1,294 / 1,646
包囲網からの逃走
しおりを挟む奥の部屋から紙が擦れる音がしてくる。昨日の式典でレオンが演奏した楽譜でも探しているのだろうか。だが、普段のフェリクスなら整理された楽譜を持って来るだけならこれほど時間は掛からなかっただろうが、部屋の荒れた様子からするにアルバでの活動に見切りをつけたのかもしれない。
やはりパーティーで何かあったのではと心配するレオンだったが、そんな彼らの知らぬところで、何やら外の様子が騒がしくなってきたことに気がつくレオン。
何やら大勢の気配と足音がフェリクスの自宅の方へと向かっている。思わず席を立ち、窓から外の様子を確認してみると、アルバの警備隊が数名で玄関口を囲むように立っていた。
間も無くして、フェリクス宅の呼び鈴が鳴らされる。
「何だ?今日はやけに来客が多いな・・・」
部屋の奥からフェリクスの声が聞こえると、手ぶらで現れた彼はレオンに少し待ってくれと伝えると、そのまま玄関の方へと向かっていく。しかし、何か普通ではない様子を窓から見ていたレオンは、彼の背中に向けて気を付けて下さいと声を掛けた。
何を気をつけるのだと不思議そうな表情を浮かべたフェリクスは、レオンが何のことを言っているのか分からないまま適当に返事をして、一階の玄関のドアノブに手を掛ける。
「はーい、どちら様ですかぁ?」
外にいるのが警備隊と知らぬまま扉を開けたフェリクスは、そこに広がる仰々しい光景に思わずドアノブから手を離し、一二歩後退りして家の中へと引っ込んでいく。
「フェリクスさん。自宅にいらっしゃったようで良かったです。緊急でお話があります。お時間、よろしいでしょうか?」
「きっ緊急で?えぇ・・・それは勿論。このような人数で一体どうされたと言うのです?」
「先程、宮殿内でジークベルト大司教の遺体が発見されました」
警備隊の男の口から語られたビッグニュースに、その場にいたフェリクスは勿論、二階から様子を伺っていたレオンも目を見開き思考が止まってしまうほどの衝撃を受けていた。
警備隊はフェリクスのリアクションに、僅かながらの動揺を見せながらも、ジークベルトが死亡した件について他殺の可能性が高く、死因については現在アルバの医者であるカール・フリッツが付き添いの元、鑑識が行われている最中であると説明する。
加えて、現在宮殿への出入りは禁じられており、遺体が発見されてから宮殿内にいる者達はそのまま中で取り調べと近辺調査、そしてアリバイの有無など事件に関与していないか捜査が行われている。
事件現場の調査と宮殿内にいた者達の取り調べが行われる中、アルバの警備隊と各所からやって来た音楽家達の護衛は、協力して内部とやり取りをし、内部と外部でそれぞれ聞き込みや重要参考人になり得る人物達を調査しているようだ。
そしてその捜査はフェリクスの元へもやって来たと言う訳なのだが、取り分け彼の自宅には多くの人員が割かれていた。理由については警備隊がフェリクスに言い渡す言葉からも察せられる。
「大司教の身辺調査を行うに当たり、貴方が今回の事件の重要参考人であることと、容疑がかけられていることが分かりました」
「容疑?ちょっ・・・ちょっと待って下さい!私はパーティーが終わる前に宮殿から帰宅しています。事件には全く関係ないでしょ!?」
「ですが、貴方には大司教を殺害するだけの動機があります。違いますか?」
警備隊の異様な数からも、自分がジークベルトを殺害したのではないかという疑いの目を向けられていることに気がついたフェリクスは、目の前の男が言う殺害の動機という言葉に、思考を巡らせ何か疑われるような事などあったかと思い返す。
そしてそれに気がつくのに時間は要らなかった。すぐに自分が疑いを向けれれている理由について思いつくと、フェリクスはそんなことで殺害に至るなど馬鹿げていると弁明を図り始めた。
「アルバのカントル降板の件で私を疑っているのか?馬鹿馬鹿しい!そんな事で人の道を踏み外すほど、私の倫理観はイカれてなどいない!」
「カントルの降板ともなれば、貴方への世間の目も僅かながら変わるでしょう。何か黒い噂があったのか、やましい事でもしていたのではないかとか。就任してそれほど長くない中での降板・・・。さぞかし音楽家としてのプレイドを傷つけられたのではありませんか?」
「何度も言わせるな!プライドを傷つけられた程度で、人を殺すなど馬鹿げている!それにジークベルト氏は、私に新たなポストを用意していると言っていた!それなのにわざわざそんな人物を殺す理由は何だ!?」
二日酔いなどすっかり冷めてしまったかのようにヒートアップするフェリクスに、うんざりとした様子で淡々と話を進める警備隊の男。フェリクス自身にどんな理由があるにしろ、誰が聞いても明らかな殺害の動機がある彼を取り調べしない理由などなかった。
「話は署の方で伺います。自宅の捜査もさせて頂きます。よろしいですね?」
フェリクスの返事を待たずして、警備隊の者達が次々に彼の家の中へと押し入っていく。必死に入らぬよう止めるフェリクスだったが、すぐに取り押さえられてしまう。
「やめろ、私の家を荒らすな!昨日のことはまた準備が整ってからだ。それまでは身を潜めなさい!」
「何を言っている?容疑者を家から連れ出すんだ!他の者達は彼の家を調べろ!」
フェリクスの言葉を聞いていたレオンは、その言葉が自分に向けられたものだと悟ると、急ぎ二階の奥の部屋からベランダに出ると、意を決して二階から外へと飛び降りる。
「二階から何か物音がしたぞ!」
「お前達が押し入ったせいで、眠っていた家族が起きたんだ」
「何を言っている?アンタはずっと独身だっただろ。家族などいたという報告は一度もないぞ!」
「何だ君は。ペットを家族として扱わない口か?薄情者め!」
急に知能指数の低そうな言い争いを始めるフェリクス。もはや何をしても警備隊が止まらぬと思ったからなのか、無駄な感情論で取り押さえる警備隊達に必死に争っている。
