World of Fantasia

神代 コウ

文字の大きさ
上 下
249 / 1,646

儚き国の崩壊

しおりを挟む
 互いに力比べをするかのように押し合いながらも、グレイスがゆっくりと立ち上がる。押していた力を一旦解き、彼女の手を払ったロッシュはバランスを崩したグレイスへ拳を叩き込もうとするが、逆にその手を掴まれ引っ張られると、腹部へ強烈な膝蹴りを受ける。

  「ぐぁッ・・・!なんつう力だ・・・、あれだけ痛めつけたのにまだこれだけの力が・・・」

 グレイスの裁定者の力によって、ロッシュとグレイスの間に力の差が無くなった。それはロッシュが奪った彼女のバフ効果も同様に打ち消され、あるのは本人達の生身の強さのみとなっていた。

 「どうしたんだぃ・・・?ロッシュ。下らない手品がないと真面に戦えもしないのか?」

 「くッ・・・この程度で、調子に乗るなよグレイスッ・・・!」

 腹部を抱え込んでいたロッシュは、懐から毒の塗られた短剣を取り出すと、それをグレイス目掛けて投げ放つ。しかし彼女はそれを素手で弾き飛ばし、ロッシュの懐へと踏み込むと、力強く握りしめた拳で彼の顎を、ボクシングのアッパーのように打ち上げる。

 綺麗に決まったグレイスの一撃で、ロッシュの身体が僅かに浮き上がる。すると彼女は追い討ちをかけるようにその場でくるりと一回転すると、遠心力を乗せた重い回し蹴りをお見舞いする。

 大きく後方へ吹き飛ばされたロッシュは仰向けに倒れる。グレイスはそんな彼にゆっくりと歩み寄ると、胸柄を掴み、目覚めの一撃を入れる。

 「アンタには聞かなきゃならないことがある・・・。まだ寝られちゃ困るんだよッ・・・!」

 男を掴んだ手を引き寄せ、今までに聞いたこともないような恐ろしい声でグレイスが問いかけると、ロッシュは殴られた箇所がまだ痛むように眉を歪ませ、彼女を睨んで答える。

 「聞きてえこと・・・?そりゃぁこっちのセリフだぜ・・・。何でお前がその天秤を・・・」

 「こいつは、ある王家の子から預かったモンだ・・・。アンタ、王家から奪おうとしてたって言ったな。その国は何処だ・・・?」

 ロッシュは彼女の質問を鼻で笑い、答える気は無いと言った様子で答えるともう一発顔面にグレイスの拳を貰う。下らないことに時間を割くなと、ロッシュにお灸を据える。

 元々ロッシュとの戦闘で体力の消耗と、多くの怪我を負わされていたグレイスには、殴りつけるだけでも反動で身体が痛みを発していた。息を切らしながらも、何発か入れたところでようやく観念したのか、ロッシュが口を開き始める。

 「お・・・俺は、そいつの為に何年も・・・費やしたんだ。築き上げた地位も・・・名誉も・・・全て使って・・・。その挙句に、目的の物を手に入れらなかった・・・。初めての失態だ、初めての失敗・・・。なんて無駄な歳月を費やしてしまったんだ・・・そう、思っていた。だが・・・やはり天秤はあったんだ、お前が・・・持っていたッ・・・!“ラドレイン“からお前の手に渡ったのかッ・・・!」

 ロッシュの口にした国の名前、ラドレイン。その名を聞いたグレイスは、目を見開いて驚いた。身体は時間が止まったかのように止まり、思考も真面に働かなくなり、ロッシュを掴んでいた手も緩まる。

