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サラ・マクブライドのファンタジア
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シンと別れた後、ミアはパルディアの街を巡る。
武器や防具を揃えるのにお世話になった店、調合の材料を揃えるのにお世話になった店、クエストを受けるのにお世話になった冒険者ギルド、街の人々のクエストを受けるのにお世話になった酒場や広場。
最初は望んで止まっていたわけでは無いが、長く活動の拠点として利用していくうちに愛着というのは、本人の意思とは関係なくどこかに湧いてくるもの。
ミア自身も、旅立ちを控えた今となればそれが実感できることだろう。慣れ親しんだ景色に別れを告げる様に、一つ一つゆっくりと巡っていった。
「おや? ミアちゃんじゃないか。 久しぶりだね・・・どこかへ行ってたのかい?」
「えぇ、クエストが長引いちゃって、ちょっと街を離れてたの」
顔なじみの人がミアを見るや否や、話しかけてくる。彼女という存在もまた、街の一部として周囲に認知されていた証拠だろう。
「そうかい・・・でもまぁ、またこうして会えたんだ。 元気そうで良かったよ」
自分にも心配してくれる人がいたのだと、ミアは改めて知る。自分がいなくなれば悲しむ人がいてくれるということを知っているのといないのとでは、全く違う。その事が、生きていく上で身を支える大事に柱になっていることを、現実とWoF、両方を生きているミアは強く感じていた。
「そんな何日もいなくなってた訳じゃないんだから・・・。 貴方も元気そうで良かったわ、おばあちゃん」
笑顔で挨拶を交わす。
そんなやり取りを、巡る店々で交わしていく。
少しだけミアには不思議に思うことがあった。
調合の作業場を借りていたあの店の店主。
彼女にはミアが、何のクエストに向かったのかわかっていたはずだ。
あのクエストに向かったと知れば、街の人々はきっと、ミアは戻らないだろうと思うはず。しかし、今まで会った人々に、そのことに驚く素振りをする者はいなかった。
つまり、街の人々はミアがあのクエストに向かったことを知らなかったということ。そして、調合の作業場をミアに貸していた店主は、そのことを誰にも言わなかったということだ。
「気・・・、きかせてくれたのかな・・・」
そんなことを思いながら、ミアは例の店主がいる調合屋に向かう。
調合屋に着くと店の前で立ち止まるミア。
店の外観は、ミアが出発した時から変わりはない。数日しか経っていないのだから当然といえば当然だが、あの時といまでは心境に大きな変化があったことから、久しぶりに帰ってこれたように感じている。
店内に入ろうとしたが、ドアにはcloseの掛札がかけられていた。
「いないの・・・?」
普段なら毎日やっている様な店だったので、ミアは少し心配になった。
すると、建物の横、路地の裏の方からドサっという、何か荷物を外に出している様な音が聞こえてきた。
ミアはゆっくりと、その音のする方へと向かった。
そこには、いつも通り口に煙草を咥えた店主の女性の姿がそこにあった。
向こうもミアの存在に気がつき、持っていた荷物から手が離れ、地面に落ちる音が路地裏に響く。
「ミア・・・、アンタ・・・」
店主の女性は、咥えていた煙草のことも忘れ、口からポロリと落としてしまう。
唖然としている彼女の姿を見て、少し照れくさそうな仕草をしながらミアは言葉を放った。
「・・・た、ただいま」
目に涙を浮かべ、店主の女性はミアに駆け寄り、強く抱きしめる。
「よかった・・・無事でよかった・・・! アタシまた・・・。 もう帰ってこないと思ってた・・・、誰にも言えなかった・・・。またアタシのせいで・・・」
子供の様に泣きじゃくる店主の女性の背中を、優しく撫でるミア。
「・・・うん」
