243 / 1,646
強かで醜悪な男
しおりを挟む
その怒りの矛先は、言うまでもなく挑発をしたシルヴィに向けられる。まるで刃を突き立てられているかのように鋭い視線をシルヴィに送るロッシュ。ギリギリと怒りを堪える歯軋りが、シンのところにまで聞こえそうなほど、表情を歪める。
向けられる殺意を真正面から睨み返し、シルヴィは口角を上げて、一矢報いたかのように不適に笑う。その表情を見て限界を迎えたのか、ロッシュが手にした短剣を素早く器用に回して逆手持ちすると、シルヴィに向けて振り下ろそうとする。
短剣は確実に獲物を仕留めんとする勢いで急降下する。しかし、その刃先は彼女に突き立てられる一歩手前で止まった。すると、ロッシュの手にする短剣目掛けて、グレイスの鞭が飛んでくる。
男はそれを、反対の腕に巻き付け、自身の方へグッと引き寄せる。予期せぬ行動に、バランスを崩されたグレイスが大きく前へと引っ張られた。片足を前に出し、踏ん張ろうとするグレイス。しかし、その前に出した足が床に触れようとしたところ目掛けて、ロッシュは短剣を投擲していた。
このまま足を着けば、強力な麻痺効果のある毒が塗られた刃の餌食になってしまう。だが、グレイスは慌てる事なく、そのまま大きく宙を舞い、敢えてロッシュの引っ張る方向へ飛ぶことによって、飛んで来た短剣をやり過ごす。見事着地を決めたグレイスは、再びロッシュとの引っ張り合いへと興じる。
「驚いたねぇ・・・。てっきり取り乱してシルヴィを狙うと思ったんだけど・・・。どうやら一筋縄ではいかないようだねぇ」
グレイスの言う通り、シンはロッシュが怒りに身を任せ、シルヴィへトドメを刺すものだとばかり思っていた。それ程怒りという感情は、我を忘れさせ重要なことを投げ出してでも鬱憤をぶつけようとしてしまうものだ。
しかし、このロッシュという男は何処までも強かだった。この後に及んで自身の感情をも利用し、相手を罠にかけようとしていたのだ。シンはグラン・ヴァーグの町で聞いたロッシュについての噂の実態を、漸くここで垣間見た。
極悪非道にして、頭も切れる強かな男ロッシュ。他の優勝候補達であるエイヴリーやキング、ハオランにチン・シー、そしてロロネーといった面々が特に強烈であったため印象が薄くなっていたが、彼らに引けを取らない実力者達であることに変わりない。
それどころか注目を集めていない分、彼らの方が情報が少なく、表立って動けない行動がし易いだろう。それ故彼らを頼る者達がいるのだ。グレイスにはチン・シーが、ロッシュにはロロねーが。
表で派手に動き回る者、裏で暗躍する者。どの世界にも、どの時代にも、どの国にもそういったものはある。それはシン達のいる現実世界にも存在し、何処にでもあるものなのだ。
誰かが誰かを貶める為に、表ではいい顔をし、裏で目論み画策し、根回しをする。自分にとって邪魔な者、目障りな者、日常を脅かす者を淘汰するのは、人間の様に心を持つ生き物だけにみられる特有のもの。それは醜く醜悪で、正しく知恵を得た代償とも云うべき人の罪そのもの。ロッシュはそれを理解した上で、生きているかのような男だった。
「お前こそ大したものだ。よくぞ俺の思惑を読み、あの一撃を躱せたものだな・・・」
そう言うとロッシュは、腕に巻かれた鞭を新たに取り出した短剣で切断する。腕に巻かれた部分は、切断後消滅していった。お互いの機転で、双方の思惑を躱し、仕切り直しといった状態になる。
暫くお互いの出方を伺う二人だが、共に先手を打つのを拒む。痺れを切らし先に動いたのはグレイスの方だった。
リーチを活かした鞭で、変則的な動きを見せるボディ部分で惑わせ、先端のフォールで本命の攻撃を狙う。どんなに先を読もうとしても、手元のちょっとした操作で起動が変わり、如何にロッシュであっても、ただ防いでいるだけではジリ貧になる。
少しでも鞭の攻撃を分散させる為、ロッシュは次々に短剣をグレイスに放つが、使い込んだ機密な手元の操作と、鞭のボディによるしなやかな捌きで、尽くを打ち弾き接近を許さない。
だが、ロッシュの攻撃は未だ直線的。シンやシルヴィの時に見せた奇妙でトリッキーな動きを見せていない。そのことが、シンの中で何故使わないのか疑問であり、不安の元凶でもあった。
すると徐々に、ロッシュの放つ短剣が違う動きを見せ始める。それまでの狙いはグレイスの中心を狙うような軌道だったのだが、少し趣向を凝らせたのか、彼女の腕や足先、頭部といった様々な箇所を狙っているのかのような軌道を見せ始める。
グレイスも、ロッシュの攻撃の変化に気付き、手元の動きを変えて対応する。それでもまだグレイスの攻撃が押しているように伺える。やはり、フォール部分の攻撃とボディでの防御を両立させた、難攻不落の陣を張る。
そして遂に、シンが危惧していたことをロッシュが実行に移す時が来た。
「ッ・・・!」
突然、ロッシュはグレイスから外れるような軌道の攻撃を織り交ぜたのだ。今度の短剣は回転を込めた投擲で、そのままの軌道ではグレイスから遠ざかる一方だと思われた時、その短剣は彼女の方へと吸い寄せられるように曲がって来た。
「ッ・・・!」
手元を振るい、鞭のボディをしならせるがロッシュの放った回転する短剣に当てることが出来ない。この男は、それまでの投擲でグレイスの手の動きと鞭のしなり方を探っていた。
そして、鞭のボディ部分が通らない箇所を見極めると、その軌道を通るようにして投げたのだ。
グレイスは迫り来る短剣を弾けず、ならばと咄嗟に身体を捻らせて避けた。ダンサーのクラス特有の身のこなしで、捌き切れない曲がる投擲を避けて見せたのだ。
更にそれだけではない。彼女の行動はどれも攻守一体。その効果は直ぐに、目に見える形で頭角を表すことになる。
向けられる殺意を真正面から睨み返し、シルヴィは口角を上げて、一矢報いたかのように不適に笑う。その表情を見て限界を迎えたのか、ロッシュが手にした短剣を素早く器用に回して逆手持ちすると、シルヴィに向けて振り下ろそうとする。
短剣は確実に獲物を仕留めんとする勢いで急降下する。しかし、その刃先は彼女に突き立てられる一歩手前で止まった。すると、ロッシュの手にする短剣目掛けて、グレイスの鞭が飛んでくる。
男はそれを、反対の腕に巻き付け、自身の方へグッと引き寄せる。予期せぬ行動に、バランスを崩されたグレイスが大きく前へと引っ張られた。片足を前に出し、踏ん張ろうとするグレイス。しかし、その前に出した足が床に触れようとしたところ目掛けて、ロッシュは短剣を投擲していた。
このまま足を着けば、強力な麻痺効果のある毒が塗られた刃の餌食になってしまう。だが、グレイスは慌てる事なく、そのまま大きく宙を舞い、敢えてロッシュの引っ張る方向へ飛ぶことによって、飛んで来た短剣をやり過ごす。見事着地を決めたグレイスは、再びロッシュとの引っ張り合いへと興じる。
「驚いたねぇ・・・。てっきり取り乱してシルヴィを狙うと思ったんだけど・・・。どうやら一筋縄ではいかないようだねぇ」
グレイスの言う通り、シンはロッシュが怒りに身を任せ、シルヴィへトドメを刺すものだとばかり思っていた。それ程怒りという感情は、我を忘れさせ重要なことを投げ出してでも鬱憤をぶつけようとしてしまうものだ。
しかし、このロッシュという男は何処までも強かだった。この後に及んで自身の感情をも利用し、相手を罠にかけようとしていたのだ。シンはグラン・ヴァーグの町で聞いたロッシュについての噂の実態を、漸くここで垣間見た。
極悪非道にして、頭も切れる強かな男ロッシュ。他の優勝候補達であるエイヴリーやキング、ハオランにチン・シー、そしてロロネーといった面々が特に強烈であったため印象が薄くなっていたが、彼らに引けを取らない実力者達であることに変わりない。
それどころか注目を集めていない分、彼らの方が情報が少なく、表立って動けない行動がし易いだろう。それ故彼らを頼る者達がいるのだ。グレイスにはチン・シーが、ロッシュにはロロねーが。
表で派手に動き回る者、裏で暗躍する者。どの世界にも、どの時代にも、どの国にもそういったものはある。それはシン達のいる現実世界にも存在し、何処にでもあるものなのだ。
誰かが誰かを貶める為に、表ではいい顔をし、裏で目論み画策し、根回しをする。自分にとって邪魔な者、目障りな者、日常を脅かす者を淘汰するのは、人間の様に心を持つ生き物だけにみられる特有のもの。それは醜く醜悪で、正しく知恵を得た代償とも云うべき人の罪そのもの。ロッシュはそれを理解した上で、生きているかのような男だった。
「お前こそ大したものだ。よくぞ俺の思惑を読み、あの一撃を躱せたものだな・・・」
そう言うとロッシュは、腕に巻かれた鞭を新たに取り出した短剣で切断する。腕に巻かれた部分は、切断後消滅していった。お互いの機転で、双方の思惑を躱し、仕切り直しといった状態になる。
暫くお互いの出方を伺う二人だが、共に先手を打つのを拒む。痺れを切らし先に動いたのはグレイスの方だった。
リーチを活かした鞭で、変則的な動きを見せるボディ部分で惑わせ、先端のフォールで本命の攻撃を狙う。どんなに先を読もうとしても、手元のちょっとした操作で起動が変わり、如何にロッシュであっても、ただ防いでいるだけではジリ貧になる。
少しでも鞭の攻撃を分散させる為、ロッシュは次々に短剣をグレイスに放つが、使い込んだ機密な手元の操作と、鞭のボディによるしなやかな捌きで、尽くを打ち弾き接近を許さない。
だが、ロッシュの攻撃は未だ直線的。シンやシルヴィの時に見せた奇妙でトリッキーな動きを見せていない。そのことが、シンの中で何故使わないのか疑問であり、不安の元凶でもあった。
すると徐々に、ロッシュの放つ短剣が違う動きを見せ始める。それまでの狙いはグレイスの中心を狙うような軌道だったのだが、少し趣向を凝らせたのか、彼女の腕や足先、頭部といった様々な箇所を狙っているのかのような軌道を見せ始める。
グレイスも、ロッシュの攻撃の変化に気付き、手元の動きを変えて対応する。それでもまだグレイスの攻撃が押しているように伺える。やはり、フォール部分の攻撃とボディでの防御を両立させた、難攻不落の陣を張る。
そして遂に、シンが危惧していたことをロッシュが実行に移す時が来た。
「ッ・・・!」
突然、ロッシュはグレイスから外れるような軌道の攻撃を織り交ぜたのだ。今度の短剣は回転を込めた投擲で、そのままの軌道ではグレイスから遠ざかる一方だと思われた時、その短剣は彼女の方へと吸い寄せられるように曲がって来た。
「ッ・・・!」
手元を振るい、鞭のボディをしならせるがロッシュの放った回転する短剣に当てることが出来ない。この男は、それまでの投擲でグレイスの手の動きと鞭のしなり方を探っていた。
そして、鞭のボディ部分が通らない箇所を見極めると、その軌道を通るようにして投げたのだ。
グレイスは迫り来る短剣を弾けず、ならばと咄嗟に身体を捻らせて避けた。ダンサーのクラス特有の身のこなしで、捌き切れない曲がる投擲を避けて見せたのだ。
更にそれだけではない。彼女の行動はどれも攻守一体。その効果は直ぐに、目に見える形で頭角を表すことになる。
0
お気に入りに追加
297
あなたにおすすめの小説
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。
――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に……
どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。
顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。
魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。
こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す――
※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。
戦闘職をしたくてVRMMOを始めましたが、意図せずユニークテイマーという職業になったので全力でスローライフを目指します
地球
ファンタジー
「え?何この職業?」
初めてVRMMOを始めようとしていた主人公滝沢賢治。
やろうと決めた瞬間、戦闘職を選んでいた矢先に突然出てきた職業は【ユニークテイマー】だった。
そのゲームの名はFree Infinity Online
世界初であるフルダイブ型のVRゲームであり、AIがプレイヤーの様子や行動を把握しイベントなどを考えられるゲームであった。
そこで出会った職業【ユニークテイマー】
この職業で、戦闘ではなくてスローライフを!!
しかし、スローライフをすぐにはできるわけもなく…?
異世界の片隅で引き篭りたい少女。
月芝
ファンタジー
玄関開けたら一分で異世界!
見知らぬオッサンに雑に扱われただけでも腹立たしいのに
初っ端から詰んでいる状況下に放り出されて、
さすがにこれは無理じゃないかな? という出オチ感漂う能力で過ごす新生活。
生態系の最下層から成り上がらずに、こっそりと世界の片隅で心穏やかに過ごしたい。
世界が私を見捨てるのならば、私も世界を見捨ててやろうと森の奥に引き篭った少女。
なのに世界が私を放っておいてくれない。
自分にかまうな、近寄るな、勝手に幻想を押しつけるな。
それから私を聖女と呼ぶんじゃねぇ!
己の平穏のために、ふざけた能力でわりと真面目に頑張る少女の物語。
※本作主人公は極端に他者との関わりを避けます。あとトキメキLOVEもハーレムもありません。
ですので濃厚なヒューマンドラマとか、心の葛藤とか、胸の成長なんかは期待しないで下さい。
「お前のような役立たずは不要だ」と追放された三男の前世は世界最強の賢者でした~今世ではダラダラ生きたいのでスローライフを送ります~
平山和人
ファンタジー
主人公のアベルは転生者だ。一度目の人生は剣聖、二度目は賢者として活躍していた。
三度目の人生はのんびり過ごしたいため、アベルは今までの人生で得たスキルを封印し、貴族として生きることにした。
そして、15歳の誕生日でスキル鑑定によって何のスキルも持ってないためアベルは追放されることになった。
アベルは追放された土地でスローライフを楽しもうとするが、そこは凶悪な魔物が跋扈する魔境であった。
襲い掛かってくる魔物を討伐したことでアベルの実力が明らかになると、領民たちはアベルを救世主と崇め、貴族たちはアベルを取り戻そうと追いかけてくる。
果たしてアベルは夢であるスローライフを送ることが出来るのだろうか。
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
女神様から同情された結果こうなった
回復師
ファンタジー
どうやら女神の大ミスで学園ごと異世界に召喚されたらしい。本来は勇者になる人物を一人召喚するはずだったのを女神がミスったのだ。しかも召喚した場所がオークの巣の近く、年頃の少女が目の前にいきなり大量に現れ色めき立つオーク達。俺は妹を守る為に、女神様から貰ったスキルで生き残るべく思考した。
全校転移!異能で異世界を巡る!?
小説愛好家
ファンタジー
全校集会中に地震に襲われ、魔法陣が出現し、眩い光が体育館全体を呑み込み俺は気絶した。
目覚めるとそこは大聖堂みたいな場所。
周りを見渡すとほとんどの人がまだ気絶をしていてる。
取り敢えず異世界転移だと仮定してステータスを開こうと試みる。
「ステータスオープン」と唱えるとステータスが表示された。「『異能』?なにこれ?まぁいいか」
取り敢えず異世界に転移したってことで間違いなさそうだな、テンプレ通り行くなら魔王討伐やらなんやらでめんどくさそうだし早々にここを出たいけどまぁ成り行きでなんとかなるだろ。
そんな感じで異世界転移を果たした主人公が圧倒的力『異能』を使いながら世界を旅する物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる