World of Fantasia

神代 コウ

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海賊の亡霊

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 チン・シーが自軍に起きている異変に気付くのに、それほど時間は掛からなかった。それというのも、彼女のスキル“リンク”による共有が一部解除されていくのを、感じ取っていたからだ。

 「・・・リンクが解除されている・・・。おい!外で何が起きているか、分かる者はおるか!?」

 彼女の軍は、常に戦況を把握することを重要視しており、肉眼で確認する部隊や術や魔法による感知探索を行う部隊など、そのバリエーションは豊富に準備されている。

 だが、そんな感知や視察を得意とする者達でも、明確な戦況の確認は取れずにいた。それはこの海域に発生している、数メートル先をもぼやかしてしまう濃霧に影響されてのことだった。

 「肉眼による確認はとれませんでした。しかし、生命反応や生態反応には動きが見られました。我が軍の船数隻に乗り合わせていた者達の生命反応が、急激に減少しています。それと同時に、生き物ではない反応を確認。敵船より海を渡り我が軍の船に襲撃したものと思われます」

 どうやら生命反応を感知出来る部隊が、周囲一帯の命の数を確認していたため、ロロネーによって引き起こされた異変の、粗方の事情を彼女は把握することが出来たようだ。

 生命反応がなくなった船は舵を失い、濃霧の中を波に流されていく。見えざる者に襲われ、知らず知らずの内に襲撃を受ける船員達に、対応する手段を指示するためチン・シーは一度、シュユーのリンクを解除した。

 「なるほど・・・通りで砲弾や銃弾などの物理的な攻撃が当たらぬ訳だ・・・。全船に繋げ!新たな指示を出す」

 船員達は直ぐに自軍の海賊船全てに通信を繋げ、船長の指示を行き渡らせる準備を整える。手慣れているようで、手際よく各々の行動を取りあっという間に完了させてしまった。放送は直ぐにミアやツクヨの乗る船にも行き渡り、彼女の声が聞こえ出す。

 「リンクを共有させていた者達は一度術を解き、感知を強化する結界を張れ!襲撃者の姿が視認出来る様になる筈だ。魔力のある者は魔法で、無い者は武器庫に貯蔵してあるエンチャント武器を使い迎撃せよ!」

 船長の命令に、リンクを共有させる術を発動させていた妖術師達が取り囲んでいた祭壇を片付け、別の道具を並べ始める。そして再び祈祷を開始すると、その近くにいたミアやツクヨにもその効果が現れ始めた。

 「ん?・・・おぉ、五感が冴えたような気がするな」

 WoFのプレイヤーであるミアやツクヨには、自身に掛けられた能力の向上効果がステータス上から確認できる。恐らくミア達と同じ船に乗り合わせている船員にも、同様の効果が付与されているのだろう。

 チン・シーの指示に従い、武器庫へ向かい魔法の効果や属性を付与した特殊な武器、エンチャント武器を取り出し船内を警戒する船員達。

 そして甲板の方で大きな声を上げ、襲撃者の位置を知らせる船員の声が聞こえ、直ぐに船内の者達へとその位置が伝達されていった。それを聞いていたミアも、何か彼らの力になれるかと急ぎその場所へと向かう。

 濃霧に覆われ、日の光が届かぬ船内は壁に掛けられたランタンの火で灯される。慌ただしく走り回る足音は、やがて金属を打ち合わせる音へと変わっていき、甲板に近づくに連れ、徐々に外の明るさが見えて来る。

 外へ出ると既に襲撃者との戦闘は始まっていた。海賊の格好をした亡霊のような者が、複数のチン・シー軍の者達を相手取り、戦闘を繰り広げていた。エンチャント武器には、魔法の効果を乗せて攻撃出来る回数に制限がある。

 既に戦場に駆け付けていた一部の船員は、回数の上限に達していた為、魔法効果を失った通常の武器として、海賊の亡霊と戦っているようなのだが、相手もそれを判断出来ているのか、魔法やエンチャント武器の攻撃は武器で受け止めるものの、通常武器での攻撃には目もくれない。

 「おいおい・・・何だあれは・・・」

 海賊同士の戦いは、草原や森などのフィールドやダンジョンなどのモンスター戦とは違い、人同士の生々しいものを想像していたミアだったが、その眼前には全く別のものが広がっていた。

 それはまるで、化物と人が戦うファンタジーの世界。正しくミア達が転移したWoFの世界、ゲームの中でありながら現実と同じ痛みや苦しみ、死という概念のある世界であることを思い出した。

 「フランソワ・ロロネー・・・。よもやモンスターを使役していようとはな。如何にも下郎の考えそうな事よ・・・」

 チン・シーは早い段階で気がついていたようだ。それは敵船の調査を行わせているハオランからの、“物理攻撃の効かない敵”という段階で既に対応を考えていた。彼女の素早い対応で混乱や被害は最小限に留められたが、亡霊の個々の能力が高く、こちらは一体に対して複数人で戦わなくてはならない。

 それに加えて、エンチャント武器による攻撃には回数制限があり、大半の船員達はその限られた攻防の中での戦いを強いられている。

 「くッ・・・!すまない・・・エンチャント切れだッ!援護に回る」

 「魔力切れだッ!一旦引かせてもらう」

 賢明に亡霊の襲撃を迎え撃つチン・シー海賊団だったが、その戦力差は徐々に如実のものとなってくる。戦闘が長引けば長引くほど、有効な攻撃手段を持つ者は戦えなくなり、一方的な戦況になっていった。

 それに引き換え、ロロネーの使役する亡霊は濃霧の向こう側より、次から次へとやって来る。火矢の脅威を脱したロロネーの増援は、再び進軍を開始しその距離を詰めて来ていた。

 このままでは、亡霊達の底知れない数の波に飲み込まれるのも時間の問題だった。ミア達の目的であった、ロロネーとの戦闘でチン・シーに手を貸すことで恩を売るという魂胆も破綻し掛けていた。周囲を囲まれる中、ツバキを連れ三人で戦場を離脱出来るとも考えづらい。

 もし逃げ切れたとしても、チン・シー海賊団との関係性は悪化してしまい、恨みを買うとも限らない。シンが命懸けで助けに行ったグレイスとの友好関係も無駄にし兼ねない。

 ミア達は再び選択を迫られることになってしまった。このままチン・シー海賊団と共に戦っても、無事で済むものかどうか分からない。逃げたとしても助かる保障などない。最早レースどころでは無くなっていた。
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