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蘇るあの日の光景
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ツバキの治療をしてくれていた女性の船員から紹介され、食堂までの道案内をしてくれた船員と共に、ツクヨは急ぎ彼女らの元に届ける食事を取りに行く。大きな海賊船で広々とした設計だと言えど、直ぐに食堂まで着くものだと思っていたが、如何やら治療を行なっていた部屋からだいぶ距離があるようで、思いの外時間がかかっていた。
「結構な距離があるんですね。これでは彼女らが取りに行くには、中々の労働ですね・・・」
会話の無い道中、初対面で何を話していいのか分からなかったが、沈黙の空気に押し負けツクヨが他愛のない会話を始める。
「普段は別の者がやる仕事なんだがね。今回のように怪我人が多いとたまにあるんだ・・・。手の空いた野郎共をかき集めて、代わりがわりに運ぶんだ」
彼の話では、こういった事態はたまにあるそうだ。なのでそこまで大きな混乱にはなっていないようで、船内は落ち着いたように静かだった。しかし、もう直ぐ食堂だと彼が言った後、少し気になる事を彼は口走った。
「妙に静かだな・・・?いつもあれだけ騒がしい奴らなんだがな。つまらないイザコザで他の船の奴らと険悪になっちまったからか・・・?」
ツクヨはてっきり、慣れた事態であるが故の落ち着き様なのだとばかり思っていたが、彼の口ぶりではどうやらそうではないらしい。それでも、そんなこともあるかと指したる懸念も抱かず、二人は食堂までの道中を急ぐ。
角を曲がり、部屋の扉からやや上のところに食堂の表札が見えた。内側を歩き、道筋を教えてもらっていたツクヨが先に前へ出る。
「あった!急ぎ治療室へ・・・」
そう言って、もう一人の船員の顔色を伺おうと振り向いたツクヨ。だがそこに、一緒に向かって歩いていた筈の船員の姿がなくなっていた。ほんの数歩、僅かに彼を追い抜き視界から外れたとはいえ、そんな一瞬で姿や気配を失うなどあるだろうか。
突然のことに、一瞬頭の中が真っ白になり、いなくなった船員を探して忙しなく首をくるくると回し、周囲を確認する。通路には幾つかの部屋が存在し、確かに急用で突如いなくなるだけの十分な環境はある。
不思議に思ったが、こういった事態でやるべき事が不規則になり、各々の役割が急変しているだろうと、ツクヨはそのまま一人で食堂まで向かうことにした。扉の前までやって来たツクヨは、通路の左右をもう一度確かめ、先程の船員を探すが、やはり彼の姿は何処にもなかった。
食堂のドアノブを握ったところで、ツクヨもその異変を肌で感じることになる。食堂もヤケに静かだ。食事の準備をしているのなら、ある程度食器の音や流しで水道を使う音が聞こえてもいい筈。しかしツクヨの耳に届く食堂の音は、中からではなく自分自身の手元から聞こえるドアノブを握る音だけ。
彼の言っていたことが、如実に伝わってくる。確かに妙だ。普段、船になどそうそう乗るものではなかったツクヨでも、これはおかしいと直感的に感じ取った。ドアノブを握る手が止まり、扉を開けることを拒んでいるようだった。
額から汗が流れ腕に滴が落ち、硬直する身体を溶かす。何が待ち受けているか分からぬ食堂への扉を開く。しかしそこには、更に彼のトラウマを呼び起こす光景があった。
「こッ・・・これはッ・・・!」
綺麗に整列したテーブルに、規則正しく配置された椅子。その上には各々の好みに味を調整する調味料が並び、奥からは食材を調理する心地の良い音と匂いが漂う。忙しなく働く料理人に、出来上がった料理をテーブルへ持っていく船員達でごった返す。
そんな光景を心の中で思い描いていた。だが彼の目に映ったのは、乱雑に倒れた破損したテーブルの数々に、あちらこちらに散らばる椅子。船の動きに合わせて揺れる照明の金切音と、ほのかに漂うは血生臭い鉛の香り。机や椅子にもたれる者に、床に転がる損壊した人の身体の一部。
それは凡そ想像し得ぬ地獄のような光景。荒れた食堂というキャンパスに、猛る想いをぶつけるように荒々しく描かれた赤黒い水飛沫。恐ろしい光景と分かっていても、誰か息のある者を探そうと、自然に足が前へと動いてしまうツクヨ。
心許ない足取りで一歩、また一歩と地獄の沼に足を踏み入れていく。すると、彼の足が何かを小突いたような反応を示し、その歩みを一時的に止める。何も考えられなくなる程真っ白になった頭を、ゆっくりと下に向けて何にぶつかったのかを確かめる。
そこには、目を見開きこの世の終わりを目にしたような恐怖に歪む表情のまま死に絶えた女船員が、ツクヨに助けを求めるように腕を伸ばし、死に絶えていた。
