657 / 1,646
現実への帰還
しおりを挟む
レースを終え、連絡の途絶えていた白獅の元へ向かう為、WoFの世界からログアウトするシン。
視界の景色はゆっくりと光の中へと消えていき、やがて何もない真っ白な空間へと変わる。自身の姿さえも消え、意識がそのまま別の世界へと旅立っていくような感覚がシンを包み込む。
以前に現実世界へ戻った時より、やや時間が掛かっているように感じた。だが、不確かなもの故、そういうものかと思うほかなかった。
それが目で見ている景色なのかは定かではなかったが、彼の周りを包み込んでいた真っ白な空間から、次第にどこかの景色が現れ始める。
だがそれは、シンの想像していたアサシンギルドのアジト内の景色ではなかった。実際、前回シンが現実世界からWoFの世界へログインした時は、アサシンギルド内からだった。
当然彼は、現実世界へ戻って来た時はログインした場所へ戻ってくるものだと思っていた。故に、全く見知らぬ建物内部の景色が現れ始め、シンは困惑した。
それも何が起きたのか、その景色は至る所が焼け焦げており、まるで火災現場の跡地のような全く知らない場所へと戻って来たのだ。
「なっ・・・何だ?なんでアジトじゃなくこんなところに・・・?そもそも現実世界でいい・・・んだよな、ここは」
朝日の光に目を細めるように周囲の景色を見渡す慎。フラつく足で足元の煤を擦りながら歩くと、音が室内に反響し響き渡る。
同時に慎は、通路の先の方から何者かの気配を察知する。それは現実世界で生きていたら決して身についていなかったであろう、謂わば彼自身に備わったパッシブスキルのようなものだった。
WoFの世界で通常とは異なる難易度のクエストに巻き込まれたのも、命を危険に晒す体験をしたのも、決して無駄ではなかった。向こうで得た経験は、確実に現実世界の彼にも引き継がれている。
しかし、近づいてくる気配に気づきながらも、慎の精神はまだ現実世界の肉体に馴染めずにおり、思うように動けずにいた。
WoFでのシンとしての肉体とは打って変わり、身体は重く痛みや疲労に敏感な上、何よりも脆さを感じる。
もし、近づいてくる気配が慎の敵であるならば、それはかなり危険な状況となる。現実世界での異形の者達との戦い方を学んだとはいえ、肉体の急激な変化にまだ慣れていない慎にとって、即席での戦闘は負荷が計り知れない。
だが、近づく気配は彼の心持ちを待ってくれるほど甘くはなかった。思わず壁にもたれかかる慎の前に、通路から一人の男が姿を現した。
細身の身体に黒いスーツを身に纏ったその男は、女性かと見紛うほどの長髪をたなびかせ、いつの間にか現れた慎に驚きの表情と共に、自身の探し求めるものの手掛かりになるのではないかと、目を光らせる。
「君は・・・。一体いつからここに?いや、それ以前にどうやって中に入った?それとも初めから中にいたのか?」
男の質問攻めを浴びせられる慎だったが、彼自身にもそれが分からない。ここが何処なのかさえ分からないのだから、彼にも答えようがない。
「分からない・・・ここが何処なのか。それに貴方こそ何者なんだ?ここで何を?」
困惑する二人の男は、思わず言葉を失う。互いに相手が何者であるか、自身にとってどんな存在であるか分からぬまま、手探りで暗闇の中を歩くような感覚に陥る。
すると、慎よりも状況を理解している様子のスーツ姿の男が、何も知らぬ様子の彼に分かりやすく内容を変えた質問を投げかけていく。
「ここで事件があったんだ。建物に大型車両が突っ込むといったものだ。それに覚えは?」
「いえ・・・。じゃぁこの煤だらけの建物は、その時の・・・?」
「あぁ、そうだ。どこか身体に痛みはないか?異変に感じることは?」
「少し頭がぼんやりする・・・。身体も怠さを感じるが、歩けないほどでは・・・」
スーツの男は慎の返答を聞くと、事件に巻き込まれ頭を打ったか、意識を失い当時の記憶がなくなってしまったのではないかと推測した。質疑にも迷うことなく正直に答えたことから、敵対する意思もなさそうだと感じた。
「そうか・・・。命に別状はないようで良かったが、後で精密検査を受けた方がいいかもしれないな」
「貴方はさっき、事件と言いましたか?ということは、警察の方でしょうか?」
自己紹介が遅れてしまったと我に帰るスーツ姿の男。被害者を安心させる意味でも、自身が何者であるかを明かす必要があると、真摯な態度で質問に答えてくれた慎へ、彼なりの誠意を見せる。
「これはすまない。私は“出雲明庵“という者で、サイバー犯罪に特化した調査を行うエージェントをしている者だ。警察組織の者ではないが、全くの無関係という訳でもない。どうか安心して欲しい」
現実世界へ戻ってきた慎の前に現れた男。それはアサシンギルドの者ではなく、WoFの世界について無関係な現実世界を生きる人物であった。
そして何の因果か、彼もまた慎達のように“異変“を追う者であったのだ。
視界の景色はゆっくりと光の中へと消えていき、やがて何もない真っ白な空間へと変わる。自身の姿さえも消え、意識がそのまま別の世界へと旅立っていくような感覚がシンを包み込む。
以前に現実世界へ戻った時より、やや時間が掛かっているように感じた。だが、不確かなもの故、そういうものかと思うほかなかった。
それが目で見ている景色なのかは定かではなかったが、彼の周りを包み込んでいた真っ白な空間から、次第にどこかの景色が現れ始める。
だがそれは、シンの想像していたアサシンギルドのアジト内の景色ではなかった。実際、前回シンが現実世界からWoFの世界へログインした時は、アサシンギルド内からだった。
当然彼は、現実世界へ戻って来た時はログインした場所へ戻ってくるものだと思っていた。故に、全く見知らぬ建物内部の景色が現れ始め、シンは困惑した。
それも何が起きたのか、その景色は至る所が焼け焦げており、まるで火災現場の跡地のような全く知らない場所へと戻って来たのだ。
「なっ・・・何だ?なんでアジトじゃなくこんなところに・・・?そもそも現実世界でいい・・・んだよな、ここは」
朝日の光に目を細めるように周囲の景色を見渡す慎。フラつく足で足元の煤を擦りながら歩くと、音が室内に反響し響き渡る。
同時に慎は、通路の先の方から何者かの気配を察知する。それは現実世界で生きていたら決して身についていなかったであろう、謂わば彼自身に備わったパッシブスキルのようなものだった。
WoFの世界で通常とは異なる難易度のクエストに巻き込まれたのも、命を危険に晒す体験をしたのも、決して無駄ではなかった。向こうで得た経験は、確実に現実世界の彼にも引き継がれている。
しかし、近づいてくる気配に気づきながらも、慎の精神はまだ現実世界の肉体に馴染めずにおり、思うように動けずにいた。
WoFでのシンとしての肉体とは打って変わり、身体は重く痛みや疲労に敏感な上、何よりも脆さを感じる。
もし、近づいてくる気配が慎の敵であるならば、それはかなり危険な状況となる。現実世界での異形の者達との戦い方を学んだとはいえ、肉体の急激な変化にまだ慣れていない慎にとって、即席での戦闘は負荷が計り知れない。
だが、近づく気配は彼の心持ちを待ってくれるほど甘くはなかった。思わず壁にもたれかかる慎の前に、通路から一人の男が姿を現した。
細身の身体に黒いスーツを身に纏ったその男は、女性かと見紛うほどの長髪をたなびかせ、いつの間にか現れた慎に驚きの表情と共に、自身の探し求めるものの手掛かりになるのではないかと、目を光らせる。
「君は・・・。一体いつからここに?いや、それ以前にどうやって中に入った?それとも初めから中にいたのか?」
男の質問攻めを浴びせられる慎だったが、彼自身にもそれが分からない。ここが何処なのかさえ分からないのだから、彼にも答えようがない。
「分からない・・・ここが何処なのか。それに貴方こそ何者なんだ?ここで何を?」
困惑する二人の男は、思わず言葉を失う。互いに相手が何者であるか、自身にとってどんな存在であるか分からぬまま、手探りで暗闇の中を歩くような感覚に陥る。
すると、慎よりも状況を理解している様子のスーツ姿の男が、何も知らぬ様子の彼に分かりやすく内容を変えた質問を投げかけていく。
「ここで事件があったんだ。建物に大型車両が突っ込むといったものだ。それに覚えは?」
「いえ・・・。じゃぁこの煤だらけの建物は、その時の・・・?」
「あぁ、そうだ。どこか身体に痛みはないか?異変に感じることは?」
「少し頭がぼんやりする・・・。身体も怠さを感じるが、歩けないほどでは・・・」
スーツの男は慎の返答を聞くと、事件に巻き込まれ頭を打ったか、意識を失い当時の記憶がなくなってしまったのではないかと推測した。質疑にも迷うことなく正直に答えたことから、敵対する意思もなさそうだと感じた。
「そうか・・・。命に別状はないようで良かったが、後で精密検査を受けた方がいいかもしれないな」
「貴方はさっき、事件と言いましたか?ということは、警察の方でしょうか?」
自己紹介が遅れてしまったと我に帰るスーツ姿の男。被害者を安心させる意味でも、自身が何者であるかを明かす必要があると、真摯な態度で質問に答えてくれた慎へ、彼なりの誠意を見せる。
「これはすまない。私は“出雲明庵“という者で、サイバー犯罪に特化した調査を行うエージェントをしている者だ。警察組織の者ではないが、全くの無関係という訳でもない。どうか安心して欲しい」
現実世界へ戻ってきた慎の前に現れた男。それはアサシンギルドの者ではなく、WoFの世界について無関係な現実世界を生きる人物であった。
そして何の因果か、彼もまた慎達のように“異変“を追う者であったのだ。
0
お気に入りに追加
297
あなたにおすすめの小説
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。
――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に……
どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。
顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。
魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。
こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す――
※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。
【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する
雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。
その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。
代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。
それを見た柊茜は
「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」
【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。
追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん…....
主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
転移した場所が【ふしぎな果実】で溢れていた件
月風レイ
ファンタジー
普通の高校2年生の竹中春人は突如、異世界転移を果たした。
そして、異世界転移をした先は、入ることが禁断とされている場所、神の園というところだった。
そんな慣習も知りもしない、春人は神の園を生活圏として、必死に生きていく。
そこでしか成らない『ふしぎな果実』を空腹のあまり口にしてしまう。
そして、それは世界では幻と言われている祝福の果実であった。
食料がない春人はそんなことは知らず、ふしぎな果実を米のように常食として喰らう。
不思議な果実の恩恵によって、規格外に強くなっていくハルトの、異世界冒険大ファンタジー。
大修正中!今週中に修正終え更新していきます!
女神様から同情された結果こうなった
回復師
ファンタジー
どうやら女神の大ミスで学園ごと異世界に召喚されたらしい。本来は勇者になる人物を一人召喚するはずだったのを女神がミスったのだ。しかも召喚した場所がオークの巣の近く、年頃の少女が目の前にいきなり大量に現れ色めき立つオーク達。俺は妹を守る為に、女神様から貰ったスキルで生き残るべく思考した。
全校転移!異能で異世界を巡る!?
小説愛好家
ファンタジー
全校集会中に地震に襲われ、魔法陣が出現し、眩い光が体育館全体を呑み込み俺は気絶した。
目覚めるとそこは大聖堂みたいな場所。
周りを見渡すとほとんどの人がまだ気絶をしていてる。
取り敢えず異世界転移だと仮定してステータスを開こうと試みる。
「ステータスオープン」と唱えるとステータスが表示された。「『異能』?なにこれ?まぁいいか」
取り敢えず異世界に転移したってことで間違いなさそうだな、テンプレ通り行くなら魔王討伐やらなんやらでめんどくさそうだし早々にここを出たいけどまぁ成り行きでなんとかなるだろ。
そんな感じで異世界転移を果たした主人公が圧倒的力『異能』を使いながら世界を旅する物語。
婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな
カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界
魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた
「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね?
それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」
小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く
塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう
一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが……
◇◇◇
親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります
(『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です)
◇◇◇
ようやく一区切りへの目処がついてきました
拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる