World of Fantasia

神代 コウ

文字の大きさ
上 下
228 / 1,646

選定された命

しおりを挟む
 シルヴィの放った鎖は、甲板に立つ者に当たりグルグルと巻きついていき、その両端に括り付けた手斧を手繰り寄せる。何者かを掴んでいた甲板の男は、鎖の拘束によりその手を離すと、迫り来る手斧の軌道をズラす為に身体を捻る。

 手斧はその者の身体に刃を突き立てて動きをとめるも、致命打にはならなかった。



 ヴォルテルの手を逃れ床に落とされたルシアンは、悲痛な呻き声を上げながらゆっくりと甲板の上でもがき苦しんでいる。うつ伏せの状態で腹を抱えるようにしながらのたうち、最早腕に力が入らないのか足で賢明に床を蹴り、まるで芋虫のような動きでヴォルテルから距離を開けようとしている。

 鎖に拘束されたままのヴォルテルが、そんな見るに耐えないルシアンの悲壮な姿を見下していると、ルシアンは何かを隠すようにして、身体の下に薄っすらと光を反射させる物を仕舞い込んだ。

 この後に及んで何か出来る訳でもあるまい。瀕死の彼を見れば通常ならそう思うところではあるが、今までの小細工があったことを考えると確認しない訳にはいかない。

 ヴォルテルは哀れみにも似た目でルシアンを蹴ると、仰向けになった彼の懐から彼の十八番武器であるシェイカーが、ゴトっと床に転がり落ちた。それが何かをする為にルシアンが取り出した物なのか、しまってあった物がただ転がり落ちただけなのかは分からない。

 だが、こんな物で今の戦況が覆せるのかと言ったら、とてもそうは思えない。やはり思い過ごしだったのかと、ヴォルテルは援軍に来るシルヴィ達を尻目に、彼にトドメを刺そうと歩み寄る。

 声の小さくなる彼を眺め、意識を取り戻させるようにして数回彼の身体を蹴りつける。すると何度目かの蹴りで、喉に痞えていた血を咳と共に吹き出して、呼吸することに全力を尽くす勢いで意識を取り戻す。

 荒い呼吸で命を繋ぎながら、見えているのか分からないような目で、側に立つヴォルテルの表情を伺う。ヴォルテルに焼かれていた時点で息絶えていれば、床に落とされたされた時点で諦めていれば、これ以上苦しい最後を迎えずに済んだのかもしれない。

 それでもグレイスの為、助けに来てくれたシルヴィの為、死力を尽くして戦ったエリクの為にも、意識がある限り、身体が少しでも動く限り諦めるという選択肢を選ぶ訳にはいかなかった。そして彼のその意志が、現世に繋ぎ止める為、どんなに痛め付けられようとルシアンの身体を奮い立たせていた。

 「残念だったな・・・。折角お仲間が助けに来てくれたってのによぉ・・・。悪りぃが到着を待ってやるほど、俺ぁお人好しじゃないんでね・・・今、終わらせてやるよ」

 男は仰向けで倒れるルシアンの喉を踏みつける。このまま力を一気に加えて脊髄を粉砕しようとした時、彼の口がゆっくりと何かを言いたげに動こうとしていた。

 「・・・な・・・かった・・・」

 死際の相手が残そうとしている遺言が気になったのか、喉に乗せた足を緩めると彼の言葉に耳を傾ける。少し力を込めれば息の根を止められるという圧倒的有利な状況で気が緩んだのか、完全に魔が差したヴォルテル。

 「・・・あぁ?」

 「私一人では到底・・・到達出来る最後ではなかった・・・」

 やっと絞り出した言葉がそれかと、遺言にしては些か不自然に思う言葉に、もう少しだけ付き合ってやろうという気になったのか、いつまで喋れるかは分からない彼の戯言を聞き入るヴォルテル。

 「そうだな・・・テメェだけだったらスキルを使うまでもねぇ」

 「私はただ・・・鎧を剥がそうとしただけだった。それを貴方が・・・大きくした・・・」

 彼が何を言っているのか分からない。だが、これだけはハッキリと理解した。これは彼の残す最後の遺言ではない。死際に人が語ることなど、たかが知れている。それまで歩んで来た人生の感想や後悔といったものが殆どだろう。

 しかし、ルシアンの口から語られる言葉は過去の事ではあれど、未来を諦めていない希望のある言葉だ。死のタイムリミットが迫る者の口にする言葉ではない。ヴォルテルの中で、僅かばかりの胸騒ぎがした。

 気になってしまったが最後。脳裏にチラつく不安を確かめずにしてはおけない。トドメならいつでも刺せると、男は彼に不安の元凶を突き止める為のヒントを聞き出そうとする。

 「俺が大きくした・・・?何の話だ・・・」

 「貴方の魔法で、気温が急激に変化した・・・。後は、風を送るだけでよかった」

 ヴォルテルの魔法で周囲の気温が急激に変化していたことは事実。冷気で凍らせ、炎を放ち彼を炙った。そこでヴォルテルはあることに気がつく。それまで船の上ということであまり気にも止めていなかったが、風が下から上に向かって吹いているのだ。

 それも急激にではなく、緩やかに吹いていたため、海上での現象の一部としか認識していなかったが、その風を起こしているのが、先ほどルシアンの身体から転げ落ちたシェイカーだったのだ。

 「こッ・・・これは・・・?」

 大きくした、風が上に向かって吹いている。男は思わず上空を見上げる。するとそこには天ほどではない、だいぶ近しいところに灰色よりも黒に近い、モクモクとした雲の塊が出来ていたのだ。

 黒々とした雲がイメージさせるものとは、夏場の天気によくある雨や雷といったものだろう。そしてヴォルテルの頭上にあった雲にも同じ特徴が見られ、所々ピカピカと稲光が伺える。

 だが、これが何だというのだとルシアンに視線を戻すと、彼は更にヴォルテルから離れるため、もがいていた。頭上の雲に気を取られ、いつの間にか彼から足を離してしまっていた。それでもこの程度の距離なら数歩で追いつける。

 何ら戦況に変わりないと、たかをくくる男の脳裏にあることが思い浮かぶ。今正に、自身を縛り付けている鎖、そしてその両端にある手斧。今にも雷が鳴り出しそうな黒い雲から連想したこと。

 「まッ・・・まさかッ!そんな馬鹿なことッ・・・!!」

 急いで身体に力を入れると、縛り付けている鎖を引き千切ろうと、急ぎ尽力するヴォルテル。そして慌て出す男から、少しでも離れようと身体を引きずるルシアンは、男の脳裏に浮かんだであろうことを口にいた。

 「条件の整ったところへのシルヴィの投擲は・・・、正に天啓ッ・・・。さて、果たして生身で耐えられるのものでしょうかッ・・・!」

 ジャラジャラと鎖を外そうと暴れるヴォルテルに向かって、頭上の黒雲で蓄積された稲光が光を潜めた刹那、雷鳴と共に光の主柱がヴォルテルに降り注いだ。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

【完結】おじいちゃんは元勇者

三園 七詩
ファンタジー
元勇者のおじいさんに拾われた子供の話… 親に捨てられ、周りからも見放され生きる事をあきらめた子供の前に国から追放された元勇者のおじいさんが現れる。 エイトを息子のように可愛がり…いつしか子供は強くなり過ぎてしまっていた…

鑑定能力で恩を返す

KBT
ファンタジー
 どこにでもいる普通のサラリーマンの蔵田悟。 彼ははある日、上司の悪態を吐きながら深酒をし、目が覚めると見知らぬ世界にいた。 そこは剣と魔法、人間、獣人、亜人、魔物が跋扈する異世界フォートルードだった。  この世界には稀に異世界から《迷い人》が転移しており、悟もその1人だった。  帰る方法もなく、途方に暮れていた悟だったが、通りすがりの商人ロンメルに命を救われる。  そして稀少な能力である鑑定能力が自身にある事がわかり、ブロディア王国の公都ハメルンの裏通りにあるロンメルの店で働かせてもらう事になった。  そして、ロンメルから店の番頭を任された悟は《サト》と名前を変え、命の恩人であるロンメルへの恩返しのため、商店を大きくしようと鑑定能力を駆使して、海千山千の商人達や荒くれ者の冒険者達を相手に日夜奮闘するのだった。

Another Of Life Game~僕のもう一つの物語~

神城弥生
ファンタジー
なろう小説サイトにて「HJ文庫2018」一次審査突破しました!! 皆様のおかげでなろうサイトで120万pv達成しました! ありがとうございます! VRMMOを造った山下グループの最高傑作「Another Of Life Game」。 山下哲二が、死ぬ間際に完成させたこのゲームに込めた思いとは・・・? それでは皆様、AOLの世界をお楽しみ下さい! 毎週土曜日更新(偶に休み)

Anotherfantasia~もうひとつの幻想郷

くみたろう
ファンタジー
彼女の名前は東堂翠。 怒りに震えながら、両手に持つ固めの箱を歪ませるくらいに力を入れて歩く翠。 最高の一日が、たった数分で最悪な1日へと変わった。 その要因は手に持つ箱。 ゲーム、Anotherfantasia 体感出来る幻想郷とキャッチフレーズが付いた完全ダイブ型VRゲームが、彼女の幸せを壊したのだ。 「このゲームがなんぼのもんよ!!!」 怒り狂う翠は帰宅後ゲームを睨みつけて、興味なんか無いゲームを険しい表情で起動した。 「どれくらい面白いのか、試してやろうじゃない。」 ゲームを一切やらない翠が、初めての体感出来る幻想郷へと体を委ねた。 それは、翠の想像を上回った。 「これが………ゲーム………?」 現実離れした世界観。 でも、確かに感じるのは現実だった。 初めて続きの翠に、少しづつ増える仲間たち。 楽しさを見出した翠は、気付いたらトップランカーのクランで外せない大事な仲間になっていた。 【Anotherfantasia……今となっては、楽しくないなんて絶対言えないや】 翠は、柔らかく笑うのだった。

虐げられた武闘派伯爵令嬢は辺境伯と憧れのスローライフ目指して魔獣狩りに勤しみます!~実家から追放されましたが、今最高に幸せです!~

雲井咲穂(くもいさほ)
ファンタジー
「戦う」伯爵令嬢はお好きですか――? 私は、継母が作った借金のせいで、売られる形でこれから辺境伯に嫁ぐことになったそうです。 「お前の居場所なんてない」と継母に実家を追放された伯爵令嬢コーデリア。 多額の借金の肩代わりをしてくれた「魔獣」と怖れられている辺境伯カイルに身売り同然で嫁ぐことに。実母の死、実父の病によって継母と義妹に虐げられて育った彼女には、とある秘密があった。 そんなコーデリアに待ち受けていたのは、聖女に見捨てられた荒廃した領地と魔獣の脅威、そして最凶と恐れられる夫との悲惨な生活――、ではなく。 「今日もひと狩り行こうぜ」的なノリで親しく話しかけてくる朗らかな領民と、彼らに慕われるたくましくも心優しい「旦那様」で?? ――義母が放置してくれたおかげで伸び伸びこっそりひっそり、自分で剣と魔法の腕を磨いていてよかったです。 騎士団も唸る腕前を見せる「武闘派」伯爵元令嬢は、辺境伯夫人として、夫婦二人で仲良く楽しく魔獣を狩りながら領地開拓!今日も楽しく脅威を退けながら、スローライフをまったり楽しみま…す? ーーーーーーーーーーーー 1/13 HOT 42位 ありがとうございました!

なろう370000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす

大森天呑
ファンタジー
〜 報酬は未定・リスクは不明? のんきな雇われ勇者は旅の日々を送る 〜 魔獣や魔物を討伐する専門のハンター『破邪』として遍歴修行の旅を続けていた青年、ライノ・クライスは、ある日ふたりの大精霊と出会った。 大精霊は、この世界を支える力の源泉であり、止まること無く世界を巡り続けている『魔力の奔流』が徐々に乱れつつあることを彼に教え、同時に、そのバランスを補正すべく『勇者』の役割を請け負うよう求める。 それも破邪の役目の延長と考え、気軽に『勇者の仕事』を引き受けたライノは、エルフの少女として顕現した大精霊の一人と共に魔力の乱れの原因を辿って旅を続けていくうちに、そこに思いも寄らぬ背景が潜んでいることに気づく・・・ ひょんなことから勇者になった青年の、ちょっと冒険っぽい旅の日々。 < 小説家になろう・カクヨム・エブリスタでも同名義、同タイトルで連載中です >

生活魔法は万能です

浜柔
ファンタジー
 生活魔法は万能だ。何でもできる。だけど何にもできない。  それは何も特別なものではないから。人が歩いたり走ったりしても誰も不思議に思わないだろう。そんな魔法。  ――そしてそんな魔法が人より少し上手く使えるだけのぼくは今日、旅に出る。

【ヤベェ】異世界転移したった【助けてwww】

一樹
ファンタジー
色々あって、転移後追放されてしまった主人公。 追放後に、持ち物がチート化していることに気づく。 無事、元の世界と連絡をとる事に成功する。 そして、始まったのは、どこかで見た事のある、【あるある展開】のオンパレード! 異世界転移珍道中、掲示板実況始まり始まり。 【諸注意】 以前投稿した同名の短編の連載版になります。 連載は不定期。むしろ途中で止まる可能性、エタる可能性がとても高いです。 なんでも大丈夫な方向けです。 小説の形をしていないので、読む人を選びます。 以上の内容を踏まえた上で閲覧をお願いします。 disりに見えてしまう表現があります。 以上の点から気分を害されても責任は負えません。 閲覧は自己責任でお願いします。 小説家になろう、pixivでも投稿しています。

処理中です...