22 / 1,646
最後の召喚
しおりを挟む
メアに渾身の一撃を与えたシン。
しかし、彼からはまだ生命エネルギーのような、命の鼓動を感じる。
「・・・何故だッ!? 心臓を貫いているのにッ!!」
握る刀に力を込めるが、手応えは依然変わらない。よもや外してしまったのか、そう思わざるを得なかった。
「お前・・・、シーフではないな・・・」
メアの声を聞いて、彼がまだ死んでいない、生きているのだと実感した。それと共に焦りと混乱がシンの頭を駆け巡る。
「ウルカノに飛ばされた時・・・お前は地面に当たって飛び跳ねたのではなかったのか・・・。器用な奴だ・・・」
メアは話しながら、身体を貫く刀を握ると、バチバチとしたエフェクトが、傷口に走る。
シンは咄嗟に、刀から手を離し、得体の知れないソレから距離を取る。
後ろから突き刺した刀は、刺さった部分から脆く崩れ落ちた。同じく、前に突き抜けた刀身も、彼が軽く曲げると簡単に折れてしまった。
「首の傷といい・・・、お前一体何をしたんだ!?」
アイテムによる回復や、召喚士のスキルとは思えない。それともシンが知らないだけで、そのようなスキルがあるのだろうか。いずれにせよ今のシンに計り知れるものではなかった。
「レイスが動かなかったのもおかしい。アレは物理的なもので拘束することなど不可能だからな・・・。つまり魔力や特殊なエネルギーによる攻撃を受けていた」
追い詰めていたと思っていたが、メアは至って冷静だった。これは、いっぱい食わされた者が手の打ちようがないことを悟り降参する時の反応か、まだ力を残しており、それによる逆転が見込める余裕がある者の反応。
恐らくメアの場合、後者に当てはまるだろう。
シン達が知り得る情報は、彼が召喚士であることからモンスターの召喚や使い魔の使役を行うこと。下級モンスターの召喚も予想できたし、彼が“ウルカノ”という上級モンスターのアンデッドデーモンの召喚も予測できた。
唯一驚かされたレイスの存在も、シンの機転により一度は突破する事ができた。
だが、レイスがメアの奥の手であるなら、今あんなに冷静ではいられないはずだろう。
「下位クラスの連中とは何人も戦ってきたから、ある程度スキルや装備品を見れば予測がつく」
メアはゆっくりとシンの方へと振り返る。
戦いの最中とは思えないメアの所作に、シンの額からは雫が流れ落ち、思わず固唾を飲んだ。
「つまり・・・あの女と同じく、お前のクラスも上位クラスだということだ・・・」
見透かすような鋭い目つきが、シンに刺さる。
戦いにおいて、相手に自分のクラスがバレていないというのは大きなアドバンテージになる。
現にメアも、自分の持ち得る知識と経験でシンのクラスをシーフと読んで戦ってきた。
シンはそれを逆手に取り、シーフらしい行と、メアの目が届かないところでアサシンのスキルを使い、彼を翻弄してきた。
それ故にシンの戦略も悉く上手くいっていたに過ぎない。
しかし彼は疑問を持ち始めた。
シーフのクラスでは凡そ切り抜けられる状況ではなかったはず、自分の思っていた予測に過ちがあるということを。
これで彼は、シンの行動一つひとつに対し慎重に対応してくる。
何か隠し玉を持つメアに、警戒されるのはシンにとって極めて不味い状況になってしまった。
問題はメアが、シンの使うスキルの特徴やクラスに気づいているかというところにある。
「煙で上手く誤魔化したようだが・・・、それも最早どうでもいい・・・」
ゆっくりと辺りを見渡しなが、メアは両腕を広げる。それと同時に、足元に巨大な魔法陣が描かれ始めた。
今までの規模とは比較にならないサイズの魔法陣に、シンはゾッとした。
今までの召喚を思い返すと、魔法陣の大きさに合ったモンスターが召喚されてきた。この規模からすると巨大な身体に、膨大な魔力を要していることは想像するに容易いことだった。
急ぎその場から離れようとするも、召喚の衝撃に巻き込まれ、遠くまで吹き飛ばされるシンの身体は、石碑を砕きながら徐々にその速度を落としていく。
煙が少しずつ晴れていくに連れ、召喚されたモンスターの全容が明らかになっていく。
獣の如き巨大な体格を有し、禍々しくうねる角が顔の横から正面に向かって生えている。身体は筋肉質で前足は大きく膨れ上がっており、体毛は凶悪さを体現したかのように赤黒く染まっている。鋭く発達した牙や爪は天をも切り裂けそうな程だった。
その巨大なモンスターは、獲物の匂いを嗅ぎつけ、シンを見つける。
「あ・・・あぁ・・・、あれは、ベヒモス・・・」
ベヒモスとは一般的に、旧約聖書などに神が創り出した陸に住む巨大な怪物として記されている。“完璧な獣”や“獣王”などとされることが多く、性格はいたって温厚だった。
しかし、その後の伝承やフィクションでは悪魔として言い伝えられることが多く、シンがこの巨大なモンスターに対して感じたイメージも、そういった創作物による影響が大きいだろう。
ベヒモスの足元にメアの姿はない。
召喚を終えた彼は、ベヒモスの背中に半身が一体化した状態でいた。強大な力故、直接魔力の供給をしているのだろう。
ただそのことから、完全にはベヒモスを使役できていないようだった。流石の彼でも魔力が足らずあのような状態になっている。本来ならば、今までのモンスター達のように、遠隔からの魔力供給で済むはずだ。
だがこれは幸か不幸か、ベヒモスの背中まで上りつめなければ、メアを直接叩くことが出来ないということでもある。
絶望的な状況だった。
既にシンには、戦闘開始時のような体力は残されておらず、ダメージも蓄積されている状態で、メアの最後の召喚であろうベヒモスを相手にするなど、到底できるはずがない。
そして煙が晴れた時、視界の奥で倒れるミアの姿がシンの目に飛び込んできた。
「ミ・・・、ミアッ! そんな・・・」
ミアの体力はなく、彼女の身体もアンデッド化の影響を受けているため、蘇生も回復も不可能な状態にある。
「これ程までに強く・・・なっていたのか・・・」
村の話を聞いた時から、ある程度歳月が過ぎており、レイスのような新たな能力の成長は予測できたが、こんな強力な召喚まで出来るようになっているのは、あまりにも早過ぎる。
「これは奴らに与えられた力じゃない・・・、俺はただ事が起きる前のあの頃に戻りたかった。その一心で身につけた力だ・・・俺の想いが形になった姿だ!」
メアの言葉に呼応するようにベヒモスが咆哮する。
「想いが・・・、形になった? ・・・お前の想いはそんなにも悍ましいものなのか? そんなにもドス黒いものなのかッ!?」
昔の村のことは知らない。そこにどんな人達がいて、どんな暮らしがあったかなどシンには知る由もない。
だがそんなシンでも、本当のメアがそんな人物ではないことぐらい、彼を慕うサラやウルカノを見ればわかることだった。
「お前の心は、奴らの力に侵食されている。
お前を慕う者達の想いが、そんなドス黒いものなはずがないッ!」
「黙れッ!! 俺はこの力で終止符を打つ!お前を倒し、村の者達を解放するッ!」
満身創痍の身体を奮い立たせる。
例え勝算がなくとも、希望の光がなくとも、サラとした約束遂げる為に、シンは何度でも立ち上がる。
勢いよく大地を蹴り、飛びかかるベヒモス。
シンはできる限りの力を捻り出すと、横へ飛び出し全速力で走りだす。
巨大なベヒモスの身体が宙を舞いながら飛んでくる。まるでスローモーションのようにシンには見えたが、その実いくら走ろうとも着地の衝撃から逃れられる範囲にまで到達できない。
限界を悟り、ベヒモスの着地の寸前にシンは大きく前へと飛び込んだ。その先にスキルで作った影の中へと飛び込み、吹き飛んでくる瓦礫の第一波をやり過ごす。
しかし、着地の衝撃はあまりに大きく、瓦礫や倒木は吹き飛び、大地は津波のように辺りへと押し寄せる。
スキルの効果時間を過ぎ、地表へと追い出されると、シンは身体を反転し、残りの小さな瓦礫や土塊を短剣で弾きながら、衝撃のなるべく外を目指す。
だがシンの努力も虚しく、土砂の波はあっという間にシンを飲み込み、押し流した。
巨大であることはそれだけでステータスだ。
これは現実世界でも同じことで、高身長であることや骨格そのものが大きいことは、スポーツにおいて、それだけで他の者との差を生む。
