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集う役者
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彼の最期を見送りに来たのは、憎らしいほど頼りになり、憧れるほどの強さを持った戦友ハオラン。自らの手で傷つけ、疲弊し動くことを止めたシュユーを前に、まるでその姿を目に焼き付けているかのように眺める。
自我を持たない、ただ邪魔者を排除するだけの操り人形とは思えぬ行動だ。数回、呼吸を整えるシュユー。そしてゆっくり顔を上げて、すぐ側に立つ主人の為に共に鍛錬の日々や様々な戦いを乗り越えて来た、戦友の顔を見る。
「とても人に褒められた人生ではなかった。それでも私を救ってくれた主人の元で、世界から見捨てられた同じ境遇にある者達の為に尽力してきた日々は、充実したものであった・・・」
チン・シーに仕え世界中を航海し、フーファンやハオランのように訳ありの者達を救い、共に世界から見放された者達の為に戦ってきた日々を振り返る。何故チン・シーがそんなことをして回っているのか。結局シュユーは、一度もその目的について彼女に聞くことはなかった。
それでも彼は、その行いが気持ち良かったのだ。涙を流し感謝する者や、生きることに絶望した者、様々な者がいた。義賊のような活動を共にしていく中で、彼らの瞳には光が戻っていった。
きっと彼らも、シュユーと同じ気持ちだったのだろう。ただ主人に従い、こなしてきた作業の中で、同じような境遇の者達から感謝されることで、彼らの心も洗われていた。
だがそれでも、他者を追い詰め非道の限りを尽くす人間でも、戦いの中で傷つけ彼らの日常と財宝を奪い、命乞いをする者に引導を渡して来たことは、シュユー達の心に消せない罪として、小さな痼りを産んだ。
自分達の時とは違う、吐き気を催すような醜く歪んだ命乞い。散々その手で弱き者達を虐げ、家畜のように扱い、悲鳴や叫びで笑みを浮かべる者達でも、同じ人間であることを認めざるを得ない。どんなに綺麗事で飾ろうと、許されることでも償えるものでもない。
故にどんな場所で何者に、どんなシチュエーションで最期を迎えようと文句は言えなかった。そんな生涯で、自我がないとはいえど戦友に引導を渡してもらえるのは、シュユーにとって皮肉ではなく、寧ろ恵まれたことのように感じていた。
「ふっ・・・。まさか最期にお前の手で送られようとはな・・・。俺には勿体ない幕引きなのかもしれんな・・・」
それでも動かぬハオランは彼の遺言のような言葉に、ここに来て再び何かと葛藤するように苦しみ出した。ハオランの肉体の中にある魂が、戦友シュユーをその手にかけることを拒絶している。
「あぁッ・・・!ぁぁぁあ“あ“あ”あ“あ”ッ!!」
フラフラと数歩だけ後退し、頭を抱えて獣のような雄叫びを上げるハオラン。大きく頭を振り上げ天を仰ぐ彼の身体に、ある変化が訪れる。自身の最期を美化する、シュユーの見間違いかもしれない。だが彼には、ハオランの身体が薄いオーラのようものを出しているのを目撃する。
「ッ・・・!ハオランッ!俺だ、戻ってこいッ!!」
彼の身に何が起きているのか。詳しいことは分からないが、シュユーはハオランの魂が戻ろうとしているのではないかと思い、何度も声をかける。すると、ハオランを包むオーラの一部がゆっくりと丸く象られ、オーラから分離する。
その薄いオーラは彼の元を離れると、人の顔のように形を変え、叫び声を上げながら濃霧の空へと消え去って行った。
今までハオランに観られなかった現象を目の当たりにして、思わず言葉を失うシュユー。あれがハオランの身体に入り込んでいたのか。そんなことを彷彿とさせる。そしてそれが彼の中から解き放たれたことで、彼が正気を取り戻したかというと、どうやらそんな簡単な話ではなかった。
ハオランは依然変わりなく、頭を抱え叫んでいる。まるで何事もなかったかのような光景に、思わず自分の目を疑い、妙な幻覚を見たのではないかと疑いの思考が脳裏を過ぎる。だがもしもこれが、ハオランを正気に戻す糸口となるならば。
そこから導き出した答えは、答えのない問題にこれが答えだと自身を納得させるような強引な結論だったが、盲目でも何でも今のシュユーには、その結論に頼るしかなかった。
「一つではない・・・?ハオラン、お前の身体に他にも今のようなものが入っているのか・・・?」
可能性を見出したシュユーは、再び彼へ呼びかけるがその声を掻き消すように暴れ出すハオラン。そして邪魔をする原因を突き止めたのか、シュユーへ向け怒りに身を任せた強烈な攻撃が放たれる。
やっと見つけた手掛かりを前に、シュユーの諦めていた心が騒ぎ出し、急に命が惜しくなった。誰かにこのことを託さなければ、死んでも死に切れない。
そんな彼の思いが届いたのか、ハオランの強烈な攻撃を受け止める一人の人物がシュユーの前に現れ、まるで刃同士の打ち合いかと思わせる金属音を響かせる。そして窮地を救った者の姿を、足元からゆっくりとその目に映していく。
見覚えのある姿だった。シュユーにとってその姿は、レース開始を告げた港町、グラン・ヴァーグでハオランと共に行きつけの店にいた者達の内の一人に酷似していた。
「大丈夫ですか?シュユーさん。様子のおかしいハオランさんを追って来てみれば・・・。一体彼はどうしてしまったんですか?」
彼の目の前に現れ窮地を救ったのは、ハオランを追い、チン・シーとロロネーによる戦禍の中心へと辿り着いたツクヨだった。シンはボードを、ユーザー特有の力でアイテム欄へ収納すると、ハオランの攻撃を受け止めるツクヨをサポートする為、影を使いハオランの静止を試みていた。
自我を持たない、ただ邪魔者を排除するだけの操り人形とは思えぬ行動だ。数回、呼吸を整えるシュユー。そしてゆっくり顔を上げて、すぐ側に立つ主人の為に共に鍛錬の日々や様々な戦いを乗り越えて来た、戦友の顔を見る。
「とても人に褒められた人生ではなかった。それでも私を救ってくれた主人の元で、世界から見捨てられた同じ境遇にある者達の為に尽力してきた日々は、充実したものであった・・・」
チン・シーに仕え世界中を航海し、フーファンやハオランのように訳ありの者達を救い、共に世界から見放された者達の為に戦ってきた日々を振り返る。何故チン・シーがそんなことをして回っているのか。結局シュユーは、一度もその目的について彼女に聞くことはなかった。
それでも彼は、その行いが気持ち良かったのだ。涙を流し感謝する者や、生きることに絶望した者、様々な者がいた。義賊のような活動を共にしていく中で、彼らの瞳には光が戻っていった。
きっと彼らも、シュユーと同じ気持ちだったのだろう。ただ主人に従い、こなしてきた作業の中で、同じような境遇の者達から感謝されることで、彼らの心も洗われていた。
だがそれでも、他者を追い詰め非道の限りを尽くす人間でも、戦いの中で傷つけ彼らの日常と財宝を奪い、命乞いをする者に引導を渡して来たことは、シュユー達の心に消せない罪として、小さな痼りを産んだ。
自分達の時とは違う、吐き気を催すような醜く歪んだ命乞い。散々その手で弱き者達を虐げ、家畜のように扱い、悲鳴や叫びで笑みを浮かべる者達でも、同じ人間であることを認めざるを得ない。どんなに綺麗事で飾ろうと、許されることでも償えるものでもない。
故にどんな場所で何者に、どんなシチュエーションで最期を迎えようと文句は言えなかった。そんな生涯で、自我がないとはいえど戦友に引導を渡してもらえるのは、シュユーにとって皮肉ではなく、寧ろ恵まれたことのように感じていた。
「ふっ・・・。まさか最期にお前の手で送られようとはな・・・。俺には勿体ない幕引きなのかもしれんな・・・」
それでも動かぬハオランは彼の遺言のような言葉に、ここに来て再び何かと葛藤するように苦しみ出した。ハオランの肉体の中にある魂が、戦友シュユーをその手にかけることを拒絶している。
「あぁッ・・・!ぁぁぁあ“あ“あ”あ“あ”ッ!!」
フラフラと数歩だけ後退し、頭を抱えて獣のような雄叫びを上げるハオラン。大きく頭を振り上げ天を仰ぐ彼の身体に、ある変化が訪れる。自身の最期を美化する、シュユーの見間違いかもしれない。だが彼には、ハオランの身体が薄いオーラのようものを出しているのを目撃する。
「ッ・・・!ハオランッ!俺だ、戻ってこいッ!!」
彼の身に何が起きているのか。詳しいことは分からないが、シュユーはハオランの魂が戻ろうとしているのではないかと思い、何度も声をかける。すると、ハオランを包むオーラの一部がゆっくりと丸く象られ、オーラから分離する。
その薄いオーラは彼の元を離れると、人の顔のように形を変え、叫び声を上げながら濃霧の空へと消え去って行った。
今までハオランに観られなかった現象を目の当たりにして、思わず言葉を失うシュユー。あれがハオランの身体に入り込んでいたのか。そんなことを彷彿とさせる。そしてそれが彼の中から解き放たれたことで、彼が正気を取り戻したかというと、どうやらそんな簡単な話ではなかった。
ハオランは依然変わりなく、頭を抱え叫んでいる。まるで何事もなかったかのような光景に、思わず自分の目を疑い、妙な幻覚を見たのではないかと疑いの思考が脳裏を過ぎる。だがもしもこれが、ハオランを正気に戻す糸口となるならば。
そこから導き出した答えは、答えのない問題にこれが答えだと自身を納得させるような強引な結論だったが、盲目でも何でも今のシュユーには、その結論に頼るしかなかった。
「一つではない・・・?ハオラン、お前の身体に他にも今のようなものが入っているのか・・・?」
可能性を見出したシュユーは、再び彼へ呼びかけるがその声を掻き消すように暴れ出すハオラン。そして邪魔をする原因を突き止めたのか、シュユーへ向け怒りに身を任せた強烈な攻撃が放たれる。
やっと見つけた手掛かりを前に、シュユーの諦めていた心が騒ぎ出し、急に命が惜しくなった。誰かにこのことを託さなければ、死んでも死に切れない。
そんな彼の思いが届いたのか、ハオランの強烈な攻撃を受け止める一人の人物がシュユーの前に現れ、まるで刃同士の打ち合いかと思わせる金属音を響かせる。そして窮地を救った者の姿を、足元からゆっくりとその目に映していく。
見覚えのある姿だった。シュユーにとってその姿は、レース開始を告げた港町、グラン・ヴァーグでハオランと共に行きつけの店にいた者達の内の一人に酷似していた。
「大丈夫ですか?シュユーさん。様子のおかしいハオランさんを追って来てみれば・・・。一体彼はどうしてしまったんですか?」
彼の目の前に現れ窮地を救ったのは、ハオランを追い、チン・シーとロロネーによる戦禍の中心へと辿り着いたツクヨだった。シンはボードを、ユーザー特有の力でアイテム欄へ収納すると、ハオランの攻撃を受け止めるツクヨをサポートする為、影を使いハオランの静止を試みていた。
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