World of Fantasia

神代 コウ

文字の大きさ
上 下
357 / 1,646

癇に障る美談

しおりを挟む
 ジリジリと音を立てながら男の肉体を蝕む炎。その風穴からは、男が被さり隠されてしまっていた、室内の向こう側の景色を覗かせる。ロロネーは然程驚くこともなく、自らの身に起きた出来事を確認する。

 小さく口を開けたその顔を下に向け、炎がまるで命ある生き物のように、その胸に空いた穴を徐々に蝕む。弦を引いた手を下ろすチン・シー。男までの距離に、火球が走った跡が残る。

 ロロネーを捕らえ、同時にその身体を支えていた炎のロープが解け、足に自身の体重が再び戻る。前に後ろにと、フラフラと立つ男が風穴を空けた女の方を見て、不適に笑い始める。

 「おぉ・・・こんな大きな穴空けやがって・・・。死んじまうじゃぁ・・・ねぇか、ひでぇ女だ・・・」

 男の身体が徐々に白く変わっていく。その様子を目の当たりにして、チン・シーは何かに気づいたかのように、手にした弓矢を再び構え、指の間に挟んだ三本の矢を足元の炎に潜らせ、火矢を撃ち放つ。

 チン・シーの放った火矢は男の足と腰、そして頭に命中するが、その時には既にロロネーの身体は白く濁った霧状のものへと変わり、濃い煙を撃ち抜いたかのように、火矢の通った部分に穴を空ける。

 彼女の脳裏に、精鋭達の斬撃が命中したかのように見えた時の光景が蘇る。あの時は流れるように一瞬の出来事で見逃してしまったが、今回はハッキリとその目に写している。男の身体は霧で出来ている。

 ダメージがあるかどうか分からない。だが、男は再び何処からか現れる筈。逃げられる前に仕留めようとしたが、恐らく彼女の矢は間に合わなかった。霧に変わって移動したのなら、現れる時もその場に霧が生じる筈と、忙しなく頭を動かし視線を辺りに散らす。

 すると、彼女の死角を突くように薄っすら霧が発生し、剣を振りかざす人の腕を型取り、その首を刎ねようとしていた。視界の端に煙のような揺らめく線を捉え、チン・シーは瞬時に前に転がり、後方へ弓矢を構える。

 そこには、振り下ろされた剣を受け止めるフーファンの姿があった。だが、少女の力では抑え切ることが出来ず、刃は少女の肩口に当たりその身体を赤い血が流れ滴っていた。

 「フーファンッ!!」

 「ご無事・・・ですか?・・・良かったです・・・」

 チン・シーは腕の次に現れるであろうロロネーの頭部を狙っていたが、標的を剣を握る腕に変え、矢を放つ。少女が短剣で受け止めている剣。それを握る男の指を、チン・シーが放った矢が擦っていく。

 指は霧に変わり、握っていた剣を手放す。痛みを堪えながら剣を受け止めていた少女を解放し、チン・シーは直様少女の元へ駆け寄り、その身体を支える。血に染まる小さく細い少女の腕は、限界を越えて耐えていたのか、小刻みに震えている。

 「馬鹿者ッ!あの程度の攻撃、妾なら受け止められる。それを・・・」

 ロロネーが煙へと変わり、チン・シーの矢を受けて姿を消した後、フーファンの位置からは主人の背後に漂う煙のようなモノが見えていた。言葉を掛け注意を促そうとも思ったが、それによりロロネーの狙いが変わるのを恐れ、フーファンはその場に炎で作った陽炎の身を残し、チン・シーにすら気づかれることなく、彼女の背後に回り込んでいた。

 「力になりたかったですよ・・・。みんなが命懸けで戦っているのに・・・私も何かしないとって・・・」

 息が荒くなる少女の肩を抱き、やっとの思いで絞り出したフーファンの言葉に耳を傾けるチン・シー。二人はリンクで繋がっている。チン・シーに少女の傷を癒すことは出来ない。だが、リンクの能力を使い、痛みやダメージを分けることは出来る。