それは生まれながらにして与えられるもので、覆しようのない差であり平等ではないということを、叩きつけられているようでもある。
意識が朦朧とする中、何とか立ち上がろうとするシン目掛けて、ベヒモスは大きく前足を振り抜く。
咄嗟に武器を構え防御するも、その防御は意味をなさず、無情にも吹き飛ばされる。
「ダメだ・・・避けることさへ出来ない・・・」
まだ意識があるのが不思議なくらいだ。
これもアンデッド化による影響だろうか、痛みに鈍感になっているおかげで、首の皮一枚で何とか生きている。
だがこれ以上はもう。
「移動するだけでこれだ。・・・もう、諦めろ」
倒れるシンの元へゆっくりとベヒモスが歩いてくる。一歩歩くたびに地響きで辺りが揺れ、死への足音が近づいてくる。
ベヒモスは、その禍々しくうねった角で器用にシンを持ち上げると、上空へと放り投げ、前足を振り抜く。
防御する力も残っていないシンの身体は、轟音と共に宙を舞う。最早これまで、このまま地面に打ち付けられるかと思ったその時、シンの身体を受け止める何者かの姿がそこにあった。
「ぁ・・・なん・・・で・・・?」
瀕死のシンを受け止めたのはウルカノだった。地上からダンジョンを抜け、漸くたどり着いた。傍らにはサラもいる。
「シン! 大丈夫!?」
ウルカノはゆっくりシンの身体を地面に寝かせる。サラが心配そうにシンの顔を覗き込む。
「増援か? ・・・あ、あれは!アンデッドデーモン! 奴も召喚士なのか?」
メアはあれが本当の相棒である“ウルカノ”であるということを理解していないようだった。
呪いをかけられ、駒としての役割を受け入れた彼は徐々にその役割に染まり、ボスとしての“メア”へと変わっていったのだ。
それ故、大まかな村を救うという目的こそ残っているものの、記憶の一部が失われていっていた。
「お、お願い! ・・・シンを、助けて!」
サラはシンの胸に両手をかざすと、あの夜芽生えたスキルを使う。
「馬鹿めッ!トドメを刺すつもりか? そいつはアンデッド化しているんだぞ!」
メアの言う通り、シンはアンデッド化の影響で回復の一切を受け付けない身体になっている。
「ぐッ! ・・・あぁあぁぁッッ!」
案の定、シンは激しい苦しみ方をしている。
「まとめて吹き飛ばしてくれる」
ベヒモスが戦闘態勢に入る。
しかし、その前にはウルカノが立ちはだかっていた。
「ジャマ ハ サセナイ! メア!」
一瞬メアは、何故自分の名前を知っているのだと疑問に思ったが、村人達を救う目的を目の前にして、迷いはなかった。
「お前にベヒモスが止められるのか?」
笑みを浮かべるメアに、目の前にいる者がウルカノであることや、側にいる少女がサラであるという認識はなく、衝突は避けられなかった。
しかし、彼からはまだ生命エネルギーのような、命の鼓動を感じる。
「・・・何故だッ!? 心臓を貫いているのにッ!!」
握る刀に力を込めるが、手応えは依然変わらない。よもや外してしまったのか、そう思わざるを得なかった。
「お前・・・、シーフではないな・・・」
メアの声を聞いて、彼がまだ死んでいない、生きているのだと実感した。それと共に焦りと混乱がシンの頭を駆け巡る。
「ウルカノに飛ばされた時・・・お前は地面に当たって飛び跳ねたのではなかったのか・・・。器用な奴だ・・・」
メアは話しながら、身体を貫く刀を握ると、バチバチとしたエフェクトが、傷口に走る。
シンは咄嗟に、刀から手を離し、得体の知れないソレから距離を取る。
後ろから突き刺した刀は、刺さった部分から脆く崩れ落ちた。同じく、前に突き抜けた刀身も、彼が軽く曲げると簡単に折れてしまった。
「首の傷といい・・・、お前一体何をしたんだ!?」
アイテムによる回復や、召喚士のスキルとは思えない。それともシンが知らないだけで、そのようなスキルがあるのだろうか。いずれにせよ今のシンに計り知れるものではなかった。
「レイスが動かなかったのもおかしい。アレは物理的なもので拘束することなど不可能だからな・・・。つまり魔力や特殊なエネルギーによる攻撃を受けていた」
追い詰めていたと思っていたが、メアは至って冷静だった。これは、いっぱい食わされた者が手の打ちようがないことを悟り降参する時の反応か、まだ力を残しており、それによる逆転が見込める余裕がある者の反応。
恐らくメアの場合、後者に当てはまるだろう。
シン達が知り得る情報は、彼が召喚士であることからモンスターの召喚や使い魔の使役を行うこと。下級モンスターの召喚も予想できたし、彼が“ウルカノ”という上級モンスターのアンデッドデーモンの召喚も予測できた。
唯一驚かされたレイスの存在も、シンの機転により一度は突破する事ができた。
だが、レイスがメアの奥の手であるなら、今あんなに冷静ではいられないはずだろう。
「下位クラスの連中とは何人も戦ってきたから、ある程度スキルや装備品を見れば予測がつく」
メアはゆっくりとシンの方へと振り返る。
戦いの最中とは思えないメアの所作に、シンの額からは雫が流れ落ち、思わず固唾を飲んだ。
「つまり・・・あの女と同じく、お前のクラスも上位クラスだということだ・・・」
見透かすような鋭い目つきが、シンに刺さる。
戦いにおいて、相手に自分のクラスがバレていないというのは大きなアドバンテージになる。
現にメアも、自分の持ち得る知識と経験でシンのクラスをシーフと読んで戦ってきた。
シンはそれを逆手に取り、シーフらしい行と、メアの目が届かないところでアサシンのスキルを使い、彼を翻弄してきた。
それ故にシンの戦略も悉く上手くいっていたに過ぎない。
しかし彼は疑問を持ち始めた。
シーフのクラスでは凡そ切り抜けられる状況ではなかったはず、自分の思っていた予測に過ちがあるということを。
これで彼は、シンの行動一つひとつに対し慎重に対応してくる。
何か隠し玉を持つメアに、警戒されるのはシンにとって極めて不味い状況になってしまった。
問題はメアが、シンの使うスキルの特徴やクラスに気づいているかというところにある。
「煙で上手く誤魔化したようだが・・・、それも最早どうでもいい・・・」
ゆっくりと辺りを見渡しなが、メアは両腕を広げる。それと同時に、足元に巨大な魔法陣が描かれ始めた。
今までの規模とは比較にならないサイズの魔法陣に、シンはゾッとした。
今までの召喚を思い返すと、魔法陣の大きさに合ったモンスターが召喚されてきた。この規模からすると巨大な身体に、膨大な魔力を要していることは想像するに容易いことだった。
急ぎその場から離れようとするも、召喚の衝撃に巻き込まれ、遠くまで吹き飛ばされるシンの身体は、石碑を砕きながら徐々にその速度を落としていく。
煙が少しずつ晴れていくに連れ、召喚されたモンスターの全容が明らかになっていく。
獣の如き巨大な体格を有し、禍々しくうねる角が顔の横から正面に向かって生えている。身体は筋肉質で前足は大きく膨れ上がっており、体毛は凶悪さを体現したかのように赤黒く染まっている。鋭く発達した牙や爪は天をも切り裂けそうな程だった。
その巨大なモンスターは、獲物の匂いを嗅ぎつけ、シンを見つける。
「あ・・・あぁ・・・、あれは、ベヒモス・・・」
ベヒモスとは一般的に、旧約聖書などに神が創り出した陸に住む巨大な怪物として記されている。“完璧な獣”や“獣王”などとされることが多く、性格はいたって温厚だった。
しかし、その後の伝承やフィクションでは悪魔として言い伝えられることが多く、シンがこの巨大なモンスターに対して感じたイメージも、そういった創作物による影響が大きいだろう。
ベヒモスの足元にメアの姿はない。
召喚を終えた彼は、ベヒモスの背中に半身が一体化した状態でいた。強大な力故、直接魔力の供給をしているのだろう。
ただそのことから、完全にはベヒモスを使役できていないようだった。流石の彼でも魔力が足らずあのような状態になっている。本来ならば、今までのモンスター達のように、遠隔からの魔力供給で済むはずだ。
だがこれは幸か不幸か、ベヒモスの背中まで上りつめなければ、メアを直接叩くことが出来ないということでもある。
絶望的な状況だった。
