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神代 コウ

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剣聖・塚原卜伝 平和を齎す活人剣

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「獲物が折れちまったようだな・・・」

剣客は、卜伝の折れた刀の刀身の方へと歩いて行く。

「朝孝・・・、ちょっとこっちへ・・・」

後ろへ退いていた朝孝を卜伝が、自分の近くへと手招きする。

朝孝には卜伝の意図が読めなかったが、いつも彼の言うことには従うようにしていた。

朝孝は、今までの旅で経験してきた卜伝の言動や行動から、彼が正しいと信じてやまなかった。それは朝孝の人生を変えた師であるという意思が大きい。

剣客が地面に刺ささる刀身の側まで来る。

「俺は、宮本武蔵という。 俺のあみ出した二天一流が、剣聖と呼ばれるアンタにどれ程通用するか試してみたくてな・・・」

そう言いながら拾った、卜伝の刀の刀身を手に取ると、武蔵は異変に気がついた。

「な・・・ッ!? なんだこれはッ・・・。 ひでぇ刃こぼれだ・・・」

卜伝が武蔵との決闘で使った刀は、戦う前から酷い刃こぼれを起こした刀と取り替えられていたのだ。

武蔵は、卜伝に刀のことを問いただそうと振り向く。

しかし、そこに居るはずの卜伝は既に道の遠くで小さくなっており、今にも見失うという程、距離をあけられていた。

卜伝は、隙を見て朝孝を小脇に抱え、音も立てずその場を走り去っていた。

「せッ・・・先生!?」

「あぁいう手合いには、適当に負けてやるに限る。 きっと彼は、これを勝ちとは思わないだろうけどね。 戦わずにして勝つ・・・、それが私流だ」

卜伝はそう言うと、高笑いしながら武蔵の元を離れていった。

「待てぇコラッ!! これはどういうつもりだーーーッ!!」

遠くで武蔵が叫んでいるのが聞こえてくるが、卜伝は相手にしない。

塚原卜伝は、戦いを好む人ではなかった。
剣聖と呼ばれるほどの力を持ちながら、その力で他者をどうこうするということを兎に角嫌った。

それは彼の信じる信念にも繋がるものがあるのだろう。

人より優れているということは、その優れたものを他者の為に使えという天からの啓示だ。決して人を屈服させたり、力を誇示する為に使うべからず。さすれば自分にない優れたものを、他者は自分の為に使ってくれるだろう。

禍も慈悲も、必ず自身へと帰ってくるものだ。


「それよりも・・・。 あの武蔵という男、君と同じ流派のように見えたけど・・・。知り合いかい?」

朝孝は卜伝から剣術を教えてもらう以前、とある島で生きていく術として剣術を教えてもらっていた。朝孝はその人物の顔を覚えてはいなかったが、その人物こそ宮本武蔵だった。

そこから時はあっという間に進み、朝孝の辿り着いた日本では松永久秀と三好三人衆による足利義輝を討ち取る戦が始まる。

卜伝は、義輝の剣術の師として国を追われる事になってしまい、その渦中には朝孝の姿もあった。

「朝孝・・・、君はこの国の人ではない。 こんな危ない目に合う理由はないんだ。 ・・・だから君は自分の国へお帰り」

海辺の小さな村に、卜伝と朝孝は追い詰められていた。

「先生ッ!私はこの国で育ち、生きる術を学び、大切なものを沢山頂きました。 私はもう、この国の人間です!」

朝孝は、自分の家族を奪い、人の尊厳を奪い、どこまでも自分を見放した、何処の国とも知れない故郷へ帰るつもりも、帰ろうとする気も、一度も思ったことはなかった。

「それでも、君は帰るべきだよ・・・。 君がその国に生まれたのは意味のあることなんだ。 誰しも、意味もなく生まれてくるものじゃない。あるべくして、そこにあるんだ・・・」

卜伝は憔悴していた。
長い逃避行、誰もが彼らを見るや否や、松永・三好らの軍へと報告を入れる。さもなければ自分達の身が危ぶまれる。卜伝もそれは承知の上だった。だからそれを責めようなども思わない。

「岬の入り江に船がある・・・。それで国を出て、海を渡って帰るんだ。 今の私でも、それくらいの時間は稼げると思う」

こんなに弱気な卜伝を、朝孝は初めて見る。
いつも飄々として、しかしその中にしっかりと芯のある強い心を持った人だった。

「やめて下さい! ・・・そんな事・・・、言わないで下さい・・・」

卜伝はそっと朝孝の頭を撫でる。

「こんな小さな島国でも、何かを変えようとするには、人生は短過ぎる・・・。 だから繋いで行くのだと、私は思う。 私はね・・・、君に繋いで欲しいと思っているよ・・・」

朝孝に乗せた手をゆっくり下ろすと、どこか遠くを見ながら彼は言った。

「私の想いを繋いでくれる人は、既にこの国には何人もいる。 君にはそれを外の世界へと繋げて欲しい・・・。 これは外から来た君にしか出来ない事だから・・・」

人を殺める事でしか、自分の存在を誇示出来なかった朝孝を、卜伝は人の心が分かる人間に育ててくれた。そんな彼との日々が朝孝の脳裏に蘇る。

小屋の外から大勢の人の足音が、二人に近づいてくる。時間は待ってはくれない、刻一刻と來るその時を迎えようとする。

「さぁ、私が彼らの気を引くから・・・。 君は振り向かず入り江の船へと走るんだ。 多勢に無勢だ・・・決して戦おうなんて思っちゃいけないからね・・・」

そういうと卜伝は、勢い良く戸を蹴破り、注意を引いて朝孝の退路を切り開く。

泣いてなどいられない。
彼が動き出した以上、その行為を無駄にする訳にはいかないと、朝孝も少し間を置いた後、入り江へと走り出した。

しかし、不運にも朝孝の姿は敵兵に見つかってしまう。

「別の者がいたぞ! アイツも逃すな! 殺せ!!」

卜伝を引き止める軍と、朝孝を追う軍に別れる。

憔悴した卜伝には、全盛期の剣聖としての力は出せず、朝孝を追うことを許してしまう。

敵兵の刀が、卜伝を貫く。

「やめろッ・・・、やめてくれッ! その子は関係ないッ!!」

卜伝の叫ぶ声を聞きながら、決して振り返る事もなく走り抜ける朝孝。そんな彼に、無慈悲にも無数の矢が放たれる。

朝孝を狙った矢は、彼に命中する事なく地面に落ちる。

入り江に辿り着き、急ぎ船を漕いで沖へと向かう朝孝は、最期に後ろを振り返る。



そこには二本の刀を持った、見馴れた男の姿があった。


「武蔵ッ!」

決して望めぬ援軍に駆けつけたのは、剣聖に挑み続けた新免武蔵藤原玄信こと、二天一流の宮本武蔵、その人だった。

「剣聖ッ! アンタの繋ごうとする意志は、俺が守ってやる! だから・・・、最期に剣聖アンタの剣聖たる所以、魅せちゃくれねぇかッ!!」

卜伝は武蔵に・・・、そして彼との出逢いに感謝した。

「ありがとう・・・、ありがとうッ!武蔵!! あぁ!いいとも! 剣聖・塚原卜伝の“人を活かす剣”、しかとその目に焼き付けよッ!」

卜伝は、彼の奥義“一の太刀”にて、立ちはだかる者達を次々に打ち負かしていく。
しかし、そこには一滴の血も流れることはなかった。

そこに居た誰もが、彼の振るう剣技に魅せられ、戦う意志を断たれたように朝孝には見えた。

そして、剣聖の意を汲んだのか、武蔵もまた、誰一人斬り捨てることなく、敵を打ち負かしていく。

朝孝が最期に見た光景は、“人を殺めず、人を活かす剣。 国に平和を齎す活人剣“を振るう、二人の剣豪の後ろ姿だった。
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