262 / 1,646
個の功績、軍の功績
しおりを挟む部屋から出てきたシンを出迎えたのはシルヴィだった。今グレイス海賊団の幹部勢の中で動けるのは、彼女しかいない。エリクもルシアンも、命に別状は無いもののまだ以前のように動き回るには少々時間が掛かるようで、まだ軽傷の方だったシルヴィにグレイスが見送りを頼んでおいたのだ。
「もう終わったのか?」
「あぁ・・・ちゃんと挨拶も出来たし、助かったよ」
意外な人物が待っていたことに驚くシンだったが、グレイスの部屋へ入ってから出るまで彼女はここで待っていたのだろうかと思うと、少し申し訳ない気持ちになる。そもそもシルヴィはずっとここで待っていたのだろうか。
ただそれも、グレイス軍の船に停めてあるシンの乗って来たボードへの道案内をしてくれていることから、想像がついた。流石の彼女であっても、船長の命令とあらば大人しくなる。
道中、シンは彼女にもお礼を伝えた。戦いの中でのこと、協力してくれたこと、船内で面倒を見てくれたこと。意外にも彼女は面倒見がよく、船員達がシルヴィに憧れ姉さんと親しむのも分かるような気がした。
「すまなかったな、見送りまでして貰って・・・。大した功績も立ててないのにな・・・」
ロッシュとの戦いを思い返すと、シンは自分が活躍した場面を思い出すことが出来なかった。援軍や助太刀と言ってはみたものの、結局何も出来なかった。聖都ユスティーチの時と同じ。何かを果たそうと努力しても、如何にもならない力の差がある。
初心者が集う街を離れれば離れるほど、シュトラールやキング、彼らには及ばずもながらシンよりも強かったロッシュなど、一人ではどうしようも無い相手が多く存在することを、嫌でもその肌で感じることになる。
現実世界への移動を可能にするかもしれない危険なアイテム、このレースの何処かにある移動ポータルを入手する為にと勢いで参加したものの、それどころか生きてレースを完走、或いは脱出することが出来るのだろうか。そんな不安がシンの中に芽生え初めてしまった。
「何を言っている・・・。敵を倒すことだけが功績ではない。仲間を鼓舞したり、援護したり守るのも、重要な功績だ。お前は十分以上に俺らを助けてくれたじゃねぇか!それに、敵を倒した功績と言えば、俺だって同じだしな・・・。子分や姉さん達をもっと安心させられるように、俺も今以上に強くならねぇとな・・・!」
掌に拳を打ちつけ、未熟な自分への苛立ちをぶつけるように大きな破裂音を立てる。落ち込むことはない、自分も同じだという彼女なりの励ましなのだろう。
だが、彼女の言葉は彼を立ち上がらせるには十分な効力があった。確かに一人で何かを為さねばならない時が来るのかもしれない。しかし、それが全てではない。彼らのように集い、力を合わせることで得られるモノもある。
それを思い出したシンは、それまでの陰気な空気を脱することができ、穏やかな気持ちでボードに乗ることが出来た。
「俺らはまだ、レースを諦めた訳じゃぁねぇ。少し遅れることになっちまったが、必ず挽回してみせるぜッ!精々追いつかれねぇ様に、差を広げる努力をしておくんだな!」
「あぁ!そうさせてもらうよ。何せ俺達は素人だからな。・・・それじゃぁ・・・またな、シルヴィ」
ロッシュの海賊船にあった戦利品の一部と、グレイスからの贈り物を乗せ、シンはボードにエンジンをかける。そして、穏やかな大海原に波を立てながら彼は駆け抜けていった。
そして、シルヴィは大きく手を振って見送ると、彼の姿が見えなくなるまで、その光景を眺めていた。
時はシンと別れたミア達の場面へと遡る。
グレイスの元へ向かったシンを見送り、ミア達はハオランと共に襲撃を受けているというチン・シーの元へと急行する。
「なぁ!詳しい状況ってのは分からないのか?チン・シーってのはこのレースでも屈指の大船団なんだろ?なら部下の船でも差し向けて撒いちまえばいいんじゃないか?」
多くの船団を引き連れる大海賊チン・シー。その圧倒的な数を持ってすれば、急な襲撃を受けたとしても、何隻かに殿を務めさせれば抜け出すことも容易なのではないだろうか。そう考えたミアがハオランに尋ねると、どうやら事態はそんな簡単な話ではなかったらしい。
「えぇ・・・確かに普段、相手にするような敵であれば、私や部下の者達が代わりに相手を務めるのですが、こうして緊急の連絡が入ったということはそれが出来ない事態になっているということでしょう。詳細について尋ねようと連絡を試みているのですが・・・どうにも繋がらないみたいで」
「グラン・ヴァーグの店で、貴方とロロネーがもめている現場を目撃しました。それと何か関係があるんじゃないですか?」
ツクヨは彼とロロネーが、何かの因縁のようなものでもあるのではないのかとハオランに尋ねるが、彼はあれがロロネーの宣戦布告のようなものと考えていた為、襲撃との関係性は薄いと話す。
ロロネーにとってあの店での出来事、そしてハオランを挑発したのは、ロッシュとグレイスの戦いに彼を巻き込もうとしての事だった。
チン・シー海賊団の中でも屈指の実力者であるハオランが彼女の元にいるのでは、作戦の実行が困難になってしまう。そこでチン・シーと友好関係にあるグレイスが危機に晒されれば、僅かでも時間稼ぎが出来るのではないだろうかという魂胆だった。
しかし、ロロネーにとってそれが上手くいこうが失敗しようが関係のないこと。ハオランがチン・シーの元を離れてさえいれば、それだけで彼にとっては十分だったのだ。
「フランソワ・ロロネーとは、それ程の海賊なのか?」
「いえ・・・以前までの彼であれば、こんなことには・・・。一体何が起こっているのか・・・」
不気味な男、フランソワ・ロロネー。ロッシュを巧みに操りその気にさせ、自分の作戦の為に利用する抜け目のない男。悪逆非道なロロネーにチン・シーが捕まるようなことが万が一でもあれば、何をされるか分からない。
冷静で落ち着いた印象であったハオランも、流石の不測の事態に焦りの表情を見せる。今までとは違うロロネーに、連絡の途絶えた大船団、彼も気が気ではないのだろう。
そうしている内に、三人を乗せた小型船は遠くの水平線に、とあるものを見つける。それは例え海上でなくとも、出来ることなら入りたくはないと思わせるほど大きく、そして深い濃霧の塊だった。
0
お気に入りに追加
297
あなたにおすすめの小説
戦闘職をしたくてVRMMOを始めましたが、意図せずユニークテイマーという職業になったので全力でスローライフを目指します
地球
ファンタジー
「え?何この職業?」
初めてVRMMOを始めようとしていた主人公滝沢賢治。
やろうと決めた瞬間、戦闘職を選んでいた矢先に突然出てきた職業は【ユニークテイマー】だった。
そのゲームの名はFree Infinity Online
世界初であるフルダイブ型のVRゲームであり、AIがプレイヤーの様子や行動を把握しイベントなどを考えられるゲームであった。
そこで出会った職業【ユニークテイマー】
この職業で、戦闘ではなくてスローライフを!!