 フーファンの受けた傷を自らの身体にリンクさせ、その傷とダメージの大半を受け負うチン・シー。少女の傷はみるみる浅くなり、呼吸や表情も普段と変わらないものへと回復していった。逆にチン・シーは肩に傷を負い、血を流す。

 だが、子供と大人の身体では傷の痛みもダメージも変わってくるもの。フーファンにとって重い一撃であったとしても、大人であるチン・シーからすれば、大したことはなくなる。

 「子供がそんなことを心配するものじゃない・・・。よいか、フーファン。お前の力が必要なのだ。もう無茶はよせ・・・」

 具合の良くなったフーファンが彼女の方を見ると、その肩に血が滲んでいるのを目にする。自身の傷を、チン・シーがリンクの能力で肩代わりしてくれたのだと直ぐに分かった。真っ白なキャンパスのように、美しいその肌に伝う血ですらアクセントとなり、絵になる。

 同時に、自分のしてしまったことによる自責の念に、心を痛めるフーファゆっくり手を動かすと、血に染まるチン・シーの肩に優しく触れる。

 「ごめんなさい・・・、私・・・なんてことを・・・」

 触れているか触れていないか分からないほどの力で触れるフーファンの手を握り、首を横に振ると、大事な絵画を汚してしまったかのように落ち込む少女を励ます言葉を掛ける。

 「これくらい傷の内にも入らん。仲間が共有するものは、何も良いものだけではない」

 自身を励ます主人の気遣いに、一雫の涙を零す少女。小さく頷くと起き上がり、自分の足で立ち上がる。そこへ、既に姿を現していたロロネーが、主人であるチン・シーの身を守るために下した判断を賞賛するような、皮肉の篭った言葉を投げ掛ける。

 「声を発することなく、自ら主人の盾になるか・・・。俺やチン・シーに動きを気取らせない為か?良い判断だったな。おかげでもう少し時間が掛かっちまいそうだぜぇ・・・」

 ロロネーにとっても、あの一撃をチン・シーに入れられなかったのは、芳しくないことだった。あまり手の内を晒せば、チン・シーを手に入れるという道のりが険しくなる。

 二人の戦いが長引けば長引くほど、彼女の目が肥え、対策を講じられてしまう。そうなれば手に入れるどころではなくなり、ハオランすら失い兼ねない。練りに練った自身の作戦が、音を立てて崩れる様ほど、ロロネーの癇に障ることはない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

トラップって強いよねぇ?

TURE 8
ファンタジー
 主人公の加藤浩二は最新ゲームであるVR MMO『Imagine world』の世界に『カジ』として飛び込む。そこで彼はスキル『罠生成』『罠設置』のスキルを使い、冒険者となって未開拓の大陸を冒険していく。だが、何やら遊んでいくうちにゲーム内には不穏な空気が流れ始める。そんな中でカジは生きているかのようなNPC達に自分とを照らし合わせていった……。  NPCの関わりは彼に何を与え、そしてこのゲームの隠された真実を知るときは来るのだろうか?

月が導く異世界道中extra

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  こちらは月が導く異世界道中番外編になります。

生産職から始まる初めてのVRMMO

結城楓
ファンタジー
最近流行りのVRMMO、興味がないわけではないが自分から手を出そうと思ってはいなかったふう。 そんな時、新しく発売された《アイディアル・オンライン》。 そしてその発売日、なぜかゲームに必要なハードとソフトを2つ抱えた高校の友達、彩華が家にいた。 そんなふうが彩華と半ば強制的にやることになったふうにとっては初めてのVRMMO。 最初のプレイヤー設定では『モンスターと戦うのが怖い』という理由から生産職などの能力を選択したところから物語は始まる。 最初はやらざるを得ない状況だったフウが、いつしか面白いと思うようになり自ら率先してゲームをするようになる。 そんなフウが贈るのんびりほのぼのと周りを巻き込み成長していく生産職から始まる初めてのVRMMOの物語。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第二章シャーカ王国編

【全話挿絵】発情✕転生 〜何あれ……誘ってるのかしら?〜【毎日更新】

墨笑
ファンタジー
『エロ×ギャグ×バトル+雑学』をテーマにした異世界ファンタジー小説です。 主人公はごく普通(?)の『むっつりすけべ』な女の子。 異世界転生に伴って召喚士としての才能を強化されたまでは良かったのですが、なぜか発情体質まで付与されていて……? 召喚士として様々な依頼をこなしながら、無駄にドキドキムラムラハァハァしてしまう日々を描きます。 明るく、楽しく読んでいただけることを目指して書きました。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

無名の三流テイマーは王都のはずれでのんびり暮らす~でも、国家の要職に就く弟子たちがなぜか頼ってきます~

鈴木竜一
ファンタジー
※本作の書籍化が決定いたしました!  詳細は近況ボードに載せていきます! 「もうおまえたちに教えることは何もない――いや、マジで!」 特にこれといった功績を挙げず、ダラダラと冒険者生活を続けてきた無名冒険者兼テイマーのバーツ。今日も危険とは無縁の安全な採集クエストをこなして飯代を稼げたことを喜ぶ彼の前に、自分を「師匠」と呼ぶ若い女性・ノエリ―が現れる。弟子をとった記憶のないバーツだったが、十年ほど前に当時惚れていた女性にいいところを見せようと、彼女が運営する施設の子どもたちにテイマーとしての心得を説いたことを思い出す。ノエリ―はその時にいた子どものひとりだったのだ。彼女曰く、師匠であるバーツの教えを守って修行を続けた結果、あの時の弟子たちはみんな国にとって欠かせない重要な役職に就いて繁栄に貢献しているという。すべては師匠であるバーツのおかげだと信じるノエリ―は、彼に王都へと移り住んでもらい、その教えを広めてほしいとお願いに来たのだ。 しかし、自身をただのしがない無名の三流冒険者だと思っているバーツは、そんな指導力はないと語る――が、そう思っているのは本人のみで、実はバーツはテイマーとしてだけでなく、【育成者】としてもとんでもない資質を持っていた。 バーツはノエリ―に押し切られる形で王都へと出向くことになるのだが、そこで立派に成長した弟子たちと再会。さらに、かつてテイムしていたが、諸事情で契約を解除した魔獣たちも、いつかバーツに再会することを夢見て自主的に鍛錬を続けており、気がつけばSランクを越える神獣へと進化していて―― こうして、無名のテイマー・バーツは慕ってくれる可愛い弟子や懐いている神獣たちとともにさまざまな国家絡みのトラブルを解決していき、気づけば国家の重要ポストの候補にまで名を連ねるが、当人は「勘弁してくれ」と困惑気味。そんなバーツは今日も王都のはずれにある運河のほとりに建てられた小屋を拠点に畑をしたり釣りをしたり、今日ものんびり暮らしつつ、弟子たちからの依頼をこなすのだった。

男女比崩壊世界で逆ハーレムを

クロウ
ファンタジー
いつからか女性が中々生まれなくなり、人口は徐々に減少する。 国は女児が生まれたら報告するようにと各地に知らせを出しているが、自身の配偶者にするためにと出生を報告しない事例も少なくない。 女性の誘拐、売買、監禁は厳しく取り締まられている。 地下に監禁されていた主人公を救ったのはフロムナード王国の最精鋭部隊と呼ばれる黒龍騎士団。 線の細い男、つまり細マッチョが好まれる世界で彼らのような日々身体を鍛えてムキムキな人はモテない。 しかし転生者たる主人公にはその好みには当てはまらないようで・・・・ 更新再開。頑張って更新します。

処理中です...