心のコルク

もとち きい

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仮小屋暮らし

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意味の無いことに気付いたのは「めばえ」という学習誌を買ってもらったときからだ。
学習ということに意味はなく他人の養分にどれだけなれるかを競うレースに参加することだと皮肉にも心が芽生えたのだ。悟りとでもいうのか。解ってしまうのだ。こればかりは説明のつかない能力とでもいうのか。

それからというものの俺は意味の無いことはしなかった。
中学を卒業とともに俺は家を出た、母だけを残して。
働くことにも、お金にも、快楽にも意味はなかった。
他人のために時間を使い、経済の歯車になり、その疲れを騙すだけなのだ。

それなら、はじめから何もしない事が必要なのだ。
だだひとつだけ、意味がないのかあるのかわからないのは人の死であった。
なぜ人は死ぬのか、その死はなんのためにあるのか、なぜか気づく事ができなかった。その事を考えると頭がボーッとしてしまうのだ。

「いかんいかん」
死については考えないようにしていた。何年振りだろうか。意味の無いことをした。

それにしても今日は朝から違和感を感じた。街を歩けば雰囲気も違って見える。

「ひさしぶりだな!タツ!」
この公園を仕切る源さんだ。
「源さん今日はここに泊まるよ。なんだかやつれてないか?」
同じ所に留まることにも意味もなく、名前もなんだっていい。
「俺だっていい歳いってんだよ!それにしてもお前は変わんねえな」
どうやら今夜は泊まる場所がありそうだ。
その晩俺は奇妙な夢を見た。
大学を卒業し、大企業で働き、家族を養う。俺がなによりも意味がないと思っている生活だ。
「おぇぇ!」
吐き気が止まらない最悪な朝だ。
「あぁこいつだ」
源さんの声に俺は振り向いた
見知らぬ黒スーツの女に話していた。
「ありがとうございます」
女はこっちに来る。
「あなたはタツさん?それともミツル?タケシ?」
なんだこいつは、俺の使っている名前のいくつか知ってるようだ。
「なんのようだ」
俺はぶっきらぼうに言い放った。
「あなたが現れたら私に連絡をもらうように源さんにもお願いしてたのよ」
源さんにも?他の公園や河原の主にもお願いしていたような言い回しだ。
「嘘をつけよ、ミツルの名を知ってんなら昨日までいた第三公園のじいさんから話がくるはずだろ」
女はキョトンとしている。
「とにかくあなたを探していたんですよ、中野雄介さん」
なぜ俺を知っている!?
「私はこういう者です」
刑事ドラマよろしく警官バッジを内ポケットから出して俺に見せた。
「警察がなんのようだよ、俺はなにもやってねぇぞ」
やってないわけではないのだが。
「あなたに捜索依頼が出ています」
俺を捜す?
「警察も無意味だな、俺を見つけるのにどれだけかかってんだよ」
女は下を向き頬をつたう水滴を指で弾いた。
「本当に申し訳ありません」
突っかかった俺が泣かせたみたいじゃないか
「なにも泣かなくてもいいだろ、それで誰が俺を捜してたんだ?」
「中野由希子さん。あなたのお母様です」
「どうして今更?」
「由希子さんは病気でしたとても重い」。
「でした?」
「はい。二年前になくなりました」。
「は?嘘をつけよ!俺は去年実家で年を越したぞ」
そう、おれは10年ぶりに実家に帰って母親と年末を過ごしたのだ。
なぜか理由は分からないが意味があると思い母親と歳を越したのだ。
「あなたは不思議なところがあると由希子さんはよく話してました」。
「おい聞けよおれの話を!」
女は呆れた様子で地図を渡してきた
「ここにお母様は眠っています。2018年10月11日14時42分でした」。
頭がおかしくなりそうだ。この女は頭がイカれている。この地図も何かのいたずらなのだろう。
「私の任務はここまでです」
「おい待ってくれ!」
女は俺に構うことなく踵を返すと人混みへと消えていった。

「どうなってんだ」
俺は情報を処理できずにいた。
自然と俺の足は地図の示す場所へと体を運んでいた。

中野家の墓

そこには他に何も書かれていない。母の戒名などもない。
しかし墓は荒れ放題だった、小さな頃の記憶では母はお墓を綺麗に保っていた。

意味などないと思っていたことだ。

皮肉にもそれは母の死を意味していた。

俺は混乱した。

なぜ?

去年会った母親が2年前に死んでいる?

俺はあの女の言葉を思い出した

「あなたが現れたら私に連絡をもらうように源さんにもお願いしてたのよ」

そういえばあの女第三公園にも来ていたはずだ。
なぜ今日見つかったんだ?
それまであいつは何してたんだ?

おれは全ての意味がわかった。
を考えてはいけない。

そうか、人はそのために生きているのか
その時のために勉強し働き家族を築くのか。

ふたつのがおれに気付かせた。

俺は願った。
意味がないと思っていた。祈った。初めてだ。
「もう一度、神様、もう一度。
ちゃんと考えるから!
死ぬのはこわいことだ!俺は特別じゃなくていい!死ぬために生きるんだ!
母さんが死ぬ前に!俺が死ぬ前に!」

なぜか気づく事ができなかった。その事を考えるとやはり頭がボーッとしてしまうのだ。

僕はを手にお母さんを見つめている。
僕は生きる意味を知ったこの日を忘れないよ。


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