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神代 コウ

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カタリナ・ドロツィーア

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 カタリナ・ドロツィーア。

 彼女のこれまでの人生は、一言で言えば嫉妬に狂わされる人生だった。

 とある音楽家の家系に生まれた彼女は、幼少期より類い稀なる才能を持って生まれた。そのうちの一つには、絶対音感と呼ばれる聞こえてきた音階を他の音と比較することなく把握できるというものだ。

 家族や親族からは喜ばれた生まれ持った才能。それは彼女が成長し、音楽学校へ通うようになってからも、他の者達から驚かれ羨ましがられていた。初めは周りの反応もそれだけに留まっていたが、その内彼女の才能は音楽に携わる者達にとって疎ましいものへと変貌していく。

 人の世界とは得てして、良し悪しに限らず集団から逸脱した者を敵視し省く傾向にある。そしてそれは彼女の人生にも障壁として立ち塞がる事となった。

 慣れとは恐ろしいもので、優れた才能も日常生活の中で何度も目にすることで、私はお前達とは違うのだと言わんばかりに他者からは才能を見せびらかしているように見えたりといった劣等感を抱かせ、そんな気など本人は持っていなくともその行動一つ一つが鼻につくようになる。

 珍しいものに群がり騒いでいた有象無象は、次第に彼女から離れていき、代わりに彼女の元にまとわり出したのはそんな群衆の雑言の数々だった。

 すっかりカタリナの周りには人の姿はなくなっていき、残ったのは彼女とは真逆の理由で集団から溢れた者達だった。自分の元を去り、あろう事か有る事無い事噂するようになった者達の中で、彼女とまともに会話し一緒にいてくれるそんな者達こそ、カタリナは本当に信頼できる友人としてとても大切にしていた。

 他の者達に流されず、自分の意思を貫き揺るがないその者達の姿に、カタリナは彼らに何事にも負けない強い精神を持っているのだと尊敬の念を抱いていた。

 外では見せないようにしていたが、周りから聞こえてくる罵詈雑言の数々に何度も打ちのめされそうになっていた。望んで生まれたわけではない才能のせいで、何故自分は人と違う環境に置かれなければならないのか。

 そんな理不尽に陰ながら一人耐えていた彼女にとって、優しくしてくれる唯一尊敬できカタリナにとっても拠り所になっていた彼らの存在は大きくなっていた。

 だが、そんな彼らとの関係性は突如として崩れ去る事となる。それはまさに突然の出来事だった。カタリナが仲良くしていた友人に一人が、突然学校へ来なくなってしまったのだ。

 彼らの通う音楽学校は、義務教育の学校などとは違い、学びを得る為に自ら通うものであった為、来なくなった者達に対しその理由を問うことはなかった。故に教員側の者達に聞いても、何故その友人が来なくなってしまったのか知ることは出来なかった。

 そこでカタリナは、その友人を心配し家へ直接向かってみる事にしたのだ。仲良くする中で、その友人の家の場所や家族のことをよく聞かされていた彼女は、足早に友人宅を訪れる。

 しかしそこで彼女は、その友人から聞いていた優しい家族との話とはかけ離れた対応を受けることになる。

 不登校になってしまった友人は、才能には恵まれなかったものの、家族と行ったコンサートで目にした歌手に、辛い時に癒しと目標を与えてくれたその歌声に憧れ、自分も誰かの為に支えとなれる音楽を届けたいと夢見るようになった。

 将来を見出し努力する友人の姿に、両親もお金の工面をしやっとの思いで音楽学校へ入ることが出来たのだそうだ。そんな漸く掴んだ夢への足掛かりである音楽学校へ行かなくなってしまった友人は、カタリナが家を訪れた前日の夜に自殺してしまったのだった。

 我が子の死を知ったのは翌日の朝だったのだという。いつものように声を掛けるも返事のないその友人の部屋に、鍵の掛かった扉を開けて入ってみると、首を吊った我が子の姿があったのだと声を震わせてカタリナに話していた。

 部屋には遺書が書き残されていたのだという。そこにはカタリナとの事が書かれていたそうだ。どうやらその友人は、カタリナとの友人関係を続けていたことによって周囲から酷いいじめに遭っていたようだ。

 直接教員からも一目置かれていたカタリナをいじめる事が出来ないが故に、彼女を孤立させようと周りからカタリナの支えを崩していこうとしていたのかもしれない。

 だがその友人も、今更カタリナを裏切ったところで新しい居場所などなく、それこそ完全に孤立してしまうこともあり、必死に耐えながら彼女と共にいたようだが、ついにその限界がやってきてしまった。

 苦労して音楽学校へ入れてくれた両親への謝罪。学校でどんな事が行われどんな気持ちでいたのか。その思いの丈が綴られ、最後の最後まで悩んでいたのはカタリナとの事だったのだと明かされる。

 両親はカタリナのせいで我が子を失ったと盲信しているようで、辛辣な言葉を当時の彼女に贈り訪問した彼女を突き返した。

 カタリナはそれ以来、学校で自ら孤立し無心で音楽に打ち込んだ。亡くなった友人が耐えてきた事を想像しながら言葉の暴力に耐え、嫌がらせに負けずに通い続け何とか卒業する事となったカタリナ。

 大人になったことで、彼女を取り巻く環境はより陰湿で巧妙に彼女を利用しようという汚いものが渦巻いていた。

 才能のある彼女の実力を持ってしても、就職先はなかなか見つからなかった。多くの国や街のバーで歌手として雇ってもらい、様々な人の歌を届けた。中には歌などには目もくれず、身体目的で寄ってくる者達をあしらいながら、彼女の才能を利用しようとする者達を使い、歌い続ける中でカタリナは神園還教の者と出会う。

 宗教に興味はなかったが、教団の影響力を利用しようと考えた彼女は教団の音楽関係者と知り合い、自分の出生について知ることになる。

 なんと彼女の祖先は、あの音楽の街で有名なアルバで音楽の父と呼ばれたバッハの血族であることを知った。何故これまでその出生をカタリナが知れなかったのか。それは表舞台で活躍することになるバッハの子孫達とは違い、才能に恵まれず枝分かれしていった家系の中で、歴史に埋もれた不遇の一族であったからだった。

 もはやバッハの血を継ぐ家系であることすら語られなくなった彼女の祖先は、歴代に渡り稀に音楽の才能を引き継いで生まれてくる子供がいたのだが、その殆どが女性だったのだ。

 時代の悪き風潮もあり、女性ではなかなか音楽の才能だけで上り詰めることは出来ず、才ある彼女らは何代にも渡り夢や希望を打ち砕かれてきた。時代は流れ、当時ほど女性への風当たりも薄れてきた頃生まれたのがカタリナ・ドロツィーアその人だったのだ。

 自身の血筋について真実を知った彼女は、いずれ胸を張って自分があのバッハの血を継ぐ者であると言えるように、過去に学んだ忍耐力を武器に今の地位まで上り詰めていった。

 彼女がバッハの博物館で腹を立てていたのは、その人物の偉業や才能ばかりを見ていては嘗ての自分のように浅い知識と認識でしか民衆に伝わらず、いずれ人々の記憶からも薄れていってしまうと危惧していたからだった。

 才能があったから特別なのではない。その影には誰にも理解されない苦悩や不運、そのせいで周りの者にも不幸をばら撒く元凶になってしまったり、自分だけではどうにも出来ない障壁などがあった事をしっかり伝えていかなければならない。

 それがカタリナの心情の中にある、何よりも強い思いなのだ。
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