 その隙を突いてロッシュは彼女の手から逃れ、兎に角遠ざかろうとグレイスを足で押し退けながら距離をとり、フラフラになった足で何とか立ち上がる。

 グレイスは依然、天を仰いだまま放心状態のようになって動かない。

 「ラドレイン・・・王家・・・」

 グレイスはロッシュの口にした言葉の単語を、まるで呪文のようにぶつぶつと声に出し、必死にその一つ一つを繋ぎ合わせ、情報をまとめようとしている。だが、言葉を紡ぎ繋ぎ合わせていくことで、彼女の想像していたものよりも遥かに度し難い真実へと向かうだけだった。

 つまり、ロッシュは彼女の入手していた情報通り、グレイスの恋人であった王家の男性が納めていた国に関与しており、そこで歳月を経て地位や名誉を手にしたロッシュは国家転覆を目論み、ラドレインの秘宝“アストレアの天秤”を手に入れようとしていたのだ。

 この男の下らぬ物欲に巻きこまれ、愛する人とその娘を失い国は崩壊。残ったものと言えば、王家の娘から渡されたこの天秤のみ。そこまでして結局ロッシュは、
何も得ることなく国を脱し、のうのうと海賊をしながら生きながらえ、再び誰かの人生を奪っているのかと思うと、彼女はやり切れない思いで一杯になった。

 こんな男の道楽に付き合わされ、全てを失った愛する人。思い出すのも辛くなるほど、二人で過ごした日々。そして自分の子ではないとは言え、そんな彼の娘に仕えた国。そしてこの男は、その全てが無駄だったと言い放った。

 ロッシュにとってグレイスの幸せで楽しかった日々など、道端に落ちている小石と変わらない程度の人生でしかなかったのだ。それほど眼中にない下らないもの。この男は初めから秘宝にしか興味がない。他人の人生を踏み台にするこの男の生き方そのものが、グレイスには許せなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

転移した場所が【ふしぎな果実】で溢れていた件

月風レイ
ファンタジー
 普通の高校2年生の竹中春人は突如、異世界転移を果たした。    そして、異世界転移をした先は、入ることが禁断とされている場所、神の園というところだった。  そんな慣習も知りもしない、春人は神の園を生活圏として、必死に生きていく。  そこでしか成らない『ふしぎな果実』を空腹のあまり口にしてしまう。  そして、それは世界では幻と言われている祝福の果実であった。  食料がない春人はそんなことは知らず、ふしぎな果実を米のように常食として喰らう。  不思議な果実の恩恵によって、規格外に強くなっていくハルトの、異世界冒険大ファンタジー。  大修正中!今週中に修正終え更新していきます!

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

女神様から同情された結果こうなった

回復師
ファンタジー
 どうやら女神の大ミスで学園ごと異世界に召喚されたらしい。本来は勇者になる人物を一人召喚するはずだったのを女神がミスったのだ。しかも召喚した場所がオークの巣の近く、年頃の少女が目の前にいきなり大量に現れ色めき立つオーク達。俺は妹を守る為に、女神様から貰ったスキルで生き残るべく思考した。

全校転移!異能で異世界を巡る!?

小説愛好家
ファンタジー
全校集会中に地震に襲われ、魔法陣が出現し、眩い光が体育館全体を呑み込み俺は気絶した。 目覚めるとそこは大聖堂みたいな場所。 周りを見渡すとほとんどの人がまだ気絶をしていてる。 取り敢えず異世界転移だと仮定してステータスを開こうと試みる。 「ステータスオープン」と唱えるとステータスが表示された。「『異能』?なにこれ?まぁいいか」 取り敢えず異世界に転移したってことで間違いなさそうだな、テンプレ通り行くなら魔王討伐やらなんやらでめんどくさそうだし早々にここを出たいけどまぁ成り行きでなんとかなるだろ。 そんな感じで異世界転移を果たした主人公が圧倒的力『異能』を使いながら世界を旅する物語。

母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)

いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。 全く親父の奴!勝手に消えやがって! 親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。 俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。 母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。 なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな? なら、出ていくよ! 俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ! これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。 カクヨム様にて先行掲載中です。 不定期更新です。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

処理中です...