World of Fantasia

神代 コウ

文字の大きさ
上 下
1,036 / 1,646

弱体化の薬

しおりを挟む
 変貌したアズールが身動きの取れない状況になった事により、その場にいた者達の手が空く。そこでケツァルは、数人の獣人達に巨大樹へ戻りとある薬を持ってくるよう指示を出す。

 「何をするにも、まずはアズールの強化状態を解除する必要がある!おい、お前達はアジトのラボに戻り、“弱体化の薬“を持ってきてくれ!」

 「え・・・?だがそれは議会で開発が中止になった筈だろ!?」
 「そんな物いつの間に・・・」

 ケツァルの言う弱体化の薬とは、その名の通り獣人達の間では物議を醸し出す効果を持つ薬で、彼らの肉体強化状態を強制的に元の状態へと戻す薬だった。

 だが、獣人達の言うようにその薬の開発は、獣人達の方針や今後の動きについて話し合う議会において、ケツァルのやり方をあまりよく思わない連中やガレウス派の者達の反対多数により、開発自体の計画が中止へと追い込まれてしまう。

 と言うのも、そんな物が完成でもしたら獣人族の特徴であり強みでもある強靭な身体を失う事になり、他族からの攻撃やモンスター達との対抗手段を失う事になる。

 万が一、一族の中に裏切り者でも出たりすれば、その薬を使い他の勢力に寝返る強力な力となってしまうからだ。

 弱体化の薬に関しては、ケツァルと幼き頃から共にいるアズールであっても、反対するほどの計画だった。自分達の強みを、みすみす無くすような薬の有用性など、幾ら言葉を並べ連ねられたところでとても容認できることではなかった。

 それでもケツァルは、自身の強化を制御できない者や、肉体強化の薬によって半ば強制的に強化の力を得た者達の身体を気遣い、溢れる力を制御する薬も必要だと唱え続けた。

 これは偏に、自身の経験から来るものだったのだろう。何の才能にも恵まれず、平均的な獣人よりも弱い個体としてこの世に生を受けたケツァルは、力を持たぬ者が受ける仕打ちや迫害を嫌というほどよく知っている。

 見ず知らずの人間により与えられた薬で、自身の身体になかった魔力を有し、その者から受け継いだ物や知識で、一族の中に戻ることのできた彼は自分の居場所を確立することができた。

 一族の事を思うのは当然だが、その中に生まれた弱き者にも救いの手を差し伸べたいと思っていたケツァルは、例え自分が裏切り者と罵られようとも、議会で大勢の同志達に反対された弱体化の薬の開発を、密かに手を結んでいたエルフ族と共に進めていたのだ。

 当然、そんな物の存在を知らされていなかったガレウスは、身勝手な行動をしていたケツァルを問いただす。

 「お前と言う奴はッ・・・!やはり聞く耳など持たなかったか!!」

 「誰に何と言われようと、その薬を必要とする者がいる限り、私は歩みを止めるつもりはない。初めから“強かった“お前には分からんだろう?ガレウス。自分ではどうしようもない壁を持って生まれた者達の苦悩や挫折など・・・」

 「くッ・・・!」

 その場にいた者達が意外だと感じたのは、捲し立てられたガレウスが反論したり暴力に突き動かされなかったという事だった。ケツァル自身も、彼を挑発すれば争いになるのを覚悟しての発言だったが、やはりガレウスは人間の少年であるツバキを助けた時から、どこか心の中に芽生えたものがあるのかもしれない。

 「ちょっと!今はそんなこと言い合ってる場合じゃないんじゃない!?手が必要なら私も手伝おう。このままシンがアズールさんを抑え続けられるとも限らないんだからさ!」

 妙な空気が漂い始める彼らの間を切り裂くように踏み込んだのは、同じくシンの身体を心配するツクヨだった。彼らもまた獣の力を身につけて普段では扱えない力を手に入れたが、それが何のデメリットもなしに使い続けられるとは考えられなかった。

 現に、シンのスキルによる影の拘束力は、アズールの戦闘力を鑑みてもこれまでのシンのスキルでは到底抑えられるような力ではなかった。そして何よりも、アズールの身体はまだ更に上の強化状態を残している。

 それは森の中で魔獣と化した獣と戦ったアズールの肉体強化を目にしたシンが一番よく分かっている。何の拍子に彼が肉体強化を始めてしまったら、今の状態を保っていられるか分からない。

 それに今は、どれほど拘束する力に加わっているか分からないが、ダラーヒムの錬金術による木の根もある。ただでさえアズールの力に振り解かれそうになっていた彼の術が解けて仕舞えば、事態が急変してしまわないとも限らない。

 無駄な議論に時間を割いている場合ではないと、心境の変化があったと思われるガレウスが獣人達に意外な指示を出した。

 「急ぎその薬とやらを持って来い!」

 「ガレウス・・・」

 「勘違いするなよ。先ずはアズールの身が第一だ。お前が勝手な行いをしていた事についての質問や罰則は、全てが済んだその後だ・・・」

 他者の意見に理解を示すようになったガレウスに、ケツァルは驚きと共に今は自分の意見に従ってくれた事に対し感謝した。

 「あぁ、ありがとう。どんな罰でも、甘んじて受け入れよう」

 指示のまとまった獣人達は、派閥など関係なくガレウスの号令ですぐにケツァルの言う弱体化の薬を取りに向かった。

 その場に残った者達は、依然として自分の意思とは関係なく取り憑かれたように暴れるアズールの様子について、他に手の施しようはないのかと考える。

 「シン、さっきもちょろっと言ったけど、このままアズールさんを抑えられそう?」

 「今のままなら何とか・・・。でも、アズールの本当の強化は、まだ上がある。もしその段階に入ったら・・・」

 ツクヨが心配していた通り、シンがアズールを抑えていられるのも時間の問題だった。アジトに薬を取りに行った獣人達が戻ってくるのに、それほど時間は掛からないだろうが、その間にアズールの強化状態が進んでしまわない保証はない。

 「彼、まだ強くなるの!?攻撃も手を貸す事もできないんじゃ、私達はどうしたら・・・。ケツァルさん、何かないのかい?」

 「正直今は、薬の到着を待つ他ない・・・。そういえば・・・」

 ケツァルは現場に到着して、ダラーヒムから聞いた報告の事を思い出した。彼の感じたという違和感は、確証のないものだがこの状況において何かの糸口になるかもしれない情報でもあった。

 シン達にそれを伝えてどうなる訳でもないとは思ったが、些細なことでも伝えておくに越したことはないと、その時の会話を彼らに話した。

 すると、シンは人の中にある意思に触れる方法があると言い出したのだ。それはダラーヒムのボスであるキングや、大海賊のエイヴリーらと共に大海原を渡ったフォリーキャナルレースで戦った、パイロットのクラスに就くロッシュ・ブラジリアーノの能力から着想を得たスキルだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

re:birth 〜勇者じゃないと追放された最強職【何でも屋】は、異世界でチートスキル【DIY】で無双します~

華音 楓
ファンタジー
「役立たずの貴様は、この城から出ていけ!」  国王から殺気を含んだ声で告げられtた海人は頷く他なかった。  ある日、異世界に魔王討伐の為に主人公「石立海人」(いしだてかいと)は、勇者として召喚された。  その際に、判明したスキルは、誰にも理解されない【DIY】と【なんでも屋】という隠れ最強職であった。  だが、勇者職を有していなかった主人公は、誰にも理解されることなく勇者ではないという理由で王族を含む全ての城関係者から露骨な侮蔑を受ける事になる。  城に滞在したままでは、命の危険性があった海人は、城から半ば追放される形で王城から追放されることになる。 僅かな金銭で追放された海人は、生活費用を稼ぐ為に冒険者として登録し、生きていくことを余儀なくされた。  この物語は、多くの仲間と出会い、ダンジョンを攻略し、成りあがっていくストーリーである。

「自重知らずの異世界転生者-膨大な魔力を引っさげて異世界デビューしたら、規格外過ぎて自重を求められています-」

mitsuzoエンターテインメンツ
ファンタジー
 ネットでみつけた『異世界に行ったかもしれないスレ』に書いてあった『異世界に転生する方法』をやってみたら本当に異世界に転生された。  チート能力で豊富な魔力を持っていた俺だったが、目立つのが嫌だったので周囲となんら変わらないよう生活していたが「目立ち過ぎだ!」とか「加減という言葉の意味をもっと勉強して!」と周囲からはなぜか自重を求められた。  なんだよ? それじゃあまるで、俺が自重をどっかに捨ててきたみたいじゃないか!  こうして俺の理不尽で前途多難?な異世界生活が始まりました。  ※注:すべてわかった上で自重してません。

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

余りモノ異世界人の自由生活~勇者じゃないので勝手にやらせてもらいます~

藤森フクロウ
ファンタジー
 相良真一(サガラシンイチ)は社畜ブラックの企業戦士だった。  悪夢のような連勤を乗り越え、漸く帰れるとバスに乗り込んだらまさかの異世界転移。  そこには土下座する幼女女神がいた。 『ごめんなさあああい!!!』  最初っからギャン泣きクライマックス。  社畜が呼び出した国からサクッと逃げ出し、自由を求めて旅立ちます。  真一からシンに名前を改め、別の国に移り住みスローライフ……と思ったら馬鹿王子の世話をする羽目になったり、狩りや採取に精を出したり、馬鹿王子に暴言を吐いたり、冒険者ランクを上げたり、女神の愚痴を聞いたり、馬鹿王子を躾けたり、社会貢献したり……  そんなまったり異世界生活がはじまる――かも?    ブックマーク30000件突破ありがとうございます!!   第13回ファンタジー小説大賞にて、特別賞を頂き書籍化しております。  ♦お知らせ♦  余りモノ異世界人の自由生活、コミックス3巻が発売しました!  漫画は村松麻由先生が担当してくださっています。  よかったらお手に取っていただければ幸いです。    書籍のイラストは万冬しま先生が担当してくださっています。  7巻は6月17日に発送です。地域によって異なりますが、早ければ当日夕方、遅くても2~3日後に書店にお届けになるかと思います。  今回は夏休み帰郷編、ちょっとバトル入りです。  コミカライズの連載は毎月第二水曜に更新となります。  漫画は村松麻由先生が担当してくださいます。  ※基本予約投稿が多いです。  たまに失敗してトチ狂ったことになっています。  原稿作業中は、不規則になったり更新が遅れる可能性があります。  現在原稿作業と、私生活のいろいろで感想にはお返事しておりません。  

王太子様には優秀な妹の方がお似合いですから、いつまでも私にこだわる必要なんてありませんよ?

木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるラルリアは、優秀な妹に比べて平凡な人間であった。 これといって秀でた点がない彼女は、いつも妹と比較されて、時には罵倒されていたのである。 しかしそんなラルリアはある時、王太子の婚約者に選ばれた。 それに誰よりも驚いたのは、彼女自身である。仮に公爵家と王家の婚約がなされるとしても、その対象となるのは妹だと思っていたからだ。 事実として、社交界ではその婚約は非難されていた。 妹の方を王家に嫁がせる方が有益であると、有力者達は考えていたのだ。 故にラルリアも、婚約者である王太子アドルヴに婚約を変更するように進言した。しかし彼は、頑なにラルリアとの婚約を望んでいた。どうやらこの婚約自体、彼が提案したものであるようなのだ。

愛されていないはずの婚約者に「貴方に愛されることなど望んでいませんわ」と申し上げたら溺愛されました

海咲雪
恋愛
「セレア、もう一度言う。私はセレアを愛している」 「どうやら、私の愛は伝わっていなかったらしい。これからは思う存分セレアを愛でることにしよう」 「他の男を愛することは婚約者の私が一切認めない。君が愛を注いでいいのも愛を注がれていいのも私だけだ」 貴方が愛しているのはあの男爵令嬢でしょう・・・? 何故、私を愛するふりをするのですか? [登場人物] セレア・シャルロット・・・伯爵令嬢。ノア・ヴィアーズの婚約者。ノアのことを建前ではなく本当に愛している。  × ノア・ヴィアーズ・・・王族。セレア・シャルロットの婚約者。 リア・セルナード・・・男爵令嬢。ノア・ヴィアーズと恋仲であると噂が立っている。 アレン・シールベルト・・・伯爵家の一人息子。セレアとは幼い頃から仲が良い友達。実はセレアのことを・・・?

私異世界で成り上がる!! ~家出娘が異世界で極貧生活しながら虎視眈々と頂点を目指す~

春風一
ファンタジー
『いーわよ、そこまで言うならもう、親子の縁なんて切ってやる!! 絶対に成功するから、今に見てなさいよ!!』 如月風歌は、考えるより先に行動する脳筋少女。中学の卒業式の日に、親と大喧嘩し、その勢いで家出する。時空航行船のチケットを握りしめ、着の身着のまま&ほぼ無一文で、異世界に向かっていった。 同じ地球でありながら、魔法で発展した平行世界エレクトラ。この世界に来たのは『シルフィード』と呼ばれる、女性だけがなれる『超人気職業』に就くためだ。 上位階級のシルフィードは、トップアイドルのような存在。また、絶大な人気・知名度・影響力を持ち、誰からも尊敬される、人生の成功者。巨万の富を築いた者も、少なくはない。 だが、お金もない・人脈もない・知識もない。加えて、女子力ゼロで、女らしさの欠片もない。全てがゼロからの、あまりにも無謀すぎる挑戦。しかも、親から勘当を言い渡され、帰る場所すらない状態。 夢に燃えて、意気揚々と異世界に乗り込んだものの、待ち受けていのは、恐ろしく厳しい現実と、パンと水だけの極貧生活だった。 『夢さえ持っていれば、気合さえあれば、絶対に上手くいく!!』と信じて疑わない、脳筋でちょっとお馬鹿な少女。だが、チート並みのコミュ力(無自覚)で、人脈をどんどん広げて行く。 ほのぼの日常系。でも、脳筋主人公のため、トラブルが発生したり、たまにシリアスだったり、スポ根っぽい熱い展開も……。 裸一貫から成り上がる、異世界シンデレラストーリー。

私とお母さんとお好み焼き

white love it
経済・企業
義理の母と二人暮らしの垣谷操。貧しいと思っていたが、義母、京子の経営手腕はなかなかのものだった。 シングルマザーの織りなす経営方法とは?

処理中です...