World of Fantasia

神代 コウ

文字の大きさ
上 下
393 / 1,646

夢に見た世界へ

しおりを挟む
 ベンジャミン一行によって保護されたロロネー達は、病気や怪我の手当てをされ満足な食事も与えられた。これ以上入らない程の食事など、生まれて初めての経験だった。

 奉公人をしていた頃には想像もしていなかった、自らの手で勝ち取った未来。ただ美味しいものが食べられる。それだけで感情が極まり、彼らは再び涙した。

 その様子を見たベンジャミン一行は、余程酷な労働条件を叩きつけていたのだと知ると、翌日彼らの雇主の元へ赴くと、国からの令状でその者を厳重処分になる。

 それから暫くして、晴れて自由の身となったロロネー達奉公人達は、それぞれの生活を歩み始める。自身の故郷へ帰る者やこの土地で暮らしていく者、船に乗り何処か遠くの島へと移住する者。

 共に地獄のような日々を過ごして来た共達と涙の別れを告げ、ロロネーもまた自分で決めた自身のやりたい事をするために準備を始める。

 「おい、ジャン。お前はこれからどうするんだ?」

 「俺は暫くここに残るよ。船の操縦を覚えたいんだ」

 かつて奉公先で耳にした、海の話。それは彼の頭から離れなくなるほど、彼を夢中にさせていた。目的地のある旅ではない。その日その時に行きたいと思ったところへ。風の赴くままに。そんな“自由“を求めて、ロロネーは保護されて以来親しくなったベンジャミンに、外の世界のことを教わった。

 何でも彼は、今の立場になる前は海賊をやっていたのだという。それは正しくロロネーの夢見た自由な海の旅人の姿。彼から語られる様々な島の奇怪で不思議な話に、どんどんと虜になっていった。

 「なぁ、何でアンタは海賊を辞めたんだ?もう飽きちゃったのか?」

 「あのなぁ・・・。少しは言葉遣いを覚えたらどうだ?少しは教養も身につけないと、どこの世界でもやっていけないぞ?」

 「しょうがねぇだろ!?そういうの教えてくれる人なんていなかったんだから・・・」

 ロロネーは真面な教養を受ける前に、年季奉公人として故郷から送り出された。同じような境遇の子供達もいたが、やはりロロネーと同じく真っ当な言葉や所作など知る由もなく、また大人の奉公人も世間の常識など捨て去り、ただ雇主に黙って従うばかりだった。

 そんな子供達を哀れに思い、ベンジャミンは本人達が望むのであれば、その土地での生活や教養を支援すると申し出てくれた。ロロネーは幼い自分を、奉公人として送り出した両親を恨んではいなかった。

 しかし、今更帰る場所でもない。そう思ったロロネーは、ここでベンジャミンから海での話を聞き、夢を膨らませた。いつか自分の力で世界を旅して周る。今はその為の知識や技術を習得しなければならない。

 ロロネーは港町で仕事をしながら、資金と船の知識をつけていくと小さいながらも自分の船を購入し、念願だった大海原へと飛び出していく。その前に彼は、この町と国でお世話になった人々や、仲間の墓を訪れる。

 「おめでとう、ジャン。念願だった船を手に入れたんだね」

 「あぁ、これで世界を見て周るんだ。ずっと夢だった・・・。何も見えない暗闇の中で、その光だけを頼りに耐えて来た。数え切れないほど沢山失ったけど、失った以上のモノを俺は手に入れるんだ」

 「そうだね・・・。辛い思いをして来た分、楽しいことや嬉しいことがないとね。アンタの人生だ、悔いのないようにね・・・」

 ロロネーの面倒を見てくれた人に別れの挨拶と抱擁を交わし、その場を後にする。きっといつか、満足するまで世界を見て周り、彼が帰って来るのはこの場所なのだろう。どこで生まれたかではない、どこで夢を見て、どこで光に向かって歩んだのかが重要だった。それこそが本当の故郷となるのだから。

 「おーい!ジャン!もう行くのか?」

 町を行く道中、親しい者達からまるで凱旋のように声をかけられる。ここでの労働は彼にとって全く苦にならず、むしろ毎日が輝いていた。知識や経験として積み重ねることが多く、育まれる思い出が空白の幼少期の心を満たしていた。

 そんな充実した時の中でも、ロロネーの心の中からかつての闇が消えることはなかった。嫌な思い出や辛かったことというのは、どんなに楽しい思い出を積み重ねようと、そう簡単に消えるものではない。

 ふとした瞬間に思い出してしまうものだ。彼の場合、ほとんどの労働が彼の暗い過去を思い出させるスイッチとなっており、荷物を運ぶだけでも身体に染み付いたトラウマが脳裏に過ぎるようになってしまっていた。

 だが彼の場合、思い出してしまうというよりも何処か忘れないようにしている節があった。それがロロネーを悪道へと落としていく、引き金となってしまうとも知らずに。

 自分の船を停泊していた港に着くと、ロロネーを出迎えに来てくれていたベンジャミンがいた。面倒見がよく、既に必要な物を積み込んでいてくれたようだ。後は彼の手荷物だけで最後。航海に必要なものはベンジャミンから学んだ。

