行の前で歌を披露する女が何者であるかを簡潔に説明した。無論、音楽家の護衛を務めていれば、かの有名なバッハの名は知っている。

 彼女がその妻だということを知り、驚きの表情を浮かべる一行。ジルやカルロスもその存在自体は学校で学んでいたが、肖像画や再現映像などでしか目にしたことがなく、実際のアンナ・マグダレーナであるとは気が付かなかった。

 アンドレイから彼女の正体を聞くと、より一層その歌声に意識を奪われていく。彼女の歌が披露されている間は、謎の人物達も一行を前にしても一切敵意を向けることもなく、静かにアンナの歌声を熱心に聴いていた。

 つい先程まで争っていたのが嘘のように静かになる一行。次第に彼女の歌は緩やかに盛り上がりを見せていく。それと反比例するように一行を襲ったのが、これまでジル達音楽学校の生徒らが異常な雰囲気を漂わせていたアルバで体験した、不思議な眠気だった。

 心を震わせる歌声に酔わされ、一行は今いる場所が夢か現実か、見ている光景が嘘か誠か。それは本人達にも分からなかったが、アンドレイの記憶に僅かに残っていたのは、次々に眠りに落ちていく仲間達の姿だった。

 しかし意識はアンナの歌声に引っ張られ、現状を打開しなければならない事や、ここで眠る訳にはいかないといった思考にまで到達する事なく、彼の意識もそこで途絶えてしまった。



 ニクラス教会に続き、バッハ博物館でもアルバの街へと飛び出して行った一行は、謎の勢力によって鎮圧されてしまった。その中でも最初に街の調査へと向かったニノンとシンが向かったグーゲル教会。

 そこでは他の場所に現れた、それぞれ謎の人物達を率いる親玉と同じように、ニノンが姿を消す事態に陥り、シンも突然迫り来る内なる苦しみに意識を失いかけていたところを、救助にやって来たケヴィンによって教会から抜け出すことに成功する。

 電子機器が機能しなかったアルバの街の中において、突如としてシグナルを発信したシンの持つケヴィンのタブレット。その理由は未だに分からなかったが、その反応が宮殿に届かなかったら今のシンはなかっただろう。

 そして、何とかシンの救出に成功したケヴィンは、宮殿入り口で謎の人物達の相手を買って出たミアがグーゲル教会にやって来たところを目撃する。

「ミアさんッ!!」

「ケヴィン!そこにいたのか!シン達はッ!?」

 彼の元へ駆け付けると、その手に抱き抱えられ憔悴しきった状態のシンを見て、ミアは顔を青ざめるもまだ生きているというケヴィンの言葉を信じ、彼らを窮地に追いやった相手がいる教会から離れることに。

 だが、慌ただしくなる現場に、教会から飛び出してきた謎の人物達の親玉が取り巻きを連れて飛び出してくる。

「チッ・・・!追って来やがったかッ・・・」

「ミアさん、シンさんは私が。取り敢えず宮殿へ戻りましょう!」

「それは構わないが、ニノンはどうした?」

「シンさんが言うには、教会の中で既に奴らの手に掛けられてしまったようです・・・。オイゲン氏に合わせる顔がありませんが・・・今はそれどころではありませんので」

 戦闘面では活躍できないケヴィンは、せめてシンを無事に宮殿へ届ける為に、荷物からロープを取り出すとシンを背中に背負いながら自身の身体と結びつける。

「走ります!援護の方は任せましたよ!」

「あぁ、了解だ!」

 ケヴィンがシンを背負い走り出したと同時に、上空を飛んでいた謎の人物とその親玉が彼らを見つけて飛び掛かってくる。それを迎え撃つように、物陰から狙いを定めていたミアが、ライフルに込めた魔弾を撃ち込む。

 凄まじい回転で空間を切り裂くように飛んでいった弾丸は、銃声と共に親玉へと向かって行ったが、寸前のところで謎の人物の一人が間に割って入り、代わりに魔弾を受け止めたのだ。

「受け止めた!?何故貫通しない!?」

 銃弾の軌道からミアの位置を発見した親玉の霊体は、彼女の方を指差し複数の謎の人物達を送り込む。指示を受けた取り巻き達の他にも、地上で彷徨っていた者達もそれに連携するかのように一斉に動き出す。

「数が多過ぎるッ・・・!援護し切れるか・・・?」

 すぐにその場を移動し始めたミアは、自身だけではとても手に負えないとウンディーネを呼び出す。水がなければ本来の力を扱えない彼女だが、街に到達したことのよりウンディーネの本来の力を発揮させる策を思いつくミア。

 追手から逃げる最中、ミアは民家の窓から家屋へと侵入し周囲を見渡して台所を見つける。すると彼女は、水道目掛けて銃弾を数発撃ち放つ。穴の空いた水道管と、縦断でバルブを緩めたことにより勢いよく水が溢れ出す。

「これでどう?」

「えぇ、十分な働きよミア!」

 壁をすり抜けて追いかけてくる追手に、水を弓矢のように変えて撃ち放ったウンディーネの一撃は、複数の敵を一辺に仕留めることに成功した。

「まだまだッ・・・!」

 既に家屋から脱出していたミアは、街の消火栓を見つけると再び銃弾で大きな穴を開ける。今度は家屋の中での比ではない。上空高く伸びる水柱は、周囲に擬似的な豪雨を降らせるかのようだった。
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