World of Fantasia

神代 コウ

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現実世界に向けて

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シンとミアを乗せた馬車は、パルディアの街へと向かう。

新しい地への旅立ちの前に、お世話になった人へ挨拶をしてからにしたいという、ミアの意向である。

道中、シンはある何気なく、しかし二人にとって重要な問いをミアへ投げかけた。

「ミアは、その・・・現実世界へは戻ら・・・」

シンが言葉を言い終わる前に、ミアはそれを遮るように食い気味に答えた。

「戻らない」

返事だけすると、ミアは多くは語らなかった。ミアの反応に少し面食らった様子のシンだったが、彼もまたミアにそれ以上のことを聞くことはなかった。

人には話したくない事の一つや二つあるものだろう。それはシンにとっても同じことだったので、この場でミアが語らないということは、きっとそういう事なのだろうと考えていた。

「シンは・・・、君は・・・現実の方が良いか?」

ミアからの質問に、シンは少し嬉しくなった。彼女からシン自身について、何か聞いてくることがなかった為、サラの一件以来、ミアとの距離が縮まったように感じた。

「どうだろう・・・。 今現実世界がどうなっているのかは気になるけど・・・、向こうで生活するより、こっちで生きていく方が本当の自分でいられる・・・気がするかな・・・」

シンは深く考えることはなく、今の率直な思いを彼女に伝えた。

何せ、あの日以来シンは現実の世界へ戻っていない。それは心のどこかで、今起きていることがゲームの中の出来事であると思っているからなのか、WoFを普段遊んでいる感覚で時間が過ぎているものだとシンは思っている。

誰にそんなことを言われたわけではないが、身体に染み付いている習慣のような感覚だろう。時間の感覚は、現実と仮想世界でどう違っているのか、ゲームと同じままなのか。それなら何故、ゲームの中であるはずなのに痛覚があるのか。

考え始めたら疑問は尽きない。

「そうか・・・」

ミアの声色に少し変化があったのが、シンにはわかった。質問をした時のミアの声色は、どこか不安そうな声をしていたが、今の返事では穏やかさというか、ホッとした様子がわかる。

きっと彼女も不安なのだろう。
今まで同じところを行き来していたミアが、その壁を乗り越え、新たな旅に出ようというのだ。同じ境遇の者であるシンがいるのといないのでは違うのだろう。

その後、無言のままの二人を乗せた馬車は、パルディアの街へと辿り着く。

ミアは当初の予定通り、お世話になった人への挨拶回りを済ませるため、シンはミアの用事が済むまで、暫くパルディアの街に滞在することにした。

「シン、君に一つだけ言っておきたいことがある」

別れ間際、ミアはシンを呼び止めた。何となくだが、シンは何について言われるのか想像がついていた。

「君が現実の世界に戻りそうだから、伝えておきたいことがある」

シンの想像は的中した。ミアは、シンがバグによりWoFの仮想世界に入り込む前から、先に入っていた経験者であり、現実世界で出会った時には既に、どのくらいかは分からないがある程度の知識を持っているようだった。

危ない時は、WoFへログインするように促したことや、シンの自宅で彼を助けるために仮想世界へ転移させたのも彼女であるとシンは考えていた。

と、いうことは彼女も何度か現実世界に戻り、モンスターに襲われた経験があるということだろう。そして何らかの方法でその対処方法を身につけていたからこそ、迷わずシンを助けることができた。

何より、初めてミアに会った道路の時と、シンの自宅で彼を助けたミアが、全く違う格好をしていたことが気にかかっていた。道路での彼女は全くの初対面だったが、自宅でのミアは、今シンの目の前にいるミアだったのだ。

つまり、ミアのキャラクターが現実世界でシンを助けたということ。

道路であった彼女が別人である可能性を除けば、ミアはWoFのキャラクターを現実世界に呼び出す方法を知っているのではないかと、シンは思った。

「一番重要なのは、現実世界で戦おうとは思わないことだ。 周知の事実だろうが、こちらの世界と同じ感覚でダメージを受けると、どんなモンスターであれ、あっという間に死ぬことになる。つまり、お互いの攻撃の重さが現実を帯びる。その点、君のアサシンとしてのスキルは場合によってはかなり有効的な手段になる。だがそれでも、現実世界で戦闘を行うのは危険だ・・・」

「ミア、そもそも俺は現実世界で戦う術も知らないし、どんな状況になっているのかさえ分かってない・・・。 だから、何かあれば直ぐに戻るよ」

ミアが言っていることは理解できる。だがそれは普通に考えれば大抵は分かることだった。それを始めに話したということは、シンの身を案じてのことだろう。

「戻ってくるには、WoFにログインすれば良いんだった・・・よな?」

シンは初めて彼女に言われた時のことを思い出した。そしてログインすることで、自宅からこちらの世界へ転移してきた。

「そうだ。 だが、最初にこっちに来た時、いつものログインの時とは違った筈だ」

シンは一瞬、何のことか思い返してみた。そして思い当たることがある。

通常時のゲームのログインと違い、入って直ぐに見知らぬエリアでの戦闘になったこと。それに付け加えるのであれば、自身のキャラクターが、クラスをそのままにレベルが初期状態に戻っていたことだ。

「そういえば入って直ぐ戦闘になった・・・。現実世界でモンスターに襲われている状態でログインしたからか?」

「簡単に言うとそんなところだ。 現実世界でモンスターに襲われ時ログインすると、そのモンスターとの強制戦闘に入る。しかもゲームの時とは違い、“今”のキャラクターのレベルで戦うことになる。あの時は雑魚だったから良かったが、もし上位のモンスターに遭遇していれば、私達の命はなかっただろう。 そして、その戦闘を終わらせない限りこっちには戻ってこれない」

ゲームの言葉で表すのなら、シンボルエンカウントということになるだろうか。モンスターとシームレスに戦うのとは違い、ログインすることでエンカウント扱いになり、特定の戦闘エリアで戦うことになるということだろう。

「ミア・・・、一つ聞きたいことがある。 君は俺に二度・・・会わなかったか? そして片方の君はWoFのゲームキャラの格好をしていた?」

彼女は少し驚いた表情を見せた。シンがそんなことにまで気づいていたのかと感心していた。

「その通りだ。 君を自宅で助けたのは私自身ではなく、私のキャラクターだ。現実世界でログインする時、ゲームを遊んでいた時にはない項目が表示されている。それがキャラクターの呼び出しというものだ。それを選択すると現実世界にキャラクターを呼び出して活動することができる」

彼女が現実世界で見せた、現実離れした行動の原理が漸く理解できた。

「キャラクターの操作はどうなるんだ? ゲームの時は自分の動きや意思によって操作していたが・・・。 生身の身体がある状態でもう一つの身体を操作するのか?」

ゲームをプレイする際は、VRのヘッドセットを装着し、映像に合わせからだを動かしたり意識を集中させることでキャラクターを操作していたが、繋がれていない状態でどうやって自分のキャラクターを動かすのか。

例えば、自分自身と自分にそっくりなAIが存在し、自我や意識のないAIをどうやって動かせばいいのだろうということ。

「詳しい原理については私にも分からないが、動かし方はゲームの時と同じだ。やってみれば分かるが、目を閉じて意識をキャラクターに集中させることで、こっちの世界と同じように身体が動かせるようになる」

「そんな簡単な方法で・・・?」

キャラクターを呼び出し、動かすこと自体は簡単だが、ミアはそのことについてのデメリットが大きいということをシンに話した。

「キャラクターを動かすのは簡単だ。でもデメリットの方が大きいと私は思う。意識を集中している間、生身の自分は抜け殻のように無防備になる。それに本体とキャラクターが離れれば離れるほど、精密な操作ができなくなっていって、しまいには動かなくなったり勝手に動き出してしまう、謂わば暴走状態に陥る。本体である生身の自分が殺されれば勿論死ぬことになる上に、意識をリンクさせているキャラクターが死ねば、それは本人の死に直結する。つまり、キャラクターを呼ぶということは、身体が二つになり、片方は完全な無防備状態になり、どちらか片方が死ねば両方死ぬということになる」

ミアの話から、キャラクターを呼び出すということは、みすみす弱点を増やし無防備状態で放置されるということになるということが分かった。

「だから・・・、危険が迫ったらログインするんだ。 その方がまだ可能性がある。 いいか?ログインだぞ」

「分かった。肝に命じておくよ」

ミアが現実世界での対処法をシンへ教えてくれたことで、もし何か起きても戻って来られるようになった。

ミアは自分でそれを発見したのだろうか、そんな疑問はあるが、今のシンには気にするほどのことでもなかった。

「それと・・・、現実の時間とこっちの時間は経過する速度が違う。 あまり現実に長く居られると、こっちは待ちぼうけを食らうからな・・・。 どのくらいで用事を済ませようと思ってるんだ?」

時間の経過について、どれ程の差があるのかシンには分からないが、彼自身現実がどうなってるか興味がある程度なので長居するつもりもなかった。

「ちょっと様子を見たら、直ぐに戻るつもりだよ。そんなに時間は掛からないと思う」

それを聞いて安心すると、ミアは戻った際の待ち合わせ場所を提示してきた。

そして二人は、一旦別行動をとることになる。主にミアの用事が済むまでの間だが、シンも自身の身に起きたことについて少しずつ知ろうと動き始めるのだった。
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