World of Fantasia

神代 コウ

文字の大きさ
上 下
984 / 1,646

思想の偏り

しおりを挟む
 その場にいては、先程の化け物がいつ戻ってくるかも分からない。獣人の分け与えた回復薬のおかげで歩けるまでに回復したツクヨは、彼のその傷だらけの身体を見る。

 自分自身の傷よりも、嫌っていた人間に優先して回復を施すという行いを受け、本当に彼らが言うほど人間を恨んでいるのかと疑問に感じる。

 見境のないガレウス派の者なのか、それとも他族との協力を考えるケツァル派の者なのかは分からないが、少なくとも危険が差し迫る状況下で、優先して与える程の価値を見出したとでも言うのだろうか。

 「貴方のその傷・・・。何故私に回復を?」

 「見た目程ではない。それにこの程度の回復薬では、慰め程度の回復にしかならないからな・・・」

 強がってはいるものの、言葉とは対照的にその身体を支えている二本の足は、僅かに震えていた。彼の言うように、人間ならば立っていられないような傷に見えるが、獣人という種族であるが故に何とか持ち堪えられているのだ。

 「貴方達は私達のような人間を恨んでいたのでは?」

 「何だ、命があることがそんなに不服か?」

 「そうじゃない。ただ、捨て置かれると思っていたから・・・」

 獣人からの話でも、彼らがあまりいい印象を人間に抱いていないのは聞いていた。ならば当然、人質のツクヨ達の扱いも雑になるようなものを想像していたのだが、食べ物に含まれていた薬の治療や、ベッドの提供など矛盾を感じる点も多い。

 「アンタら・・・薬を盛られたらしいな」

 「え?」

 突然話を振られたツクヨは、彼の言う薬が何の事なのかすぐに理解できなかった。その後食事のことだと言われ、意識を失った時のことを思い出す。今にして思えば、いくら空腹だったからとはいえ、何と無防備だったことかと反省せざるを得ない。

 「アンタから感じる人間の気配が薄い。いや、獣の気配になりつつあるといった方が近いのか?」

 「獣・・・?一体何の事を?」

 ここでツクヨは初めて、自分達に盛られた薬物の効果について聞かされる事となる。

 彼らの口にした食べ物には、獣人には何も変化が現れないものの、別の種族の者が口にすると一時的に獣人と同じ気配を放つようになり、身体能力も僅かに獣人族へ近づくことのできるという物だったらしい。

 何故そのようなものを人質である彼らに盛ったのか。彼が言うには、ケツァルがエルフ族と共同で開発した、一時的に身体能力を向上させることにより、労働や戦闘を行う人材を増やす為のものだという。

 エルフ族は勿論、捕らえた人間の有効活用という名目で開発されていたようだ。だが当然、全ての人間が受け入れられる力では無いようで、過去には人間の姿を保てなくなった者や、力を得ずして死に至ったケースも多かった。

 そこで、獣人の力の進行を抑制する注射薬が開発され、身体に馴染みやすくなることでデメリットなく力を得られる確率を上げることに成功した。

 「だが、何故そのような事を?ケツァルという方は、話し合いで協力を得ようとしていたのでは無いのか?」

 「薬の効能には、他にも有用なものがあったんだよ。それはガレウスの拷問で壊れちまった人間にも使えるものだったんだ」

 彼らの開発した獣の力を得る薬は、気配や身体能力だけに止まらず、そのタフさや生命力の向上にも効果があったのだという。

 つまり、そのままでは死を待つだけの人間に、もう一度息を吹き返すチャンスを与えることが出来たのだ。所謂、蘇生薬のような効果も持ち合わせていた。

 当然、正常な状態ではない身体には、獣の力による能力向上効果は毒となる場合もあり、その薬を投与された者の個体差によって蘇生できるかどうかが分かれるのだという。

 「ケツァルの奴がどう考えていたのかは知らねぇが、拷問室や廃棄所に放置されてた人間が消えてたのも、その薬による仕業だったのかも知れねぇな。んで、生き返った人間を条件でも付けて逃してたんじゃねぇか?」

 身を隠しながら会話をする中で、ツクヨは手持ちの回復薬を助けてくれた彼の為に使う。獣人の体力であっても回復量はそれなりに効果があり、身体に刻まれた傷もみるみる癒えていった。

 「・・・すまねぇな・・・」

 「いいんだ。貴方も私の為に使ってくれただろ?」

 「ケツァルの言う通りなのかも知れねぇな・・・。歪み合ってばかりじゃ周りを敵に変えるばかりで、何も進展しないのかもな・・・」

 目の前の助け合いを経て、彼は自分達のやってきた事に疑問を抱き始めていた。しかしツクヨにも、感情の昂りや消失によって思考が偏り、盲目となってしまうことの恐ろしさというものは分かっていた。

 大切な者や生きる価値と思っていたものを奪われることで、怒りや憎しみ、消失感や虚無に囚われてしまう経験をしたツクヨもまた、新たな希望を見出し前に進むことが出来た。

 彼にとってそれが、WoFという別の世界の存在だったのだから。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

re:birth 〜勇者じゃないと追放された最強職【何でも屋】は、異世界でチートスキル【DIY】で無双します~

華音 楓
ファンタジー
「役立たずの貴様は、この城から出ていけ!」  国王から殺気を含んだ声で告げられtた海人は頷く他なかった。  ある日、異世界に魔王討伐の為に主人公「石立海人」(いしだてかいと)は、勇者として召喚された。  その際に、判明したスキルは、誰にも理解されない【DIY】と【なんでも屋】という隠れ最強職であった。  だが、勇者職を有していなかった主人公は、誰にも理解されることなく勇者ではないという理由で王族を含む全ての城関係者から露骨な侮蔑を受ける事になる。  城に滞在したままでは、命の危険性があった海人は、城から半ば追放される形で王城から追放されることになる。 僅かな金銭で追放された海人は、生活費用を稼ぐ為に冒険者として登録し、生きていくことを余儀なくされた。  この物語は、多くの仲間と出会い、ダンジョンを攻略し、成りあがっていくストーリーである。

「自重知らずの異世界転生者-膨大な魔力を引っさげて異世界デビューしたら、規格外過ぎて自重を求められています-」

mitsuzoエンターテインメンツ
ファンタジー
 ネットでみつけた『異世界に行ったかもしれないスレ』に書いてあった『異世界に転生する方法』をやってみたら本当に異世界に転生された。  チート能力で豊富な魔力を持っていた俺だったが、目立つのが嫌だったので周囲となんら変わらないよう生活していたが「目立ち過ぎだ!」とか「加減という言葉の意味をもっと勉強して!」と周囲からはなぜか自重を求められた。  なんだよ? それじゃあまるで、俺が自重をどっかに捨ててきたみたいじゃないか!  こうして俺の理不尽で前途多難?な異世界生活が始まりました。  ※注:すべてわかった上で自重してません。

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

余りモノ異世界人の自由生活~勇者じゃないので勝手にやらせてもらいます~

藤森フクロウ
ファンタジー
 相良真一(サガラシンイチ)は社畜ブラックの企業戦士だった。  悪夢のような連勤を乗り越え、漸く帰れるとバスに乗り込んだらまさかの異世界転移。  そこには土下座する幼女女神がいた。 『ごめんなさあああい!!!』  最初っからギャン泣きクライマックス。  社畜が呼び出した国からサクッと逃げ出し、自由を求めて旅立ちます。  真一からシンに名前を改め、別の国に移り住みスローライフ……と思ったら馬鹿王子の世話をする羽目になったり、狩りや採取に精を出したり、馬鹿王子に暴言を吐いたり、冒険者ランクを上げたり、女神の愚痴を聞いたり、馬鹿王子を躾けたり、社会貢献したり……  そんなまったり異世界生活がはじまる――かも?    ブックマーク30000件突破ありがとうございます!!   第13回ファンタジー小説大賞にて、特別賞を頂き書籍化しております。  ♦お知らせ♦  余りモノ異世界人の自由生活、コミックス3巻が発売しました!  漫画は村松麻由先生が担当してくださっています。  よかったらお手に取っていただければ幸いです。    書籍のイラストは万冬しま先生が担当してくださっています。  7巻は6月17日に発送です。地域によって異なりますが、早ければ当日夕方、遅くても2~3日後に書店にお届けになるかと思います。  今回は夏休み帰郷編、ちょっとバトル入りです。  コミカライズの連載は毎月第二水曜に更新となります。  漫画は村松麻由先生が担当してくださいます。  ※基本予約投稿が多いです。  たまに失敗してトチ狂ったことになっています。  原稿作業中は、不規則になったり更新が遅れる可能性があります。  現在原稿作業と、私生活のいろいろで感想にはお返事しておりません。  

王太子様には優秀な妹の方がお似合いですから、いつまでも私にこだわる必要なんてありませんよ?

木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるラルリアは、優秀な妹に比べて平凡な人間であった。 これといって秀でた点がない彼女は、いつも妹と比較されて、時には罵倒されていたのである。 しかしそんなラルリアはある時、王太子の婚約者に選ばれた。 それに誰よりも驚いたのは、彼女自身である。仮に公爵家と王家の婚約がなされるとしても、その対象となるのは妹だと思っていたからだ。 事実として、社交界ではその婚約は非難されていた。 妹の方を王家に嫁がせる方が有益であると、有力者達は考えていたのだ。 故にラルリアも、婚約者である王太子アドルヴに婚約を変更するように進言した。しかし彼は、頑なにラルリアとの婚約を望んでいた。どうやらこの婚約自体、彼が提案したものであるようなのだ。

愛されていないはずの婚約者に「貴方に愛されることなど望んでいませんわ」と申し上げたら溺愛されました

海咲雪
恋愛
「セレア、もう一度言う。私はセレアを愛している」 「どうやら、私の愛は伝わっていなかったらしい。これからは思う存分セレアを愛でることにしよう」 「他の男を愛することは婚約者の私が一切認めない。君が愛を注いでいいのも愛を注がれていいのも私だけだ」 貴方が愛しているのはあの男爵令嬢でしょう・・・? 何故、私を愛するふりをするのですか? [登場人物] セレア・シャルロット・・・伯爵令嬢。ノア・ヴィアーズの婚約者。ノアのことを建前ではなく本当に愛している。  × ノア・ヴィアーズ・・・王族。セレア・シャルロットの婚約者。 リア・セルナード・・・男爵令嬢。ノア・ヴィアーズと恋仲であると噂が立っている。 アレン・シールベルト・・・伯爵家の一人息子。セレアとは幼い頃から仲が良い友達。実はセレアのことを・・・?

私異世界で成り上がる!! ~家出娘が異世界で極貧生活しながら虎視眈々と頂点を目指す~

春風一
ファンタジー
『いーわよ、そこまで言うならもう、親子の縁なんて切ってやる!! 絶対に成功するから、今に見てなさいよ!!』 如月風歌は、考えるより先に行動する脳筋少女。中学の卒業式の日に、親と大喧嘩し、その勢いで家出する。時空航行船のチケットを握りしめ、着の身着のまま&ほぼ無一文で、異世界に向かっていった。 同じ地球でありながら、魔法で発展した平行世界エレクトラ。この世界に来たのは『シルフィード』と呼ばれる、女性だけがなれる『超人気職業』に就くためだ。 上位階級のシルフィードは、トップアイドルのような存在。また、絶大な人気・知名度・影響力を持ち、誰からも尊敬される、人生の成功者。巨万の富を築いた者も、少なくはない。 だが、お金もない・人脈もない・知識もない。加えて、女子力ゼロで、女らしさの欠片もない。全てがゼロからの、あまりにも無謀すぎる挑戦。しかも、親から勘当を言い渡され、帰る場所すらない状態。 夢に燃えて、意気揚々と異世界に乗り込んだものの、待ち受けていのは、恐ろしく厳しい現実と、パンと水だけの極貧生活だった。 『夢さえ持っていれば、気合さえあれば、絶対に上手くいく!!』と信じて疑わない、脳筋でちょっとお馬鹿な少女。だが、チート並みのコミュ力(無自覚)で、人脈をどんどん広げて行く。 ほのぼの日常系。でも、脳筋主人公のため、トラブルが発生したり、たまにシリアスだったり、スポ根っぽい熱い展開も……。 裸一貫から成り上がる、異世界シンデレラストーリー。

私とお母さんとお好み焼き

white love it
経済・企業
義理の母と二人暮らしの垣谷操。貧しいと思っていたが、義母、京子の経営手腕はなかなかのものだった。 シングルマザーの織りなす経営方法とは?

処理中です...