World of Fantasia

神代 コウ

文字の大きさ
上 下
331 / 1,646

受け継がれる技師の魂

しおりを挟む
 クトゥルプスを倒しツクヨを回収したシン達の海賊船は、霧の中を当ても無く進んで行く。だが闇雲に進んでいるのとは少し違い、彼らはある仮説を立てて海を渡る。

 ロロネーの船団から逃れた後、チン・シー海賊団本隊とそれに追従する海賊船達は、霧を抜ける為に後方へ直進して行った。しかし、彼らを呑み込む濃霧には終わりが無く、いくら一直線に進もうと逃れることが出来なかった。

 そこで彼らは、この濃霧には幻覚のような作用が働いているのでは無いかと仮説を立てた。故に知らず知らずの内に、濃霧の中をぐるぐると回っているのでは無いだろうか。

 周囲の探知や捜索は効果を得ず、不確かな情報として現れるのみ。肉眼では船の周囲を確認するので精一杯。とても遠くなど見渡せたものではない。

 視界だけでなく術や魔法、船の機材にまで障害を及ぼす濃霧など自然発生したものではない。そこで、シン達を乗せた海賊船の操縦士は航路をやや斜めにし、軌道を僅かにズラすことで霧の中を隈なく探索しようとしていたのだ。

 無論、自身の感覚が惑わされる中で自らの操縦技術を信じ舵を取るのは至難の業。余程優れた技術と経験がなければ、そこまでのことは出来ないだろうと船員達を唸らせる。

 クトゥルプスの襲撃で操縦士を軒並み失ったこの海賊船で舵を握る者とは、グラン・ヴァーグにてその名を知らぬ海賊はいないとまで言わしめる“ウィリアム・ダンピア“の養子、ツバキであった。

 ツクヨが治療を受け眠りについた時、既にツバキは動けるくらいにまで回復していたのだった。治療を行なっていた船員曰く、まさかこんなに早く自らの足で歩けるまでになるとは思ってもいなかったようで、まるで奇跡だと口々に述べた。

 しかし、万全の態勢でないのも確か。操縦桿を握る少年の細い腕はプルプルと震え、今にも手を離し崩れ落ちてしまいそうなほどか弱い。だが、彼の絶妙なバランス感覚を他者の手助けで変えてしまえば、濃霧を進んで行くことなど出来なくなってしまう。

 「大丈夫か・・・?ツバキ・・・」

 ツクヨの治療を見届け、安全圏に到達するのを確認し操縦室でこの海賊船の行く末を託された少年の元へやって来たシンが、期待の重圧に押し潰されそうになるツバキを心配し声をかける。

 手にした操縦桿に意識を集中させながら、シンの言葉に耳を傾けるツバキ。少しの間が置かれ、邪魔してしまったかとシンが謝罪しようとしたところで、少年は絞り出したかのように返しの言葉を発する。

 「大・・・丈夫。俺を誰だと思ってるんだ・・・?海賊界隈にその名を馳せる、ウィリアム・ダンピアの・・・一番弟子だぜ?」

 明らかな疲労感と、ゴールの見えない航路に焦燥の色を隠しきれない彼の表情。無事に彼らを本隊と合流させることが出来るのか、それまで自身の身体が保つのか。幼き子供が心配するようなこととは到底思えない。

 彼もまた、少年である前に一人前のプロなのだと言うことだろう。彼は操縦桿を握る前にも船の状態を聞き、必要最低限の修繕と今ある物資を有効活用し、少しでも長くこの海賊船を船としていさせる為の改造を施す指示を出していた。

 初めは子供の言うことなど誰も信じようとはしなかったが、彼がウィリアムの弟子であると聞き、その態度は一変した。如何に海賊の世界で彼の名が知れ渡っているのかが伺える。

 それだけではない。多少なり船の知識がある者ならば、彼の助言が船にどのような効果をもたらすのか想像がつくというもの。見てくれで信用されなくとも、ウィリアムから受け継いだ技術はそれを帳消しにするほど偉大なものなのだ。

 「あぁ・・・そうだったな。それに、このレースでお前は彼を越えるんだろ?」

 これ以上彼の気を散らす訳にはいかないと、シンは彼の強がりに乗っかり更には気力を持たせる為に発破をかける。その意を汲んだのか、彼も強張っていた口元を緩めて笑みを浮かべると、シンの方を振り返ることなく操縦桿により一層の集中力を注ぎ込む。

 話を終え、操縦室を後にしようとしたシンに、船員の一人が申し訳なさそうな表情で彼に話しかけて来た。

 「申し訳ない、病み上がりの彼にこんなことをさせてしまって・・・」

 「いや、大丈夫だ。・・・それに、彼自身が望んでのことだ。傷ついた船を、このまま一人で沈める訳にもいかない・・・。造船技師として、船の最期を華々しく飾ってやりたいんじゃないか?」

 最早、彼らを乗せている海賊船が今まで通りに動くことはない。ツバキが施した修繕や改造はあくまで延命処置であり、船としての死は避けられない。誰しもが薄々とそれを感じ取っていた。

 「今の我々には彼が必要だ・・・。もし本隊と合流出来たのなら、手厚い対応をしてもらえるよう計るつもりだ。それでどうか手を打ってくれ」

 今、この船に沈没されて困るのは彼らだけではない。この海賊船に積んであるシン達の船を失う訳にはいかず、かといってツバキのボードだけでは精々二人しか連れ出すことが出来ない。

 既にシン達の命運も彼らと共にあるのだから。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

トラップって強いよねぇ?

TURE 8
ファンタジー
 主人公の加藤浩二は最新ゲームであるVR MMO『Imagine world』の世界に『カジ』として飛び込む。そこで彼はスキル『罠生成』『罠設置』のスキルを使い、冒険者となって未開拓の大陸を冒険していく。だが、何やら遊んでいくうちにゲーム内には不穏な空気が流れ始める。そんな中でカジは生きているかのようなNPC達に自分とを照らし合わせていった……。  NPCの関わりは彼に何を与え、そしてこのゲームの隠された真実を知るときは来るのだろうか?

月が導く異世界道中extra

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  こちらは月が導く異世界道中番外編になります。

生産職から始まる初めてのVRMMO

結城楓
ファンタジー
最近流行りのVRMMO、興味がないわけではないが自分から手を出そうと思ってはいなかったふう。 そんな時、新しく発売された《アイディアル・オンライン》。 そしてその発売日、なぜかゲームに必要なハードとソフトを2つ抱えた高校の友達、彩華が家にいた。 そんなふうが彩華と半ば強制的にやることになったふうにとっては初めてのVRMMO。 最初のプレイヤー設定では『モンスターと戦うのが怖い』という理由から生産職などの能力を選択したところから物語は始まる。 最初はやらざるを得ない状況だったフウが、いつしか面白いと思うようになり自ら率先してゲームをするようになる。 そんなフウが贈るのんびりほのぼのと周りを巻き込み成長していく生産職から始まる初めてのVRMMOの物語。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第二章シャーカ王国編

【全話挿絵】発情✕転生 〜何あれ……誘ってるのかしら?〜【毎日更新】

墨笑
ファンタジー
『エロ×ギャグ×バトル+雑学』をテーマにした異世界ファンタジー小説です。 主人公はごく普通(?)の『むっつりすけべ』な女の子。 異世界転生に伴って召喚士としての才能を強化されたまでは良かったのですが、なぜか発情体質まで付与されていて……? 召喚士として様々な依頼をこなしながら、無駄にドキドキムラムラハァハァしてしまう日々を描きます。 明るく、楽しく読んでいただけることを目指して書きました。

追放された8歳児の魔王討伐

新緑あらた
ファンタジー
異世界に転生した僕――アルフィ・ホープスは、孤児院で育つことになった。 この異世界の住民の多くが持つ天与と呼ばれる神から授かる特別な力。僕には最低ランクの〈解読〉と〈複写〉しかなかった。 だけど、前世で家族を失った僕は、自分のことを本当の弟以上に可愛がってくれるルヴィアとティエラという2人の姉のような存在のおかげで幸福だった。 しかし幸福は長くは続かない。勇者の天与を持つルヴィアと聖女の天与を持つティエラは、魔王を倒すため戦争の最前線に赴かなくてはならなくなったのだ。 僕は無能者として孤児院を追放されたのを機に、ルヴィアとティエラを助けるために魔王討伐への道を歩み出す。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

無名の三流テイマーは王都のはずれでのんびり暮らす~でも、国家の要職に就く弟子たちがなぜか頼ってきます~

鈴木竜一
ファンタジー
※本作の書籍化が決定いたしました!  詳細は近況ボードに載せていきます! 「もうおまえたちに教えることは何もない――いや、マジで!」 特にこれといった功績を挙げず、ダラダラと冒険者生活を続けてきた無名冒険者兼テイマーのバーツ。今日も危険とは無縁の安全な採集クエストをこなして飯代を稼げたことを喜ぶ彼の前に、自分を「師匠」と呼ぶ若い女性・ノエリ―が現れる。弟子をとった記憶のないバーツだったが、十年ほど前に当時惚れていた女性にいいところを見せようと、彼女が運営する施設の子どもたちにテイマーとしての心得を説いたことを思い出す。ノエリ―はその時にいた子どものひとりだったのだ。彼女曰く、師匠であるバーツの教えを守って修行を続けた結果、あの時の弟子たちはみんな国にとって欠かせない重要な役職に就いて繁栄に貢献しているという。すべては師匠であるバーツのおかげだと信じるノエリ―は、彼に王都へと移り住んでもらい、その教えを広めてほしいとお願いに来たのだ。 しかし、自身をただのしがない無名の三流冒険者だと思っているバーツは、そんな指導力はないと語る――が、そう思っているのは本人のみで、実はバーツはテイマーとしてだけでなく、【育成者】としてもとんでもない資質を持っていた。 バーツはノエリ―に押し切られる形で王都へと出向くことになるのだが、そこで立派に成長した弟子たちと再会。さらに、かつてテイムしていたが、諸事情で契約を解除した魔獣たちも、いつかバーツに再会することを夢見て自主的に鍛錬を続けており、気がつけばSランクを越える神獣へと進化していて―― こうして、無名のテイマー・バーツは慕ってくれる可愛い弟子や懐いている神獣たちとともにさまざまな国家絡みのトラブルを解決していき、気づけば国家の重要ポストの候補にまで名を連ねるが、当人は「勘弁してくれ」と困惑気味。そんなバーツは今日も王都のはずれにある運河のほとりに建てられた小屋を拠点に畑をしたり釣りをしたり、今日ものんびり暮らしつつ、弟子たちからの依頼をこなすのだった。

処理中です...