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神代 コウ

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儚き国の崩壊

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 互いに力比べをするかのように押し合いながらも、グレイスがゆっくりと立ち上がる。押していた力を一旦解き、彼女の手を払ったロッシュはバランスを崩したグレイスへ拳を叩き込もうとするが、逆にその手を掴まれ引っ張られると、腹部へ強烈な膝蹴りを受ける。

  「ぐぁッ・・・!なんつう力だ・・・、あれだけ痛めつけたのにまだこれだけの力が・・・」

 グレイスの裁定者の力によって、ロッシュとグレイスの間に力の差が無くなった。それはロッシュが奪った彼女のバフ効果も同様に打ち消され、あるのは本人達の生身の強さのみとなっていた。

 「どうしたんだぃ・・・?ロッシュ。下らない手品がないと真面に戦えもしないのか?」

 「くッ・・・この程度で、調子に乗るなよグレイスッ・・・!」

 腹部を抱え込んでいたロッシュは、懐から毒の塗られた短剣を取り出すと、それをグレイス目掛けて投げ放つ。しかし彼女はそれを素手で弾き飛ばし、ロッシュの懐へと踏み込むと、力強く握りしめた拳で彼の顎を、ボクシングのアッパーのように打ち上げる。

 綺麗に決まったグレイスの一撃で、ロッシュの身体が僅かに浮き上がる。すると彼女は追い討ちをかけるようにその場でくるりと一回転すると、遠心力を乗せた重い回し蹴りをお見舞いする。

 大きく後方へ吹き飛ばされたロッシュは仰向けに倒れる。グレイスはそんな彼にゆっくりと歩み寄ると、胸柄を掴み、目覚めの一撃を入れる。

 「アンタには聞かなきゃならないことがある・・・。まだ寝られちゃ困るんだよッ・・・!」

 男を掴んだ手を引き寄せ、今までに聞いたこともないような恐ろしい声でグレイスが問いかけると、ロッシュは殴られた箇所がまだ痛むように眉を歪ませ、彼女を睨んで答える。

 「聞きてえこと・・・?そりゃぁこっちのセリフだぜ・・・。何でお前がその天秤を・・・」

 「こいつは、ある王家の子から預かったモンだ・・・。アンタ、王家から奪おうとしてたって言ったな。その国は何処だ・・・?」

 ロッシュは彼女の質問を鼻で笑い、答える気は無いと言った様子で答えるともう一発顔面にグレイスの拳を貰う。下らないことに時間を割くなと、ロッシュにお灸を据える。

 元々ロッシュとの戦闘で体力の消耗と、多くの怪我を負わされていたグレイスには、殴りつけるだけでも反動で身体が痛みを発していた。息を切らしながらも、何発か入れたところでようやく観念したのか、ロッシュが口を開き始める。

 「お・・・俺は、そいつの為に何年も・・・費やしたんだ。築き上げた地位も・・・名誉も・・・全て使って・・・。その挙句に、目的の物を手に入れらなかった・・・。初めての失態だ、初めての失敗・・・。なんて無駄な歳月を費やしてしまったんだ・・・そう、思っていた。だが・・・やはり天秤はあったんだ、お前が・・・持っていたッ・・・!“ラドレイン“からお前の手に渡ったのかッ・・・!」

 ロッシュの口にした国の名前、ラドレイン。その名を聞いたグレイスは、目を見開いて驚いた。身体は時間が止まったかのように止まり、思考も真面に働かなくなり、ロッシュを掴んでいた手も緩まる。

 その隙を突いてロッシュは彼女の手から逃れ、兎に角遠ざかろうとグレイスを足で押し退けながら距離をとり、フラフラになった足で何とか立ち上がる。

 グレイスは依然、天を仰いだまま放心状態のようになって動かない。

 「ラドレイン・・・王家・・・」

 グレイスはロッシュの口にした言葉の単語を、まるで呪文のようにぶつぶつと声に出し、必死にその一つ一つを繋ぎ合わせ、情報をまとめようとしている。だが、言葉を紡ぎ繋ぎ合わせていくことで、彼女の想像していたものよりも遥かに度し難い真実へと向かうだけだった。

 つまり、ロッシュは彼女の入手していた情報通り、グレイスの恋人であった王家の男性が納めていた国に関与しており、そこで歳月を経て地位や名誉を手にしたロッシュは国家転覆を目論み、ラドレインの秘宝“アストレアの天秤”を手に入れようとしていたのだ。

 この男の下らぬ物欲に巻きこまれ、愛する人とその娘を失い国は崩壊。残ったものと言えば、王家の娘から渡されたこの天秤のみ。そこまでして結局ロッシュは、
何も得ることなく国を脱し、のうのうと海賊をしながら生きながらえ、再び誰かの人生を奪っているのかと思うと、彼女はやり切れない思いで一杯になった。

 こんな男の道楽に付き合わされ、全てを失った愛する人。思い出すのも辛くなるほど、二人で過ごした日々。そして自分の子ではないとは言え、そんな彼の娘に仕えた国。そしてこの男は、その全てが無駄だったと言い放った。

 ロッシュにとってグレイスの幸せで楽しかった日々など、道端に落ちている小石と変わらない程度の人生でしかなかったのだ。それほど眼中にない下らないもの。この男は初めから秘宝にしか興味がない。他人の人生を踏み台にするこの男の生き方そのものが、グレイスには許せなかった。
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