 「漸く夢の第一歩を踏み出すんだな・・・」

 「そんな大それた事じゃねぇさ。これはただ、俺の人生の出発に過ぎねぇんだからな。アンタには世話になった。その第一歩ってやつを踏み出す為に、いろいろと手を貸してくれてありがとよ・・・」

 改まった言葉を連ねるのが恥ずかしかった。奉公人から解放されて以来、まるで親のように育ててくれ、様々な知識を教えてくれた彼には感謝しかなかった。その上、憧れていた海へ踏み出す為の心構えや、準備まで手伝ってくれた。

 「いいか?ジャン。海はお前の想像するような夢に溢れたモノだけじゃない。恐ろしいモンスターや海賊、自然の脅威とか・・・。とにかく危ないものも多くあるってことを忘れるんじゃないぞ?」

 「分かってるよ。もうガキじゃねぇんだ、弁えてるさ」

 「・・・そうか。それと最後に一つだけ・・・」

 「・・・?」

 言葉に詰まるベンジャミン。彼が最後に口にしたことは、今後ロロネーに降りかかる彼を変えてしまうほどのことだった。目に見えるほどの悍しいものと残酷な光景、夢の光に潜む闇を暗示したものになる。

 「人を見抜く“眼“を養え。簡単に相手を信用するなよ?凡ゆる可能性を想定し、いつでも対処出来る様にしておくんだ。・・・心とは変わりやすいもの。いつお前に牙を剥くか分からんからな・・・」

 「・・・それって、アンタがずっと話してくれなかった、海賊を辞めたことと関係ある話?」

 ベンジャミンはロロネーの質問には答えなかった。だが、彼はそれがベンジャミンの答えであり、心の中にある傷であるのではないかと感じた。ロロネーにも心の中に深い傷があるからこそ、言葉にしないベンジャミンの気持ちが伝わったのかもしれない。

 その後ベンジャミンは、彼の出発を促すだけで無言の見送りをした。船に乗り込みエンジンをかける。離れていく港の光景を目に焼き付けるロロネー。彼を見送る一人の男の表情は、微笑みの中に哀愁のある顔をしていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

re:birth 〜勇者じゃないと追放された最強職【何でも屋】は、異世界でチートスキル【DIY】で無双します~

華音 楓
ファンタジー
「役立たずの貴様は、この城から出ていけ!」  国王から殺気を含んだ声で告げられtた海人は頷く他なかった。  ある日、異世界に魔王討伐の為に主人公「石立海人」(いしだてかいと)は、勇者として召喚された。  その際に、判明したスキルは、誰にも理解されない【DIY】と【なんでも屋】という隠れ最強職であった。  だが、勇者職を有していなかった主人公は、誰にも理解されることなく勇者ではないという理由で王族を含む全ての城関係者から露骨な侮蔑を受ける事になる。  城に滞在したままでは、命の危険性があった海人は、城から半ば追放される形で王城から追放されることになる。 僅かな金銭で追放された海人は、生活費用を稼ぐ為に冒険者として登録し、生きていくことを余儀なくされた。  この物語は、多くの仲間と出会い、ダンジョンを攻略し、成りあがっていくストーリーである。

「自重知らずの異世界転生者-膨大な魔力を引っさげて異世界デビューしたら、規格外過ぎて自重を求められています-」

mitsuzoエンターテインメンツ
ファンタジー
 ネットでみつけた『異世界に行ったかもしれないスレ』に書いてあった『異世界に転生する方法』をやってみたら本当に異世界に転生された。  チート能力で豊富な魔力を持っていた俺だったが、目立つのが嫌だったので周囲となんら変わらないよう生活していたが「目立ち過ぎだ!」とか「加減という言葉の意味をもっと勉強して!」と周囲からはなぜか自重を求められた。  なんだよ? それじゃあまるで、俺が自重をどっかに捨ててきたみたいじゃないか!  こうして俺の理不尽で前途多難?な異世界生活が始まりました。  ※注:すべてわかった上で自重してません。

