World of Fantasia

許せぬ所業

　触手の女との戦いにおいて、危惧すべきことを一手に担えるツクヨの攻撃は、起死回生を為せるかもしれない。ロープアクションの船員は、やはり彼の生存こそ、この戦いの重要な要であると捉え、仲間達にツクヨの援護をするよう伝える。

　「・・・驚いた・・・。やっぱり気をつけなければならないのは、アナタだったようね。子供を放置しておけば誰か釣れるだろうと思ってたけど・・・。フフ、良いこと知っちゃったわ。その子がアナタの弱点になりそうね」

　女は不敵な笑みを浮かべる。ツクヨの攻撃も、触手の女の不意を突く強烈なものだったが、人間の心理を突いてくるこの女も、大概抜け目ない。怪我人や女子供をわざと殺さずに残し、戦闘能力の長けている者達の餌として利用してくる。

　幸い、この船に乗り合わせている女性船員は治療を行えるスキルを保有する者が殆どで、怪我人の治療や回復はまだ何とか間に合っている。ただそれが、戦況を有利に運んでいるかと言われたら悩ましいところだろう。

　治って戦線へ戻れるとしても、治療や回復スキルに長けている者達は戦闘は不得意。逆に前線で戦っている者達の回復を、触手の女は許さない。戦闘中は然程意識しなかったが、如何やら戦力の高い者を優先的に負傷させ投擲の道具にすると、全力の投球でその命を粉砕するのだ。

　「アンタの戦い方は、理に適った効率的なものなのかもしれないさ・・・。だが、戦えない者を利用して、相手を追い詰めるような卑劣なやり方を肯定する訳にはいかない・・・。そんなもの、“強さ”とは呼ばないッ！」

　抱きかかえていたツバキを、物が捌けた床へゆっくりと下ろし膝をついて寝かせると、女に背を向けたまま立ち上がり、握った拳に力が入る。ツクヨの方便とも取れる台詞を鼻で笑い、女は床下に忍ばせていた触手を動かし、彼に差し向ける。

　同時にツクヨや船員達の見える位置に出ていた触手で、床に転がる適当な怪我人を拾い上げ、彼に向けて投げ放った。わざわざ否定の言葉を送ったにも関わらず、全く変わらぬ戦い方で襲ってくる触手の女に、ツクヨは鞘に収めた剣を再び握り、女のいる背面へ振り返ると同時に、素早く剣を振り抜く。

　怪我をした船員を投げようとした触手は途中で切断され、ツクヨ目掛けて船員は弧を描くようにして力なく投げられる。それをキャッチするツクヨだったが、計ったように床を突き破って現れた触手が彼に向かって迫り来る。

　しかし、触手が彼に届く事はなく、もう少しで接触しようかといったところで、先程と同じように触手は下から舞い上がる風に突き上げられ、斬り刻まれた。

　隙を見て近づいて来たロープの船員がツクヨの元まで来ると、彼らはツクヨの援護を行うことを告げる。同時にツクヨが受け止めた船員を彼に託し、顔を後方へ向け一つお願い事をした。

　「彼を・・・お願いします」

　ツクヨが振り向いた先にいたのは、彼が救出した小さな少年ツバキが床に寝かせられていた。ロープの船員は勿論だと快く引き受け、触手の女に向かって歩み寄る彼の背中を見送った。

　「厄介ね、その剣技・・・。アナタに切られるとあの子達も焼かれてしまうみたいだし・・・」

　彼の剣技のカラクリが分からぬまま、次なる手段について思い倦ねる女に向けて、ツクヨは手にした剣の剣先を彼女の顔に向ける。そしてもう一度、他の者を使わず自らの力だけで戦うよう促した。

　「自分の力だけで戦ったらどうだ。無駄な小細工はもう通用しないぞ」

　「そうね・・・少し趣向を変えてみようかしら・・・。対アナタ用の戦い方にね」

　不穏な台詞を吐いた触手の女は、今度は吹っ切れたようにツクヨに向けて走り出し、自ら彼の懐へと飛び込んで行く。今までの本体が全く動くことのない戦闘スタイルとは違い、突如接近戦に切り替えた女の行動に驚き、その場にいた全員が不意を突かれてしまう。

　彼女自身の戦闘能力が一切不明であり、とても接近戦を行えるような体格や風貌をしていないこともあり、ツクヨは彼女の接近を許してしまう。

　「なッ・・・！？」

　伸ばしていた腕を戻すよりも速く、女はツクヨの懐に到着してしまう。彼は咄嗟に距離を取ろうと後方へ飛び退き、女に剣先を向けていた右腕を反対の左肩の方へ戻すと、接近する女のスピードに合わせ剣を横に向けて、煙を払うように振り抜く。

　しかし女は、通常では有り得ないような動きでツクヨの横薙ぎ一閃を、身体を捻らせ潜り抜けるようにして躱して見せた。向かってくる剣に敢えて倒れ込むようにして加速した女の動きに驚愕したツクヨ。そして女の身体は、止まれる筈のない低い体勢で彼の顔を見上げていた。

　彼の目下で、余裕とでも言わんばかりに腕を組んで微笑む女。よく見ると、彼女の身体を有り得ない体勢で留めていたのは、彼女の腰から生える触手によるものだったのだ。器用に彼女の身体を支える触手は、まるでつっかえ棒のように背中を支えていた。

　すぐ様剣を両手で握り、彼の目下で仰向けに倒れる女目掛けて勢い良く剣を振り下ろす。だが、女は再び触手を活かした奇怪な動きでツクヨの一撃を華麗に避けると、剣を振り抜いた彼の横に立ち、すれ違うように妖艶な視線を送る。

　「どう？私自身、弱いとでも思ったかしら」

　その一瞬、ツクヨは周囲の音が一切聞こえなくなる無音の世界で、艶かしい女の声だけが彼の耳許で囁かれた。女はツクヨの身体を撫で回すように触れ、その手が彼の首を通り頬に触れた時、忌まわしき過去の光景がフラッシュバックした。

　「エスプリ・ケット」

　女はツクヨの記憶を辿り、彼の弱点やトラウマを探す為、彼の観ているフラッシュバックの映像を読み取り始めた。