937 / 1,646
産みの親、育ての親
しおりを挟む
オスカーの生い立ちを聞かされたツバキは、人間の探究心の悍ましさを知る。否、探求の心自体には悍ましいものはないが、その善悪を見極める人間に欠陥があると、人は簡単に一線を越えてしまうのだという事が分かった。
それが相応にして起こりやすいのが、医学や化学といった生物に近いところで行う研究のデメリットなのかもしれない。
しかし、それらの研究には人々の暮らしを豊かにしたり、治せなかった病や怪我を治療することが出来る様になるなど、魅力的なメリットも多くその為には生き物を使った実験は、避けて通れないものであるのも確かなのだ。
「無自覚でやらされていた事とはいえ、私があの子らにしてきた事は到底許されることではない。自我が芽生えてから、私は彼らへの罪の意識からか、私と同じ人形のように扱われる彼らに、いつからか感情や言葉を教え始めたんだ・・・」
「・・・それがアンタの“気休め“になったって訳か」
「気休め・・・か。ははは・・・そうだな、確かにそうだ。彼らに自分が生き物であることを思い出させることで、私の心を縛り付けていたものが解かれていくような気がした。誰かに施しを与えることで、私の心は優越感を覚えていたのだろう。この行いが、彼らの為になると思って・・・」
オルレラの研究所へ送られてくる人形のような子供達。そんな彼らが自分の意志を持って動き、言葉を話すことでオスカーの心が楽になっていた。“彼らの為“というのは、あくまで建前上のものでしかなく、本当はオスカー自身が自責の念から解放されたかっただけだったのかもしれない。
「彼らはそれを知っても、私のことを許してくれただろうか・・・」
「俺みたいなガキに、答えを求めてるのか?」
「・・・・・」
同じくらいの年頃である彼ならば、子供達の気持ちに近づけるのではないかとオスカーは考えていた。ゼロからのスタートではない自分に、子供の考えや気持ちなど到底近づける筈もない。
それにあの子供達自体も、この世に生を受けた時のゼロからのスタートではない。彼らが自分を生き物と認識し、意志を持ち始めた頃が、彼らにとって本当に人生を歩み始めた第一歩なのだと、オスカーは考えていた。
「俺も、生みの親のことは知らねぇ・・・。けど育ての親はいた。その人に拾われなければ、俺は海に沈んで海の生物達の養分にでもなってただろうよ・・・」
「君も・・・自分の出生を知らないのか?」
ツバキも自分の親のことは知らない。だが、物心がついた頃には既に、造船技師のウィリアムや職場の仲間達がいた。だから何かを不憫に感じたこともないし、他の子供達に劣っているとも思ったことがない。
それでも、自分がどんな人から生まれたのか。どんな場所で、どんな環境で生まれたのか。一体何者から生まれて、この世にやって来たのかは知らない。
その点では、オスカーやこの施設の子供達と同じだと言える。だが、そこからの分岐が彼らとの違いだった。自我も意志もあるツバキは、彼のいうところのゼロに近いところからのスタートを始めている。
スタートが違えば、人としての出来が変わってくるものなのか。ゼロから離れれば離れるほど、人から離れた存在となってしまうのか。
意見でも感想でも何でもいい。ただ、自分のような存在ではない誰かの言葉で、それを聞きたかったのだ。
「俺を育ててくれた人が言ってたよ。“何処の誰であれ、お前を産んでくれた人への感謝は忘れちゃいけねぇ。お前の人生がお前のモンだろうが、それは与えられたものであることだけは忘れるな“ってよ。あの子達が感情や自我を持ったのが人生の始まりだと考えたら、アンタはそれを生み出した“親“なんじゃねぇか?」
「始まりを生み出した・・・親・・・」
正解などない問いに、ツバキの言葉はオスカーのがんじがらめになった心に響いた。彼が子供達に抱いた感情は、決して記憶の構築の際に生まれたエラーなどではなく無駄なことでもない。
ツバキを拾ったウィリアムと同じく、ただの実験用のモルモットとして送られてきた子供達の、育ての親となったのだ。彼が子供達に抱いた作り物ではない感情を、彼自身の人生のスタートとするなら、子供達の人生もまたそこからスタートしたといえる。
「そうか・・・私は、あの子達に“何か“をしてあげられた・・・と、思ってもいいのか・・・」
「思うも何も、影響を与えたのは確かなんだ。アンタもそれを忘れなきゃいい・・・」
見た目ばかり大人となったオスカーよりも、小さいながらに外界と触れてきたツバキの方が、よっぽど真面な考えを持っているのだと感じたオスカーは、これが自我を持って人生を歩み始めたスタートの違いかと思い知らされた。
「ありがとう。君のおかげで私の心は救われた・・・と思う。巻き込んでしまってすまなかった。すぐに君の魂を肉体に戻そう。そして、オルレラに渦巻く記憶を惑わす魔力を打ち払う」
「それを聞いて安心したぜ。やっぱりアンタが起点となってたのか」
ツバキの作り出したガジェットの力を借りて、オスカーが立ち上がる。そして、神妙な面持ちから優しい微笑みに変わると、その方法について話し始める。
「そう・・・。私という存在の“消滅“をもって、この空間も消し去ることができる」
それが相応にして起こりやすいのが、医学や化学といった生物に近いところで行う研究のデメリットなのかもしれない。
しかし、それらの研究には人々の暮らしを豊かにしたり、治せなかった病や怪我を治療することが出来る様になるなど、魅力的なメリットも多くその為には生き物を使った実験は、避けて通れないものであるのも確かなのだ。
「無自覚でやらされていた事とはいえ、私があの子らにしてきた事は到底許されることではない。自我が芽生えてから、私は彼らへの罪の意識からか、私と同じ人形のように扱われる彼らに、いつからか感情や言葉を教え始めたんだ・・・」
「・・・それがアンタの“気休め“になったって訳か」
「気休め・・・か。ははは・・・そうだな、確かにそうだ。彼らに自分が生き物であることを思い出させることで、私の心を縛り付けていたものが解かれていくような気がした。誰かに施しを与えることで、私の心は優越感を覚えていたのだろう。この行いが、彼らの為になると思って・・・」
オルレラの研究所へ送られてくる人形のような子供達。そんな彼らが自分の意志を持って動き、言葉を話すことでオスカーの心が楽になっていた。“彼らの為“というのは、あくまで建前上のものでしかなく、本当はオスカー自身が自責の念から解放されたかっただけだったのかもしれない。
「彼らはそれを知っても、私のことを許してくれただろうか・・・」
「俺みたいなガキに、答えを求めてるのか?」
「・・・・・」
同じくらいの年頃である彼ならば、子供達の気持ちに近づけるのではないかとオスカーは考えていた。ゼロからのスタートではない自分に、子供の考えや気持ちなど到底近づける筈もない。
それにあの子供達自体も、この世に生を受けた時のゼロからのスタートではない。彼らが自分を生き物と認識し、意志を持ち始めた頃が、彼らにとって本当に人生を歩み始めた第一歩なのだと、オスカーは考えていた。
「俺も、生みの親のことは知らねぇ・・・。けど育ての親はいた。その人に拾われなければ、俺は海に沈んで海の生物達の養分にでもなってただろうよ・・・」
「君も・・・自分の出生を知らないのか?」
ツバキも自分の親のことは知らない。だが、物心がついた頃には既に、造船技師のウィリアムや職場の仲間達がいた。だから何かを不憫に感じたこともないし、他の子供達に劣っているとも思ったことがない。
それでも、自分がどんな人から生まれたのか。どんな場所で、どんな環境で生まれたのか。一体何者から生まれて、この世にやって来たのかは知らない。
その点では、オスカーやこの施設の子供達と同じだと言える。だが、そこからの分岐が彼らとの違いだった。自我も意志もあるツバキは、彼のいうところのゼロに近いところからのスタートを始めている。
スタートが違えば、人としての出来が変わってくるものなのか。ゼロから離れれば離れるほど、人から離れた存在となってしまうのか。
意見でも感想でも何でもいい。ただ、自分のような存在ではない誰かの言葉で、それを聞きたかったのだ。
「俺を育ててくれた人が言ってたよ。“何処の誰であれ、お前を産んでくれた人への感謝は忘れちゃいけねぇ。お前の人生がお前のモンだろうが、それは与えられたものであることだけは忘れるな“ってよ。あの子達が感情や自我を持ったのが人生の始まりだと考えたら、アンタはそれを生み出した“親“なんじゃねぇか?」
「始まりを生み出した・・・親・・・」
正解などない問いに、ツバキの言葉はオスカーのがんじがらめになった心に響いた。彼が子供達に抱いた感情は、決して記憶の構築の際に生まれたエラーなどではなく無駄なことでもない。
ツバキを拾ったウィリアムと同じく、ただの実験用のモルモットとして送られてきた子供達の、育ての親となったのだ。彼が子供達に抱いた作り物ではない感情を、彼自身の人生のスタートとするなら、子供達の人生もまたそこからスタートしたといえる。
「そうか・・・私は、あの子達に“何か“をしてあげられた・・・と、思ってもいいのか・・・」
「思うも何も、影響を与えたのは確かなんだ。アンタもそれを忘れなきゃいい・・・」
見た目ばかり大人となったオスカーよりも、小さいながらに外界と触れてきたツバキの方が、よっぽど真面な考えを持っているのだと感じたオスカーは、これが自我を持って人生を歩み始めたスタートの違いかと思い知らされた。
「ありがとう。君のおかげで私の心は救われた・・・と思う。巻き込んでしまってすまなかった。すぐに君の魂を肉体に戻そう。そして、オルレラに渦巻く記憶を惑わす魔力を打ち払う」
「それを聞いて安心したぜ。やっぱりアンタが起点となってたのか」
ツバキの作り出したガジェットの力を借りて、オスカーが立ち上がる。そして、神妙な面持ちから優しい微笑みに変わると、その方法について話し始める。
「そう・・・。私という存在の“消滅“をもって、この空間も消し去ることができる」
0
お気に入りに追加
297
あなたにおすすめの小説
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。
――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に……
どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。
顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。
魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。
こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す――
※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。
【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する
雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。
その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。
代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。
それを見た柊茜は
「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」
【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。
追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん…....
主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
転移した場所が【ふしぎな果実】で溢れていた件
月風レイ
ファンタジー
普通の高校2年生の竹中春人は突如、異世界転移を果たした。
そして、異世界転移をした先は、入ることが禁断とされている場所、神の園というところだった。
そんな慣習も知りもしない、春人は神の園を生活圏として、必死に生きていく。
そこでしか成らない『ふしぎな果実』を空腹のあまり口にしてしまう。
そして、それは世界では幻と言われている祝福の果実であった。
食料がない春人はそんなことは知らず、ふしぎな果実を米のように常食として喰らう。
不思議な果実の恩恵によって、規格外に強くなっていくハルトの、異世界冒険大ファンタジー。
大修正中!今週中に修正終え更新していきます!
女神様から同情された結果こうなった
回復師
ファンタジー
どうやら女神の大ミスで学園ごと異世界に召喚されたらしい。本来は勇者になる人物を一人召喚するはずだったのを女神がミスったのだ。しかも召喚した場所がオークの巣の近く、年頃の少女が目の前にいきなり大量に現れ色めき立つオーク達。俺は妹を守る為に、女神様から貰ったスキルで生き残るべく思考した。
全校転移!異能で異世界を巡る!?
小説愛好家
ファンタジー
全校集会中に地震に襲われ、魔法陣が出現し、眩い光が体育館全体を呑み込み俺は気絶した。
目覚めるとそこは大聖堂みたいな場所。
周りを見渡すとほとんどの人がまだ気絶をしていてる。
取り敢えず異世界転移だと仮定してステータスを開こうと試みる。
「ステータスオープン」と唱えるとステータスが表示された。「『異能』?なにこれ?まぁいいか」
取り敢えず異世界に転移したってことで間違いなさそうだな、テンプレ通り行くなら魔王討伐やらなんやらでめんどくさそうだし早々にここを出たいけどまぁ成り行きでなんとかなるだろ。
そんな感じで異世界転移を果たした主人公が圧倒的力『異能』を使いながら世界を旅する物語。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな
カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界
魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた
「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね?
それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」
小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く
塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう
一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが……
◇◇◇
親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります
(『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です)
◇◇◇
ようやく一区切りへの目処がついてきました
拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる