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神代 コウ

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記憶の収集

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 彼女の話では、昨日の早朝に宮殿で遺体が発見されたのだという。その遺体こそ教団の大司教であるジークベルトの遺体だったそうだ。

 ジルも直接見た訳ではないらしいが、昨日の早朝にパーティーでの片付けを手伝っていた彼女は、バッハ博物館で一緒に手伝いをしていたカタリナが、宮殿の警備隊に連れて行かれる現場を目にしたようだ。

 その時の警備隊の話で、宮殿の事件の件を知ったのだという。

 「だっ大司教が!?」

 「シっ!大声出さないで!」

 「悪い・・・。でも本当なのか?そんな大事なら、街でも噂になってそうなモンだが・・・」

 奇妙な反応を示すレオンに、彼女は困惑している様子だった。それもその筈。宮殿の外で大司教の死に関する話題は、彼らしか知らない隠された事実だったのだからだ。

 それがどうだろう。今ではジルしかその事を覚えていないかのように、レオンは彼女の話を恰も今初めて知ったかのようなリアクションを取っていたのだ。

 疑問に思った彼女は、何も知らないフリをしているようなレオンに、昨日彼から聞いたフェリクスが自宅から連れ去られた話を繰り返した。

 「さっきから何を言ってるの?貴方も聞いたんでしょ?フェリクス先生の家で」

 「先生の家で・・・?」

 すると突然、レオンの脳裏にその時の光景が一瞬だけフラッシュバックする。どこかの家で二階から玄関の様子を見ている場面。そこにはフェリクスが扉を開けて何者かと話している様子が窺える。

 場面は切り替わり、そのフェリクスが何か大声を上げている様子へと変わり、外にいた何者か達が雪崩れ込んでくるように突入してくる。

 更に場面は変わり、二階という高さから飛び降りたその記憶の中の映像は、何かから逃げるように何度も振り返りながら街中を走り抜けていった。

 「何だ・・・?俺の記憶?でもそんな覚え・・・」

 頭を押さえながら流れ込んでくる記憶の映像に、困惑を隠しきれないレオンは足を止めフラフラと壁に手をついてもたれかかってしまう。

 「ちょっと!?大丈夫?」

 「何だ・・・何か大事な事を俺は忘れてる・・・?」

 「忘れてる?昨日別れた後、何があったの?」

 「別れた後?何があった?・・・駄目だ、思い出せない。でも目覚めは良かったんだ。まるで何事もなかったかのように。いや、寧ろ演奏が上手く行った時みたいに清々しい気持ちで朝を迎えた。でも昨日のことがはっきり思い出せない・・・」

 ジルはレオンを連れてどこか腰を下ろせる場所を探すと、近くのベンチに彼を座らせ昨日の記憶を一つ一つゆっくりと聞き出していく。どこから彼の記憶が抜け落ちているのか、どこからおかしくなっていったのかを本人と一緒に紐解いて行くことにした。

 するとどうやら、レオンの記憶は早朝の事件の話の場面がごっそり抜け落ちており、起きてから外出をして彼は楽譜を持って外を歩いていると、何となくジルやカルロスと会い、漠然とした話をした後解散し、それぞれ自宅へと向かった事になっていたのだ。

 「それじゃぁフェリクス先生の話だけじゃなくて、一緒にそれぞれの現場へ向かったり宮殿前に行ったことも?教会に行ったことも忘れちゃったの?」

 「そもそも俺は忘れてるのか?いや・・・でもさっきの映像は確かに・・・」

 自身の記憶に関しても曖昧になってしまっているレオン。このような状態の彼にいくら聞いても仕方がないと、ジルはもう一度現場へ向かってみてはどうかと提案した。

 自力で思い出せないのであれば、記憶の映像としてフラッシュバックした場所、即ちフェリクスの自宅へと赴けば何か思い出せるかもしれない。レオンもモヤモヤとする気持ちと記憶をハッキリさせたいと、ジルの提案に乗り一緒に警備隊が見張りをしているというフェリクスの自宅へと向かった。

 ジル自身、レオンにも昨日の一件を思い出して欲しかった。それは彼女の中にある不安がそうさせていたのだろう。大司教が死亡したという事件は、アルバの街中では他に話せる人などおらず、とてもではないが警備隊や教団の護衛、そして宮殿の関係者などにはとてもではないが聞くことなど出来ない。

 事件自体を隠そうとしている雰囲気と、それを知るものを捉えようとする警備隊に、ジルは不安を抱いていた。昨日まで何とか自分を保てていたのは、同じ境遇にある仲間がいたからだった。それが今では自分だけになってしまっている。

 その事が何よりもジルは不安だったのだ。これで事件ことを覚えているのは自分だけ。本当はおかしくなったのは自分の方なのではないかと、真実さえ捻じ曲げて自ら歪な世界に足を踏み入れていこうとしてしまいそうな程に滅入っていた。

 二人はフェリクス宅の見える場所までやって来る。家の周りには依然として警備隊が見回っているようだ。昨日現場を逃げ出した二人は、姿を警備隊に見られた訳ではないのだが、迂闊に現場に近づくことで警備隊に目をつけられることを避けていた。

 恐らくレオンの思い出そうとしている記憶の現場には近づけない。それでも現場付近の光景を見ることで記憶が刺激され、忘れていた何かを思い出せるのではないだろう。

 一部の希望に期待を乗せ、ジルはレオンに何か記憶に変化はあったか尋ねてみる。

 「どう?何か思い出せそう?」

 「・・・いやぁ、悪いが何も・・・」

 「そう・・・」

 しかしレオンが何かを思い出すことはなかった。やはり一度無くしてしまった記憶を取り戻すのは、そう容易いことではないのかと落胆する二人。それならと、昨日二人で巡った場所を訪れてみようと次なる場所へ移動を開始する。

 だがその時、レオンはふと眺めていた街の景色の中で、とある路地の入り口に意識を引っ張られて足を止める。

 「どうしたの?」

 「あの路地・・・なんか・・・!」

 足を止め何の変哲もないどこにでもあるような路地を見つめるレオンは、突如先程記憶の場面をフラッシュバックした時と同じように頭を抑える。すると、最初に頭の中に浮かんが場面とは別に、警備隊から逃走する時の記憶が彼の中で蘇ったのだ。
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