時間稼ぎには全くなっていなかったが、フェリクスの合図にいち早く気がつき身の危険を察したレオンの判断力のおかげで、警備隊に姿を見られる前にフェリクス宅を脱出することに成功したレオン。
自宅の調査が進めば何者かが彼の家にいた事が分かるかもしれないが、現状ではレオンに疑いが向く事はないだろう。
早朝ということもあり、閑散とする路地裏を走り抜ける一人の学生。足音は街に広がる薄らとした霧と、そこらに漂う音のシャボン玉によって上手く誤魔化されていた。
「はぁっ!はぁっ!なっ何なんだ!?一体何がッ・・・。大司教が殺されたって・・・何で先生の家に警備隊が・・・!」
一先ず自宅へと戻り、状況を把握しようと試みるレオンは、いつも以上に街中に配置されている警備隊の目を掻い潜りながら、物陰から物陰へと移動し、その道中宮殿の見える通りへとやって来る。
彼はそこで、昨夜までそれなりに楽しんでいた宮殿が厳戒態勢に入っているのを目の当たりにする。
0
お気に入りに追加
297
あなたにおすすめの小説
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。
――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に……
どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。
顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。
魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。
こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す――
※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。
戦闘職をしたくてVRMMOを始めましたが、意図せずユニークテイマーという職業になったので全力でスローライフを目指します
地球
ファンタジー
「え?何この職業?」
初めてVRMMOを始めようとしていた主人公滝沢賢治。
やろうと決めた瞬間、戦闘職を選んでいた矢先に突然出てきた職業は【ユニークテイマー】だった。
そのゲームの名はFree Infinity Online
世界初であるフルダイブ型のVRゲームであり、AIがプレイヤーの様子や行動を把握しイベントなどを考えられるゲームであった。
そこで出会った職業【ユニークテイマー】
この職業で、戦闘ではなくてスローライフを!!
しかし、スローライフをすぐにはできるわけもなく…?
「お前のような役立たずは不要だ」と追放された三男の前世は世界最強の賢者でした~今世ではダラダラ生きたいのでスローライフを送ります~
平山和人
ファンタジー
主人公のアベルは転生者だ。一度目の人生は剣聖、二度目は賢者として活躍していた。
三度目の人生はのんびり過ごしたいため、アベルは今までの人生で得たスキルを封印し、貴族として生きることにした。
そして、15歳の誕生日でスキル鑑定によって何のスキルも持ってないためアベルは追放されることになった。
アベルは追放された土地でスローライフを楽しもうとするが、そこは凶悪な魔物が跋扈する魔境であった。
襲い掛かってくる魔物を討伐したことでアベルの実力が明らかになると、領民たちはアベルを救世主と崇め、貴族たちはアベルを取り戻そうと追いかけてくる。
果たしてアベルは夢であるスローライフを送ることが出来るのだろうか。
幼馴染と一緒に勇者召喚されたのに【弱体術師】となってしまった俺は弱いと言う理由だけで幼馴染と引き裂かれ王国から迫害を受けたのでもう知りません
ルシェ(Twitter名はカイトGT)
ファンタジー
【弱体術師】に選ばれし者、それは最弱の勇者。
それに選ばれてしまった高坂和希は王国から迫害を受けてしまう。
唯一彼の事を心配してくれた小鳥遊優樹も【回復術師】という微妙な勇者となってしまった。
なのに昔和希を虐めていた者達は【勇者】と【賢者】と言う職業につき最高の生活を送っている。
理不尽極まりないこの世界で俺は生き残る事を決める!!
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
ーOnly Life Onlineーで生産職中心に遊んでたらトッププレイヤーの仲間入り
星月 ライド
ファンタジー
親友の勧めで遊び、マイペースに進めていたら何故かトッププレイヤーになっていた!?
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
注意事項
※主人公リアルチート
暴力・流血表現
VRMMO
一応ファンタジー
もふもふにご注意ください。
全校転移!異能で異世界を巡る!?
小説愛好家
ファンタジー
全校集会中に地震に襲われ、魔法陣が出現し、眩い光が体育館全体を呑み込み俺は気絶した。
目覚めるとそこは大聖堂みたいな場所。
周りを見渡すとほとんどの人がまだ気絶をしていてる。
取り敢えず異世界転移だと仮定してステータスを開こうと試みる。
「ステータスオープン」と唱えるとステータスが表示された。「『異能』?なにこれ?まぁいいか」
取り敢えず異世界に転移したってことで間違いなさそうだな、テンプレ通り行くなら魔王討伐やらなんやらでめんどくさそうだし早々にここを出たいけどまぁ成り行きでなんとかなるだろ。
そんな感じで異世界転移を果たした主人公が圧倒的力『異能』を使いながら世界を旅する物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる