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神代 コウ

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メイルストロム

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 妖術師達へ、再び亡霊を弱体化させる術式を起動させる為、船員の一人が動き出す。ミアからの提案は成就すること叶わず、自分達の役割を全うする為に通信機を手に取る。

 そこで水の精霊ウンディーネとの会話を終えたミアが、その船員を引き止めるようにして声を掛ける。

 「待ってくれ!アンタ達の妖術で、私のスキル効果を拡大させることは可能か?」

 ミアが船員に問いかけると、彼は少し困った様子の表情を浮かべる。何分彼は、見るからに妖術には疎い様子。そのまま通信機で船内にいる妖術師達に聞いてみなければ分からないとミアに返し、彼女も効果拡大の有無を確認してくれと催促する。

 「必ずしも全てが可能とは限らないと言っている。アンタは一体何をするつもりなんだ?」

 「それは・・・」

 ウンディーネの言っていた、貴方にある“武器“を思い出しなさいと言う言葉。ミアは彼女のその言葉の意味を考察し、頭の中にある作戦の考案を船員に話した。彼はその手で妖術師にミアの作戦を伝え、それが可能かどうかを問う。

 解答は否定的なものではなかったが、決して彼女に夢を見させるようなものではなく、酷く現実的で曖昧なものだった。それでも全員の命を救うには、吊り橋の綱が切れ掛かっていようと、希望を胸に足を踏み出す他なかった。

 彼らもこの状況とその末路を悟っているようでもあった。その上で主人であるチン・シーの勝利の為、恩返しの為、命という彼らの差し出せる最期のモノを以ってしてバトンを繋ごうと決意していたようだ。

 確固たる決意を動かすのは容易なことではなかった。それでもミアはチン・シーの言っていた“犠牲“を伴う彼らの覚悟を、変えなければならないと説得を試みる。そして彼らに対し、最も有効だった言葉はチン・シーの理念に関する語句だった。

 チン・シーはお前達の犠牲を喜ばない。後の者に託そうなどという考えは、彼女への冒涜だ。主人の名を出す度、彼らの心が動いているのが手に取るように伝わってくる。

 何か彼らの弱みを突くようで気が引けたが、部外者である自分の心が傷つく程度で助かる命なら、喜んで薔薇の中へ手を差し伸ばす覚悟がミアにも出来ていた。自ら口にしていた“犠牲“を自分でしてしまっているとは、何という皮肉か。

 だがチン・シーの理念はあくまで、彼らの世界でのこと。外の者、海賊でも漁師でも、海に生きる者でも何でもないミア達には当てはまらない理念。その点においては、チン・シーの上手をいく行動が取れたかと、内心彼女は勝手に勝った気でいた。

 そして遂には折れた彼らが、ミアの策に賭けることを承諾。命令には背くかも知れないが、命を犠牲にするよりは遥かにマシだろう。死して失望されるより、生きて怒鳴られるのなら寧ろご褒美だと、彼らは清々しい程の笑顔で作戦実行の時を待った。

 妖術師達による祭壇などの準備が整う。策の要であるミアは、ウンディーネの力が込められた魔弾とその銃に意識を集中させる。前線の戦況は依然変わりなく、ゴーストシップは一定の距離を保ちながら舵を切っている。

 敵船が近づいて来ることはない。だが、こちらから近づき孤立する危険を冒す必要もない。ただ少しだけ、もう少しだけ他の味方よりも前に出るだけ。それだけでいい。

 魔弾を撃ち出すミアの銃は、ライフルのような遠距離を狙い撃つものではない。その飛距離や威力は、弾に込められた魔力や効果によっても千差万別。加えて彼女の作戦では、魔弾をゴーストシップに命中させる必要はない。

 効果はそれよりも手前、妖術師達の術が届くギリギリの範囲でいい。寧ろそうでなくては、折角の彼らの術が無駄になってしまう。そこの見極めが重要となる。銃弾は一発だけ、外すことは許されない。

 「頼む・・・上手くいってくれ・・・!」

 波に揺れる甲板の上。濃霧で視界を阻害されながらも、銃口はゴーストシップよりも手前の海域へ向けられる。そして狙いを定めたミアが、ウンディーネの魔力が込められた魔弾を放つ。

 一発の銃弾にしては重い銃声が、しっとりと纏わり付く霧の中に響く。銃口から発生した煙が、撃ち放たれた魔弾の軌道を追うように渦を巻く。銃弾は彼女の狙い通りの場所へ着弾する。

 水飛沫を上げて海へと入る魔弾。だが、入水後暫くしても何も起こらない。まるで少し小さめの大砲が、的外れの位置に着弾したかのように空虚な間が流れる。一部の船員は、作戦が失敗したかのように思えただろう。

 だがその直後、海の中で静かに魔弾の能力を解き放った銃弾が、入水した海域に小さな渦を作り始める。そしてその勢いはみるみる内に速くなり、渦の中心に海底へと続く穴が開けられた時、遂に妖術師達の術が発動する。

 渦は突如とし、その範囲を拡大して強い潮流を起こすと、大きな渦潮を生み出す。辺り一体の全ての海水を、まるでブラックホールのように飲み込んでいく大渦潮。

 徐々に渦の方へと引き摺り込まれていくゴーストシップ。それでも一隻呑み込むまでに大分時間を有している。このままでは一隻二隻を沈める程度で終わってしまうのではないか。恐らく、作戦を立案したミア以外の者はそう思っていたことだろう。

 彼らのそんな不安を振り払う、いや寧ろ恐怖を感じる程の衝撃をその目に焼き付けさせることになる。大渦の外周に、何やら蜃気楼で揺らめく水の柱のようなモノが幾つも立ち上る。

 その奇妙な光景に皆が注目していると、柱は姿を変えまるで大きな人の腕のように変貌し、ゆっくりと海面を掻き分けて大渦をゴーストシップの方へ導いていった。それは彼らを窮地より救う希望と言うよりも、この世に在らざるべきモノを貪り食う、生きた巨大なワームホールの食事のような地獄の光景だった。
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