既にシンには、戦闘開始時のような体力は残されておらず、ダメージも蓄積されている状態で、メアの最後の召喚であろうベヒモスを相手にするなど、到底できるはずがない。
そして煙が晴れた時、視界の奥で倒れるミアの姿がシンの目に飛び込んできた。
「ミ・・・、ミアッ! そんな・・・」
ミアの体力はなく、彼女の身体もアンデッド化の影響を受けているため、蘇生も回復も不可能な状態にある。
「これ程までに強く・・・なっていたのか・・・」
村の話を聞いた時から、ある程度歳月が過ぎており、レイスのような新たな能力の成長は予測できたが、こんな強力な召喚まで出来るようになっているのは、あまりにも早過ぎる。
「これは奴らに与えられた力じゃない・・・、俺はただ事が起きる前のあの頃に戻りたかった。その一心で身につけた力だ・・・俺の想いが形になった姿だ!」
メアの言葉に呼応するようにベヒモスが咆哮する。
「想いが・・・、形になった? ・・・お前の想いはそんなにも悍ましいものなのか? そんなにもドス黒いものなのかッ!?」
昔の村のことは知らない。そこにどんな人達がいて、どんな暮らしがあったかなどシンには知る由もない。
だがそんなシンでも、本当のメアがそんな人物ではないことぐらい、彼を慕うサラやウルカノを見ればわかることだった。
「お前の心は、奴らの力に侵食されている。
お前を慕う者達の想いが、そんなドス黒いものなはずがないッ!」
「黙れッ!! 俺はこの力で終止符を打つ!お前を倒し、村の者達を解放するッ!」
満身創痍の身体を奮い立たせる。
例え勝算がなくとも、希望の光がなくとも、サラとした約束遂げる為に、シンは何度でも立ち上がる。
勢いよく大地を蹴り、飛びかかるベヒモス。
シンはできる限りの力を捻り出すと、横へ飛び出し全速力で走りだす。
巨大なベヒモスの身体が宙を舞いながら飛んでくる。まるでスローモーションのようにシンには見えたが、その実いくら走ろうとも着地の衝撃から逃れられる範囲にまで到達できない。
限界を悟り、ベヒモスの着地の寸前にシンは大きく前へと飛び込んだ。その先にスキルで作った影の中へと飛び込み、吹き飛んでくる瓦礫の第一波をやり過ごす。
しかし、着地の衝撃はあまりに大きく、瓦礫や倒木は吹き飛び、大地は津波のように辺りへと押し寄せる。
スキルの効果時間を過ぎ、地表へと追い出されると、シンは身体を反転し、残りの小さな瓦礫や土塊を短剣で弾きながら、衝撃のなるべく外を目指す。
だがシンの努力も虚しく、土砂の波はあっという間にシンを飲み込み、押し流した。
巨大であることはそれだけでステータスだ。
これは現実世界でも同じことで、高身長であることや骨格そのものが大きいことは、スポーツにおいて、それだけで他の者との差を生む。
それは生まれながらにして与えられるもので、覆しようのない差であり平等ではないということを、叩きつけられているようでもある。
意識が朦朧とする中、何とか立ち上がろうとするシン目掛けて、ベヒモスは大きく前足を振り抜く。
咄嗟に武器を構え防御するも、その防御は意味をなさず、無情にも吹き飛ばされる。
「ダメだ・・・避けることさへ出来ない・・・」
まだ意識があるのが不思議なくらいだ。
これもアンデッド化による影響だろうか、痛みに鈍感になっているおかげで、首の皮一枚で何とか生きている。
だがこれ以上はもう。
「移動するだけでこれだ。・・・もう、諦めろ」
倒れるシンの元へゆっくりとベヒモスが歩いてくる。一歩歩くたびに地響きで辺りが揺れ、死への足音が近づいてくる。
ベヒモスは、その禍々しくうねった角で器用にシンを持ち上げると、上空へと放り投げ、前足を振り抜く。
防御する力も残っていないシンの身体は、轟音と共に宙を舞う。最早これまで、このまま地面に打ち付けられるかと思ったその時、シンの身体を受け止める何者かの姿がそこにあった。
「ぁ・・・なん・・・で・・・?」
瀕死のシンを受け止めたのはウルカノだった。地上からダンジョンを抜け、漸くたどり着いた。傍らにはサラもいる。
「シン! 大丈夫!?」
ウルカノはゆっくりシンの身体を地面に寝かせる。サラが心配そうにシンの顔を覗き込む。
「増援か? ・・・あ、あれは!アンデッドデーモン! 奴も召喚士なのか?」
メアはあれが本当の相棒である“ウルカノ”であるということを理解していないようだった。
呪いをかけられ、駒としての役割を受け入れた彼は徐々にその役割に染まり、ボスとしての“メア”へと変わっていったのだ。
それ故、大まかな村を救うという目的こそ残っているものの、記憶の一部が失われていっていた。
「お、お願い! ・・・シンを、助けて!」
サラはシンの胸に両手をかざすと、あの夜芽生えたスキルを使う。
「馬鹿めッ!トドメを刺すつもりか? そいつはアンデッド化しているんだぞ!」
メアの言う通り、シンはアンデッド化の影響で回復の一切を受け付けない身体になっている。
「ぐッ! ・・・あぁあぁぁッッ!」
案の定、シンは激しい苦しみ方をしている。
「まとめて吹き飛ばしてくれる」
ベヒモスが戦闘態勢に入る。
しかし、その前にはウルカノが立ちはだかっていた。
「ジャマ ハ サセナイ! メア!」
一瞬メアは、何故自分の名前を知っているのだと疑問に思ったが、村人達を救う目的を目の前にして、迷いはなかった。
「お前にベヒモスが止められるのか?」
笑みを浮かべるメアに、目の前にいる者がウルカノであることや、側にいる少女がサラであるという認識はなく、衝突は避けられなかった。
0
お気に入りに追加
295
あなたにおすすめの小説
トラップって強いよねぇ?
TURE 8
ファンタジー
主人公の加藤浩二は最新ゲームであるVR MMO『Imagine world』の世界に『カジ』として飛び込む。そこで彼はスキル『罠生成』『罠設置』のスキルを使い、冒険者となって未開拓の大陸を冒険していく。だが、何やら遊んでいくうちにゲーム内には不穏な空気が流れ始める。そんな中でカジは生きているかのようなNPC達に自分とを照らし合わせていった……。
NPCの関わりは彼に何を与え、そしてこのゲームの隠された真実を知るときは来るのだろうか?
月が導く異世界道中extra
あずみ 圭
ファンタジー
月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。
真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。
彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。
これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。
こちらは月が導く異世界道中番外編になります。
生産職から始まる初めてのVRMMO
結城楓
ファンタジー
最近流行りのVRMMO、興味がないわけではないが自分から手を出そうと思ってはいなかったふう。
そんな時、新しく発売された《アイディアル・オンライン》。
そしてその発売日、なぜかゲームに必要なハードとソフトを2つ抱えた高校の友達、彩華が家にいた。
そんなふうが彩華と半ば強制的にやることになったふうにとっては初めてのVRMMO。
最初のプレイヤー設定では『モンスターと戦うのが怖い』という理由から生産職などの能力を選択したところから物語は始まる。
最初はやらざるを得ない状況だったフウが、いつしか面白いと思うようになり自ら率先してゲームをするようになる。
そんなフウが贈るのんびりほのぼのと周りを巻き込み成長していく生産職から始まる初めてのVRMMOの物語。
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第二章シャーカ王国編
【全話挿絵】発情✕転生 〜何あれ……誘ってるのかしら?〜【毎日更新】
墨笑
ファンタジー
『エロ×ギャグ×バトル+雑学』をテーマにした異世界ファンタジー小説です。
主人公はごく普通(?)の『むっつりすけべ』な女の子。
異世界転生に伴って召喚士としての才能を強化されたまでは良かったのですが、なぜか発情体質まで付与されていて……?
召喚士として様々な依頼をこなしながら、無駄にドキドキムラムラハァハァしてしまう日々を描きます。
明るく、楽しく読んでいただけることを目指して書きました。
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
無名の三流テイマーは王都のはずれでのんびり暮らす~でも、国家の要職に就く弟子たちがなぜか頼ってきます~
鈴木竜一
ファンタジー
※本作の書籍化が決定いたしました!
詳細は近況ボードに載せていきます!
「もうおまえたちに教えることは何もない――いや、マジで!」
特にこれといった功績を挙げず、ダラダラと冒険者生活を続けてきた無名冒険者兼テイマーのバーツ。今日も危険とは無縁の安全な採集クエストをこなして飯代を稼げたことを喜ぶ彼の前に、自分を「師匠」と呼ぶ若い女性・ノエリ―が現れる。弟子をとった記憶のないバーツだったが、十年ほど前に当時惚れていた女性にいいところを見せようと、彼女が運営する施設の子どもたちにテイマーとしての心得を説いたことを思い出す。ノエリ―はその時にいた子どものひとりだったのだ。彼女曰く、師匠であるバーツの教えを守って修行を続けた結果、あの時の弟子たちはみんな国にとって欠かせない重要な役職に就いて繁栄に貢献しているという。すべては師匠であるバーツのおかげだと信じるノエリ―は、彼に王都へと移り住んでもらい、その教えを広めてほしいとお願いに来たのだ。
しかし、自身をただのしがない無名の三流冒険者だと思っているバーツは、そんな指導力はないと語る――が、そう思っているのは本人のみで、実はバーツはテイマーとしてだけでなく、【育成者】としてもとんでもない資質を持っていた。
バーツはノエリ―に押し切られる形で王都へと出向くことになるのだが、そこで立派に成長した弟子たちと再会。さらに、かつてテイムしていたが、諸事情で契約を解除した魔獣たちも、いつかバーツに再会することを夢見て自主的に鍛錬を続けており、気がつけばSランクを越える神獣へと進化していて――
こうして、無名のテイマー・バーツは慕ってくれる可愛い弟子や懐いている神獣たちとともにさまざまな国家絡みのトラブルを解決していき、気づけば国家の重要ポストの候補にまで名を連ねるが、当人は「勘弁してくれ」と困惑気味。そんなバーツは今日も王都のはずれにある運河のほとりに建てられた小屋を拠点に畑をしたり釣りをしたり、今日ものんびり暮らしつつ、弟子たちからの依頼をこなすのだった。
クズな恩恵を賜った少年は男爵家を追放されました、 恩恵の名は【廃品回収】ごみ集めか?呪いだろうこれ、そう思った時期がありました、
shimashima
ファンタジー
成人に達した少年とその家族、許嫁のジルとその両親とともに参加した恩恵授与式、そこで教会からたまわった恩恵は前代未聞の恩恵、誰が見たって屑 文字通りの屑な恩恵 その恩恵は【廃品回収】 ごみ集めですよね これ・・ それを知った両親は少年を教会に置いてけぼりする、やむを得ず半日以上かけて徒歩で男爵家にたどり着くが、門は固く閉ざされたまま、途方に暮れる少年だったがやがて父が現れ
「勘当だ!出て失せろ」と言われ、わずかな手荷物と粗末な衣装を渡され監視付きで国を追放される、
やがて隣国へと流れついた少年を待ち受けるのは苦難の道とおもいますよね、だがしかし
神様恨んでごめんなさいでした、
※内容は随時修正、加筆、添削しています、誤字、脱字、日本語おかしい等、ご教示いただけると嬉しいです、
健康を害して二年ほど中断していましたが再開しました、少しずつ書き足して行きます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる