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第一章 少女たちの願い(前編)
自己紹介
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「さてっ、ネタバレをする前に――まずは自己紹介しようか!」
「じ、自己紹介……ですか?」
「まあ確かに自己紹介してませんでしたしねぇ。いいんじゃないですかぁ?」
結衣が言い放った言葉に、怪訝そうに訊く天使だったが。
ガーネットの言葉を聞いて納得したようだった。
「それもそうですね……では――」
天使は目を瞑って何を話そうかを考えているのだろう。
それから数秒が経ち。
「私の名前は白石緋依。――お父さんとお母さんに毎日いじめられていました」
重々しく告げた天使――もとい、緋依の様子から。
なんとも重苦しい話になりそうなことが……わかった。
☆ ☆ ☆
檸檬色の髪を揺らし、ため息を吐きながら足取り重く歩く小学六年生の少女。
その顔や腕には、無数の傷が付いていた。
「ただいま……」
か細い声でそう呟いた声はだが、誰にも拾われることなく風に乗って消える。
しかし、そのことを気にせず靴を脱ぎ、少女は自分の部屋へと吸い込まれるように入っていく。
部屋に入っても、少女は顔を上げず、ずっと下を向いている。
散乱している部屋で落ち着けるわけもなく、薄汚れた勉強机の椅子に腰掛ける。
机の上に置いてある時計に目を向け、じっと時間が経つのを見ていた。
やがて夜になり、夕食の時間が近づく。
しかし、そこからが地獄の始まりだった。
――部屋から出たくない。出たら絶対――
だが、そんな少女の望みは儚く破れ、ドアが開く。
「さっさと来な」
そうぶっきらぼうに言い捨てる少女の母親の背を、睨みながら嫌々ついて行く。
リビングに着くと、とてもじゃないがご飯と言えないご飯が出される。
ぐちゃぐちゃになり、原型をとどめていない火の通っていないハンバーグに。
水気の多いご飯。
サラダに至っては、そこら辺に生えている草を引っこ抜いてきたのではないかと思わせるほどの土や根っこが付いている。
それは、とても食べられたものじゃなかった。
「……いま、食べる気分じゃ……ない、ので……」
辛うじて口をついて出た言葉に、少女の母親は怪訝そうな顔で言う。
「……何? 私が作ったもの食べれないって言うの?」
「……食べます」
――“作った”なんてどの口が言うんだよ。
そんな言葉を飲み込んで、今日もまた――傷が一つ増えてゆく。
――ガチャ。
玄関のドアが開く音がした。
少女の父親が帰ってきたのだろう。
「ただいまー」
「あら、おかえりなさい」
少女の両親は普通の夫婦のように会話を交わす。
まるで少女だけが、別世界の住人みたいだった。
ひとしきり話し終えたのか、少女の父親は少女に目を向けると。
「ああ……なんだ、まだいたのか。さっさと寝ろよ」
婉曲に“消え失せろ”と言い放った少女の父親に。
少女のアクアマリンの眼が濁る。
「……うん」
そう小さく零して、少女は部屋へ帰った。
散乱している部屋は、父親と母親が荒らして行った爪痕だ。
少女にもはや片付ける気力もなく、ただ呆然と窓の外の空を仰いだ。
夜空は星々が瞬き、月が自らの美しさを主張しているように見えた。
「綺麗……」
少女は思わずそう零した。
地上の穢れを知らず、美しく空を埋める様は――この世の全てよりも、綺麗だと思った。
そんな時。
「ん? 何これ……」
純白の翼が二枚、部屋に落ちていた。
こんなもの買った記憶もないし、父親と母親の私物でもなさそうだと考え。
「まあ、いっか」
――無視を決め込んだ。
時間が少し経ち、寝ようとベッドに潜り込んだのだが。
少女は翼がどうにも気になって仕方がない様子だった。
月の光に照らされてキラキラと輝くように見えた翼に、少女は思わず手を伸ばした。
「じ、自己紹介……ですか?」
「まあ確かに自己紹介してませんでしたしねぇ。いいんじゃないですかぁ?」
結衣が言い放った言葉に、怪訝そうに訊く天使だったが。
ガーネットの言葉を聞いて納得したようだった。
「それもそうですね……では――」
天使は目を瞑って何を話そうかを考えているのだろう。
それから数秒が経ち。
「私の名前は白石緋依。――お父さんとお母さんに毎日いじめられていました」
重々しく告げた天使――もとい、緋依の様子から。
なんとも重苦しい話になりそうなことが……わかった。
☆ ☆ ☆
檸檬色の髪を揺らし、ため息を吐きながら足取り重く歩く小学六年生の少女。
その顔や腕には、無数の傷が付いていた。
「ただいま……」
か細い声でそう呟いた声はだが、誰にも拾われることなく風に乗って消える。
しかし、そのことを気にせず靴を脱ぎ、少女は自分の部屋へと吸い込まれるように入っていく。
部屋に入っても、少女は顔を上げず、ずっと下を向いている。
散乱している部屋で落ち着けるわけもなく、薄汚れた勉強机の椅子に腰掛ける。
机の上に置いてある時計に目を向け、じっと時間が経つのを見ていた。
やがて夜になり、夕食の時間が近づく。
しかし、そこからが地獄の始まりだった。
――部屋から出たくない。出たら絶対――
だが、そんな少女の望みは儚く破れ、ドアが開く。
「さっさと来な」
そうぶっきらぼうに言い捨てる少女の母親の背を、睨みながら嫌々ついて行く。
リビングに着くと、とてもじゃないがご飯と言えないご飯が出される。
ぐちゃぐちゃになり、原型をとどめていない火の通っていないハンバーグに。
水気の多いご飯。
サラダに至っては、そこら辺に生えている草を引っこ抜いてきたのではないかと思わせるほどの土や根っこが付いている。
それは、とても食べられたものじゃなかった。
「……いま、食べる気分じゃ……ない、ので……」
辛うじて口をついて出た言葉に、少女の母親は怪訝そうな顔で言う。
「……何? 私が作ったもの食べれないって言うの?」
「……食べます」
――“作った”なんてどの口が言うんだよ。
そんな言葉を飲み込んで、今日もまた――傷が一つ増えてゆく。
――ガチャ。
玄関のドアが開く音がした。
少女の父親が帰ってきたのだろう。
「ただいまー」
「あら、おかえりなさい」
少女の両親は普通の夫婦のように会話を交わす。
まるで少女だけが、別世界の住人みたいだった。
ひとしきり話し終えたのか、少女の父親は少女に目を向けると。
「ああ……なんだ、まだいたのか。さっさと寝ろよ」
婉曲に“消え失せろ”と言い放った少女の父親に。
少女のアクアマリンの眼が濁る。
「……うん」
そう小さく零して、少女は部屋へ帰った。
散乱している部屋は、父親と母親が荒らして行った爪痕だ。
少女にもはや片付ける気力もなく、ただ呆然と窓の外の空を仰いだ。
夜空は星々が瞬き、月が自らの美しさを主張しているように見えた。
「綺麗……」
少女は思わずそう零した。
地上の穢れを知らず、美しく空を埋める様は――この世の全てよりも、綺麗だと思った。
そんな時。
「ん? 何これ……」
純白の翼が二枚、部屋に落ちていた。
こんなもの買った記憶もないし、父親と母親の私物でもなさそうだと考え。
「まあ、いっか」
――無視を決め込んだ。
時間が少し経ち、寝ようとベッドに潜り込んだのだが。
少女は翼がどうにも気になって仕方がない様子だった。
月の光に照らされてキラキラと輝くように見えた翼に、少女は思わず手を伸ばした。
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