しかし、スローライフをすぐにはできるわけもなく…?
「お前のような役立たずは不要だ」と追放された三男の前世は世界最強の賢者でした~今世ではダラダラ生きたいのでスローライフを送ります~
平山和人
ファンタジー
主人公のアベルは転生者だ。一度目の人生は剣聖、二度目は賢者として活躍していた。
三度目の人生はのんびり過ごしたいため、アベルは今までの人生で得たスキルを封印し、貴族として生きることにした。
そして、15歳の誕生日でスキル鑑定によって何のスキルも持ってないためアベルは追放されることになった。
アベルは追放された土地でスローライフを楽しもうとするが、そこは凶悪な魔物が跋扈する魔境であった。
襲い掛かってくる魔物を討伐したことでアベルの実力が明らかになると、領民たちはアベルを救世主と崇め、貴族たちはアベルを取り戻そうと追いかけてくる。
果たしてアベルは夢であるスローライフを送ることが出来るのだろうか。
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。
――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に……
どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。
顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。
魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。
こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す――
※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。
全校転移!異能で異世界を巡る!?
小説愛好家
ファンタジー
全校集会中に地震に襲われ、魔法陣が出現し、眩い光が体育館全体を呑み込み俺は気絶した。
目覚めるとそこは大聖堂みたいな場所。
周りを見渡すとほとんどの人がまだ気絶をしていてる。
取り敢えず異世界転移だと仮定してステータスを開こうと試みる。
「ステータスオープン」と唱えるとステータスが表示された。「『異能』?なにこれ?まぁいいか」
取り敢えず異世界に転移したってことで間違いなさそうだな、テンプレ通り行くなら魔王討伐やらなんやらでめんどくさそうだし早々にここを出たいけどまぁ成り行きでなんとかなるだろ。
そんな感じで異世界転移を果たした主人公が圧倒的力『異能』を使いながら世界を旅する物語。
生産職から始まる初めてのVRMMO
結城楓
ファンタジー
最近流行りのVRMMO、興味がないわけではないが自分から手を出そうと思ってはいなかったふう。
そんな時、新しく発売された《アイディアル・オンライン》。
そしてその発売日、なぜかゲームに必要なハードとソフトを2つ抱えた高校の友達、彩華が家にいた。
そんなふうが彩華と半ば強制的にやることになったふうにとっては初めてのVRMMO。
最初のプレイヤー設定では『モンスターと戦うのが怖い』という理由から生産職などの能力を選択したところから物語は始まる。
最初はやらざるを得ない状況だったフウが、いつしか面白いと思うようになり自ら率先してゲームをするようになる。
そんなフウが贈るのんびりほのぼのと周りを巻き込み成長していく生産職から始まる初めてのVRMMOの物語。
異世界の片隅で引き篭りたい少女。
月芝
ファンタジー
玄関開けたら一分で異世界!
見知らぬオッサンに雑に扱われただけでも腹立たしいのに
初っ端から詰んでいる状況下に放り出されて、
さすがにこれは無理じゃないかな? という出オチ感漂う能力で過ごす新生活。
生態系の最下層から成り上がらずに、こっそりと世界の片隅で心穏やかに過ごしたい。
世界が私を見捨てるのならば、私も世界を見捨ててやろうと森の奥に引き篭った少女。
なのに世界が私を放っておいてくれない。
自分にかまうな、近寄るな、勝手に幻想を押しつけるな。
それから私を聖女と呼ぶんじゃねぇ!
己の平穏のために、ふざけた能力でわりと真面目に頑張る少女の物語。
※本作主人公は極端に他者との関わりを避けます。あとトキメキLOVEもハーレムもありません。
ですので濃厚なヒューマンドラマとか、心の葛藤とか、胸の成長なんかは期待しないで下さい。
治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~
大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」
唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。
そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。
「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」
「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」
一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。
これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。
※小説家になろう様でも連載しております。
2021/02/12日、完結しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる