658 / 1,646
共通の“異変“
しおりを挟む
明庵が軽い自己紹介を終えると、当然の流れだろうと今度は慎のことについて尋ねる。
「それで?君のことも少し教えて貰えないか?」
建物の通路を、慎の体調を気遣いながらゆっくりと歩く明庵。案内されるように慎は彼の後を、何も考えずただ無心で追っていた。
「え?・・・あぁ、俺は麻倉慎です・・・」
まだ意識が覚束ないのか、慎の口から語られた情報は自身の名前だけだった。彼を疑っている訳ではない。ただそれだけでは折角の情報源から、何も引き出せない。
意識が覚束ないのなら、寧ろ好都合だと考えた明庵は、何か隠していることがあるのならうっかり口を滑らせないかと、更に質問を続ける。
「そうか。では麻倉君、君は何をしている人なんだ?学生か?それとも何か仕事を?」
明庵の質問に、慎は少し動揺し言葉を詰まらせる。しかし、別にその質問自体に何か隠したいことがある訳ではなかった。ただ、慎は少し言い出し辛かったのだ。
同年代の者達が学校を卒業し、バリバリと働いている中、自分は高校もろくに卒業することなく、定職に就かないままバイトをしている自分に、後ろめたさを感じていた。
自分が何をしたいのかも分からず、やりたいことも定まらず、半ば人間不信になってしまった自分が情けなく、また馬鹿にされ見下されるのではないかと、ネガティブになっていた。
WoFの世界にいる時と、現実世界にいる時とで、慎の態度は大きく違っていた。強くてかっこいい理想の自分でいられるWoFの世界。どこで道を間違えたのか、人に自分を見せるのが惨めで嫌になる現実の世界。
それは現実の世界でも、より身近な“リアル“を感じた時にハッキリと態度に出てしまう。アサシンギルドの者達や、WoFのモンスター、異形の者達の前では現実を忘れらるが、それら慎の“理想“から外れた一般人の前に出ると、急激に現実に戻されてしまい、彼の中のネガティブが前面に出てくる。
「・・・フリーターです・・・」
慎の表情と僅かな態度の変化から、明庵は彼が自分自身に後ろめたさのようなものを感じているのを察した。
多くの容疑者や被疑者との聴取を重ねてきた明庵には、その経験上から同じような者達を幾人にも見てきた。彼もまた、過去に何らかのトラウマやストレスを抱え、そうなってしまったのだろうと。
「・・・何も珍しい事じゃない。寧ろ、真っ当に生きているだけマシだよ。今のこの国には、良からぬ知識を身につけ、人を騙し利用することで生きているような奴が蔓延っている・・・。真面に働いているのが馬鹿らしくなるよ。奴らの中には、今も暗闇に潜み、その生き血を啜る輩がごまんといるんだから・・・」
彼は惨めな自分に気を使ってくれた。そう感じた慎には、彼が悪い人間には思えなくなった。これもまた、騙されやすい人間の特徴なのかもしれないが、心の何処かで自分を理解してくれる人間を求めてしまう。
心を開き始めた慎は、自分の方から彼に質問し始めた。彼がどんな思いで今の仕事をしているのか、純粋に興味が湧いたのだ。
「出雲さんは・・・どうして今の仕事を?」
「そうだな・・・。初めは父の影響だろうな。誠実で馬鹿が付くほど真面目な人だった。家族に心配をかけまいと、家では常に優しく明るかった。でもそれは、私や母のことを考えてのことだったと知った・・・」
明庵は幼い頃、夜中にトイレへ行こうとしたところ、自室で思い詰めたように悩まされている父の姿を、扉の隙間から見てしまった。当然、それで父への気持ちが変わることはなく、寧ろ自分達の為にしてくれていたことを誇りに思い、同時に心配にもなったのだという。
幼き頃の話を聞き、慎はまるで明庵が父親のことを、過去の人の話のように語るのが気になった。
「もしかしてそのお父さんって・・・。それに“初めは“とは一体・・・?それから何かあったんですか?」
「意識がハッキリしてきたのかな?君もよく聞いていたな・・・。そう、私の父は殉職した・・・。今の私と同じ、サイバー犯罪のエージェントをする中で・・・」
「じゃぁそれから心境に変化があった・・・と?」
慎が明庵に尋ねると、彼の表情はゆっくりと変わり、まるで何かを憎むように鋭い目つきへと変わる。そして彼が語ったのは、父親という眩い道標を失い、それを奪った事件への憎悪だった。
「あぁ・・・。父や母、職場の仲間や私にとっての恩人を殺したサイバー犯罪に対する憎しみが、今の私の原動力といってもいいだろう。そして、犯罪を調べていくうちに、妙なことに気がついた・・・」
「妙なこと・・・?」
息を飲み明庵の話を食い入るように聞き入る慎。そして、彼の口から語られたことに、慎は驚きを隠せなかった。
「事件現場の幾つかに、我々では目視出来ない何か妙なものがあるんだ。誰も信じちゃくれないが、私にはその“異変“が重大な事に繋がっているとしか思えないんだ」
「それで?君のことも少し教えて貰えないか?」
建物の通路を、慎の体調を気遣いながらゆっくりと歩く明庵。案内されるように慎は彼の後を、何も考えずただ無心で追っていた。
「え?・・・あぁ、俺は麻倉慎です・・・」
まだ意識が覚束ないのか、慎の口から語られた情報は自身の名前だけだった。彼を疑っている訳ではない。ただそれだけでは折角の情報源から、何も引き出せない。
意識が覚束ないのなら、寧ろ好都合だと考えた明庵は、何か隠していることがあるのならうっかり口を滑らせないかと、更に質問を続ける。
「そうか。では麻倉君、君は何をしている人なんだ?学生か?それとも何か仕事を?」
明庵の質問に、慎は少し動揺し言葉を詰まらせる。しかし、別にその質問自体に何か隠したいことがある訳ではなかった。ただ、慎は少し言い出し辛かったのだ。
同年代の者達が学校を卒業し、バリバリと働いている中、自分は高校もろくに卒業することなく、定職に就かないままバイトをしている自分に、後ろめたさを感じていた。
自分が何をしたいのかも分からず、やりたいことも定まらず、半ば人間不信になってしまった自分が情けなく、また馬鹿にされ見下されるのではないかと、ネガティブになっていた。
WoFの世界にいる時と、現実世界にいる時とで、慎の態度は大きく違っていた。強くてかっこいい理想の自分でいられるWoFの世界。どこで道を間違えたのか、人に自分を見せるのが惨めで嫌になる現実の世界。
それは現実の世界でも、より身近な“リアル“を感じた時にハッキリと態度に出てしまう。アサシンギルドの者達や、WoFのモンスター、異形の者達の前では現実を忘れらるが、それら慎の“理想“から外れた一般人の前に出ると、急激に現実に戻されてしまい、彼の中のネガティブが前面に出てくる。
「・・・フリーターです・・・」
慎の表情と僅かな態度の変化から、明庵は彼が自分自身に後ろめたさのようなものを感じているのを察した。
多くの容疑者や被疑者との聴取を重ねてきた明庵には、その経験上から同じような者達を幾人にも見てきた。彼もまた、過去に何らかのトラウマやストレスを抱え、そうなってしまったのだろうと。
「・・・何も珍しい事じゃない。寧ろ、真っ当に生きているだけマシだよ。今のこの国には、良からぬ知識を身につけ、人を騙し利用することで生きているような奴が蔓延っている・・・。真面に働いているのが馬鹿らしくなるよ。奴らの中には、今も暗闇に潜み、その生き血を啜る輩がごまんといるんだから・・・」
彼は惨めな自分に気を使ってくれた。そう感じた慎には、彼が悪い人間には思えなくなった。これもまた、騙されやすい人間の特徴なのかもしれないが、心の何処かで自分を理解してくれる人間を求めてしまう。
心を開き始めた慎は、自分の方から彼に質問し始めた。彼がどんな思いで今の仕事をしているのか、純粋に興味が湧いたのだ。
「出雲さんは・・・どうして今の仕事を?」
「そうだな・・・。初めは父の影響だろうな。誠実で馬鹿が付くほど真面目な人だった。家族に心配をかけまいと、家では常に優しく明るかった。でもそれは、私や母のことを考えてのことだったと知った・・・」
明庵は幼い頃、夜中にトイレへ行こうとしたところ、自室で思い詰めたように悩まされている父の姿を、扉の隙間から見てしまった。当然、それで父への気持ちが変わることはなく、寧ろ自分達の為にしてくれていたことを誇りに思い、同時に心配にもなったのだという。
幼き頃の話を聞き、慎はまるで明庵が父親のことを、過去の人の話のように語るのが気になった。
「もしかしてそのお父さんって・・・。それに“初めは“とは一体・・・?それから何かあったんですか?」
「意識がハッキリしてきたのかな?君もよく聞いていたな・・・。そう、私の父は殉職した・・・。今の私と同じ、サイバー犯罪のエージェントをする中で・・・」
「じゃぁそれから心境に変化があった・・・と?」
慎が明庵に尋ねると、彼の表情はゆっくりと変わり、まるで何かを憎むように鋭い目つきへと変わる。そして彼が語ったのは、父親という眩い道標を失い、それを奪った事件への憎悪だった。
「あぁ・・・。父や母、職場の仲間や私にとっての恩人を殺したサイバー犯罪に対する憎しみが、今の私の原動力といってもいいだろう。そして、犯罪を調べていくうちに、妙なことに気がついた・・・」
「妙なこと・・・?」
息を飲み明庵の話を食い入るように聞き入る慎。そして、彼の口から語られたことに、慎は驚きを隠せなかった。
「事件現場の幾つかに、我々では目視出来ない何か妙なものがあるんだ。誰も信じちゃくれないが、私にはその“異変“が重大な事に繋がっているとしか思えないんだ」
0
お気に入りに追加
297
あなたにおすすめの小説
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。
――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に……
どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。
顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。
魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。
こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す――
※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。
【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する
雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。
その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。
代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。
それを見た柊茜は
「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」
【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。
追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん…....
主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
転移した場所が【ふしぎな果実】で溢れていた件
月風レイ
ファンタジー
普通の高校2年生の竹中春人は突如、異世界転移を果たした。
そして、異世界転移をした先は、入ることが禁断とされている場所、神の園というところだった。
そんな慣習も知りもしない、春人は神の園を生活圏として、必死に生きていく。
そこでしか成らない『ふしぎな果実』を空腹のあまり口にしてしまう。
そして、それは世界では幻と言われている祝福の果実であった。
食料がない春人はそんなことは知らず、ふしぎな果実を米のように常食として喰らう。
不思議な果実の恩恵によって、規格外に強くなっていくハルトの、異世界冒険大ファンタジー。
大修正中!今週中に修正終え更新していきます!
女神様から同情された結果こうなった
回復師
ファンタジー
どうやら女神の大ミスで学園ごと異世界に召喚されたらしい。本来は勇者になる人物を一人召喚するはずだったのを女神がミスったのだ。しかも召喚した場所がオークの巣の近く、年頃の少女が目の前にいきなり大量に現れ色めき立つオーク達。俺は妹を守る為に、女神様から貰ったスキルで生き残るべく思考した。
全校転移!異能で異世界を巡る!?
小説愛好家
ファンタジー
全校集会中に地震に襲われ、魔法陣が出現し、眩い光が体育館全体を呑み込み俺は気絶した。
目覚めるとそこは大聖堂みたいな場所。
周りを見渡すとほとんどの人がまだ気絶をしていてる。
取り敢えず異世界転移だと仮定してステータスを開こうと試みる。
「ステータスオープン」と唱えるとステータスが表示された。「『異能』?なにこれ?まぁいいか」
取り敢えず異世界に転移したってことで間違いなさそうだな、テンプレ通り行くなら魔王討伐やらなんやらでめんどくさそうだし早々にここを出たいけどまぁ成り行きでなんとかなるだろ。
そんな感じで異世界転移を果たした主人公が圧倒的力『異能』を使いながら世界を旅する物語。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな
カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界
魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた
「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね?
それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」
小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く
塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう
一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが……
◇◇◇
親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります
(『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です)
◇◇◇
ようやく一区切りへの目処がついてきました
拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる