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神代 コウ

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魔獣暗殺

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 見渡す限り木々に覆われた森の中を、獣道を道標に目的地へ向かって歩いて行くシン。移動は音や気配をあまり周囲に悟られぬようにと忍びながら、未だに本調子ではない身体に鞭を打ち、歩みを進める。

 少し一人で歩いただけでも息切れを起こしてしまう。協力するとは言ったものの、想像していた以上に役に立たないことに、せめて足手まといに成らぬよう、与えられた役割をこなすことだけを考える。

 「思ったより・・・身体が動かない・・・。これでいざって時に走れるのか・・・?」

 荒い息遣いのまま草木をかき分けられた道を進んでいると、乾いた木の枝を踏んでしまったのか、パキッという音がいつもよりも大きな音のように、周囲へと響いていく。

 不意に立ててしまった物音に、思わず足を止めて周囲の気配に意識を集中させる。すると、今の枝を踏んだ音を聞きつけたのか、それまで微かに感じていた獣の気配の内の一つが、シンの元へ向かってきていた。

 その場に居てはすぐに追いつかれてしまう。シンは迫る獣の気配から逃げるように、進んでいた方向を変える。

 それまで音や気配を周囲に伝えぬように気にかけながら歩いていたが、気付かれてしまった以上、最早そんなことに気を付けている余裕などない。

 少しでも遠ざかる為に、獣道を行くことも諦め、足場の不確かな草木の伸びる新たな道を開拓していく。

しかし、弱っているシンの今の状態では、迫る獣の気配から逃れることは出来ず、二人の気配はみるみる縮まっていった。

 「これ以上は無理か・・・」

 このまま獣の気配に背を向けたまま逃げていては、いつ攻撃されるのか、何によって攻撃されるのかさえ分からぬまま殺されてしまう。

 どうせ逃げきれぬのなら、少しでも可能性のある方に賭ける。シンは気配の迫る方へ振り返り、迎撃態勢を取る。迫る気配は最早、人間の聴覚や感覚でも分かるまでに近づいてきていた。

 しかし、シンの向ける殺気を感じ取ったのか、すぐ側にまで迫った獣はその姿を見せない。だが移動する音は確実にシンの耳に届いている。姿は見えずとも何処にいるのかは分かる。

 攻撃のタイミングを伺うように、シンの周囲にある木々の上を巧みに移動していく獣。

 シンに姿を捉えられているのを察したのか、獣は一瞬動きを止め、まるで研ぎ澄まされた刃のように鋭い爪を、槍のように突き立て突進してきた。

 その姿が視界に入った瞬間、シンは獣の直線的な攻撃を避ける為、横に飛び込むようにして、生い茂る草木の中に飛び込む。シンの姿を覆い隠す程の茂みだが、獣の嗅覚と感知能力の前では隠密効果は得られないだろう。

 着地した獣はぐるりと首を回し、茂みに逃げ込んだシンの方を睨みつける。茂みの中で体勢を崩していたシンは、後退りするように仰向けのまま獣の方を向いていた。

 獲物の息の根を止めんと、獣は追い詰められたシンに最後の攻撃を仕掛けようと飛び掛かる。最早起き上がっている時間などない。後のなくなった彼にその一撃を避ける術は残っていない。

 だが彼は、迫り来る獣の鋭爪に怯むことなく、その両の眼を開いたまま最後の瞬間を迎えようとしていた。

 その刹那だった。

 彼と獣の間に、木々の隙間から差し込んだ光を反射する一筋の光が、二人の間を遮るように引かれていた。

 獣の視界にもその光が映り込んだが、抜いた刃を収めることは出来ず、そのまま光の線に飛び込んでいく。

 すると、その光の線は獣の飛び込んでいく勢いも相まって、身体を引き裂くようにめり込んでいった。

 痛々しい叫び声を上げながら、光の線に勢いをくじかれた獣。素早い動きが止まった一瞬の隙を突き、木の上から何かが獣の頭上へと落ちて来た。

 落ちてきた何かは獣の頭部に影を伸ばし、青白い稲妻のようなエフェクトを発生させた。

 だが、胸に食い込んだ線をそのままに、降って来た何かを掴んでシンの方へ投げて寄越す獣。彼の横に吹き飛ばされて来たのは、その巨体に拷問で受けた痛々しい傷を刻み込んだダラーヒムだった。

 「いてて・・・。だが上手くいったぜ!後は・・・」

 そう言って身体を起こし、獣の方を振り向くダラーヒム。彼の視線を追うように迫っていた獣の方を再びシンが向くと、そこにはこれまで戦闘をする姿すら見たことのなかった、獣人の力を遺憾無く発揮するケツァルの姿があった。

 参謀役とは思えぬ剛腕を振るい、獣の頭部へ向けて風を切る程に凄まじい拳を撃ち放つ。

 「グルァァァァァッ!!」

 獣人族の身体能力を全開にしたケツァルの拳は、血走った目をした獣の頭部をまるで果実のように、木っ端微塵に吹き飛ばしてみせた。

 その凄惨で凄まじい光景に、言葉を失うシンとダラーヒム。いくら人間とは比べ物にならない身体能力を持つ獣人とはいえ、これ程までに強力な物理攻撃を生身で放てることに、驚愕すると共に恐怖すら感じていた。

 「おいおい・・・いくらなんでも強過ぎねぇか・・・?」

 「作戦なんて必要あるのか・・・これ・・・」

 拳についた獣のおどろおどろしい血を払い、一回り大きな姿へと変貌したケツァルは二人の元へ歩み寄る。

 「何を言う。私一人の力では、こうはいかなかったさ・・・。それに、この力を持続して使うには、私の身体は鍛錬が足りてなくてね・・・」

 ケツァルが話終えると同時に、彼の身体はみるみる元の大きさへと縮小していった。そして、突然胸を押さえてその場に膝をついてしまう。

 「おっおい!」

 「大丈夫だ・・・普段使わない筋肉を使ったせいで、その反動がきているだけだ・・・。時期に痛みも引くだろう・・・」

 全身を揺らすほど大きく呼吸するケツァル。彼の背後では、頭部の消し飛んだ巨体の獣が、糸で無理やり立たされているように、見えない何かに寄り掛かって立ち尽くしている。

 「木々の多い樹海という地形と、光の届かぬ環境が見事に味方したなシン。お前の暗具が役に立った」

 シンと獣の間に引かれた光の線の正体。それはアサシンの暗殺に用いる道具の一つである、余程近距離で注意して見ようとしなければ気づかない程に細く、それなりの強度を持ったワイヤーだった。

 それをダラーヒムの錬金術で更に強固にし、二本の木の間に結んでいたのだ。シンは闇雲に逃げ回っていた訳ではなく、獣を誘い込むようにして逃げる囮役をしていたのだ。

 そして先に木の上にスタンバイしていたダラーヒムは、罠に掛かった獣の頭部の防御力を下げ、脆い物質へと変化させる。

 そこへ、獣人の力を解放したケツァルの全身全霊の拳を叩き込むことによって、一撃で対象を仕留めるというのが彼らの作戦だったのだ。

 「だが、これでやっと一体だ。それに私のこの力は、再度使うのに時間が掛かる・・・。血の匂いを嗅ぎつけて、他の奴らが寄ってこないとも限らない。すぐに場所を移動しよう」

 フラフラと立ち上がり、ケツァルは自力で立ち上がる。身体の自由が効かないシンに手を差し伸べるダラーヒムは、彼の身体を起こして肩を貸す。

 三人はシンとケツァルの回復を待ちながら、次なる標的の方へと向かってゆっくりと歩みを進める。
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