World of Fantasia

神代 コウ

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勝利への布石

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 ルシアンの身体と周囲の氷が、彼に近付けないと手を拱いているように溶けては凍りを繰り返している。自分の力が通用しないことが腹立たしく、意固地になって彼を凍らせようとしていたが、男はふと我へと帰りこの戦法が通じないことを受け入れ、無駄な魔力消費をする手を離す。

 男は知っているのだ。戦場において意地やプライドは時に自分を見失わせ、敗北を招くことを。それは優位性の高い方、自分の方が強いと思っている者に見られることだ。

 負ける筈のない者に、自分の戦法が通じないという事態が起こった時、それは受け入れ難いものとなる。勝負は始める前からついている、確実な勝利、奇跡でも覆しようのない戦力差。

 簡潔に言えば何処にでもいるような雑魚モンスターに、それまで多用してきた戦法が通じない時、スキルを出し惜しみ、全力を出すのが躊躇われることはないだろうか。やられる事は端から頭になく、それよりも力を使わされたという屈辱にプライドが傷付けられるという、勝手で自分の中にだけある意地。

 誰に何を言われるわけでもないのに、ただ“格好が悪い行為“のように思えて仕方がない。それで敗北したり命を落としてしまったら元も子もないというのに。

 ヴォルテルは直ぐに気持ちを切り替え、甲板に突き立ててある盾の元へ走ると、最初に見せた魔法と同じように盾の形状を変え始めたことから、男が何をしようとしているのかが予想がつく。

 男の動きを見たルシアンは、男が盾の物陰に入るのを確認してから氷の捌けた場所を移動し始める。氷が捌けているとはいえ全てが無くなっている訳ではない。だが、それならそれでやりようはある。

 走り出したルシアンは勢いをつけて氷の上を滑り出す。摩擦の影響は受けることになるが、立ってバランスを保ち余計な力を使うのならと、足から氷漬けの甲板へ崩れ落ち、スライディングのようにしてヴォルテルの隠れる盾の前から移動する。

 彼の予想通り男は盾に空いた大口から、再度グレイス軍の船員達を焼き払った業火を吐き出させる。ルシアンのいた位置はみるみる焼け焦げていき、周辺の氷も瞬く間にその形を崩し、上空へと気化していった。

 盾の裏に隠れ、魔力を送っていたヴォルテルの視界の隅に突然滑り込んでくる黒い影が飛び込む。直ぐにその正体を確かめようと視線を影に送ると、その大きさや形状、今までの状況から一人しかいない人物であることを確認する。

 直後、男の足に装着している鎧に何か金属のような物が当たる乾いた音が耳に入り、チラッとその物に視線を送ると、それはルシアンとの戦闘で散々目にしてきた銀色の塊、シェイカーだった。

 鎧を着込んでいたのが裏目に出た。彼が何も考えず中身の無いシェイカーを滑らせ投げよこす筈がない。中身を予想するのには、ぶつかった時の音や質量を感じることで情報を得ることが出来るが、ヴォルテルの鎧はぶつかった時に生じる衝撃など微塵も感じさせないほど強固であったため、どのくらいの物が中に入っているのか質量を感じることが出来なかった。

 だが、そんなものを考えさせる余裕もないほど早く、中身が何なのか知ることになる。男の足に当たったシェイカーは回転を止め、本来一瞬の出来事であったはずだが、ヴォルテルの目には酷くゆっくりとした一瞬だった。シェイカーはその容姿を膨張させ、一気に中のものを吐き出した。

 その規模こそ大した事はなかったが、男を怯ませるには十分な威力の爆発が起こる。思わず身体の前で腕を交差させて防ぐが、大したことのない威力の爆発と目眩しのように広がる煙に、同じ戦法が通じると思われているのかと腹が立つ様子を見せるヴォルテル。

 身を守るために固めていたその腕を、露払いのように振るい移動するルシアンの姿を目で追う。見つけた時には第二第三のシェイカーが、ヴォルテル目掛けて飛んで来ていた。その間にも彼は、移動し続けながら次々にシェイカーを床や手すりなどに設置していく。

 中身はどうやら一撃目の爆発と同じ中身のようで、大してダメージが入らないことを知ると、飛んで来るシェイカーを一つ一つ弾くと、爆発と煙の散布を繰り返す。

 「何のマネだぁッ!こんなモノ、俺には通用しねぇぞッ!生き延びたところでテメェには決定打がねぇ・・・。それともまだ何か“手品”でも見せてくれんのかいッ!?」

 いくつか撃ち込んだ後でルシアンは動きを止める。男の言う通り、彼は一つ“手品”を仕組んでいた。そしてその企みは見事成就したようだ。

 「貴方が防御に絶対的な自信を持ち、避けずに受けてくれるだろうと思ってました。感謝しますよ、貴方が私の思っている通りの人間であったことに・・・」

 「何を言って・・・ッ!!」

 穏やかな声で語り出す彼の様子に、ヴォルテルの顔から笑みが消える。冗談やハッタリを言うようなタイプでないのは、この戦闘で読み取れる。それがあの余裕ときたものだ、不自然に思わないのが無理というもの。ならばルシアンは何処に布石を打っていたのか。

 しかし、その効果は既に男の身体に現れ始めていた。ヴォルテルが動く度に動作は重く、妙な音を立てるようになっていたのだ。

 「こッこれは・・・!!」

 「貴方が受け止めていたソレには、酸性の強いアイテムが含まれています。そして貴方を取り巻くのは煙ではなく水蒸気。小さな微粒子が貴方の身に纏っている鎧を覆うように包まれている状況下にあるのです。この音と動きの鈍くなった要因・・・最早説明するまでもありませんね・・・」

 男の身に纏っていた鎧の色が、毒に浸食されていくかのように赤黒い腐食した鉄の色へと変貌していく。

 「馬鹿なッ・・・!?特製の鎧だぞッ!そう簡単にこんな事がッ・・・」

 動きは更に鈍くなり、最早動くだけでも鎧がボロボロと崩れていく。ルシアンのよこしたシェイカーから散布された水蒸気に侵され、ヴォルテルの何物をも通さぬ装甲は錆付いていたのだ。
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