何を話すでもなくミアは、彼女の感情が落ち着くまで、ただ黙って頷き、彼女を宥めた。
暫くして店に入る二人。
店内は少し整頓されているようだった。
散らかっていた調合の器具や材料は綺麗に並べられており、彼女の好きだった煙草の匂いも、前ほどしなくなっている。
「・・・ん」
店の奥から、カップに入ったコーヒーを二つ持った彼女が姿を現し、腰掛けるミアへカップを一つ渡した。
「ありがとう」
受け取ったカップは温かく、湯気と共に落ち着く香りが辺りを包み込んだ。
一息ついて落ち着いた頃、店主の女性からサラのクエストについていくつか質問があった。
「あの子のクエストはどうなったの?」
あの子とは間違いなくサラの事だろう。
サラとの交流があった彼女には、その後のことが気になって仕方がなかっただろう。
あのクエストを受けた者は、過去に誰一人として戻ってきてはいない。
ミアが無事に帰ってきたということは、何かしらの方法でクエストを完了したということ以外考えずらい。
コーヒーを口に含み、喉を通すとミアは話し出す。
「ちゃんとクリアしてきたよ。 それも、あの子の望む形で終わらせることができた」
ミアは別れ際のサラや、村の人達の表情を思い出しながら、微笑んで語る。
そんな様子を見て、あの子にとってもミアにとっても、最善の結果になったのだと悟り、店主の女性の表情も柔らかくなる。
「・・・アンタにもお礼を言っておいてって言われたよ。 それと、村の復興がひと段落ついたら街にも顔出すって」
サラは歳の割に、そういうところは大人のようにしっかりしている。彼女を取り巻く環境が、きっと彼女を正しく成長させたのだろう。
辛い思いもしただろうが、全てがただ嫌な出来事だったわけでもない。
「そうか・・・、あの子・・・そんなことを・・・」
どこか遠くを見る様な目で店主の女性は微笑んだ。ミアには、その表情が印象的で、嬉しそうでもありながら、どこか悲しい目をしているように感じた。
それからミアと店主の女性は、クエストのことやその内容について話した。
どうして冒険者達が戻らなかったのか、何故サラは肌を隠すような格好をしていたのか。
村に何が起きていたのか、原因はなんだったのか・・・。つい先日までの出来事だったが、ミア自身や、シンやサラ、ウルカノという心優しいデーモンの魔物や、全てを一人で抱え込み自分さえ見失っていたメアの事、思い出話は尽きなかった。
冒険者達がサラにした行いについて話した時は、店主の女性も怒りを露わにしたが、話を終える頃には、また優しい笑顔に戻った。
「アンタ自身も見違えるように変わったよ・・・、まるで別人だね」
店主の女性も、初めてミアにあった時のことを思い出していた。
他人を遠ざけ、信用しようとしない上、とっつきにくい性格をしていたミアは、彼女の店に来るようになるまででも随分とかかった。
新しい弾の調合や、素材の組み合わせに苦労しているところに、店主の女性がアドバイスや情報を与える内に、徐々にミアの方からも質問するようになってきた。
それから彼女の店で調合の手ほどきをするようになり、調合屋の仕事を手伝うようにもなってきた。
歳も近いことから話も合い、まるで腐れ縁の友人のように仲良くなっていった。
「そうかな? ・・・そう・・・かもね・・・」
人との関わりに煩わしさを感じていたミアは、街の人々や店主の女性、シン達と関わることによって、固く閉ざしていた心の扉を、知らず識らずの内に、自身で開いていった。
ミア自身も、自分の変化に自覚を持ち始めている。
「私・・・、先へ進むことにした。 街を・・・出るよ・・・」
店主の女性は少しドキッとした。
何となく想像はついていたことだ。彼女の足枷が外れたとなれば、もうこの街に止まる理由もなくなるのだから。
心構えは出来ていた。
もし無事に帰ってくるようなことがあれば、きっとミアはここを離れるのだと。
「そう・・・。 そうだよね、もう止まる理由・・・、ないもんね・・・」
言われると分かってはいたが、実際に彼女の口から言われると、急に別れが寂しくなった。
少しの沈黙の後、店主の女性が先に口を開いた。
「少し外を・・・、街を歩かない?」
「そうね、最後に二人で見て回るのもいいかもね」
二人はコーヒーの入ったカップを机の上に置くと、店を後にした。
一緒に調合の素材を買い求めた店や、今日の夕飯のお菜を何にするかで口喧嘩した食材の店など、二人はその時々の思い出を語りながら街を回った。
暫くして、ミアのメッセージにシンから連絡があった。たった今戻った、用事が済んだら返事が欲しいと。
「仲間から?」
店主の女性が、ミアの様子を察して声をかける。
「・・・うん、今着いたって」
「そっか・・・、それじゃこの辺にしておこうか」
ミアに別れを言わせるのも忍びないと、彼女なり気を使った。
「ミア・・・いろいろと、ありがとね」
「やめてよ、今生のお別れみたいな言い方。 ちょっと離れるだけなんだから、また戻ってくるよ」
「そう・・・ね・・・、そうだよね。 じゃぁさようならは言わない」
俯いた顔を上げると、笑顔でミアを送り出す店主の女性。
「それじゃぁ、またね! ミア」
「えぇ、またね! メアリー」
そう言うと二人は一度だけ抱き合うと、手を振りながら別れた。
ミアからメアリーと呼ばれた女性は、ミアの姿が見えなくなるまで、手を振り続けた。
手を振り終え、その手を下ろす彼女の後ろから黒いローブの男が歩み寄る。
「さよならは言えたかい? メアリー・マクブライドさん?」
「さよならは言わなかった・・・。 もう会えないみたいで嫌だったんだもの。 だから・・・またねって、言ったわ・・・」
男はメアリーの横に並び立つと、彼女の表情をチラッと伺う。潤いに満ちたその瞳からは今にも雫がこぼれ落ちそうだった。
それを目にする前に、顔を前に向き直す男。
そして頬を伝う雫を、腕で拭うとメアリーは男の悪態について言及した。
「それと、貴方は知ってるはずでしょ? だからその名で呼ばないでよ・・・」
男は困った様子で、フード越しに頭を掻く。
ミアが呼んだ彼女の名前は偽名だったのだ。
今度は落ち着いた声のトーンで、彼女に問いかける。
「本当のこと・・・、言わなくて良かったのかい・・・?」
彼女はその質問に、溢れそうになる涙を見せないよう、顔を上げながら震えた声で答えた。
「言えるわけないじゃない・・・、だって本当のこと知ったらあの子・・・、自分のこと責めちゃうもの・・・」
一度だけ勢いよく鼻をすすり、大きく口から息を吐くメアリー。
「あの子、友達ができたらきっと自分よりも友達を優先するタイプだから・・・」
男は優しく鼻で笑う。
「そしてその友達は、彼女に自分の運命を委ねたって訳かい?」
「・・・ただ生きてるだけで、無駄な時を過ごしていただけの私だもの・・・、それなら私を救ってくれたあの子のために使おうと思っただけ。 あの子の・・・ミアの決めたことならどんな運命でも受け入れられる。 私にとってはそれだけの価値があったのよ・・・」
少しずつ感情が落ち着いてきたメアリー。
今度は男に向かって質問をする。
「・・・一つ、いいかしら?」
男はメアリー方に、少し顔を向ける。
「メアを助けたのは、貴方の差し金?」
男は返答の前に少し、間を空けた。
「私がメアに約束したのは、村人達の命だけ・・・。メアの生存は全く予期せぬことだった。 あの子・・・サラが起こした奇跡・・・じゃないかな?」
この黒いコートの男は、ダンジョンの研究室でメアに交渉を持ちかけた人物だった。
その男も、メアが生存する結果に驚いているようだった。
「そう・・・、あの子・・・そんなに強くなったのね。 なら、尚更私なんて要らなくなっちゃったって訳ね・・・」
メアリーは、明るくそんなことを言ってはいたが、彼女の声は震えていて、今にも崩れ落ちそうだった。
「それは違うよ。 ・・・違うと断言しよう。 君がいなければ、あのサラは生まれなかった。君がいなければミアが人に心を開くこともなかったし、シンという青年に出会うこともなかった。 君の存在は間違いなく、彼らの人生に影響を与えた。 君が要らないなんてことは断じてない」
彼女は男の言葉に、自分の感情を堪えることができなかった。
冒険を始めたての人々が行き交うこの街。
二人が立っている広場にも多くの人々が行き交っている。
そして、その人々が二人の身体をすり抜けて歩いていくのが見えた。
どうやら街の人々には、二人の姿も声も聞こえていないようだった。
「そろそろ時間だ・・・。 最期に見送るのが私のような者でごめんね・・・」
徐々に身体が薄れ光りだす彼女は、男の言葉にただ首を振って答えた。
「ありがとう・・・、ございます・・・」
男は一度深呼吸をすると、バッと大きく両手を広げ語りだす。
「世界中の人が君の事を忘れようとも、ミアや私、そして・・・もう一人の君であるサラが覚えている! 君というファンタジアがここにあった事を!」
男は泣き崩れる彼女に手を差し伸べる。
「改めて言わせてもらおう、サラ・マクブライド!」
溜めを作り、決め台詞のように、どこかで聞いた言葉を彼女、サラ・マクブライドにかける。
「ようこそ、ワールドオブファンタジア へ」
サラの手を取り、空へと上がっていく男。
二人の身体は、街に吹く優しい風とともに、光となって消えていった。
世界はサラ・マクブライドの消失を意に介さず、今まで通り何も変わらず回っていく。
店主のいなくなった彼女の調合屋に、街に吹いたのと同じ優しい風が吹き込んでくる。
棚に並んだ商品や物品が風で少し揺れ、小さな音を立てる。
風と共に入ってきた小さな光が、カウンターに置かれた写真立ての前に飛んでいく。
その写真立てには、笑顔で写るミアとサラ・マクブライドの姿があった。
武器や防具を揃えるのにお世話になった店、調合の材料を揃えるのにお世話になった店、クエストを受けるのにお世話になった冒険者ギルド、街の人々のクエストを受けるのにお世話になった酒場や広場。
最初は望んで止まっていたわけでは無いが、長く活動の拠点として利用していくうちに愛着というのは、本人の意思とは関係なくどこかに湧いてくるもの。
ミア自身も、旅立ちを控えた今となればそれが実感できることだろう。慣れ親しんだ景色に別れを告げる様に、一つ一つゆっくりと巡っていった。
「おや? ミアちゃんじゃないか。 久しぶりだね・・・どこかへ行ってたのかい?」
「えぇ、クエストが長引いちゃって、ちょっと街を離れてたの」
顔なじみの人がミアを見るや否や、話しかけてくる。彼女という存在もまた、街の一部として周囲に認知されていた証拠だろう。
「そうかい・・・でもまぁ、またこうして会えたんだ。 元気そうで良かったよ」
自分にも心配してくれる人がいたのだと、ミアは改めて知る。自分がいなくなれば悲しむ人がいてくれるということを知っているのといないのとでは、全く違う。その事が、生きていく上で身を支える大事に柱になっていることを、現実とWoF、両方を生きているミアは強く感じていた。
「そんな何日もいなくなってた訳じゃないんだから・・・。 貴方も元気そうで良かったわ、おばあちゃん」
笑顔で挨拶を交わす。
そんなやり取りを、巡る店々で交わしていく。
少しだけミアには不思議に思うことがあった。
調合の作業場を借りていたあの店の店主。
彼女にはミアが、何のクエストに向かったのかわかっていたはずだ。
あのクエストに向かったと知れば、街の人々はきっと、ミアは戻らないだろうと思うはず。しかし、今まで会った人々に、そのことに驚く素振りをする者はいなかった。
つまり、街の人々はミアがあのクエストに向かったことを知らなかったということ。そして、調合の作業場をミアに貸していた店主は、そのことを誰にも言わなかったということだ。
「気・・・、きかせてくれたのかな・・・」
そんなことを思いながら、ミアは例の店主がいる調合屋に向かう。
調合屋に着くと店の前で立ち止まるミア。
店の外観は、ミアが出発した時から変わりはない。数日しか経っていないのだから当然といえば当然だが、あの時といまでは心境に大きな変化があったことから、久しぶりに帰ってこれたように感じている。
店内に入ろうとしたが、ドアにはcloseの掛札がかけられていた。
「いないの・・・?」
普段なら毎日やっている様な店だったので、ミアは少し心配になった。
すると、建物の横、路地の裏の方からドサっという、何か荷物を外に出している様な音が聞こえてきた。
ミアはゆっくりと、その音のする方へと向かった。
そこには、いつも通り口に煙草を咥えた店主の女性の姿がそこにあった。
向こうもミアの存在に気がつき、持っていた荷物から手が離れ、地面に落ちる音が路地裏に響く。
「ミア・・・、アンタ・・・」
店主の女性は、咥えていた煙草のことも忘れ、口からポロリと落としてしまう。
唖然としている彼女の姿を見て、少し照れくさそうな仕草をしながらミアは言葉を放った。
「・・・た、ただいま」
目に涙を浮かべ、店主の女性はミアに駆け寄り、強く抱きしめる。
「よかった・・・無事でよかった・・・! アタシまた・・・。 もう帰ってこないと思ってた・・・、誰にも言えなかった・・・。またアタシのせいで・・・」
子供の様に泣きじゃくる店主の女性の背中を、優しく撫でるミア。
「・・・うん」
何を話すでもなくミアは、彼女の感情が落ち着くまで、ただ黙って頷き、彼女を宥めた。
暫くして店に入る二人。
店内は少し整頓されているようだった。
散らかっていた調合の器具や材料は綺麗に並べられており、彼女の好きだった煙草の匂いも、前ほどしなくなっている。
「・・・ん」
店の奥から、カップに入ったコーヒーを二つ持った彼女が姿を現し、腰掛けるミアへカップを一つ渡した。
「ありがとう」
受け取ったカップは温かく、湯気と共に落ち着く香りが辺りを包み込んだ。
一息ついて落ち着いた頃、店主の女性からサラのクエストについていくつか質問があった。
「あの子のクエストはどうなったの?」
あの子とは間違いなくサラの事だろう。
サラとの交流があった彼女には、その後のことが気になって仕方がなかっただろう。
あのクエストを受けた者は、過去に誰一人として戻ってきてはいない。
ミアが無事に帰ってきたということは、何かしらの方法でクエストを完了したということ以外考えずらい。
コーヒーを口に含み、喉を通すとミアは話し出す。
「ちゃんとクリアしてきたよ。 それも、あの子の望む形で終わらせることができた」
ミアは別れ際のサラや、村の人達の表情を思い出しながら、微笑んで語る。
そんな様子を見て、あの子にとってもミアにとっても、最善の結果になったのだと悟り、店主の女性の表情も柔らかくなる。
「・・・アンタにもお礼を言っておいてって言われたよ。 それと、村の復興がひと段落ついたら街にも顔出すって」
サラは歳の割に、そういうところは大人のようにしっかりしている。彼女を取り巻く環境が、きっと彼女を正しく成長させたのだろう。
辛い思いもしただろうが、全てがただ嫌な出来事だったわけでもない。
「そうか・・・、あの子・・・そんなことを・・・」
どこか遠くを見る様な目で店主の女性は微笑んだ。ミアには、その表情が印象的で、嬉しそうでもありながら、どこか悲しい目をしているように感じた。
それからミアと店主の女性は、クエストのことやその内容について話した。
どうして冒険者達が戻らなかったのか、何故サラは肌を隠すような格好をしていたのか。
村に何が起きていたのか、原因はなんだったのか・・・。つい先日までの出来事だったが、ミア自身や、シンやサラ、ウルカノという心優しいデーモンの魔物や、全てを一人で抱え込み自分さえ見失っていたメアの事、思い出話は尽きなかった。
冒険者達がサラにした行いについて話した時は、店主の女性も怒りを露わにしたが、話を終える頃には、また優しい笑顔に戻った。
「アンタ自身も見違えるように変わったよ・・・、まるで別人だね」
店主の女性も、初めてミアにあった時のことを思い出していた。
他人を遠ざけ、信用しようとしない上、とっつきにくい性格をしていたミアは、彼女の店に来るようになるまででも随分とかかった。
新しい弾の調合や、素材の組み合わせに苦労しているところに、店主の女性がアドバイスや情報を与える内に、徐々にミアの方からも質問するようになってきた。
それから彼女の店で調合の手ほどきをするようになり、調合屋の仕事を手伝うようにもなってきた。
歳も近いことから話も合い、まるで腐れ縁の友人のように仲良くなっていった。
「そうかな? ・・・そう・・・かもね・・・」
人との関わりに煩わしさを感じていたミアは、街の人々や店主の女性、シン達と関わることによって、固く閉ざしていた心の扉を、知らず識らずの内に、自身で開いていった。
ミア自身も、自分の変化に自覚を持ち始めている。
「私・・・、先へ進むことにした。 街を・・・出るよ・・・」
店主の女性は少しドキッとした。
何となく想像はついていたことだ。彼女の足枷が外れたとなれば、もうこの街に止まる理由もなくなるのだから。
心構えは出来ていた。
もし無事に帰ってくるようなことがあれば、きっとミアはここを離れるのだと。
「そう・・・。 そうだよね、もう止まる理由・・・、ないもんね・・・」
言われると分かってはいたが、実際に彼女の口から言われると、急に別れが寂しくなった。
少しの沈黙の後、店主の女性が先に口を開いた。
「少し外を・・・、街を歩かない?」
「そうね、最後に二人で見て回るのもいいかもね」
二人はコーヒーの入ったカップを机の上に置くと、店を後にした。
一緒に調合の素材を買い求めた店や、今日の夕飯のお菜を何にするかで口喧嘩した食材の店など、二人はその時々の思い出を語りながら街を回った。
暫くして、ミアのメッセージにシンから連絡があった。たった今戻った、用事が済んだら返事が欲しいと。
「仲間から?」
店主の女性が、ミアの様子を察して声をかける。
「・・・うん、今着いたって」
「そっか・・・、それじゃこの辺にしておこうか」
ミアに別れを言わせるのも忍びないと、彼女なり気を使った。
「ミア・・・いろいろと、ありがとね」
「やめてよ、今生のお別れみたいな言い方。 ちょっと離れるだけなんだから、また戻ってくるよ」
「そう・・・ね・・・、そうだよね。 じゃぁさようならは言わない」
俯いた顔を上げると、笑顔でミアを送り出す店主の女性。
「それじゃぁ、またね! ミア」
「えぇ、またね! メアリー」
そう言うと二人は一度だけ抱き合うと、手を振りながら別れた。
ミアからメアリーと呼ばれた女性は、ミアの姿が見えなくなるまで、手を振り続けた。
手を振り終え、その手を下ろす彼女の後ろから黒いローブの男が歩み寄る。
「さよならは言えたかい? メアリー・マクブライドさん?」
「さよならは言わなかった・・・。 もう会えないみたいで嫌だったんだもの。 だから・・・またねって、言ったわ・・・」
男はメアリーの横に並び立つと、彼女の表情をチラッと伺う。潤いに満ちたその瞳からは今にも雫がこぼれ落ちそうだった。
それを目にする前に、顔を前に向き直す男。
そして頬を伝う雫を、腕で拭うとメアリーは男の悪態について言及した。
「それと、貴方は知ってるはずでしょ? だからその名で呼ばないでよ・・・」
男は困った様子で、フード越しに頭を掻く。
ミアが呼んだ彼女の名前は偽名だったのだ。
今度は落ち着いた声のトーンで、彼女に問いかける。
「本当のこと・・・、言わなくて良かったのかい・・・?」
彼女はその質問に、溢れそうになる涙を見せないよう、顔を上げながら震えた声で答えた。
「言えるわけないじゃない・・・、だって本当のこと知ったらあの子・・・、自分のこと責めちゃうもの・・・」
一度だけ勢いよく鼻をすすり、大きく口から息を吐くメアリー。
「あの子、友達ができたらきっと自分よりも友達を優先するタイプだから・・・」
男は優しく鼻で笑う。
「そしてその友達は、彼女に自分の運命を委ねたって訳かい?」
「・・・ただ生きてるだけで、無駄な時を過ごしていただけの私だもの・・・、それなら私を救ってくれたあの子のために使おうと思っただけ。 あの子の・・・ミアの決めたことならどんな運命でも受け入れられる。 私にとってはそれだけの価値があったのよ・・・」
少しずつ感情が落ち着いてきたメアリー。
今度は男に向かって質問をする。
「・・・一つ、いいかしら?」
男はメアリー方に、少し顔を向ける。
「メアを助けたのは、貴方の差し金?」
男は返答の前に少し、間を空けた。
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この黒いコートの男は、ダンジョンの研究室でメアに交渉を持ちかけた人物だった。
その男も、メアが生存する結果に驚いているようだった。
「そう・・・、あの子・・・そんなに強くなったのね。 なら、尚更私なんて要らなくなっちゃったって訳ね・・・」
メアリーは、明るくそんなことを言ってはいたが、彼女の声は震えていて、今にも崩れ落ちそうだった。
「それは違うよ。 ・・・違うと断言しよう。 君がいなければ、あのサラは生まれなかった。君がいなければミアが人に心を開くこともなかったし、シンという青年に出会うこともなかった。 君の存在は間違いなく、彼らの人生に影響を与えた。 君が要らないなんてことは断じてない」
彼女は男の言葉に、自分の感情を堪えることができなかった。
冒険を始めたての人々が行き交うこの街。
二人が立っている広場にも多くの人々が行き交っている。
そして、その人々が二人の身体をすり抜けて歩いていくのが見えた。
どうやら街の人々には、二人の姿も声も聞こえていないようだった。
「そろそろ時間だ・・・。 最期に見送るのが私のような者でごめんね・・・」
徐々に身体が薄れ光りだす彼女は、男の言葉にただ首を振って答えた。
「ありがとう・・・、ございます・・・」
男は一度深呼吸をすると、バッと大きく両手を広げ語りだす。
「世界中の人が君の事を忘れようとも、ミアや私、そして・・・もう一人の君であるサラが覚えている! 君というファンタジアがここにあった事を!」
男は泣き崩れる彼女に手を差し伸べる。
「改めて言わせてもらおう、サラ・マクブライド!」
溜めを作り、決め台詞のように、どこかで聞いた言葉を彼女、サラ・マクブライドにかける。
「ようこそ、ワールドオブファンタジア へ」
サラの手を取り、空へと上がっていく男。
二人の身体は、街に吹く優しい風とともに、光となって消えていった。
世界はサラ・マクブライドの消失を意に介さず、今まで通り何も変わらず回っていく。
店主のいなくなった彼女の調合屋に、街に吹いたのと同じ優しい風が吹き込んでくる。
棚に並んだ商品や物品が風で少し揺れ、小さな音を立てる。
風と共に入ってきた小さな光が、カウンターに置かれた写真立ての前に飛んでいく。
その写真立てには、笑顔で写るミアとサラ・マクブライドの姿があった。
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えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
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