World of Fantasia

神代 コウ

文字の大きさ
上 下
49 / 1,646

今の自分に出来ること

しおりを挟む
短剣の戦闘とは、勿論のことだが要求される技術がまるで違う。

アーテムや朝孝との稽古は、謂わば近距離戦が主で、刃同士の打ち合いがよく発生していた。

しかしどうだ。 自分へと構えられた槍の矛先は、実際の間合いよりも相手が遥か遠くに感じる。

俗に言われるのが、槍を相手にした戦闘は懐に入ればこっちのものだという理屈は分かっていたのだが、いざ懐へ飛び込もうとすると、矛先は的確にシンの目線の先に向けられる。

「くっ・・・!」

まるで動きが読まれているかのような圧力感が、シンの行動の意志を萎縮させるのだ。

「どうした・・・、来ないのか?」

イデアールは不敵に笑う。
生半可な気持ちでは、このまま距離を詰める事すら出来ないだろう。

そう思ったシンは、グッと足に力を込め、意を決し飛び込む。

矛先は、そのまま徐々に大きくなっていくように見えた。

紙一重のところで首を曲げてこれを避けると、矛先はシンを通りすぎ、イデアールの懐に隙ができると、これを見逃すまいと距離を詰める。

しかし、シンを迎えたのはチャンスではなく、首筋に走る強烈な痛みだった。

意識が飛びそうになりよろめいていると、ぼんやりとした視界に映ったのは、槍をしなる程勢い良く振るうイデアールの姿だった。

背筋に走る悪寒が、咄嗟にシンの身体を腰から折り曲げさせ、辛うじてその一撃を避ける。

目を見開き、尋常ではない冷や汗をかきながら固まるシンの首へ、イデアールの槍の矛先がそっと添えられる。

「これが剣と槍の違いだよ。 ただ懐に飛び込むだけでは、その差は埋められない。槍の使い手が熟練者であればあるほど、その差は大きくなる」

槍の一撃目であった突きを避けたところから、一体何があったのか、当の本人であるシンには全く分からなかったが、距離をおいて見ていたアーテムや朝孝には、シンが何をされたのか全て見えていた。

イデアールの槍は、前に突き出た後避けられると、直ぐ様引き戻されると、槍の柄を使った打撃により、シンに眩暈を起こさせていた。

その後、打撃を打ち込んだのとは反対側へと槍を回転させながら持ち替え、柄による渾身の一撃を振り抜いていたのだ。

「もう一度・・・、お願いしたいッ!」

シンは、アーテムや朝孝との稽古の成果を何一つ出せずに、捩じ伏せられたのが情けなく、そして悔しかった。

二人が自分へ割いてくれた時間と労力が無駄であったなど、思いたくなかったシンは、何としてもイデアールに一泡吹かせるまで、後に引けない。

「勿論だともッ! さぁ次だ」

痛みを無理矢理押さえ込みながら立ち上がると、次にシンは一本の短剣で挑むことにした。

初めの時と、武器の構えと表情が変わったシンに、イデアールは先程までよりも気を引き締めて迎え撃つ。

再度、勢い良く地を蹴り、距離を詰めるシン。

イデアールも同じく一撃目は突きから入る。

しかし、1戦目と違うのはここからだった。

シンは突き出された矛先を避けると、今度は槍を引き戻されないように、空いた手で槍の柄を掴んだ。

そして逆に槍を自分の方へと引きながら、イデアールの懐へと飛び込む。

イデアールは両手で持っていた槍から、片手を離し、距離を詰めてくるシンを迎え撃つ。

シンが振るう一撃を、イデアールが槍から離した手で受け止めると、今度はイデアールがシンへと蹴りを入れる。

シンもこれを片膝で受けとめると、お互いに力を込め初め、弾け飛ぶように二人は後方へと飛び退く。

「アンタ・・・、わざと最初の一撃目をさっきと同じ一撃目にしたな・・・?」

何故、初撃を一戦目二戦目で同じにしてきたのか、それはシンに避けるとは別の選択肢でどうなるかを体験して欲しかったからだった。

「槍相手との戦い方について、何か掴めたかな? これは槍の弱点とも言えるだろうな。 どの武器でもそうだが、武器自体が拘束されてしまえば、後は己自身で戦うしかない。 槍は柄が長い分、それが起こりやすい」

これは武器種による利点と欠点の話だ。

槍は近接武器の中でも、様々な戦い方ができるとても器用な武器だ。

代表的なものでいうと、ハルバートが有名だろう。

槍の矛先に斧頭、反対側に突起が付いていることから、斧部分による斬撃や突起の鉤爪で引っかけたり、突起で叩く打撃と、攻撃の種類が豊富。

イデアールが見せた、懐に入られた時に長柄を使って叩いたり捕らえることもできる上に、投擲に使われる槍なども存在する為、近距離や中距離だけでなく、長距離までこなせる正に万能な武器。

その反面、武器自体が長く、小回りが利かないのと、相手に受け止められ易く、取り上げられたらひとたまりも無い。

それとは反対に、短剣は普通に使えば、間合いこそ狭いものの、非常に小回りが利き、攻撃の合間に持ち方を変えたりもできる程だ。

武器自体の単価も物によるが、比較的易く投擲にも優れている為、遠距離での戦いもこなせる。

アーテムがやっていた戦い方が正に短剣の利点を活かしていて、複数の短剣を自分の周りに放り投げ、あらゆる角度からの攻撃と凄まじい手数、そしてそれを可能にしているのが、本人の身体能力。

詰まる所、自身のステータスによって武器種や戦術を変えることも大切だということだ。

ゲームでいうのであれば、ひたすら攻撃力にポイントを振り分けた者が短剣を使っても、短剣の利点を最大限活かしきれない。

素早さや敏捷性に振り分けてきた者が、斧やハンマーを手にしても上手く扱うことができない。


シンは槍を相手に戦う時、まだ全てを避け切れる程の、イデアールを上回る素早さや敏捷性がなかったため、受け止めることで活路を開いたということだった。

「わざわざ自分の弱点を晒してまで、俺に諭してくれたのか・・・?」

シンの言葉にイデアールは豪快に笑う。

「はははははッ! 自分の弱点は自分がよく分かっているよ。 そしてそれをそのままにしておく程、俺は未熟ではない」

今回のシンとの稽古はイデアールにとって、全力を出すものではなかった。

そしてお互いにだが、スキルを使わなかったのだから、単純な身体能力や熟練度の差で、シンに力を示して見せたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

re:birth 〜勇者じゃないと追放された最強職【何でも屋】は、異世界でチートスキル【DIY】で無双します~

華音 楓
ファンタジー
「役立たずの貴様は、この城から出ていけ!」  国王から殺気を含んだ声で告げられtた海人は頷く他なかった。  ある日、異世界に魔王討伐の為に主人公「石立海人」(いしだてかいと)は、勇者として召喚された。  その際に、判明したスキルは、誰にも理解されない【DIY】と【なんでも屋】という隠れ最強職であった。  だが、勇者職を有していなかった主人公は、誰にも理解されることなく勇者ではないという理由で王族を含む全ての城関係者から露骨な侮蔑を受ける事になる。  城に滞在したままでは、命の危険性があった海人は、城から半ば追放される形で王城から追放されることになる。 僅かな金銭で追放された海人は、生活費用を稼ぐ為に冒険者として登録し、生きていくことを余儀なくされた。  この物語は、多くの仲間と出会い、ダンジョンを攻略し、成りあがっていくストーリーである。

「自重知らずの異世界転生者-膨大な魔力を引っさげて異世界デビューしたら、規格外過ぎて自重を求められています-」

mitsuzoエンターテインメンツ
ファンタジー
 ネットでみつけた『異世界に行ったかもしれないスレ』に書いてあった『異世界に転生する方法』をやってみたら本当に異世界に転生された。  チート能力で豊富な魔力を持っていた俺だったが、目立つのが嫌だったので周囲となんら変わらないよう生活していたが「目立ち過ぎだ!」とか「加減という言葉の意味をもっと勉強して!」と周囲からはなぜか自重を求められた。  なんだよ? それじゃあまるで、俺が自重をどっかに捨ててきたみたいじゃないか!  こうして俺の理不尽で前途多難?な異世界生活が始まりました。  ※注:すべてわかった上で自重してません。

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

余りモノ異世界人の自由生活~勇者じゃないので勝手にやらせてもらいます~

藤森フクロウ
ファンタジー
 相良真一(サガラシンイチ)は社畜ブラックの企業戦士だった。  悪夢のような連勤を乗り越え、漸く帰れるとバスに乗り込んだらまさかの異世界転移。  そこには土下座する幼女女神がいた。 『ごめんなさあああい!!!』  最初っからギャン泣きクライマックス。  社畜が呼び出した国からサクッと逃げ出し、自由を求めて旅立ちます。  真一からシンに名前を改め、別の国に移り住みスローライフ……と思ったら馬鹿王子の世話をする羽目になったり、狩りや採取に精を出したり、馬鹿王子に暴言を吐いたり、冒険者ランクを上げたり、女神の愚痴を聞いたり、馬鹿王子を躾けたり、社会貢献したり……  そんなまったり異世界生活がはじまる――かも?    ブックマーク30000件突破ありがとうございます!!   第13回ファンタジー小説大賞にて、特別賞を頂き書籍化しております。  ♦お知らせ♦  余りモノ異世界人の自由生活、コミックス3巻が発売しました!  漫画は村松麻由先生が担当してくださっています。  よかったらお手に取っていただければ幸いです。    書籍のイラストは万冬しま先生が担当してくださっています。  7巻は6月17日に発送です。地域によって異なりますが、早ければ当日夕方、遅くても2~3日後に書店にお届けになるかと思います。  今回は夏休み帰郷編、ちょっとバトル入りです。  コミカライズの連載は毎月第二水曜に更新となります。  漫画は村松麻由先生が担当してくださいます。  ※基本予約投稿が多いです。  たまに失敗してトチ狂ったことになっています。  原稿作業中は、不規則になったり更新が遅れる可能性があります。  現在原稿作業と、私生活のいろいろで感想にはお返事しておりません。  

王太子様には優秀な妹の方がお似合いですから、いつまでも私にこだわる必要なんてありませんよ?

木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるラルリアは、優秀な妹に比べて平凡な人間であった。 これといって秀でた点がない彼女は、いつも妹と比較されて、時には罵倒されていたのである。 しかしそんなラルリアはある時、王太子の婚約者に選ばれた。 それに誰よりも驚いたのは、彼女自身である。仮に公爵家と王家の婚約がなされるとしても、その対象となるのは妹だと思っていたからだ。 事実として、社交界ではその婚約は非難されていた。 妹の方を王家に嫁がせる方が有益であると、有力者達は考えていたのだ。 故にラルリアも、婚約者である王太子アドルヴに婚約を変更するように進言した。しかし彼は、頑なにラルリアとの婚約を望んでいた。どうやらこの婚約自体、彼が提案したものであるようなのだ。

愛されていないはずの婚約者に「貴方に愛されることなど望んでいませんわ」と申し上げたら溺愛されました

海咲雪
恋愛
「セレア、もう一度言う。私はセレアを愛している」 「どうやら、私の愛は伝わっていなかったらしい。これからは思う存分セレアを愛でることにしよう」 「他の男を愛することは婚約者の私が一切認めない。君が愛を注いでいいのも愛を注がれていいのも私だけだ」 貴方が愛しているのはあの男爵令嬢でしょう・・・? 何故、私を愛するふりをするのですか? [登場人物] セレア・シャルロット・・・伯爵令嬢。ノア・ヴィアーズの婚約者。ノアのことを建前ではなく本当に愛している。  × ノア・ヴィアーズ・・・王族。セレア・シャルロットの婚約者。 リア・セルナード・・・男爵令嬢。ノア・ヴィアーズと恋仲であると噂が立っている。 アレン・シールベルト・・・伯爵家の一人息子。セレアとは幼い頃から仲が良い友達。実はセレアのことを・・・?

私異世界で成り上がる!! ~家出娘が異世界で極貧生活しながら虎視眈々と頂点を目指す~

春風一
ファンタジー
『いーわよ、そこまで言うならもう、親子の縁なんて切ってやる!! 絶対に成功するから、今に見てなさいよ!!』 如月風歌は、考えるより先に行動する脳筋少女。中学の卒業式の日に、親と大喧嘩し、その勢いで家出する。時空航行船のチケットを握りしめ、着の身着のまま&ほぼ無一文で、異世界に向かっていった。 同じ地球でありながら、魔法で発展した平行世界エレクトラ。この世界に来たのは『シルフィード』と呼ばれる、女性だけがなれる『超人気職業』に就くためだ。 上位階級のシルフィードは、トップアイドルのような存在。また、絶大な人気・知名度・影響力を持ち、誰からも尊敬される、人生の成功者。巨万の富を築いた者も、少なくはない。 だが、お金もない・人脈もない・知識もない。加えて、女子力ゼロで、女らしさの欠片もない。全てがゼロからの、あまりにも無謀すぎる挑戦。しかも、親から勘当を言い渡され、帰る場所すらない状態。 夢に燃えて、意気揚々と異世界に乗り込んだものの、待ち受けていのは、恐ろしく厳しい現実と、パンと水だけの極貧生活だった。 『夢さえ持っていれば、気合さえあれば、絶対に上手くいく!!』と信じて疑わない、脳筋でちょっとお馬鹿な少女。だが、チート並みのコミュ力(無自覚)で、人脈をどんどん広げて行く。 ほのぼの日常系。でも、脳筋主人公のため、トラブルが発生したり、たまにシリアスだったり、スポ根っぽい熱い展開も……。 裸一貫から成り上がる、異世界シンデレラストーリー。

私とお母さんとお好み焼き

white love it
経済・企業
義理の母と二人暮らしの垣谷操。貧しいと思っていたが、義母、京子の経営手腕はなかなかのものだった。 シングルマザーの織りなす経営方法とは?

処理中です...