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異形の現実
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シンはミアと別れた後、ユーザーメニューを開くとログアウトを選択する。
暫くすると、ゲームの時とは違い、徐々に意識が薄れていく。
「な・・・なんだ、これは・・・? 本当にログアウトするだけ・・・なんだよな? 大丈夫・・・だよな・・・」
ミアに聞いた時には、ログアウトで何か起きる何てことは口にしていなかった。だから特に気にすることもなくログアウトしようとしたが、果たしてこれは正常なログアウトなのか、シンは心配になった。
だが、そんな心配もすぐに解消されることになる。意識がなくなった後、目を覚ますと、見慣れた室内にいることに気がつく。
「戻って・・・これたのか?」
部屋の中は暗く、窓が割れたままになっており、外からの風でカーテンが揺らめいていた。床には割れたガラスの破片や、部屋の物が散乱していて、壁に銃弾の後も何発か残っている。
「あの時のままだ・・・」
ミアのキャラクターが、シンとモンスターごとログインして、WoFの世界へログインした時のまま、時間が止まっていたかのように、全くそのままの状態で保持されていた。
「時間は・・・、あれからどれだけ経っている・・・?」
部屋にある時計を探し、手に取って今の時間を確認する。
「・・・? 何だ? そんなに時間が経ってない・・・」
驚いたことに外はまだ暗く、夜空からは月明かりが降り注いでいる。
慎シンは次に自分のスマートフォンを探し、床から拾い上げると、時刻と日にちを確認した。もしかしたら何日か経って、たまたまこの時間に目を覚ましただけかもしれないと思ったからだ。
「・・・あの日で間違いない・・・、日にちは跨いだが、何日も経ってはいない・・・。本当に数時間だけだ・・・」
向こうの世界では何日も経過していた。
パルディアの街だけでも数日、サラのクエストを始めてからメアと戦い、無事に村の人々が元に戻ってから別れをするまでにも何日か経っていたはずだった。
それなのに現実では数時間の出来事だった。
慎にはこれが不思議な感覚で、日にちや時間の感覚が麻痺しているかのように、大体の曜日感覚すら失われていた。
「外の様子は・・・? 一体どうなっている・・・?」
割れた窓を開け、外に首を出し、辺りを見渡すが、これといって目に見える変化はない様子だった。
慎は、スマートフォンをポケットにしまうと、家の鍵を持ち、外に出て見ることにした。
故郷に久しぶりの帰郷をするかのような感覚が慎を包み込む。今までいたファンタジーの世界観がまだ身体に染み付いており、建物の違いやコンクリートで固められた道路を歩くのが、何とも奇妙だった。
慎は、最初にモンスターを見かけた現場を見に行こうとしていた。
あの時は、路地裏で男が黒いコートを着た何者かに襲われていたが、今ならあれがモンスター、或いは“向こう側”からやってきた者であるのだと分かる。
人が突然消えるなどあり得ないことだ。きっと襲われていた人も、自分と同じバグに遭遇した人なんじゃないかと慎は考えた。
あの現場くらいしか、慎が今起きている現象の手がかりをつかめる場所など存在しない。
慎の足取りが早くなる。
そして例の現場が見える、道路を挟んで反対側、あの時と同じ位置へとやってくる。
時刻はあの時よりも更に夜の深さを増している。外を出歩く人は更に少なく、道路を走る車も数台しか通らない。幾つかのお店は閉店しており、明かりも少なくなっている。
同じ景色から見える例の出来事の現場は、多少明るさは違えど、別段変わった様子はない。
ほんの少し、暗がりに見える何かを追うような好奇心が、慎の足を前へと進める。その足取りに恐怖や楽しみといったものはなく、ただ吸い寄せられるようにその現場へと向かう。
迂回し、近くの横断歩道へ行くと信号が変わる。赤く光るLEDの明かりは何を止めるわけでもなく、不気味に道路の進行を制御する。
少しの間をおいて歩行者用の信号機が、慎の興味を掻き立てる道を指し示す。
危機感はなかった。辺りの景色や空気、近代的な機械などの、現実の世界という認識が無意識に彼の中に住み着き、WoFの世界とは別のものだと思い込んでいた。
慎が現場の路地へとやってくる。
何があるわけでもない、ただこの周辺にいる人達の生活感があるだけだった。慎は足を進め路地へと入っていく。
これが慎にとって拍子抜けであり、自分に起きている奇妙な現象の手がかりが途絶えてしまったということに繋がった。
ただ自分がおかしくなっただけなのか。
テレビや雑誌で言われているような、ゲームにのめり込み過ぎて現実との区別がつかなくなってしまうという現象。
そんなことなどあり得ない、認識の甘い奴が勝手にそんなことを言っているだけだろと、慎は気にも止めていなかった話だが、この時ばかりは彼もそのことが頭を過ぎった。
結局何も掴めなかっただけか、自分を疑うようなことになってしまい、意気消沈する慎。用事に時間をかけないと言った慎は、取り敢えずミアとの約束の場所に戻ろうと思った。
きっとミアに無駄足だったなと、馬鹿にされるんだろうななどと考えながら。
背後に、何かの視線を感じる。
ここまで歩いてきて人の気配がなかったのは確認しているはず。そんな気の抜けた心境に、突然感じる誰かの視線。
それまでの路地の様子が嘘のように、緊張感が漂い出し、慎の身体を硬ばらせる。
慎は意を決し、一気に後ろを振り返る。
そこに慎へと視線を送っていたものの姿はなかった。
しかし、慎の見る視界の上方に、そこに有るには不自然な者影が、建物の縁にしがみ付いている。
慌てて視線をその者影へと合わせる。
「・・・ッ!?」
一目見て慎には分かった、その者の格好と態勢から・・・。
現実世界の者ではないことを・・・。
その者の存在に驚く慎と同じく、相手もどこか驚いたような仕草を見せた。
その後、その何者かは一瞬にして慎の目の前から姿を消してみせた。
慌てて辺りを見渡す慎。
しかし、その者の姿を捉えることは出来ず、視線や気配すら感じなくなってしまった。
突然、慎は後ろから足を蹴られ膝を着くと、何者かに羽交い締めにされてしまう。
「な・・・何だアンタ!? 何者なんだ!?」
咄嗟に、その何者かに存在を問う慎。
敵か味方か分からない、モンスターかもしれない。そしてこの態勢ではゲームを開き、ログインすることも出来ない。
完全にミアの危惧していた通りのことになってしまった。このままでは確実にやられてしまうと思い、通じるかは分からないが、言葉をかけることで少しでも時間を稼ごうとした。
「お前、俺が見えているのか・・・?」
男の声で発せられる理解できる言語。
接触している部位から異形の触感や、高熱や冷気といったものが感じられないことから、慎はこの者が人間であることを察する。
モンスターでないのなら、直ぐに殺されることもないだろう。そしてこの男の発した質問の言葉から、場合によっては何とこできるかもしれないという希望が見え出した。
「何を言ってるんだ? アンタを見たから俺はこうなっているんじゃないかッ!?」
少しの間の後、男は何か冷たいものを慎の後頭部へと当てる。慎には当てられてるものが何なのかは分からないが、その行為自体に痛みはなく、少しの硬さを感じる。何か固形物を当てられているようだ。
その行為は直ぐに終わり、その後男は慎の拘束を解いた。
圧迫されていた呼吸を整えながら、四つん這いのまま男との距離をあけると、後ろを振り返る。
「なんなんだ・・・、アンタ?」
男は慎の方を見てはいるが、慎ではなく何か近くのものを見ているように、視線の焦点が合わない。
「目覚めたのか・・・、本当に何も知らないようだ。 ・・・赤子のように、まだ・・・何も・・・」
この男が言っていることが全く理解できない様子の慎。目覚めたとはどういうことなのか。バグで気を失った後のことを言っているのか。
何も知らないとはなんなのか。バグによって起きている現象のことを言っているのか、考え出したらきりが無い。
慎がおかしなものを見る目で男を見ていると、漸く男の視線が慎に焦点を合わした。
「いきなり襲ったことについては詫びよう。俺にも判断のつけようがなかったのだ・・・、許せ」
男は慎に歩み寄ると、起き上がるよう手を差し伸べてきた。慎は疑いながらも、その手を取る。
「俺の名は白獅はくし、・・・お前にはキャラクターネームと言った方が伝わりやすいかもしれないな」
白獅と名乗る男に起き上がらせられ、慎も名を名乗ろうとした。
「俺は・・・」
しかし、彼は何故だか既に慎のことを知っているようだった。
「シン・・・と、いうのだろ? 本名は慎。・・・キャラクターネームにも本名を使っているのか。その名前ならありえなくは無いか・・・」
慎はこの男との面識はなく、心当たりもない。
「何故、俺のことを知っている・・・?」
「今はまだ言えない・・・、俺はまだお前を信用したわけではないからだ」
今はまだ、ということは何れその時が来れば話してくれるのだろうか、慎は男に質問を続ける。
「ここで何をしていたんだ?」
「待っていた・・・」
ある男がモンスターに襲われていたこの現場で、白獅と名乗る男は何かを待っていたということだろう。
「何を・・・待っていた?」
男の目的についての質問。きっと男は話してはくれないだろうと思いながらも、聞かずにはいられなかった。
少し間があった後、路地の入り口の方から、何かの足音が聞こえてくる。
「やはり様子を見に来たか・・・」
男は手を慎の前に出し、後ろに下がるように促してくる。慎も得体の知れないものの接近に、固唾を呑む。
カシャン、カシャン・・・と、鉄の鎧が歩くような音が暗がりの路地に響く。
路地の入り口から、何かのシルエットが姿を表し出す。
白銀の甲冑に、折り畳まれたままの白く美しい羽、西洋のランスのような先端から手元にかけて太くなっている武器と、何かの紋章が刻まれた大きな盾を持った、首なしの騎士の姿。
美しくも怪しげな雰囲気から、慎や白獅の類のものとは違う異形の存在感が漂う。
間違いなく、ここで男を襲っていた者や、慎を襲った者と同じ存在、WoFの”モンスター“の姿に間違いない。
それも、今まで現実世界であったモンスターとはレベルが違うのが、見ただけでも分かる。
「ここで起きた異変を嗅ぎつけて来たんだ・・・。 俺は”アレ“を待っていた。 慎ッ!俺がアイツを引きつけているうちに路地から離れろッ! そして安全な場所から彼女の元へ帰れ」
ゲームの世界で会うのと、現実の世界で会うのは慎にとって驚くほど別の存在のように感じた。見慣れた景色にゲームのモンスターという異色の組み合わせが、より一層事態の異常さを引き立て、慎を震え上がらせた。
建物の間から見える上空に光が一つ、二つと光り出すと、同じ白銀の騎士が数体、姿を表す。敵は一体ではなかったのだ。
「数が多い・・・、路地を出て奴らの注意を俺に向ける。少しここで待っていろ。 そして俺の合図と共に走れ! 他に何も考えなくていい。 ただ走るんだ! いいな!?」
慎は慌てて何度も頷く。
男は飛び道具で地上に表れた白銀の騎士の注意を自分に向けると、素早い身のこなしで路地から飛び出した。
同時に、増援で表れた上空の騎士にも飛び道具を当てると、騎士達は一斉に男の方を向き、向かい始める。
「行けッ!! これに懲りたら暫くはこっちに来ないことだ!」
走り出す間際、慎は男に問いた。
「あ・・・、アンタは一体何者なんだ!?」
「お前と同じさ。 ・・・厳密には少し違うがな」
男の声は徐々に小さくなっていく。複数体の騎士を引き連れ、闇夜の街の中を颯爽と飛び回っていった。
慎も男に言われた通り、路地を出て反対方向へと走り出す。
安全な場所と言われ、慎は自宅を思い浮かべると一目散に向かった。
暗く静かな街並みに、靴が地面を鳴らす音と、荒い息遣いだけがこだまする。
必死に走り続け、漸く自宅までたどり着くと、急ぎ自室へ向かい、ログインの準備に入る。
「な・・・、なんだったんだ・・・あれは・・・。俺と同じだって? ・・・じゃぁ、アイツもWoFのプレイヤーで、同じバグに合ったのか・・・?」
ちょっと様子を伺いにいくつもりが、とんでもないことになった。しかし、これでまた新たな手がかりを掴めたかも知れない。
白獅と名乗る男。
どうやら敵ではなさそうだった。そして何より慎よりも先に、この事態を経験している先駆者であることは間違いない。
現実世界のことを知りたいのなら、あの男に接触すれば何か得られるかも知れない。
しかし、まずはあの男の言う通り、力をつけなければ、こちらの世界で自由に行動することもままならない。
暫くはWoFの世界で経験を積む必要があることを、身に染みて実感した慎は、ローディングの文字と共に薄れゆく意識の中、再びもう一つの世界へと転移していった。
暫くすると、ゲームの時とは違い、徐々に意識が薄れていく。
「な・・・なんだ、これは・・・? 本当にログアウトするだけ・・・なんだよな? 大丈夫・・・だよな・・・」
ミアに聞いた時には、ログアウトで何か起きる何てことは口にしていなかった。だから特に気にすることもなくログアウトしようとしたが、果たしてこれは正常なログアウトなのか、シンは心配になった。
だが、そんな心配もすぐに解消されることになる。意識がなくなった後、目を覚ますと、見慣れた室内にいることに気がつく。
「戻って・・・これたのか?」
部屋の中は暗く、窓が割れたままになっており、外からの風でカーテンが揺らめいていた。床には割れたガラスの破片や、部屋の物が散乱していて、壁に銃弾の後も何発か残っている。
「あの時のままだ・・・」
ミアのキャラクターが、シンとモンスターごとログインして、WoFの世界へログインした時のまま、時間が止まっていたかのように、全くそのままの状態で保持されていた。
「時間は・・・、あれからどれだけ経っている・・・?」
部屋にある時計を探し、手に取って今の時間を確認する。
「・・・? 何だ? そんなに時間が経ってない・・・」
驚いたことに外はまだ暗く、夜空からは月明かりが降り注いでいる。
慎シンは次に自分のスマートフォンを探し、床から拾い上げると、時刻と日にちを確認した。もしかしたら何日か経って、たまたまこの時間に目を覚ましただけかもしれないと思ったからだ。
「・・・あの日で間違いない・・・、日にちは跨いだが、何日も経ってはいない・・・。本当に数時間だけだ・・・」
向こうの世界では何日も経過していた。
パルディアの街だけでも数日、サラのクエストを始めてからメアと戦い、無事に村の人々が元に戻ってから別れをするまでにも何日か経っていたはずだった。
それなのに現実では数時間の出来事だった。
慎にはこれが不思議な感覚で、日にちや時間の感覚が麻痺しているかのように、大体の曜日感覚すら失われていた。
「外の様子は・・・? 一体どうなっている・・・?」
割れた窓を開け、外に首を出し、辺りを見渡すが、これといって目に見える変化はない様子だった。
慎は、スマートフォンをポケットにしまうと、家の鍵を持ち、外に出て見ることにした。
故郷に久しぶりの帰郷をするかのような感覚が慎を包み込む。今までいたファンタジーの世界観がまだ身体に染み付いており、建物の違いやコンクリートで固められた道路を歩くのが、何とも奇妙だった。
慎は、最初にモンスターを見かけた現場を見に行こうとしていた。
あの時は、路地裏で男が黒いコートを着た何者かに襲われていたが、今ならあれがモンスター、或いは“向こう側”からやってきた者であるのだと分かる。
人が突然消えるなどあり得ないことだ。きっと襲われていた人も、自分と同じバグに遭遇した人なんじゃないかと慎は考えた。
あの現場くらいしか、慎が今起きている現象の手がかりをつかめる場所など存在しない。
慎の足取りが早くなる。
そして例の現場が見える、道路を挟んで反対側、あの時と同じ位置へとやってくる。
時刻はあの時よりも更に夜の深さを増している。外を出歩く人は更に少なく、道路を走る車も数台しか通らない。幾つかのお店は閉店しており、明かりも少なくなっている。
同じ景色から見える例の出来事の現場は、多少明るさは違えど、別段変わった様子はない。
ほんの少し、暗がりに見える何かを追うような好奇心が、慎の足を前へと進める。その足取りに恐怖や楽しみといったものはなく、ただ吸い寄せられるようにその現場へと向かう。
迂回し、近くの横断歩道へ行くと信号が変わる。赤く光るLEDの明かりは何を止めるわけでもなく、不気味に道路の進行を制御する。
少しの間をおいて歩行者用の信号機が、慎の興味を掻き立てる道を指し示す。
危機感はなかった。辺りの景色や空気、近代的な機械などの、現実の世界という認識が無意識に彼の中に住み着き、WoFの世界とは別のものだと思い込んでいた。
慎が現場の路地へとやってくる。
何があるわけでもない、ただこの周辺にいる人達の生活感があるだけだった。慎は足を進め路地へと入っていく。
これが慎にとって拍子抜けであり、自分に起きている奇妙な現象の手がかりが途絶えてしまったということに繋がった。
ただ自分がおかしくなっただけなのか。
テレビや雑誌で言われているような、ゲームにのめり込み過ぎて現実との区別がつかなくなってしまうという現象。
そんなことなどあり得ない、認識の甘い奴が勝手にそんなことを言っているだけだろと、慎は気にも止めていなかった話だが、この時ばかりは彼もそのことが頭を過ぎった。
結局何も掴めなかっただけか、自分を疑うようなことになってしまい、意気消沈する慎。用事に時間をかけないと言った慎は、取り敢えずミアとの約束の場所に戻ろうと思った。
きっとミアに無駄足だったなと、馬鹿にされるんだろうななどと考えながら。
背後に、何かの視線を感じる。
ここまで歩いてきて人の気配がなかったのは確認しているはず。そんな気の抜けた心境に、突然感じる誰かの視線。
それまでの路地の様子が嘘のように、緊張感が漂い出し、慎の身体を硬ばらせる。
慎は意を決し、一気に後ろを振り返る。
そこに慎へと視線を送っていたものの姿はなかった。
しかし、慎の見る視界の上方に、そこに有るには不自然な者影が、建物の縁にしがみ付いている。
慌てて視線をその者影へと合わせる。
「・・・ッ!?」
一目見て慎には分かった、その者の格好と態勢から・・・。
現実世界の者ではないことを・・・。
その者の存在に驚く慎と同じく、相手もどこか驚いたような仕草を見せた。
その後、その何者かは一瞬にして慎の目の前から姿を消してみせた。
慌てて辺りを見渡す慎。
しかし、その者の姿を捉えることは出来ず、視線や気配すら感じなくなってしまった。
突然、慎は後ろから足を蹴られ膝を着くと、何者かに羽交い締めにされてしまう。
「な・・・何だアンタ!? 何者なんだ!?」
咄嗟に、その何者かに存在を問う慎。
敵か味方か分からない、モンスターかもしれない。そしてこの態勢ではゲームを開き、ログインすることも出来ない。
完全にミアの危惧していた通りのことになってしまった。このままでは確実にやられてしまうと思い、通じるかは分からないが、言葉をかけることで少しでも時間を稼ごうとした。
「お前、俺が見えているのか・・・?」
男の声で発せられる理解できる言語。
接触している部位から異形の触感や、高熱や冷気といったものが感じられないことから、慎はこの者が人間であることを察する。
モンスターでないのなら、直ぐに殺されることもないだろう。そしてこの男の発した質問の言葉から、場合によっては何とこできるかもしれないという希望が見え出した。
「何を言ってるんだ? アンタを見たから俺はこうなっているんじゃないかッ!?」
少しの間の後、男は何か冷たいものを慎の後頭部へと当てる。慎には当てられてるものが何なのかは分からないが、その行為自体に痛みはなく、少しの硬さを感じる。何か固形物を当てられているようだ。
その行為は直ぐに終わり、その後男は慎の拘束を解いた。
圧迫されていた呼吸を整えながら、四つん這いのまま男との距離をあけると、後ろを振り返る。
「なんなんだ・・・、アンタ?」
男は慎の方を見てはいるが、慎ではなく何か近くのものを見ているように、視線の焦点が合わない。
「目覚めたのか・・・、本当に何も知らないようだ。 ・・・赤子のように、まだ・・・何も・・・」
この男が言っていることが全く理解できない様子の慎。目覚めたとはどういうことなのか。バグで気を失った後のことを言っているのか。
何も知らないとはなんなのか。バグによって起きている現象のことを言っているのか、考え出したらきりが無い。
慎がおかしなものを見る目で男を見ていると、漸く男の視線が慎に焦点を合わした。
「いきなり襲ったことについては詫びよう。俺にも判断のつけようがなかったのだ・・・、許せ」
男は慎に歩み寄ると、起き上がるよう手を差し伸べてきた。慎は疑いながらも、その手を取る。
「俺の名は白獅はくし、・・・お前にはキャラクターネームと言った方が伝わりやすいかもしれないな」
白獅と名乗る男に起き上がらせられ、慎も名を名乗ろうとした。
「俺は・・・」
しかし、彼は何故だか既に慎のことを知っているようだった。
「シン・・・と、いうのだろ? 本名は慎。・・・キャラクターネームにも本名を使っているのか。その名前ならありえなくは無いか・・・」
慎はこの男との面識はなく、心当たりもない。
「何故、俺のことを知っている・・・?」
「今はまだ言えない・・・、俺はまだお前を信用したわけではないからだ」
今はまだ、ということは何れその時が来れば話してくれるのだろうか、慎は男に質問を続ける。
「ここで何をしていたんだ?」
「待っていた・・・」
ある男がモンスターに襲われていたこの現場で、白獅と名乗る男は何かを待っていたということだろう。
「何を・・・待っていた?」
男の目的についての質問。きっと男は話してはくれないだろうと思いながらも、聞かずにはいられなかった。
少し間があった後、路地の入り口の方から、何かの足音が聞こえてくる。
「やはり様子を見に来たか・・・」
男は手を慎の前に出し、後ろに下がるように促してくる。慎も得体の知れないものの接近に、固唾を呑む。
カシャン、カシャン・・・と、鉄の鎧が歩くような音が暗がりの路地に響く。
路地の入り口から、何かのシルエットが姿を表し出す。
白銀の甲冑に、折り畳まれたままの白く美しい羽、西洋のランスのような先端から手元にかけて太くなっている武器と、何かの紋章が刻まれた大きな盾を持った、首なしの騎士の姿。
美しくも怪しげな雰囲気から、慎や白獅の類のものとは違う異形の存在感が漂う。
間違いなく、ここで男を襲っていた者や、慎を襲った者と同じ存在、WoFの”モンスター“の姿に間違いない。
それも、今まで現実世界であったモンスターとはレベルが違うのが、見ただけでも分かる。
「ここで起きた異変を嗅ぎつけて来たんだ・・・。 俺は”アレ“を待っていた。 慎ッ!俺がアイツを引きつけているうちに路地から離れろッ! そして安全な場所から彼女の元へ帰れ」
ゲームの世界で会うのと、現実の世界で会うのは慎にとって驚くほど別の存在のように感じた。見慣れた景色にゲームのモンスターという異色の組み合わせが、より一層事態の異常さを引き立て、慎を震え上がらせた。
建物の間から見える上空に光が一つ、二つと光り出すと、同じ白銀の騎士が数体、姿を表す。敵は一体ではなかったのだ。
「数が多い・・・、路地を出て奴らの注意を俺に向ける。少しここで待っていろ。 そして俺の合図と共に走れ! 他に何も考えなくていい。 ただ走るんだ! いいな!?」
慎は慌てて何度も頷く。
男は飛び道具で地上に表れた白銀の騎士の注意を自分に向けると、素早い身のこなしで路地から飛び出した。
同時に、増援で表れた上空の騎士にも飛び道具を当てると、騎士達は一斉に男の方を向き、向かい始める。
「行けッ!! これに懲りたら暫くはこっちに来ないことだ!」
走り出す間際、慎は男に問いた。
「あ・・・、アンタは一体何者なんだ!?」
「お前と同じさ。 ・・・厳密には少し違うがな」
男の声は徐々に小さくなっていく。複数体の騎士を引き連れ、闇夜の街の中を颯爽と飛び回っていった。
慎も男に言われた通り、路地を出て反対方向へと走り出す。
安全な場所と言われ、慎は自宅を思い浮かべると一目散に向かった。
暗く静かな街並みに、靴が地面を鳴らす音と、荒い息遣いだけがこだまする。
必死に走り続け、漸く自宅までたどり着くと、急ぎ自室へ向かい、ログインの準備に入る。
「な・・・、なんだったんだ・・・あれは・・・。俺と同じだって? ・・・じゃぁ、アイツもWoFのプレイヤーで、同じバグに合ったのか・・・?」
ちょっと様子を伺いにいくつもりが、とんでもないことになった。しかし、これでまた新たな手がかりを掴めたかも知れない。
白獅と名乗る男。
どうやら敵ではなさそうだった。そして何より慎よりも先に、この事態を経験している先駆者であることは間違いない。
現実世界のことを知りたいのなら、あの男に接触すれば何か得られるかも知れない。
しかし、まずはあの男の言う通り、力をつけなければ、こちらの世界で自由に行動することもままならない。
暫くはWoFの世界で経験を積む必要があることを、身に染みて実感した慎は、ローディングの文字と共に薄れゆく意識の中、再びもう一つの世界へと転移していった。
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成人に達した少年とその家族、許嫁のジルとその両親とともに参加した恩恵授与式、そこで教会からたまわった恩恵は前代未聞の恩恵、誰が見たって屑 文字通りの屑な恩恵 その恩恵は【廃品回収】 ごみ集めですよね これ・・ それを知った両親は少年を教会に置いてけぼりする、やむを得ず半日以上かけて徒歩で男爵家にたどり着くが、門は固く閉ざされたまま、途方に暮れる少年だったがやがて父が現れ
「勘当だ!出て失せろ」と言われ、わずかな手荷物と粗末な衣装を渡され監視付きで国を追放される、
やがて隣国へと流れついた少年を待ち受けるのは苦難の道とおもいますよね、だがしかし
神様恨んでごめんなさいでした、
※内容は随時修正、加筆、添削しています、誤字、脱字、日本語おかしい等、ご教示いただけると嬉しいです、
健康を害して二年ほど中断していましたが再開しました、少しずつ書き足して行きます。
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