World of Fantasia

神代 コウ

文字の大きさ
上 下
1,041 / 1,646

影の容器と策略

しおりを挟む
 周りの視線を釘付けにしたシンの動きは、急激に変化を見せた。アズールの肩の上で俯きながら立ち尽くしていたシンは、僅かに膝を折る素振りを見せるとそこから一瞬にして姿を消し、ダラーヒムの方へと弾丸のように飛び込んで行く。

 「ッ・・・!?」

 シンがアズールの元へ向かう前、彼から何らかの話を聞いていた筈のダラーヒムだったが、とても問題を解決して戻って来たとは思えぬシンの行動に、目を見開いて驚いていた。

 向かってくるシンの見ている光景に、自分の姿など映っていない事を悟ったダラーヒムは、突っ込んでくるシンを横に飛び込んで回避する。

 すると当然、同じ斜線上にいるガレウスらの元へシンが向かう事になる。本人も恐らく、初めからダラーヒムへ向けた攻撃ではなく、後ろにいた獣人達を狙って飛び込んで来たのだろう。

 「野郎ッ・・・!やっぱり飲み込まれてるじゃねぇか!」

 啖呵を切って向かった割にはあっさりと打ち負けてしまったシンに呆れつつ、これで何の躊躇いもなく人間を殺すことが出来ると考えたガレウスは、シンの初手となる一撃を紙一重で躱す。

 シンの蹴りが空を切り、ガレウスの頬を掠めそうになる。冷静にそれを処理したガレウスは、彼の飛び込んでくる勢いを利用したカウンターとなる強烈な一撃をシンの身体に見舞う。

 「悪く思うなよ・・・。こうなってしまっては“仕方もない”事だ」

 僅かにガレウスの視線がダラーヒムの方へと向く。仮にも仲間である筈のシンが殴られる場面を目にして、彼の表情は意外にも動揺している様子はなかった。

 それどころか、空中でガレウスの拳がシンの身体にめり込んで行く間に、何かを仕掛けようというのか二人の元へ向かってくる素振りすら見せていた。だが、ガレウスはダラーヒムの動きを待つ事なく、拳を振り抜きシンを元の場所に戻すかのように、その身体を後方へと吹き飛ばした。

 瞬時に地面に触れたダラーヒムは、錬金術で地中から木の根を掘り起こすと飛ばされるシンの身体を網のように張り巡らせた根っこのネットでキャッチすると、彼を包み込むように球体状へと変化していく。

 「おい、今更そいつを庇おうったってそうはいかねぇぞ・・・」

 「安心しな。そんなんじゃねぇよ」

 ダラーヒムのスキルに包まれたシンの身体から、彼のものではない別の声色をした声が小さく漏れ出していた。それはガレウスら獣人達の胸を突くような驚きを与えた。

 「なっ・・・何だ・・・これは?俺は一体、どうなっちまったんだ?」

 その声は、先程までアズールの身体から這い出していた煙の人物の声だったのだ。その得体の知れぬ煙は、シンの身体を乗っ取ることが出来たのか否か。木の根の球体の外にいる者達には、その気配を完全に感知することは出来なかった。

 だがそれダラーヒムによって意図的に組まれていたものだった。外部から気配を読み取れなくした球体に何かの札を貼ると、彼はそれを地面の中へと引き摺り込んでいく。

 「おい!何をしている!?」

 「封印の一種さ。木の根を使ってるから生態系や自然に影響はない。奴はシンの身体の中に取り憑こうとしていたが、恐らくそれは力の全部を使ったものではない。だが、シンの挑発で大半の魔力を使って一瞬の内に乗っ取ろうとした筈だ」

 彼のいう通り、煙の人物が驚異的な気配を一点に集中し始めたのは、対象のシンの身体を瞬時に乗っ取ろうとしての準備段階だった。そして一気にシンの身体へと煙を送り込んだ事により、気体という煙の状態から身体という容器を得た。

 しかしそれは、自ら檻の中に飛び込んでいくような行為に過ぎない。アズールの身体の中、そして更に奥深くの部分である精神の中に入り込むことは、外部から影響を受けづらいというメリットがある反面、外に出るまでの段階を増やす事にもなる。

 精神の中にまで入り込まれてしまっては、ダラーヒムにそれを引き摺り出す手段はない。だが外部の身体を封印することで、内部のものを外に出られなくすることは出来る。

 そして肝心のシンは、煙の人物の乗っ取りからダラーヒムを守る為に覆った自身の影にメインのシンとしての核を移し、自分の半分の魔力を使い影の分身体を作っていた。

 要は分身体であるシンがアズールの元へ向かい、本体のシンはダラーヒムと共にあったのだ。そして分身体は煙の人物をその身体に取り込み、ガレウスに殴られる事による勢いを利用し、ダラーヒムの作った木の根のネットに衝突すると同時に分身体を解除し、煙の人物の容器は消滅した。

 一人木の根で出来た球体に取り残された煙の人物は、ダラーヒムによって封印され、地中深くに引き摺り込まれたというのが、これまでのシンの作戦だった。

 「あんな正体の分からない奴だ。魔力によってこの世に存在を留めているに違いない。封印出来たのは奴の魔力の一部だろうが、これで他に分散した奴の魔力はだいぶ力を失ったはずだ・・・」

 その言葉と共に、ダラーヒムの身体を覆っていた薄い影が彼の身体から地面へと剥がれていき、人の形へと成るとそこから酷くダメージと疲労を負ったシンが姿を現した。

 「うッ・・・とんでもない馬鹿力で殴りやがって・・・。アンタ一体どんな挑発をしたんだ・・・?」

 「気付かれてちゃ手ぇ抜かれるだろ?」

 「そもそもガレウスは人間を恨んでるって話だっただろ?気付かれたところで、遠慮なく殴れると分かればそれなりの力で殴った筈だろ」

 つまり、シンの分身体をガレウスに吹き飛ばしてもらえれば何でもよかったのだが、何も知らないガレウスはシンが煙の人物に乗っ取られたと思い込み、殺すつもりで殴り飛ばしたという訳だ。

 影とは本体の人間と密接な関係にある。忍術や魔法によって作り出す分身とは違い、自分の影で作り出した分身は大きなダメージを食らったり、消滅するほどの攻撃を受ければ本体へも大きなリスクが伴う。

 分身を作り出すだけで半分の魔力を消費してしまい、その上ガレウスによる渾身の一撃で本体にも衝撃が伝わり、酷く憔悴した状態でシンは元の身体へと戻る羽目になった。

 「それよりどうなんだ?奴はちゃんと中に残して来たのか?」

 「あぁ・・・それは問題ない。分身を消す寸前まで奴の気配はあった。後はアズールや周りの入れ物を見れば、結果がわかるだろうよ・・・」

 シンの言葉の通り、アズールを乗っ取っていたであろう煙の人物の能力が弱まったのか、彼の身体はすっかりおとなしくなり、アズール自身の気配も濃くなり始めていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

re:birth 〜勇者じゃないと追放された最強職【何でも屋】は、異世界でチートスキル【DIY】で無双します~

華音 楓
ファンタジー
「役立たずの貴様は、この城から出ていけ!」  国王から殺気を含んだ声で告げられtた海人は頷く他なかった。  ある日、異世界に魔王討伐の為に主人公「石立海人」(いしだてかいと)は、勇者として召喚された。  その際に、判明したスキルは、誰にも理解されない【DIY】と【なんでも屋】という隠れ最強職であった。  だが、勇者職を有していなかった主人公は、誰にも理解されることなく勇者ではないという理由で王族を含む全ての城関係者から露骨な侮蔑を受ける事になる。  城に滞在したままでは、命の危険性があった海人は、城から半ば追放される形で王城から追放されることになる。 僅かな金銭で追放された海人は、生活費用を稼ぐ為に冒険者として登録し、生きていくことを余儀なくされた。  この物語は、多くの仲間と出会い、ダンジョンを攻略し、成りあがっていくストーリーである。

「自重知らずの異世界転生者-膨大な魔力を引っさげて異世界デビューしたら、規格外過ぎて自重を求められています-」

mitsuzoエンターテインメンツ
ファンタジー
 ネットでみつけた『異世界に行ったかもしれないスレ』に書いてあった『異世界に転生する方法』をやってみたら本当に異世界に転生された。  チート能力で豊富な魔力を持っていた俺だったが、目立つのが嫌だったので周囲となんら変わらないよう生活していたが「目立ち過ぎだ!」とか「加減という言葉の意味をもっと勉強して!」と周囲からはなぜか自重を求められた。  なんだよ? それじゃあまるで、俺が自重をどっかに捨ててきたみたいじゃないか!  こうして俺の理不尽で前途多難?な異世界生活が始まりました。  ※注:すべてわかった上で自重してません。

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

余りモノ異世界人の自由生活~勇者じゃないので勝手にやらせてもらいます~

藤森フクロウ
ファンタジー
 相良真一(サガラシンイチ)は社畜ブラックの企業戦士だった。  悪夢のような連勤を乗り越え、漸く帰れるとバスに乗り込んだらまさかの異世界転移。  そこには土下座する幼女女神がいた。 『ごめんなさあああい!!!』  最初っからギャン泣きクライマックス。  社畜が呼び出した国からサクッと逃げ出し、自由を求めて旅立ちます。  真一からシンに名前を改め、別の国に移り住みスローライフ……と思ったら馬鹿王子の世話をする羽目になったり、狩りや採取に精を出したり、馬鹿王子に暴言を吐いたり、冒険者ランクを上げたり、女神の愚痴を聞いたり、馬鹿王子を躾けたり、社会貢献したり……  そんなまったり異世界生活がはじまる――かも?    ブックマーク30000件突破ありがとうございます!!   第13回ファンタジー小説大賞にて、特別賞を頂き書籍化しております。  ♦お知らせ♦  余りモノ異世界人の自由生活、コミックス3巻が発売しました!  漫画は村松麻由先生が担当してくださっています。  よかったらお手に取っていただければ幸いです。    書籍のイラストは万冬しま先生が担当してくださっています。  7巻は6月17日に発送です。地域によって異なりますが、早ければ当日夕方、遅くても2~3日後に書店にお届けになるかと思います。  今回は夏休み帰郷編、ちょっとバトル入りです。  コミカライズの連載は毎月第二水曜に更新となります。  漫画は村松麻由先生が担当してくださいます。  ※基本予約投稿が多いです。  たまに失敗してトチ狂ったことになっています。  原稿作業中は、不規則になったり更新が遅れる可能性があります。  現在原稿作業と、私生活のいろいろで感想にはお返事しておりません。  

王太子様には優秀な妹の方がお似合いですから、いつまでも私にこだわる必要なんてありませんよ?

木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるラルリアは、優秀な妹に比べて平凡な人間であった。 これといって秀でた点がない彼女は、いつも妹と比較されて、時には罵倒されていたのである。 しかしそんなラルリアはある時、王太子の婚約者に選ばれた。 それに誰よりも驚いたのは、彼女自身である。仮に公爵家と王家の婚約がなされるとしても、その対象となるのは妹だと思っていたからだ。 事実として、社交界ではその婚約は非難されていた。 妹の方を王家に嫁がせる方が有益であると、有力者達は考えていたのだ。 故にラルリアも、婚約者である王太子アドルヴに婚約を変更するように進言した。しかし彼は、頑なにラルリアとの婚約を望んでいた。どうやらこの婚約自体、彼が提案したものであるようなのだ。

愛されていないはずの婚約者に「貴方に愛されることなど望んでいませんわ」と申し上げたら溺愛されました

海咲雪
恋愛
「セレア、もう一度言う。私はセレアを愛している」 「どうやら、私の愛は伝わっていなかったらしい。これからは思う存分セレアを愛でることにしよう」 「他の男を愛することは婚約者の私が一切認めない。君が愛を注いでいいのも愛を注がれていいのも私だけだ」 貴方が愛しているのはあの男爵令嬢でしょう・・・? 何故、私を愛するふりをするのですか? [登場人物] セレア・シャルロット・・・伯爵令嬢。ノア・ヴィアーズの婚約者。ノアのことを建前ではなく本当に愛している。  × ノア・ヴィアーズ・・・王族。セレア・シャルロットの婚約者。 リア・セルナード・・・男爵令嬢。ノア・ヴィアーズと恋仲であると噂が立っている。 アレン・シールベルト・・・伯爵家の一人息子。セレアとは幼い頃から仲が良い友達。実はセレアのことを・・・?

私異世界で成り上がる!! ~家出娘が異世界で極貧生活しながら虎視眈々と頂点を目指す~

春風一
ファンタジー
『いーわよ、そこまで言うならもう、親子の縁なんて切ってやる!! 絶対に成功するから、今に見てなさいよ!!』 如月風歌は、考えるより先に行動する脳筋少女。中学の卒業式の日に、親と大喧嘩し、その勢いで家出する。時空航行船のチケットを握りしめ、着の身着のまま&ほぼ無一文で、異世界に向かっていった。 同じ地球でありながら、魔法で発展した平行世界エレクトラ。この世界に来たのは『シルフィード』と呼ばれる、女性だけがなれる『超人気職業』に就くためだ。 上位階級のシルフィードは、トップアイドルのような存在。また、絶大な人気・知名度・影響力を持ち、誰からも尊敬される、人生の成功者。巨万の富を築いた者も、少なくはない。 だが、お金もない・人脈もない・知識もない。加えて、女子力ゼロで、女らしさの欠片もない。全てがゼロからの、あまりにも無謀すぎる挑戦。しかも、親から勘当を言い渡され、帰る場所すらない状態。 夢に燃えて、意気揚々と異世界に乗り込んだものの、待ち受けていのは、恐ろしく厳しい現実と、パンと水だけの極貧生活だった。 『夢さえ持っていれば、気合さえあれば、絶対に上手くいく!!』と信じて疑わない、脳筋でちょっとお馬鹿な少女。だが、チート並みのコミュ力(無自覚)で、人脈をどんどん広げて行く。 ほのぼの日常系。でも、脳筋主人公のため、トラブルが発生したり、たまにシリアスだったり、スポ根っぽい熱い展開も……。 裸一貫から成り上がる、異世界シンデレラストーリー。

私とお母さんとお好み焼き

white love it
経済・企業
義理の母と二人暮らしの垣谷操。貧しいと思っていたが、義母、京子の経営手腕はなかなかのものだった。 シングルマザーの織りなす経営方法とは?

処理中です...