「あ”あ“あ”ぁぁッ・・・ぁぁ・・・!」
彼の脳裏に蘇るのは、何よりも大切だった愛娘と、愛する妻が明かりもつかぬ真夜中の自宅で、倒れていた光景だった。
「結構な距離があるんですね。これでは彼女らが取りに行くには、中々の労働ですね・・・」
会話の無い道中、初対面で何を話していいのか分からなかったが、沈黙の空気に押し負けツクヨが他愛のない会話を始める。
「普段は別の者がやる仕事なんだがね。今回のように怪我人が多いとたまにあるんだ・・・。手の空いた野郎共をかき集めて、代わりがわりに運ぶんだ」
彼の話では、こういった事態はたまにあるそうだ。なのでそこまで大きな混乱にはなっていないようで、船内は落ち着いたように静かだった。しかし、もう直ぐ食堂だと彼が言った後、少し気になる事を彼は口走った。
「妙に静かだな・・・?いつもあれだけ騒がしい奴らなんだがな。つまらないイザコザで他の船の奴らと険悪になっちまったからか・・・?」
ツクヨはてっきり、慣れた事態であるが故の落ち着き様なのだとばかり思っていたが、彼の口ぶりではどうやらそうではないらしい。それでも、そんなこともあるかと指したる懸念も抱かず、二人は食堂までの道中を急ぐ。
角を曲がり、部屋の扉からやや上のところに食堂の表札が見えた。内側を歩き、道筋を教えてもらっていたツクヨが先に前へ出る。
「あった!急ぎ治療室へ・・・」
そう言って、もう一人の船員の顔色を伺おうと振り向いたツクヨ。だがそこに、一緒に向かって歩いていた筈の船員の姿がなくなっていた。ほんの数歩、僅かに彼を追い抜き視界から外れたとはいえ、そんな一瞬で姿や気配を失うなどあるだろうか。
突然のことに、一瞬頭の中が真っ白になり、いなくなった船員を探して忙しなく首をくるくると回し、周囲を確認する。通路には幾つかの部屋が存在し、確かに急用で突如いなくなるだけの十分な環境はある。
不思議に思ったが、こういった事態でやるべき事が不規則になり、各々の役割が急変しているだろうと、ツクヨはそのまま一人で食堂まで向かうことにした。扉の前までやって来たツクヨは、通路の左右をもう一度確かめ、先程の船員を探すが、やはり彼の姿は何処にもなかった。
食堂のドアノブを握ったところで、ツクヨもその異変を肌で感じることになる。食堂もヤケに静かだ。食事の準備をしているのなら、ある程度食器の音や流しで水道を使う音が聞こえてもいい筈。しかしツクヨの耳に届く食堂の音は、中からではなく自分自身の手元から聞こえるドアノブを握る音だけ。
彼の言っていたことが、如実に伝わってくる。確かに妙だ。普段、船になどそうそう乗るものではなかったツクヨでも、これはおかしいと直感的に感じ取った。ドアノブを握る手が止まり、扉を開けることを拒んでいるようだった。
額から汗が流れ腕に滴が落ち、硬直する身体を溶かす。何が待ち受けているか分からぬ食堂への扉を開く。しかしそこには、更に彼のトラウマを呼び起こす光景があった。
「こッ・・・これはッ・・・!」
綺麗に整列したテーブルに、規則正しく配置された椅子。その上には各々の好みに味を調整する調味料が並び、奥からは食材を調理する心地の良い音と匂いが漂う。忙しなく働く料理人に、出来上がった料理をテーブルへ持っていく船員達でごった返す。
そんな光景を心の中で思い描いていた。だが彼の目に映ったのは、乱雑に倒れた破損したテーブルの数々に、あちらこちらに散らばる椅子。船の動きに合わせて揺れる照明の金切音と、ほのかに漂うは血生臭い鉛の香り。机や椅子にもたれる者に、床に転がる損壊した人の身体の一部。
それは凡そ想像し得ぬ地獄のような光景。荒れた食堂というキャンパスに、猛る想いをぶつけるように荒々しく描かれた赤黒い水飛沫。恐ろしい光景と分かっていても、誰か息のある者を探そうと、自然に足が前へと動いてしまうツクヨ。
心許ない足取りで一歩、また一歩と地獄の沼に足を踏み入れていく。すると、彼の足が何かを小突いたような反応を示し、その歩みを一時的に止める。何も考えられなくなる程真っ白になった頭を、ゆっくりと下に向けて何にぶつかったのかを確かめる。
そこには、目を見開きこの世の終わりを目にしたような恐怖に歪む表情のまま死に絶えた女船員が、ツクヨに助けを求めるように腕を伸ばし、死に絶えていた。
「あ”あ“あ”ぁぁッ・・・ぁぁ・・・!」
彼の脳裏に蘇るのは、何よりも大切だった愛娘と、愛する妻が明かりもつかぬ真夜中の自宅で、倒れていた光景だった。
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