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神代 コウ

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囚われの歌姫

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 斬撃が飛んで来た先には、天臣の姿があった。イルの扱う黒い靄に囚われていた彼は、その檻を抜け友紀と接触していた蒼空を助ける。彼女の行動から、彼が敵でないことは直ぐに分かった。

 そしてその顔をよく見てみれば、友紀のライブやイベント会場によく顔を出していたファンの一人だったことに気がつく。

 数多いるファンの中で、何故彼の顔を覚えていたのか。答えは簡単だった。天臣もまた、友紀と共にモンスターの襲撃から会場を守る彼らの活躍を知っていたからだった。

 「やはり、また来ていてくれたのか・・・」

 「俺を知ってる・・・?そういえばユッキーも・・・」

 憧れのアイドルとそのマネージャーが、自分のことを知っていてくれたことは素直に嬉しかった。しかも、それがよもや同じ覚醒者だったことに、尚更驚かされる。

 「よそ見してる暇なんかあるのかよッ!まだ俺の番は終わってないぜぇ?」

 お取りによる挟み撃ちは失敗に終わったが、蒼空が宙にいるという不利な状況にあるのには変わりない。身動きの取れない彼の身体目がけ、更に大気中に舞った黒い靄から再び、槍のように鋭く象られた靄が突き出してくる。

 「不意打ちじゃなければ、そこまでじゃぁないな」

 蒼空の身体はふわふわと宙を浮遊し始めた。そして蒼空を狙う靄は、彼に近づくと形を維持出来なくなり、煙のように消えていった。

 今度は自身とその周りの重力を軽くしているのだろう。蒼空はそのまま着地を果たすと、奥から二人の方に向かってくる天臣が、腰に携えた刀に手を添えて飛んで来ていた。

 天臣は空中から数発の斬撃をイルに向かって放つ。それを再び警戒な動きで避けると、着地した天臣の素早い連撃と相対する。直撃は免れているものの、圧倒的な手数の前に、イルの身体は次々に斬り刻まれていく。

 しかし、その身体からはやはり血は出てこない。代わりに出るの黒い靄だけ。これではこの男にダメージを与えることが出来ない。天臣の連撃も虚空を斬り続けるのと同じ。

 だが、これでいい。天臣は攻撃がイルに届かずとも、このままこの男の能力を発動させ続けることに意味がある。

 身体に物理的な攻撃が通用しないというのであれば、わざわざ避ける動作をする必要などない筈。そこにも何か、イルの能力の秘密が隠されているのかもしれない。

 そして、天臣がイルを留めている隙に、蒼空が天臣の身体の影に身を潜めながら接近し、彼に合図を出すように肩を叩いて飛び上がる。

 「よくぞ察してくれた。これで・・・」

 「あぁ・・・捕まえたッ・・・!」

 蒼空がイルの頭上にやってくると、天臣の手がピタリと止まる。そして、イルに向けて手を翳していた蒼空が、その能力で一気にイルの周りの重力を重くする。

 イルは何か大きな物に押しつぶされるようにして、地面に倒れた。地に伏すのはこれで二度目。蒼空とイルが相対した時と、原理は同じようだ。

 靄となっても、その存在自体が消え去るのではなく、靄の集合体の中に男のコアとなる部分が存在するのだろう。それを視認することはできないが、蒼空の能力による範囲攻撃でまとめて押さえ込むことが出来る。

 しかし、変化が訪れたのはこの時からだった。

 今度は逃すまいと、これまで以上に強力な重力負荷を掛ける蒼空。イルの身体は地面を軋ませる程沈み、そのまま押し潰さんとする勢いだった。

 「今度は逃さないッ・・・!」

 「これは・・・抜け出せそうにないね・・・。仕方ない・・・」

 まだ口を開く余裕があるのかと、蒼空は更にイルにかける重力を強力にしていく。すると突然、イルの身体にノイズが走ったかのような現象が現れ、次の瞬間にはその姿が消えていた。

 蒼空は視線をイルから外していない。ずっと視界内に捉えたまま、押さえつけていた筈。とても人間には抜け出せるような重さではなかった。それが文字通り、目の前で一瞬にして消え去ったのだ。

 周囲にイルが靄へと変化したであろう痕跡は見当たらない。男は能力を使っていない。どういうカラクリで抜け出したのか分からぬまま、蒼空はイルのいた場所にかけていた重力フィールドを解除する。

 「・・・消えた・・・?どうやって・・・」

 「奴はどこへッ・・・!?」

 嫌な予感がした天臣は、視線を友紀の元へ送る。すると、彼の予感は的中していた。

 そこには、イルの黒い靄によって身柄を拘束された友紀の姿があった。

 「いつの間にあんなところまでッ・・・!」

 蒼空が口を開くのと同時に、天臣は既にイルに向けて斬撃を放っていた。反応を示すよりも先に、友紀を助けなければと身体が何よりも優先して、刀に手が伸びていた。

 空を斬るように駆け抜けた天臣の斬撃は、正確にイルの身体を捉える。しかし、いくら正確に命中させようと、男の身体は靄に変わるだけで切断するまでには至らなかった。

 「焦るなよ、また直ぐに戻って来てやるから。だが、最優先は“こいつ“だ。彼女が待ってる・・・。ずっと二人で話せる時を伺っていたんだ。精々、久しぶりの再会を楽しんでくれよ・・・」

 男が何を言っているのか、彼女とは誰のことを言っているのか分からないまま、友紀とイルはその場から瞬間移動でもしたかのように、一瞬にして姿を消した。
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