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

余りモノ異世界人の自由生活~勇者じゃないので勝手にやらせてもらいます~

藤森フクロウ
ファンタジー
 相良真一(サガラシンイチ)は社畜ブラックの企業戦士だった。  悪夢のような連勤を乗り越え、漸く帰れるとバスに乗り込んだらまさかの異世界転移。  そこには土下座する幼女女神がいた。 『ごめんなさあああい!!!』  最初っからギャン泣きクライマックス。  社畜が呼び出した国からサクッと逃げ出し、自由を求めて旅立ちます。  真一からシンに名前を改め、別の国に移り住みスローライフ……と思ったら馬鹿王子の世話をする羽目になったり、狩りや採取に精を出したり、馬鹿王子に暴言を吐いたり、冒険者ランクを上げたり、女神の愚痴を聞いたり、馬鹿王子を躾けたり、社会貢献したり……  そんなまったり異世界生活がはじまる――かも?    ブックマーク30000件突破ありがとうございます!!   第13回ファンタジー小説大賞にて、特別賞を頂き書籍化しております。  ♦お知らせ♦  余りモノ異世界人の自由生活、コミックス3巻が発売しました!  漫画は村松麻由先生が担当してくださっています。  よかったらお手に取っていただければ幸いです。    書籍のイラストは万冬しま先生が担当してくださっています。  7巻は6月17日に発送です。地域によって異なりますが、早ければ当日夕方、遅くても2~3日後に書店にお届けになるかと思います。  今回は夏休み帰郷編、ちょっとバトル入りです。  コミカライズの連載は毎月第二水曜に更新となります。  漫画は村松麻由先生が担当してくださいます。  ※基本予約投稿が多いです。  たまに失敗してトチ狂ったことになっています。  原稿作業中は、不規則になったり更新が遅れる可能性があります。  現在原稿作業と、私生活のいろいろで感想にはお返事しておりません。  

王太子様には優秀な妹の方がお似合いですから、いつまでも私にこだわる必要なんてありませんよ?

木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるラルリアは、優秀な妹に比べて平凡な人間であった。 これといって秀でた点がない彼女は、いつも妹と比較されて、時には罵倒されていたのである。 しかしそんなラルリアはある時、王太子の婚約者に選ばれた。 それに誰よりも驚いたのは、彼女自身である。仮に公爵家と王家の婚約がなされるとしても、その対象となるのは妹だと思っていたからだ。 事実として、社交界ではその婚約は非難されていた。 妹の方を王家に嫁がせる方が有益であると、有力者達は考えていたのだ。 故にラルリアも、婚約者である王太子アドルヴに婚約を変更するように進言した。しかし彼は、頑なにラルリアとの婚約を望んでいた。どうやらこの婚約自体、彼が提案したものであるようなのだ。

愛されていないはずの婚約者に「貴方に愛されることなど望んでいませんわ」と申し上げたら溺愛されました

海咲雪
恋愛
「セレア、もう一度言う。私はセレアを愛している」 「どうやら、私の愛は伝わっていなかったらしい。これからは思う存分セレアを愛でることにしよう」 「他の男を愛することは婚約者の私が一切認めない。君が愛を注いでいいのも愛を注がれていいのも私だけだ」 貴方が愛しているのはあの男爵令嬢でしょう・・・? 何故、私を愛するふりをするのですか? [登場人物] セレア・シャルロット・・・伯爵令嬢。ノア・ヴィアーズの婚約者。ノアのことを建前ではなく本当に愛している。  × ノア・ヴィアーズ・・・王族。セレア・シャルロットの婚約者。 リア・セルナード・・・男爵令嬢。ノア・ヴィアーズと恋仲であると噂が立っている。 アレン・シールベルト・・・伯爵家の一人息子。セレアとは幼い頃から仲が良い友達。実はセレアのことを・・・?

私異世界で成り上がる!! ~家出娘が異世界で極貧生活しながら虎視眈々と頂点を目指す~

春風一
ファンタジー
『いーわよ、そこまで言うならもう、親子の縁なんて切ってやる!! 絶対に成功するから、今に見てなさいよ!!』 如月風歌は、考えるより先に行動する脳筋少女。中学の卒業式の日に、親と大喧嘩し、その勢いで家出する。時空航行船のチケットを握りしめ、着の身着のまま&ほぼ無一文で、異世界に向かっていった。 同じ地球でありながら、魔法で発展した平行世界エレクトラ。この世界に来たのは『シルフィード』と呼ばれる、女性だけがなれる『超人気職業』に就くためだ。 上位階級のシルフィードは、トップアイドルのような存在。また、絶大な人気・知名度・影響力を持ち、誰からも尊敬される、人生の成功者。巨万の富を築いた者も、少なくはない。 だが、お金もない・人脈もない・知識もない。加えて、女子力ゼロで、女らしさの欠片もない。全てがゼロからの、あまりにも無謀すぎる挑戦。しかも、親から勘当を言い渡され、帰る場所すらない状態。 夢に燃えて、意気揚々と異世界に乗り込んだものの、待ち受けていのは、恐ろしく厳しい現実と、パンと水だけの極貧生活だった。 『夢さえ持っていれば、気合さえあれば、絶対に上手くいく!!』と信じて疑わない、脳筋でちょっとお馬鹿な少女。だが、チート並みのコミュ力(無自覚)で、人脈をどんどん広げて行く。 ほのぼの日常系。でも、脳筋主人公のため、トラブルが発生したり、たまにシリアスだったり、スポ根っぽい熱い展開も……。 裸一貫から成り上がる、異世界シンデレラストーリー。

私とお母さんとお好み焼き

white love it
経済・企業
義理の母と二人暮らしの垣谷操。貧しいと思っていたが、義母、京子の経営手腕はなかなかのものだった。 シングルマザーの織りなす経営方法とは?

処理中です...